第7話 白河と2号と副作用
俺は走っていた。
それはもう、一心不乱に。
腕に抱えた、白河。
そう、俺は白河を抱えたまま、走っていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「如月さああああああああんんんんん!!!!」
如月さんなら、何とかしてくれる。
早く、早く、如月さんに、白河を!!!
俺は涙目だった。
だってよぉ、見ろよ今の白河。
俺がこうやって走る度に、「キャハハハハ」って嬉しそうに・・・・。
お、・・おれ・・・う・・・グスッ
こ、こんな白河じゃ、エッチな事も出来ねえじゃねーか・・。
い、今ならそりゃ、触りたい放題さ・・・。
でも、そんな事できるか? こんな白河に・・・グスッ
俺はもう、我慢できずに叫んだっ!!
「白河にっ、白河にっ!!俺は、俺はああああああああああああああああああああああ!!!!」
「正々堂々と!!!エッチな事したいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺は流れる涙に目がしみ、目をつむったまま全力で走った。
ドンッ!!!!!!
「キャッ!!」
「うおっ!!」
突然何かに激しくぶつかり、俺と白河はぶっ飛んだ。
「いった~~~い」
「痛ええええええ」
「あう~~~~~」
目を開けると、白河の顔が間近かに・・・・・。
「うう、白河・・・ごめんな?・・・グスッ・・お、俺が・・俺が全部悪いんだよぉ・・・」
「あたり前でしょっ!! このっ、超~~~ド変態っ!!!!」
バキイイイイイイイィィィィィィィッッッッッ!!!!!!
「痛えええええっ」
なぜか白河に殴られ、吹っ飛ぶ。
そして壁に
ゴンッ!
「うぎゃっ!!」
痛え~~~目の前がチカチカしやがる。
ま、また後頭部っ。
「き~~~~み~~~~ってさ~~~~~~~」
え? 白河?
「い~~~~ち~~~~~どさ~~~~~~~」
チカチカが直り、目の前が鮮明になる。
鳴らないのに、指ポキポキのスタイルで、お近づきになられる・・・。
「死んだほうがっ!!!いいよねっっ!!!!!」
ドスッ
は、ははは。俺は今、白河に蹴られている。
ドスッ
「でっかい声でさー、信っじらんないっっ!!」
ドスッ
「そんっなに、私にエッチなことしたいんだってねっっ!!」
ゲシッゲシッガシッガシッ・・・・・
何か急に凶暴化してきたなーこいつ。
あーでも、元に戻ったんだ・・・良かった。
一所懸命、蹴ってるけど、大して痛くないし、可愛いぜこいつ。
ああ、蹴られて嬉しい。
これがドMってやつか・・・・・。
蹴られながら、俺はそんな事を思った・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「君は信じられますか?」
「目の前に、白河が二人居ます。」
「さて、どうしますか?」
「① どちらかが本物だ」
「② セクハラして怒った方が本物だ」
「③ いやいや二人ともいただく」
「さあ! どうするっ!!!」
ガシッ
「痛えええ!!」
「さあどうする?じゃないわよっ!! 君ってさー、バカなの!? そういうことはさぁ、口に出して言わないでほしいんだけどっ」
はっ! しまった! そんなバカな!?
また口に出してしまったのか!?
まさか、テンパルと口に出てしまうシステムなのか!?
・・・・・・・・・・。
はあ~、そんな事を言ってる場合じゃないんですよ。
二人の白河を見る。
そう、目の前には白河と白河。
ただ、俺をボコった凶暴な方は、間違いなく本物だろう。
側には如月さんが無言で立っている。
どうやら如月さんが、本物を助けてくれたんだな。
だが、分からないのは俺の連れてきた、見た目白河にそっくりなこの子。
中身は全然違うけど。
もしかして・・・・またクローンなのか?
