誰が一番悪い? M-22
メールは20日後の朝早く届いていた。
件名:迷惑じゃないからメールしたよっ!
本文:お姉ちゃん!? そうだよね!! 今どこ? メールなんかじゃなくて連絡先教えて、どこでも電話するから!!
しかし、私が明日香のメールを見たのは、仕事から帰宅してから。時差を考えると、今すぐにメールを送っても真夜中だ。見てはいないだろうと思いつつ、電話番号を記載したメールを返信する。
件名:Re迷惑じゃないから、メールしたよっ!
本文:返事が遅くなってゴメン。今帰ったところだから。でね、今どこにいるかと言うと……カナダです。国際電話になるけど良いかな。
今の電話番号は……〇〇〇-〇〇〇〇-XXXX-XXXX
メールを送信して何分もたたない内に電話が鳴った。
「Hellow」
と英語で応対した私の耳に、
「お姉ちゃん、エアメールだったから、いやな予感はしたけど、カナダって何!?」
と懐かしい声が懐かしい言い方で飛び込んできた。向こうは真夜中だろうに……もしかしたら、今日は一日中連絡を待っていてくれたのかもしれない。そう言えばあの子、名古屋に家出して帰って来た時も、
『お姉ちゃん、名古屋って一体何!?』って言ってたっけ。全然変わんないじゃん……私は15年近く昔の事を思い出して、思わず吹き出してしまった。
「何笑ってんのよ! だから、どうしてカナダなのかって聞いてるのよ!!」
私の笑い声を聞いて、明日香はそう言って更に怒りをぶつけてきた。
「どうしてって、今カナダに住んでるからじゃん」
わたしはわざとおどけてそう言った。
「……心配したんだから…ホントに心配したんだから……」
「ゴメン……」
涙声でそう続けた明日香の言葉に、私も声が詰まる。
「で、達也とほのかはあんたたちの子供にちゃんとしてくれた?」
「うん…お姉ちゃんありがとね。喜んでそうさせてもらったよ」
「良かった」
私はホッと胸をなでおろした。
「でもね、お姉ちゃんがどんな気持ちで二人を手放したのか知ってほしくて、両方のパパやママには本当のこと言ったよ」
「何で! そんなこと言わなくっても良かったのに!!」
「黙ってなんていられないよ。お姉ちゃんが消えたあの時、なんで、お姉ちゃんが家を出なきゃならないんだって話になってさ、実は秀君がね……みんなの前で土下座したんだ。『お義父さん、ぼくをどうとでも好きにしてください。達也とほのかは僕との子供です』ってね……」
明日香はその時のことを話し始めた。
-*-*―*―*―*―
「あああっ! お前ら親子は俺たちをどこまで苦しめたら気が済むんだ!!」
雅彦は未来の子供の父親だと告白した秀一郎の胸座を掴んで、言葉にならない怒りも交えながら、激しく揺す振った。
「パパ、もう止めて! 秀君が死んじゃう!!」
「明日香、お前は黙れっ!!」
雅彦は止めに入った明日香を乱暴に撥ね退けた。彼女は、今までにこんなに激昂した父を見たことがなく、おろおろしながら秀一郎の後ろで両手を握りしめることしかできなかった。
「明日香……良いんだ。お義父さんに殺されたって仕方ない。僕はそれだけのことをしたんだよ。でも……僕はあの時は本気でお姉ちゃん、いいえ未来さんを愛してました。だから、どんなことをしても手に入れたかったんです。それだけは、解ってください」
秀一郎は明日香に向かってかすかに微笑みかけると、振り回されながら雅彦にそう返した。
「解れだと……解れだと!! 本気で未来に惚れていたなら、子供たちが出来たと分かった時、何で今みたいにしなかった。その上、明日香まで! 今更寝言も大概にしろ!!」
「僕はちゃんと子供の父親になると彼女に言いました。だけど……彼女はそれを受け入れてはくれなかったんです。はっきり『迷惑だ』と言われました」
「……未来が……未来がそう言ったのか?」
だが、秀一郎のその言葉に、雅彦の肩が落ち、秀一郎に込めた力が一瞬ふっと緩んだ。しかし、雅彦が力を緩めたのは一瞬だった。
「じゃぁ、未来が望んでもいない関係をお前は無理強いしたのか! 許せない、殺してやる!!」
雅彦はそう叫ぶと、秀一郎を掴んでいる手に更に力を込めた。(これでは本当に秀一郎が殺されてしまう)健史が慌てて二人の間に割って入ろうとしたその時だった、夏海が言った。
「マーさん、それは違うわ。未来はね、秀一郎君を本気で愛してた」
「何だと!?」
