西へ…… (M-1)
私は西に向かっていた。とは言え、行き先は決めていなかった。そう、今までいた場所から離れられるのなら、私はどこでも良かったのだから。たまたま乗った電車が西に向かっていた、それだけのこと…
私の名前は飯塚未来、25歳。昨日までは都内の会社でOLをしていた。
過去形なのは、昨日の退社時に私は私の上司であり彼でもある人の机の上に辞表を置いて、文字通り「退社」してきたからだ。
そして今朝、私は何食わぬ顔をして家を出てきた。そのための荷物はもう何日も前から少しずつ駅のコインロッカーに入れてあった。
今頃彼は引きつった顔で、私の携帯電話に着信を入れている頃かしら…駅に着いた時にホームに掲げられた時計が午前8時40分を示していた。
その気になれば足のつき易い携帯電話も置いてきた。清華とか何人かの友達の連絡先は手帳に手書きしてきたけれど。たぶん…私はその誰にも連絡したりしないだろう。
そう、私は全く新しく生まれ変わるのだ。本当にそんなことが出来るのか分からないけど、とにかく今までの自分は捨てた。
そう思いながら、私は旅の友にと唯一持ってきたツールに併せて声を出さずに軽く口を開いて歌っていた。
-あの人の大好きなあの曲を…―
JRに私鉄、とにかく行き当たりばったりに電車を乗り継いで名古屋の郊外に行き着いた。。
そして、私は聞いたこともない地名の駅に降り立っていた。もう日も暮れてしまっている。
これからどうしよう…泊まるところとかを考えると、ターミナルまで戻ったほうが良いのかも知れない。
それにしてもお腹空いたなぁ…そう言えば朝食べたきりで何も食べてなかったんだ。ジュースだけは飲んだけど。
「ねぇ、この辺で美味しいものないかしら」
私は、ちょうど駅から降りてきたサッカーのユニフォームを着た男の子に声をかけた。何故その子だったかっていうと、ただ単に目が合ったというだけ。
「美味しいもの?じゃぁ、ウチに来ない?」
すると、その子はそう即答した。
「は?」
どうしていきなりそういう返事な訳?私、中学生?をナンパしたつもりありませんけど…私は怪訝な表情をしていたのかもしれない、その子は続いてこう言った。
「ウチ、3丁目でお好み焼き屋をしてるんだ。パパの焼くお好み焼きマジで美味いからさ、来ない?」
なんだ、それを早く言ってよ!納得した私はその子に向かって頷くと、その子について両親がやっているというお好み焼きのお店に向かった。
「僕は板倉陸、お姉さんは?」
歩きながら陸君に名前を聞かれた。
「私?私は……飯塚未来」
いきなり本名を名乗ってしまっていいのかなと思いつつ、子供相手に嘘をつくのもなんだし、適当な名前も思いつかなかったので、私は正直に本名を名乗っていた。
「へぇ、いたくらりくといいづかみくか、何か名前も似てるね」
すると陸君はそう言って笑った。そう言われればそうだ。声をかけたのが彼だったのも、何か縁があったのかもしれない。私はそう思った。