こんな時の如月先生。
「如月先生!! 質問があります!!」
威勢良く、且つ優等生のように手を挙げる。
俺の惨劇を、生温かく見守っていた如月さん。
「全く、急に・・・楽しそうだな、君達は」
そう言って、白河救出劇を語り始めた・・・・。
なんて事は無い。
どの部屋にもいない白河を、不審に思った如月さんは、部屋の間取りを確認。
すると計算の合わない場所を見つけたので、調べた(破壊した)ら、白河が居たと。
しかし、その時白河は、装置にかけられ、脳を弄られた……らしい。
らしいと言うのは、そういう装置にかけられていたって話し。
だからって幼児化したわけじゃないぞ。
この子供っぽい方は別人。
白河本人には、まだ何も変化は見られないし目的も不明。
今の内はだ。
もしかするとその影響で、今後脳に何かしらの副作用が出る―――可能性があるらしい。
脳だけに心配だが、「私にまかせろ」と如月さんが言うので、俺も白河も安心している。
ていうか、まかせるしかないし。
とは言うものの、気になって白河を見るが、
当の白河は、表情には全く曇りが無く、如月さんに完全な信頼を寄せているようだ。
呑気に自分そっくりな子が不思議で堪らないのか、その子の身体や顔をペタペタ触ったり、さすったりして自分と比べているようだ。
って、胸まで揉んでるし・・・・。
その子の後ろから、両手でサワサワする白河。
「あ、あうぅ・・キャッキャ・・い・・あ~~」
「あ・・・ちょっと私の方がおっきいかなぁ・・。」
自分と違う部分を見つけて嬉しいのか、胸対決で勝利した事の優越感なのか、なにやら得意気な表情を浮かべる白河。
なに張合ってんだよ・・・・。
確かにそこは俺も興味あるけどさ。
ま、何をされたか知らんが、こいつは如月さんのツボらしいからな、最悪の状況にはならんだろ。
しかし、この子はクローンって事でいいのか?
如月さんは何も言わないが・・・。
考えるのも面倒なので、素直に聞く事にした。
俺 「じゃあ、こいつは何なんですかね?」
白河「こいつとか言わないでよ! 仮にも、見た目は私なんだからねっ。」
2号「あううう・・・キャハハハ」
「君、この子大人しいからって、変なことしてないでしょうね?」
「し、してねえーしっ!!!」
俺達がぎゃーぎゃー騒いでいると、さすがに如月さんも呆れ顔。
「痴話げんかはやめてくれ。そろそろ真面目な話しなんだが」
痴話げんかと言われ、目を合わせ、「あ、あははは」と乾いた笑いの出る俺と白河。
「白河君2号は、クローンで間違いない」
当然の如く、淡々と話し始める如月さん。
なんで科学者ってのは、そんな平然としてられるんだ?
人が一人作られてんだぜ。
しかも、こんな会話も出来ない状態に・・・。
そんな俺の悲しむ空気は全く無視され、クローンとは?の説明が、白河の為にまた始まってしまう。
そして予想通り、何度も同じ説明が繰り返される。
なんでこいつ、こんなに理解力ないの?
とは、言わない。
むきになりそうだから。
「クローンだとして、さっきの来栖先輩αとは明らかに違うのは、どうしてですかね。」
「ねぇ、来栖先輩って?」
「ねぇねぇ、αってなに?」
「ねぇってば~~~~~」
服を引っ張るねえねえ魔人は無視して、如月さんの説明が始まる。
「来栖君は、クローンとして誕生後、ある程度の教育を受けている。それに対して、白河君2号は、まだ誕生したかばり、端的に言えば、そういう事だ。」
白河が、「教育ってなに?」と、小声で聞いてくるが、当然面倒なのでスルー。
「来栖君も含め、彼女達は、ここまでの成長を培養液の中で過ごしている。身体は大人になっても、経験が蓄積されていない脳は、赤ん坊のまま。という事だ」
くそっ、培養液の中だって!?
じゃあ、この子は子供の頃の記憶も無ければ、親の事も知らないってことだろ。
何となく考えてはいたが、あまりに可哀相だ。
しかも、生まれてきたらいきなり高校生の身体って・・・・。
そんなのってないだろ。
隣で、ねえねえ魔人がまたうるさいが、無視。
戦場で立ち止まる奴には、死あるのみ!