雅彦は秀一郎を放り投げて、夏海の方に向き直った。
「そうよ、未来は秀一郎君を本気で好きだったから、手離したのよ。秀一郎君と明日香のためにね」
「未来が二人のために身を引いただと!!」
「ええ、そうよ。未来はね、秀一郎君は明日香を好きだと思っていたの。だから、あの子はかなわぬ恋を忘れるために別の人とお付き合いしてたの。あの子、あの時25歳だもの、たぶん彼とも関係があったんだと思うわ、だから。妊娠した時点ではどちらが父親だなんて誰にも判らないもの。今なら、達也もほのかもそう言われれば秀一郎君によく似てるって思うし、その気になればDNA鑑定ではっきりさせたって良い。
それにね、あの子は人一倍周りの事を考える子だわ。明日香の事だけじゃなく、そうなったときの秀一郎君の会社での立場なんかも考えたんだと思うわ。まだ学生の身分で年上の女と出来ちゃった結婚する男を企業のトップに据えるのはどうしたものか、そう言う輩が必ず出るってそう思ったの。志穂さん、あちらにも男の子がおられるんでしょ」
「ええ、妙子さんには3人いらっしゃって、その内二人が男の子なんだけど、長男さんはお義父様を嫌って、家を出て職人みたいなことしてるんだけど、二男さんはYUUKIにいるわ」
夏海の質問に、すかさず志穂が答えた。
「ウソだ!ウ ソだ、ウソだ、ウソだ!!」
それを聞くと、雅彦はウソだを連発しながら、今度は夏海に掴みかかった。
「マーさん、もうそれくらいにして、止めましょう」
そこで、たまりかねて健史がそこに割って入った。
「健史! 退け!! お前だってそうだったんじゃないのか!? お前だって、結城さえいなきゃ、お前が夏海とすんなり一緒になれてたって、そう思ってるんじゃないのか!?」
「! ……違う……俺は……違うんだ」
それを聞いた健史はわなわなと震えながらそう言った。
ちなみに、雅彦が健史を健史と呼ぶようになっていたのは、志穂と結婚し帰化して結城姓になり、話すときに龍太郎と混同するためだ。
「いや、やっぱり俺のせいだ。龍太郎に『海を頼む』って言われた時、俺が素直に聞いてればこんなことにはならなかった。誰も……誰も苦しまずに済んだんだ!」
そして健史はそう叫ぶと、頭を抱えながらその場に蹲った。それを見た志穂が健史に駆け寄り、肩を抱く。
「健史さん、それは違うわ。誰にだって聞けることと聞けないことがあるのよ。あなたは何も悪くないわ」
「そうよ、ヤナ……あなたが悪いんじゃない。私がお見合いをした時、マーさんにちゃんと断れば良かったのよ。一番悪いのは私」
「違う、俺があの時夏海を引きとめなければ……」
そうして、大人たちは口々に自分の非を唱え始めた。その時、明日香がすっくと机の前に立ち、それをバンっと大きな音をさせて叩いた。
「ねぇ、昔のことなんかどうでもいいでしょ!? それより今を考えようよ。本当に大事なのは何? 誰が一番悪いかじゃないでしょ、どうしたらたっくんとほのちゃんが幸せに暮らせるか、それなんじゃないの??」
その場にいた全員が一斉に明日香を見た。
「私はお姉ちゃんの提案を受け入れようと思うの。と言うより、私はあの子たちを自分の本当の子供にずっとしたかったの。だから、戸籍上も私たち夫婦の子供にできるなんて、まるで夢みたいよ」
「明日香……」
雅彦・夏海の両方から同時にため息に似た娘の名前が漏れた。
「明日香ちゃん、本当にそれでいいの?」
志穂が明日香に向かってそう尋ねた。明日香は大きく頷いた。
「お前はどうなんだ、秀一郎……未来が本当はお前が好きだったと判った今、未来が出てきた途端、乗り換えるなんてことはないだろうな」
それを見て、雅彦は秀一郎を睨みながらそう言った。
「それはありません、誓って言います。僕に本当に必要なのは明日香です。でなければ、結婚はしていません」
秀一郎もそれに対して、雅彦の目を見ながらそう返した。
それを聞いた雅彦は大きくため息をつくと、秀一郎に背を向けてぼそりと言った。
「なら……俺はこれ以上何も言わん。お前ら夫婦が納得できているんなら、手続きしてくれば良い」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる秀一郎に、
「孫のためにしてやることだ。お前なんかに礼を言われる筋合いはない。俺は先に帰る」
と言うと、そのまま話し合いの場を後にしたのだった。