泣き虫になった訳 3 M-8
完全にそこから動けなくなってしまっている私に、加奈子さんが言った。
「未来ちゃん、正直に言って。身に覚えはあるんでしょ?」
私は唇を噛みしめながら俯くように肯いた。身に覚え……ははっきりとあった。そもそもそれが、わたしの家出の原因なのだから。
私は素直に加奈子さんに促されるままに医師の診察を受け、自分の身に起こった『新しい命の誕生』の事実を確認した。
「家に帰れなんて言わないですよね。私には、帰る家なんてもうないんです」
病院を出る時、私は加奈子さんにそう言った。
「未来ちゃん……」
加奈子さんは悲しい表情で私を見た。
「帰れなんて言わないでください」
「そんなことを言っても、今までとは状況が違うわ。本当はご両親、ご健在なんでしょ?」
もう一度帰らないといった私に、加奈子さんは首を振りながらそう返した。
「イヤです、今帰ったら……子供産めない……」
「産むのなら、子供のパパにも連絡しなきゃ」
「彼には知らせません。私一人で育てます」
「どうして!」
「だって、彼には……」
克也には親の決めた婚約者がいた。『翠は親が決めただけで、俺は何とも思ってない』って彼は言っていたのに……
そんな彼女とも関係がちゃんとある事を知ったのは、家を出る少し前のこと。二股――というより愛人と言った方がいいかも――だった。
そんな奴が、私に子供ができたからといって、責任をとるなんて思えない。それに……
「それに……まじめなパパは私が子供を産むことを許してはくれないと思う。加奈子さんだって、修司さんだってそうでしょ? 瞳ちゃんが父親のいない子供を産むなんて……」
「それは……」
私にそう言われて、加奈子さんは一旦口ごもった。
「そりゃ、私も母親だもの。娘がみすみす苦労するようなことはさせたくないわ。男親の修司はもっと激怒するでしょうね。相手の男だって殺しかねない」
「そうでしょ? だから……」
「でも、彼だってもしかしたらってことだってあるでしょ?」
当惑した様子でそう言った加奈子さんに、私は頭を振りながら返した。
「私がもう彼を信じられないんです」
そんな私の言葉に、加奈子さんはハッとして続く言葉を飲み込んだ。
「でもどうして、私が妊娠してると思ったんですか」
私は加奈子さんがどうしていきなり産婦人科に連れて来たのかが不思議だった。
「私、子供を二人産んでいるのよ。妊娠中って独特なものがあるのよ。未来ちゃんが初めてお店に来た時、いきなり泣いちゃったでしょ。私、あの時あなたが自ら命を断とうとしているのかと思ったの。だけど、一晩泊めた後、あなたは日進で暮らしたいって言って、積極的にアパートや仕事を探し始めたでしょ。それからも、感情の起伏の大きいことも続いたし……お昼前に菊池さんから未来ちゃんが吐いたと聞いたときに確信したわ」
「子供ができると泣き虫になるんですか?」
「涙もろくなる人が多いわ」
加奈子さんは私をアパートまで送って、帰って行った。
加奈子さんにはああは言ったものの、私はこれから先、どうしたら良いのか判らなかった。まず、菊池さんには妊娠のことを報告しなければならないだろう。そしたら、「ドルチェ」を辞めなければならなくなるんだろうか。あそこを辞めても、身重の女を好き好んで使ってくれるようなところはどこにもないだろう。
でも産みたい。克也には未練なんてないけど、芽生えた命は無碍にはしたくない。それに、もしかしたら……
そんなことを考えながら私は、眠れぬ夜を過ごした。そして、明け方近くになって、うつらうつらとし始めた時、アパートのドアが激しく叩かれた。
私がドアを開けると、茹でダコのようになったパパと蒼い顔をしたママが立っていた。加奈子さんは私がはじめ自殺するものと思っていたので、私が板倉家のお風呂をいただいていたときに、こっそりと清華の連絡先のメモを控えたらしい。それで今回清華に連絡を入れて、清華からウチの番号を教えてもらったのだ。
加奈子さんから連絡を受けたパパとママは、すぐに夜通し走ってここに駆けつけたのだ。
「未来!」
パパは挨拶代りに私を平手で打った。
「マーさん、止めて!!」
ママが慌てて止めに入る。それを片手で制したパパは……私をぎゅっと抱きしめた。