「些細な事だが、補足で説明すると、当然、普通の子供がするであろう体験を、彼女はしていない。例えば、子供はおねしょをするが、大人はしない。それは脳が覚えると、寝ている間の分泌量が減り、体内調整を自動的に行えるようになるからだ。あくまで予測だが、確信でもある…彼女は白河君の姿をした赤ん坊だ。起こり得る事象に対して彼女は何の対策もされていない」
分かるか?と俺達を見る如月さん。
嫌がらせのように難しい言い回しだったが、俺は大体分かった。
その直面してはいけない危機に。
対する白河は、完全に頭がポカンとオーバーヒート状態。
ねえねえ言う気力も無いようだ。
困るのは、たぶんお前なのに。
「要するに・・・俺、言ってもいいですかね」
「構わん。続けてくれ」
「白河2号機が、恐らく、おしっこ漏らすし、おねしょもするって事ですよね?」
「そうだ」
ようやく、ことの重大さが理解出来たのか、「うそ・・」と徐々に赤面していく白河。
「や、やだ・・・じゃあ、この子、その・・・お漏らし・・・」
まあ、確かに困ったな。
そんな状態の白河を俺も見たくない。
本人じゃないとしても。
かといって、このままこの屋敷に残せるか?
見ちまった以上無理だ。
たとえクローンで作られた物だとしても、一人の人間なんだ。
こんな所で、実験扱いされてたまるかってんだ。
隣で、白河が「我慢してね」と2号に抱きついている。
この光景だけ見ると、可愛い白河が二人に増えて、見た目かなり癒されるんだが。
「まあ、理由を先に把握しておけば、慌てない。そう言うことだ」
と、如月さんがその話題に終止符を打つと、俺達は立ち上がった。
・・・・・・・・。
ええ、座っていたんですよ。
2号が立っていられないんで。
で、俺が2号をおんぶしようとするのだが・・・・
触ろうとすると、バシッと手を払われる。
もちろん1号に。
どうしろってんだ・・・。
「おんぶなんかさせる訳ないでしょ。いやらしいわね」
「あのな~、こいつはお前とは違うんだぜ?見た目は同じでも、中身がお前じゃなきゃ、エッチな気分なんかには、ならないんだよ」
「ふ~ん。そ、そう・・そうなんだ」
どうしてそこで、赤くなる?
わけ分からん。
2号を背負う。
基本、素直で大人しい。
それが唯一の救い。
胸を押し付け、頬を俺の後頭部にすりすりしてくる。
「う~ん」とたまに漏れる声が可愛らしい。
ふっふっふ。
俺がお前に本音を言うとでも、思ったか。
ぶわ~~~か。
こいつは、こいつで可愛いんだよっ。
じーーーーーーーーー。
と、俺をジト目で1号が睨んでいるが動揺を見せてはいけない。
今は、大事なイベント中なんだからな。
男だからって、損な役割だぜ。
的な表情を崩さない俺。
完璧だな。
よし、じゃあ、どこに向かえばいいんだ?
「如月さん、どうしますか? このまま研究所に行きますか?」
「私は博士に用事が出来た。お前達は3人で、先に研究所に戻れ」
返事も待たず、スタスタ一人で行ってしまう、如月さん。
・・・・・・・・・。
ちょっと悩んだが、俺達は帰るか。
女子二人もいる事だし。
あと、こういう事だろ?
如月さんが、変態博士を相手している間に、白河達を連れて行けと。
了解っす。
まかせとけ。
あーしかし、こいつ抱えたまま、また階段下りるのかよ・・・。
階段を下りながら白河と話す。
「でも、結局、私を誘拐した人って誰なんだろうね」
はい? ああ、こいつ何も聞いてないのか。
「坂爪博士って言う、如月さんの元研究者仲間だよ」
「そ、そうなんだ・・・私をどうする気だったのかなぁ」
「ん~、分かんねえな。・・・お前と会う前に、その人には会ったけど」
如月さんなら、事情を知ってるかもな。
「そっか・・・その坂爪博士って、女の人なの?」
「いんや、男。たぶんおっさんだ。ただ、見た目は女」
「おかまってこと?」
「本物の女。科学力だか医学力だか知らねえが、自分を女に変えちまった。しかも、若くて可愛い女の子にな。キモイだろ?」
ま、脳移植だとか、細かい部分はいいだろ。
聞かれても説明出来ねーし。
白河は、そんなことが出来るの?と、不思議な顔だったが、やがて、信じらんないだの、キモイだのぶつぶつ言っている。
そう言えばたしか・・・・
「自分の事、七星ちゃんって呼んでね。とか言って、超キモかったぞ」
そう言うと、七星ちゃんて・・と考え込む白河。
やがて、顔を両手で押さえると、立ち止まり悲痛な声を上げた。
「!? う、うそぉ~!・・・・・げろげろ~~~あの子がぁ?・・・超やだぁ~~」
思わず白河を見つめてしまう、俺。
『げろげろ~』、じゃねえよ。
アイドルだろお前。
しかも俺の中でお前は、たまにパンツ見せてくれる、エロ天使様なんだらなっ。
イメージを大切にしろ。
パンツの為に。
・・・・・・・・・・・・・・・。
くだらない会話をしつつ、足早で階段を下り、やっと地上に辿り着く。
玄関はすぐそこ、大広間。
「無事、出られそうだな。」
と、安堵していると、俺達の前に女の子が現れた。
「七星様のご命令です。あなた達を殺します」
「み、美月・・・ちゃん?」
現れたのは、メイド服の女の子。
先輩αだった。
無表情のその顔は、相変わらず何を考えているのか読み取れない。
「殺します」と言われても、殺意のようなものは感じられなかった。
感情はないんだろうか。
白河2号とは違って、その雰囲気は機械的なものを思わせる。
「み、美月ちゃん、なにしてるの? 美月ちゃんも、誘拐されたの?」
困惑する白河。無理もない。
「・・・・・・・・・」
当然、白河の問いには全く答えず、パチンと指を鳴らす先輩α。
すると、上から無数の剣が落ちてきて、次々と床に刺さる。
ま、マジかよ!? またあれか!?
