10年目の真実(marine side) 2 M-17
「ママ!ママ!!」
私はママに駆け寄って、ママを揺すぶった。だけど、ママはぐったりとしたままで目を開けてくれない。
「未来ちゃん、やっぱり何かあったの?!お願い返事をして!!」
志穂さんの必死の声が、受話器を離していても聞こえた。
「ママ、起きないんです……横に風邪薬のビンがあるんですけど、それが空になってて……志穂さん、私どうしたら良いの?」
私は今、市販薬を飲めない状態なので、それが今朝どれだけ残っていたのか記憶にない。そのことが余計に私を不安にさせた。
「未来ちゃん、しっかりしなさい! 良い? 一旦私は電話を切るから、とにかくすぐに救急車に電話して。それからお父様に電話するのよ、解った?」
おろおろと私が状況を告げると、志穂さんはそう私を叱ってから受話器を置いた。
「救急車……パパ……」
私は混乱した頭のまま、とりあえず119番に連絡し、それからパパの携帯の番号を検索した。慌てているので、飯塚雅彦という項目が見つけられない。何とか検索してパパにつながって事情を説明する。
「とにかく、病院に着いたらすぐまた連絡をくれ。明日香からは俺が連絡を入れるから。それまで、未来……お前一人で大丈夫か」
「うん、何とか」
「ママの事、頼んだぞ。」
「……うん……」
パパにはそう返事したけど、私は自己嫌悪で吐きそうだった。ママに何かあったら、それは私のせいだ。私がママにあんなこと聞かなきゃ、ママは……
それから救急車が到着して、ママは近くの救急病院に搬送された。発見が早かったためママは何とか一命を取り留めた。
やがて、一様に真っ蒼な顔をして、次々と志穂さん、パパ、ヤナのおじさん、明日香が到着した。
「未来、未来のせいじゃないからな」
パパは、精一杯の空元気な笑顔で私にそう言った。
「でも、私があんなこと言わなきゃ……」
「違うわ、追いかけるのならもうとうにそうしてたはずよ」
志穂さんがそれに対してそう返した。
そうこうしている内に、ママの意識が戻った。
「ねぇ、ここどこ?あれ、お休みでもないのに何で、みんなが集まってるの? 何か約束してたかしら……」
ママはぼんやりとした調子でそう言った。
「ママ!」
「夏海! 俺たちがどんなに心配したのか解ってるのか!!」
パパは私を見つけた時と同じように、心配が解けたくしゃくしゃの顔のまま怒鳴った。だけど、ママはそれを見てすごく不思議そうな顔をした。
「マーさん、心配って何?」
その返事に、その場にいたみんながびっくりした。
「お前が風邪薬を飲んで、救急車で運ばれたからだろうが!!」
「救急車? じゃぁ、ここ病院なの? ああ……家じゃないわね。
私、朝から頭が痛くて…昼になっても治らなくてどんどんひどくなるから、風邪だと未来に移すと大変でしょ? だから、早めに薬飲んで横になっとく方がいいと思って……」
「だからって、一ビン丸ごと飲むのかお前は!」
話がかみ合わない。パパは首をかしげながら、そう返した。
「そんなの飲む訳ないわよ。前の分からあまり時間経ってないかなとは思ったけど。私って、ホントに危ない状態だったの?」
ママは納得できないという調子で反論した。
「ねぇママ、ママが寝る前に、私とどんな話をしてた?」
だから、私は恐る恐るそんな質問をぶつけてみた。案の定、私以外の人の顔は強張ったけど……
「今日の晩御飯のおかずのことと、明後日の母親教室の話じゃない。それに、もうすぐ毎週行かなきゃならなくなる、病院通いって結構大変だよねって」
「それだけ?」
ママは私が念押しするので、不思議そうに肯いた。
驚いたことに、ママの記憶は『もしかしたら龍太郎さんとに子供がいたかもしれない』という会話の部分だけ、すっこりとなくなってしまっていた。お医者様いわく、
『自分のキャパシティーを超える事実に耐えられるよう、聞いたこと自体を封印してしまう“部分記憶喪失”なのではないか』ということだった。
だとしたら、下手に刺激するのは得策じゃない。ママはその日1日の入院で、次の日家に帰って来た。




