番外-冥土の土産
(しかし、それにしても怖い子だ)
健史は読み終わった本から目を離して、「Parallel」「my precious」「Cascade」三冊のの表紙を手で撫でる。これは、かつての同級生、飯塚夏海の娘未来が、数冊個人製本したものだという。彼女が、
『ヤナさんにだけは読んでもらいたいので』
と先日送りつけてきたものだ。
他の二冊はまぁいい。彼女の母親である夏海や、妻である志穂に聞けばある程度調べはつく。しかし、この「Cascade」はどうだろう。何故自分が諏訪正治の息子であることを知っているのだろう。それに、年下の義兄上河原隼人が健史と同じ大学の出身であることも。ただ、学部もゼミも違っていたので、彼が同じ大学の出身だと知ったのは、健史本人も志穂と縁付いてからだというのに。
隼人がゲイだというのは、健史自身がそうなので脚色されたものだろう。思えば、彼女の父親の通夜の後、彼女にいきなり龍太郎への想いを指摘された時には 正直苦笑いしか出なかった。実際の隼人は生真面目な普通の会社社長で、兄嫁芽衣との仲も悪くなく、最近まで存命していた。ただ、隼人の母、上河原菜桜子が諏訪正吉の娘-つまり健史の実の伯母であることは事実。
このことはそっと自分の胸に秘めて墓まで持って行こうと思っていたのに、何故自分の娘のような彼女があっさりと暴いてしまうのか。
健史はふっとため息をついた後、電話に手を伸ばした。
「ああ、未来ちゃん? 健史だ。原稿、受け取ったよ」
『読んでいただけました?』
健史の呼びかけに、電話の相手、飯塚未来はいたずらをしている子供のような声でそう返した。だが、
「ああ、読ませてもらったよ。だが、特に最後の……心臓に悪いな」
と健史が言うと、
『お褒めに与って恐縮です』
未来はそう答えて笑った。(本当にどこまでも食えない娘だ)しかし健史が、
「でだな、この本の固有名詞を全部変えるのにどれくらいかかる?」
『えっ……』
というと、さすがに驚いたような声を上げた。
「これだけのモノを書き上げたんだ、未来ちゃんだって世間に出したいだろ」
『いえ、それは……私はただ自分たちが生きてきた証のつもりで……それに、名前を変えても誰かがこれはYUUKIの事だって言い出さないですか? でも、それはまずいでしょう?』
そして、いたずらを仕掛けたのが自分だというのに、そう言って慌て出す。
「それはないとは言えないかな。けど、未来ちゃんは今カナダ在住だ。ペンネームを外国名にして、一旦英語かフランス語で原稿を持ち込み、和訳したことにすれば、海外の作家が日本の企業のトップの事故にインスパイアされて書き上げたってことにできる」
その慌てた声を聞きながら、健史はそう言って口角を上げた。
『ヤナさん、何もそこまでしなくても……』
そう言う未来に、
「俺たちが生きてきた証なんだろ。ちゃんとした本にして、あいつ等に届けてやるよ。冥土の土産としてな」
と、答える健史。
『ううっ、そんなことをしたらパパやママに叱られそう……』
思わず未来から、そんな泣きが入る。
「そんなもん、倉本はともかく、マーさんは未来ちゃんが書いた時点で怒ってるだろうよ。
大丈夫、未来ちゃんはまだまだあっちには行かんだろうし、そん時には俺も一緒に謝ってやるさ。
ははは、年寄りをからかったツケだと思って、甘んじて受けるんだな」
それを聞いた健史はそう言って高笑いした。
その三作はクリスティーナ・ドロセル名義で発表された。ただ、作者のことはカナダ人だというだけで、あとはすべて謎。そんなこともあって、たちまちベストセラーに。
そして、その続編、「Future」が刊行されたのを見届けるように、健史は80歳でこの世を去る。
健史は未来の書いた本を抱くようにして旅立って行った。
実はこの作品は元々年齢制限のあるほうの「Parallel」シリーズのラストを飾っていたものです。
ですが、今回恋愛大賞に参加するにあたり、その物語の第二世代を書くことになりました。それで、物語の流れが悪くなるし、年齢制限のある記述もないので、地上に降ろしてくることに。
大体、未来が自著を健史に渡し、健史がそれを書籍化するのは、こちらでも書こうと思っていたエピソードでしたので。
ではこれで、「Future」本当に全て終了となります。