博士と対峙した時の惨劇が、頭によぎる。
この場に、如月さんはいない。
俺がなんとかしなきゃいけない。
俺に出来るのか!?
「あいつもクローンなんだよっ!下がってろっ白河」
俺は瞬時に叫び、「こいつを頼む」と2号を白河にまかせると、どこか二人を安全な場所へと・・・・
待ってはくれなかった。
先輩αが、手を挙げ、剣が浮遊する。
そして素早く、その無数の剣の切っ先がこちらを捉える。
一体どんな仕掛けなんだよ!?
などと、考える余裕はない。
俺は焦り、彼女に向かって猛然とダッシュした。
どうせ俺は死なねえし!!
「同じ技は通用しないんだよっ!!」
振り下ろされる彼女の手。
腕で顔を守りながら突き進む。
剣が飛んでくる!!
後ろで「キャアアアアアア!!」と叫び声が上がる。
「くそっ!!」
「ぐあっ!! あだっ!!」
腕と肩に剣が刺さり、さらには、足や身体をかすめ、傷がどんどん増える。
しかも、剣はまだまだある。
第2射、第3射と次々に放たれる剣の銃。
白河をやらせねええっ!!
「!!!!!ぐおっ!!!!」
太ももに一本刺さり、ズザザザーと見事にコケる。
が、すぐに自分で抜き、立ち上がる。
この時、極限状態の俺は、あまり痛みを感じていなかった。
先輩αが手を挙げ、第4射が打たれようとしている。
距離はもう近い。
恐らく、あれが打たれたら、全身を貫かれるかも知れない・・・。
動かない片足を恨めしく思い、俺は前方に飛んだ。
剣がヒュンヒュンと、耳元を通過する。
床を前転でゴロゴロ転がりながら、その場を微動だにしない先輩αへと接近。
そして遂にその腕をつかんだ。
「・・・・・・・・・・」
何の反応も無い、先輩α。
俺は「ごめん」と言って、腹に全力の一撃を叩き込んだ。
先輩αは、うずくまり、動かなくなる。
助かった・・・・。
腕と肩の剣を一気に抜く。
「!!!!ぐっ!!!!」
骨をゴリっとした感触!
刺さった時より痛い!!!
たまらずその場で無様にのたうちまわる。
しかし、すぐに回復。
前回と違って、腹や胸にダメージが無い分、だいぶ楽だ。
はっ!
そういえば白河は!!
