蚊帳の外 M-27
夜になった。みんなはパパの思い出話をしていた。30年間娘として一緒に暮してきたのだから、それに参加できなことはもちろんないのだが、悲しみに打ちひしがれている明日香にパパの思い出を一生懸命に話す穂香を見ていると、それに口をさしはさむことが出来なくて、私は一人でパパといようとパパの棺の前に行った。だけど……先約がいた。ヤナのおじさんだった。
「未来ちゃん、どうしたの。積もる話もあるんじゃないのかい?」
ヤナのおじさんは、私を見てそう言った。
「私は……長いこと一緒にいなかったし。今は、自分のことを話す時じゃないもの」
「そうか……じゃぁ、お互い蚊帳の外って訳だ」
そう言って、ヤナのおじさんは彼の横に置いてある焼酎の瓶から手酌で自分のグラスに注ぎ入れた。
「俺はね、今マーさんに謝ってた。マーさんには本当に迷惑かけてばっかだったからな」
そして、乾杯の仕草をして、一口焼酎を飲み込むと、そう言って寂しげに笑った。おじさんは今でも龍太郎さんの言う通りにママを自分のものにしなかったことに後悔の念を禁じ得ないのだろう。
「そうですね。お互い何を隠せても、自分の気持ちは変えられませんものね」
そしてそう言うと、おじさんはぎょっとしたような顔をして私を見た。
「君は俺の何を知ってるって言うんだい?」
「いいえ、私は何も……でもわかるな、龍太郎さんって素敵ですもんね」
ヤナのおじさんは、続く私の一言で、危うく持っていたグラスを落としそうになった。そして、咳払いを一つすると、
「未来ちゃん、年寄りをからかうもんじゃないよ。それに、君は龍太郎に会ったこともないだろう」
と憮然とした表情で言った。
「ええ、お会いしたことはないけど、みんなの話を聞いて……秀一郎を見てたら充分分かります」
本当は私はパラレルワールドの方で、龍太郎さんを義理の父としてその人となりも優しさもよく知っているんだけど、それは言わぬが花だ。
「つくづく君は不思議な娘だな」
そう言ったヤナのおじさんに、
「それ、褒め言葉だと思っておきます」
と、私は笑顔で答えた。
私は、あっちの世界はヤナのおじさんの後悔が生んだ世界なんじゃないのかと、ふと思った。