父親(後編) 2 M-14
翌日、私と秀一郎はとある駅近くのファミレスで会った。何で私がその店を指定したかというと、小さな店では会話を店の人に聞かれそうで落ち着かないから。
先についた私は、さっと辺りを見て喫煙席を指定する。別に私も彼もたばこは吸わないけど、禁煙席には小さな子供連れの若いママたちが遅いランチを楽しんでいた。
やがて、待ち合わせた2時きっかりに秀一郎が来た。
「待った?」
「ううん」
上気した秀一郎の言葉に、私は面倒臭そうにそう返した。
「それで、昨日の話なんだけど……ホントなの?」
彼は子供という単語も出せないまま、私のお腹の方を見てそう言った。私は黙って肯いた。
「……父親は俺でしょう? 俺、喜んで責任取るから」
続いて、彼は笑顔でそう言った。
「違うよ、父親は秀一郎じゃないから。子供なんてそんな簡単に出来るもんじゃないわ」
「どうして、断言なんてできないだろ? 縦しんば、俺の子供じゃなくても未来の子供なら俺の子供だよ。俺、その子の父親になりたいんだ。」
突っぱねる私の手を取って、秀一郎はそう言ってくれた。私は嬉しくて目眩がしそうだった。涙が滲む。だけど……だからこそ、私は尚更秀一郎に向かって冷たく言い放った。
「止めてよ、酔った勢いで1回寝たぐらいでいい気になんかならないで。あんたには明日香がいるじゃない」
「明日香は妹みたいなもんだよ! そんな関係なんかじゃない!」
「あんたはそうでも、明日香はそうは思ってないんじゃない? 私は姉妹で揉めるなんて願い下げだわ、迷惑よ」
「……迷……惑?」
秀一郎のかわいい顔が少し歪んだ。
「そうよ、迷惑なの。あんたみたいなお子ちゃまなんて、克也と別れてすぐであんなに酔っぱらってでなきゃ、相手になんかしなかったわよ」
そう、あんなに酔っぱらっていなければ、自分に正直になって彼の腕の中にいることなんてできなかった。
「迷惑だったのか? 俺の独りよがりだったのか?」
私の言い草に明らかに彼がショックを受けているのが分かった。だけど、もう後には退けないの、私は。
秀一郎、あんたは責任なんか感じなくて良いの。こんな5つも年上の女なんか選ばなくても、あんたには明日香がいるじゃない。
確かにね、子供はあんたの子供の可能性の方が高いよ。高いけど、それは100%じゃない。克也の可能性だってないわけじゃないの。そんな女を結城の嫁になんて考えちゃいけない。
あんたは、堂々と自分の子供だと言える子を、明日香に産んでもらえばいいのよ。
私は自分自身にも言い聞かせるように言った。
「目をさましなさい、あんたは龍太郎さんの亡霊に操られているだけよ。私はもう、話すことないし、帰るわね」
そして、足早に店を出ると、隠れるように手近な雑居ビルに入り込んで独り泣いたのだった。