慌てて振り向くと、遠くで2号を守るように抱き包んでいる。
ほっと、安心したのも束の間。
瞬時に俺の顔は青ざめる。
良く見ると、背中に何本もの剣が刺さっている。
信じたくない現実に、ただ呆然とし佇んでしまう・・・。
「白河ああああああああああ!!!」
我に返った俺は叫び、走った。
まさか、死んじまったなんて事・・・ないよな。
最悪な光景を予想し、頭が混乱する。
「あう?」とこちらをきょとんと見つめる2号。
「白河っ!!大丈夫か!!」
近寄り、急いでそっと肩に触れる。
瞬間、力無く崩れ落ちる白河を抱きとめると、
い、息をしてない・・・・。
う、嘘だろ・・・・
ど、どうしたら・・・
「まさか、本当に死んだ・・・のか・・・お前・・・。」
彼女の背中を見る。
絶対に死んだとしか思えない量の剣が刺さっている。
でも待て。
白河も注射を打ったんだ。
坂爪博士にやられた俺は、これよりも酷かったはず・・・。
俺は落ち着け落ち着けと、自分に言い聞かせ、彼女に刺さった剣を抜き始めた。
1本、また1本と。
なんでこんなに刺さってんだ、ちくしょー・・・・
涙目になる。
そして最後の1本。
それを見た瞬間、俺の口から嗚咽がこぼれた。
「う・・・うう・・・な、何なんだよ、これ・・・グスッ・・・何で、心臓・・に・・グスッ・・うう・・心臓じゃねえ・・かよ・・・」
まさに心臓のど真ん中を、それは貫いていた。
さすがに治癒能力が高まっていても、即死・・・・・じゃ・・・ねえか・・・。
絶望的だと思った。
でも、あきらめきれなかった。
ゆっくりと引き抜く・・・・。
大量の血が、ジワっと滲む。
そっと、彼女の胸に耳を当てる・・・。
心臓は動いていない――――――――
そのころ、如月は、坂爪博士と対峙していた。
二人の間に火花・・・・は散っていない。
落ち着いている。
いや、お互いソファーに腰かけ、むしろ親しい間がらのようだ。
「さすがだな。もう復活したのか」
「もう~、みくるちゃんったら、本気だすんだからぁ。死ぬかと思ったわ~。あ、ごめんね、お茶でもいかが?」
「ふむ。それもいいな」
ちょっと待ってねぇ~と、側にあったティーセットで紅茶の準備をする博士。
やがて二人は無言でお茶を始める。
そんな、和やかな雰囲気の中、会話を始めたのは坂爪博士だった。
「もういいわ。私の負けで。今回は手を引くわ」
「そうですか」
「もう手は打ってあるんでしょ?」
「ああ。私が戻らなければ、この研究所で貴方がしている事が、公になる手筈です」
「そう。ま、そんなのはいくらでも揉み消せるけど、面倒だわね」
「白河君になるつもりでしたか?」
「まあね。この身体にも飽きてきたし。それよりも、クローンを連れて帰ってもすぐ死ぬわよ?あれは失敗作だし」
「そんな事は構わない。それより、白河君の脳に何をしたんです…?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
白河のシャツのボタンを一つ、また一つと外す・・・・。
あらわになる、花柄の下着。
「ううう・・・グスッ・・・」
泣きながら見つめる俺。
何してるかって・・・・?
心臓マッサージしようと思ってな・・・・グスッ・・
胸の谷間に重ねた両手をあわせる。
「よしっ!」
パンパンと自分の顔を叩き、涙を止めると、
俺は力強く、体重を乗せ押し込んだ。
「ふんっ」
・・・・・・・。
ダメだ。
ブラのせいで、若干心臓の位置とは違う。
カップの部分に手をかける・・・。
こんな事で裸を見たくなかった・・・。
正直、思う。
震える手で、少しずつ上げる。
たわわな膨らみが少しずつ現れ、その先端が顔を出そうと・・・・
する瞬間。
パシン
顔を軽くぶたれた。
「や・・め・・て・・・よ・・へんた・・・い・・・」
弱々しく囁いた声。
白河が目を開けていた。
「し、白河~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
無抵抗の彼女を強く抱きしめ、大泣きしてしまった。
・・・・・・・・・。
俺って、こんなに涙もろかったっけ・・・。
しばらくして、彼女は大分回復した。
「あ~ん、でもダメ・・まだ頭がクラクラするよぅ」
まだ立ち上がれないご様子。
無理もない、結構出血したしな・・。
でも良かった、マジで・・・。
今日は本当に、如月さんに感謝してもしきれない。
あの注射がなければ、確実に死んでいたんだ。
もうこんな危険な所はこりごりだ、早く出よう。
しかし、こんな血まみれの状態では帰れない。
俺も白河も、服はボロボロ、血でべっとり。
「服をなんとかしなきゃ・・・」
どうする・・・・・・?
