番外:運命の味(後編)
台所で片づけをしていると、いつもは台所になんか入ってこない龍也やってきた。
「母様、あの子のこと、知ってるの?」
と聞かれて、ぎくりとしながらも、
「ううん、初対面だわ」
と返した。でも、龍也はそれを聞いて、
「嘘つき」
と言った。顔も怒っている。
「ホントよ、今日初めて会ったのよ」
そう言われても、こちらの彼女に会ったのは正真正銘今日が初めてだ。でもどうして、私がアンヌちゃんを知っていることが分かったんだろうと思っていると、龍也が、
「だったらどうしてあの子にフランス語で話しかけたの」
普通、カナダって言えば英語でしょ? と続けたので、一瞬にして血の気が引いた。うわっ、私ったらあっちの家にいるようなつもりで、フランス語で会話してた! そう言えば龍也の第二外国語ってフランス語だったっけ。あんまり難しい会話じゃなかったから、意味分かっちゃったのね。
「しかも、ネイティブ並みに流暢。どういうことなのさ。
母様はフランスにいたことがあったの?
それより何より、彼女もフランス語がしゃべれるってどうして分かったの」
そう、デュラン家の先祖はフランスからの移民で、家庭での会話はほぼフランス語なのだ。あっちの私はアンヌちゃんとテオ君にフランス語を習ったと言っても過言じゃない。
そして、それを夢で具に睡眠学習し続けた私は、いつの間にかあっちの私と同じくフランス語が話せるようになっていたようだ。
にしても、この状況じゃ、正直に話さないとダメだよね。とは言え、正直に話しても信じてもらえるなんて思えないけど……
「ねぇ、茶化さないで聞いてくれる?」
私は、夢でパラレルワールドとつながっていること、その世界で私はカナダでアンヌちゃんの母親であることをかいつまんで説明した。龍也は信じないどころか、
「ふーん、それってめちゃくちゃ面白いじゃん。
ねぇ、母様それ、僕が小説にしても良い?」
と言いだした。確かに龍也はものを書くのが好きで、ちょこちょこと書いているのは知ってるが、あんたが書いてるのは経済小説だよね。全然畑違うじゃん。
もっと詳しく教えてよと言う龍也に、
「ダメよ! ダメダメ!! 小説はもうあっちで私が書いちゃってるわ」
と私は頭を振ったが、
「それ、パラレルワールドの話だよね? じゃぁ、尚更こっちの書き手がいるじゃん。
母様が書かないなら、僕が書くしかないでしょ」
と引き下がらない龍也。
確かに残しておきたい気はしないでもないけどさ……
そうなると、秀一郎さんがお義父様の実の息子でないことまで話さなきゃならなくなるんだよね。それって、龍也にとっても、けっこうキツいんじゃないかな。
もちろん、その部分だけを隠すことはできるけど、同じ書いてもらうのなら、全部残しておきたいじゃない。
結局私は、龍也に洗いざらい話した。父親の出生の秘密にショックを隠せなかったようだけど、
「だからこそ聞いて良かった。みんなの想いを形にできて僕は幸せ者だ」
と言い、経済小説でデビューした後、その伝手を使って、別名でこっそり上梓した。あっちみたいに大ヒットはしなかったけど、それなりに売れているみたいだ。
で、こっちでもアンヌちゃんは龍也と結婚した。こっちは日本が好きで、龍也が好きでの、押し掛け女房だ。あっちとまるで逆のパターン。
少し条件が変わるだけで、全く違ってしまう未来≪Future≫だけど、ある程度の運命はあるのかもしれないなと、思う今日この頃だ。