しばらく考えて、思い出す。
たしか、最上階に衣装部屋があった。
着れそうなやつ、いただいちゃうか。
そう、思い、白河に告げる。
「着替え、持ってくるから、待っててくれ」
どこに行くの?と不安そうな白河に後ろ髪引かれつつ、走り出す。
階段に向かう・・・・と、その前に、
念の為、先輩αの手を縛っとくか・・・。
復活すると面倒だ。
ズボンのベルトで手をきつく縛り、
「こんなもんだろ」と、階段を登り始める。
ぜーはー言いながら最上階に辿り着き、部屋を探す。
たしか・・・・。
バンッ
勢い良くドアを開け、ビンゴ! 衣装がぎっしり衣裳部屋発見!
すぐに物色を開始する。
しかし・・・・・・。
どれも微妙。
だって、全部見た感じコスプレ用だもん。
一つずつ手に取る。
ナース、警官、スチュワーデス、どっかのゲームで見た女の子の制服・・・。
水着・・・当然却下。
プラグインスーツ・・・ありえねえ。
・・・・あった!!
奇跡だ!三坂学園の制服!!
しかも男女揃って!
さすが変態博士。
・・・・・・・・。
しかし俺は、男子用だけ手に取り、女子用は元に戻す。
ふっ、バカな俺としたことが。
普通に制服着せてどうする?
まあ、あれも可愛いけど・・。
今日はどれにすっかな~~~。
ルンルンで物色する俺。
白河が無事復活しテンションがかなり高い、今の俺。
お、ラムちゃんの水着。
古典的だねえ~。
ふと思い出す。
先輩αの黒いメイド服。
フリフリひらひらのミニスカート&白いニーソックス。
あれだ・・・あれないかな~。
メイド服で、「ご主人様なんでもご命令下さい」とおじぎする白河を思い浮かべる。
ニヤリとする俺。
しかも・・・・あった。ありましたよ。
オーケーもう用は済んだ。
服を片手に抱え、戻る。
3段飛ばしで階段を下りる。
戻って来た俺は、
「すまん、着れそうな服はこれだけだった」
と、真顔でメイド服を手渡した。
「あ、ありがと・・」と、素直に受け取る白河だが、服を広げて文句たらたら。
いつもの元気は無いけど、もう大丈夫みたいだな・・・しかし、
「んん~、メイド服って、前から興味あったけどぉ~。今着るの?この状況で?・・・これ着て帰るのかぁ。やだなぁ~恥ずかしぃかも・・・・」
なかなか踏ん切りをつけてくれない。
そんな白河に対して、俺は先輩αを指差し、
「先輩、すげえ似合ってたじゃねえか。それに白河の可愛いメイド姿、俺見たいし、この状況で着替えがあるだけマシなんだって。」
そう諭すと、「分かったわよ・・・」と小さく返事をして、お手洗いへ向かう白河。
都合良く、近くにはデパートにあるような見事なお手洗いがあり、俺もそこに行く。
急いで血を洗い流し、いただいた制服に着替える。
そして大広間に戻り、まだかな~と待つ。
「あー、あー」と剣に近寄ろうとする2号を見つけ、慌てて側に座る。
しかし遅いな・・・・。
なんかあったかな。
覗いてみるか?
いやいや殺されるだろ。
う~む。
お!来ましたよ。
ちゃんと着てますメイド服。
OK。一緒に持ってきた、ヒールの付いた黒い靴も履いてるな。
近づいてくる。
「な、なによ・・そ、そんなに見るなっ!」
サイズが合わないのか、パツンパツンに張った胸の辺りを、恥ずかしそうに押さえている。
ふ、やはりな。
このメイド服は、あのロリ博士用。
サイズが合う訳がない。
もじもじと、短いスカートの裾を押さえる感じがたまらない。
新鮮だ・・・。
今日中に「ご主人様」と言わせてやる・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
その後、タクシーで帰った俺達3人は、研究所で如月さんを待っていた。
やっと落ち着き、テレビを見ていると、「白河真琴拉致される」のテロップ。
ニュースになっていた。
途中、警察も見かけたし、騒ぎになっているらしい。
ま、通報したしな。
横では、白河がマネージャーに無事を報告しているようだ。
その後もまったりしていると、ある事を思い出した。
2号におむつでも買わないとダメか・・・・?
しょうがないよな。
だって、あの子漏らしちゃうんだし。
白河の隣で、大人しくソファに座っている2号。
現状、解決策は他に思いつかなかった。
「じゃあ、俺、この子用に、おむつ買ってくるから」
そう言って、ここを出ようとする俺は後ろからガシッと掴まれる。
「ま、待ってよ、ちょ、ちょっと神崎君。何さらっとそんなこと言うかなぁ」
「だって・・・しょうがねえじゃん」
「そ、そうだけどさ・・・・」
なにやら、つま先で床をトントンして考え込む白河。
「私が行く」
「いいよ、俺行くから」
「いい。私が行く」
女の子にはいろいろ必要なの!とその後も食い下がるが、
その格好で行けないだろ?と説得し、買出しに出る。
たしか、近くにドラッグストアがあったはず。
適当に見つけ物色する。
子供用じゃないな・・・大人用っと。
すぐに見つけ考える・・・。
他に女の子って、何がいるんだ?
あいつ、いろいろ必要なんだからって言ってたよなあ。
あーあれだろ、あれか・・・・。
店内を探し周り、ようやくそのコーナーを見つける。
そう、今俺は、生理用品売り場にいる。
しかし・・・・
こ、これはきつい!
さすがに無理っ・・・でも買ったほうがいいよな?
「女の子の事、分かってないんだから」とか言われるのも癪だし・・・。
どれがいいんだ?
とりあえず、普通の布っぽいのを買う。
あとは・・・なんだか棒状の箱に入った物があるぞ。
んん~~~~なんか、CMとかで見たことあるなあ。
あいつ、どっち使うんだ?
同じ白河なんだから、あいつが使う方でいいんだろ?
面倒くせ、両方買ってあいつに聞けばいいか。
よしっと、とりあえず何個か手に取り、レジへ向かう。
レジには・・・・・。
強敵が待っていた。
それは・・・・
なんで、クラスの女子がいるんだよ・・・・。
バイトですかねえ・・・・・。
へこんで他のレジを見ても店員がいない。
手には、大人用おむつと生理用品がいっぱい・・・・。
どうやって乗り切る?
しかし、いい案は思いつかなかった・・・。
ば、バカいってんじゃねえよ、店の商品買ってなにが悪いってんだ。
俺は開き直り、堂々とレジへ向かった。
そして、
「ああ~、神崎じゃん。どったの?やだぁ、こんなとこで奇遇だねぇ」
と、速攻でバレる俺。
可愛く微笑む彼女の顔を見て、つい商品を隠してしまう。
しかし!
「ああ、ちょっと妹に頼まれてな」
と、何食わぬ顔で商品を突き出してみる。
ドキドキ・・・・・
すると彼女は「あ・・・」と言って、俺の顔と商品を3往復ぐらいし、そして無言・・・。
その後、会話がされる事はなかった・・・・・。
後日、坂崎から聞いたんだが、この子は実は俺に気があって、坂崎に最近いろいろと相談をもちかけていたらしい。
そして、女子の間で俺のこと、「変態おむつ」と影で呼んでいた事を俺も知る事になる。
そうして、俺の甘いエピソードは決して幕を上げる事はなかった・・・・・。
ブツを揃えた俺は、研究所に戻ると、
「これ、おむつな」と白河に渡した。
「奥に、如月さんの仮眠室があるだろ?そこで履かせちゃえよ」
「う・・・うん」
「どうした?」
「え?あ・・・まあ、自分におむつ履かせるって思うとなんだかなぁって」
元気なくうなだれる白河。
「じゃあ、俺がやるか?」
「!!!! バカ言ってんじゃないわよっ!変態っ!!わ・・・私がやるわよ」
まあ、今それが出来るの、お前しかいないし。
あーあれも聞いて渡しておくか。
必要だろ?
俺は生理用品を袋から取り出した。
「えっ、ちょ、ちょっとなに買ってきたのよ・・・・・」
そして、ビニールで包装された物と、箱に入った物を手に取り聞いた。
「お前、これとこれ、どっちつかってんの?」
「!!!!!!!!!!!!!」
一瞬見つめ合い、時間が止まる・・・。
しかし、急激に真っ赤に顔を染める白河。
そして、プルプル肩を震わせて、
「こ、ここここここ」
「こ?」
「ここ、こんなの使わないわよ私はぁぁっっっ!!!!!!」
コンッ!!
手近にあった灰皿(中身入り)を投げられる。
「ぶ、ぶはああ!灰が、灰が目にっ!!!め、目が死ぬ、た、助けて!」
「なんで君はいつもいつもセクハラするのよっ!!」
「くっ!!目がザラザラする!! だって、お前、生理の時、どうしてんだよっ!!」
「うるさいっ!! ちゃ、ちゃんと着けるし・・・って、・・もぉ~~~変態っ!!」
その後も戦闘が続いた事は言うまでもないが、
なぜあんな苦労して、こんな酷い目に・・・・・・・・。
程なくして、如月さんが戻ってきたが、既に俺はボロ雑巾と化していた。
そして今は、白河の身体チェック中。
カプセルに入れられ、如月さんが端末を操作している。
幸い、例の注射のおかげで、傷は既に皆無。
軽い貧血なだけだ。
しかし、心配なのは、脳への作用。
今のところ、なにも感じられないが・・・。
そしてチェックが終わり、如月さんは、結果を話し始めた。
坂爪研究所にて、脳を弄られた。というより、干渉を受けたらしいんだが、
白河の脳には、変化があり、特に前頭葉に大きな発達が見られるらしい。
ただ、それは悪性のものではなく、脳がさらに成長を遂げようと変化を起こしているという事だ。
だからどうした?
としか思えないんだが、現状問題はないので、このまま如月さんが調べていくそうだ。
「しかし、問題は他にもある。二人共、身体に重症を負った。だが、細胞活性のおかげで、すぐに回復している」
「そうですね。俺達、結局あれのおかげで助かりました」
「そうそう、私も死んだと思っちゃったしぃ…剣が刺さった時の感覚がまだ身体に残っててぇ…思い出しただけでも死にそう」
死にかけたというのに、あっけらかんとしている白河。
案外タフだな。
しかし…あの効果がなければ、たぶん死んでいた。
俺も白河も。
「ああ、だがそのおかげで、テロメアが減りすぎているようだ」
へ?それって結構大事な物だったような・・・。
「そうだ。君達の寿命はもってあと1年」
な、なんだって!?
「しかし、これを飲めば回復する」
食後に飲めよと渡された物は、普通のカプセル剤だった。
そんな簡単に!?
「但し、副作用がある」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
俺は今、研究所を出て帰り道だ。
白河はマネージャーが迎えに来てくれるらしい。
あいつ、今日の事、周りになんて説明するんだろ?
まあいいか。
2号は如月さんに預けてある。
如月さんいわく、「この子は心臓や内臓が極端に弱い」との事で、現状は通常の生活が出来ないらしい。
そして、白河の脳の変化。
全く、いろいろあったな今日は。
そう言えば、結局副作用って、何なんだ?
明日になれば分かるって言ってたけど・・・・。
気になるけど、飲まなきゃ死ぬって言われたらなあ。
そんな事を考えつつ、その夜、カプセルを飲んだ俺だった・・・・。
そして翌朝―――――――――――
妙に寝起きが良かった俺は、鳴る前に目覚ましを止めた。
着替え、リビングへ下りる。
そして、朝食の用意をする妹に、「おはよう」と朝の一言。
時間があるので、新聞を読みながら朝食が出来上がるのを待つ。
「兄さん兄さん、ジャムとバターどっちがいいですかぁ?」
パタパタと準備をしながら妹が聞いてきた。
「バターで頼む。」
即答すると、はーいと返事が聞こえる。
そして、新聞のある記事で目が止まる。
白河真琴誘拐事件―――――
ただ、記事には、白河が途中で逃げ出した為、未遂・・・となっている。
なるほど。
そうしていると、妹が朝食を運んできた。
「兄さん兄さん~~~、出来ましたよぉ」
いつものように、楽しそうに近づく妹だったが、俺の顔を見るなり、ちょっといいですか?と、間近で覗き込む。
じいいいいいいぃぃぃぃ。
見つめられる事、数十秒。
何か付いてるかなと、頬を触ったその時、
妹が、ガシャンと持っていた皿を落とした。
「に、兄さん・・・・か、顔が、顔が・・・あわわ・・」
俺の顔がどうした。
なにやら驚いて妹が絶句しているので、俺は洗面台へと向かった。
鏡を見た俺は、
「なんじゃこりゃああああああああああああ!!!!!」
鏡に写る自分は、とても幼い顔をしていた―――――――――
第8話へ続く