第23話 彼女彼氏宣言
あれから数日が経ち、俺の見た目もだいぶまともになってきた。
まだ完全じゃないんで本当ならもう少し様子をみたいところなんだが、どうせ俺はクラスでは影が薄いし少しくらい顔が幼かったり手が短かくても何事もないと思われる。
そしてなにより、今日はどうしても学校へ行かなければならない理由があった。
何故なら―――今日は加奈子がうちの学校に編入してくる日だからだ。
どうやって手を回したのか知れないが、俺と同じクラスだと言う。
偶然同じクラスになった――ではなく、『同じクラスにした』と加奈子は言っていた。
元々うちのクラスは他のクラスと比べても人数が一人多かったのに加え、ノノが無理矢理編入してきた事もありこれ以上の人数が増えるのは明らかに可笑しいはず。
そんな事を考えていたんだが、あいつの家は多分相当金持ちなんで恐らくノノとは違う無理矢理感で手続きをさせたんだろう。
まあ当学園は私立なんで、金の影響力は絶大ってワケでしょ。
そう言う事なんで、俺が居ないと寂しがるかと思ったワケなんだが‥‥どうやら勘違いだったらしい。
「やーやー皆さんお久しぶり。アンド知らない人初めまして」
片手を前に突き出した加奈子が微笑を浮かべながら教壇で挨拶している。
「いやさ、一回転校すると戻ってくる時って大変ってゆーか、色々コネ使ったってゆーか――」
何だか訳あり編入そして裏口の匂いを漂わせる加奈子を担任が制する。
「コホン――。麻生さんはクラス委員長である麻生七見さんのご親戚で―――」
と、普通に加奈子の紹介を始めたんだが、女子どもの歓声によってかき消された。
うちの学校は中高一貫。
当然、加奈子を覚えてる奴もいるってことなんだが、殆どの女子が立ち上がり加奈子の周りへとワラワラと集まりあっという間に過去の人気を取り戻したようだ。
中学時代ほんの数ヶ月しかいなかった加奈子だったが、奇想天外な行動とその存在感というかよほど印象が強かったのか、既に担任そっちのけで質問攻めにあっている。
イギリスに留学してたんだ、まあ当然とも言える。
そしてそんな輪の中に入らない、一人の女子が俺に近づいてきた。
「じーちゃん、あいつ誰?」
あれから度々我が家に顔を出していた加奈子だったんだが、一度も鉢合わせていないノノが不満そうに聞いてきた。
クラスの殆どの女子が知っていて自分が知らないワケだから、そりゃもう眉間にシワを寄せて。
仕方がないから説明してやろうかと思ったんだが、前席で特に興味がなさそうにしていた坂崎が代わりに答えた。
「ノノちゃんが知らないのは当然さ、あいつは中学ん時居た奴だから―――」
それを聞いて「あっそ、ならいいや」と納得したのかノノは自分の席へと戻って行き、その後ろ姿を和やかに眺めていた坂崎が少し怪訝そうな顔で俺に小声でヒソヒソと耳打ちしてきた。
「あいつ真性だな。あそこまで可愛くなってなんだが、将来どうすんのかね?」
何を言ってんだこいつ。
坂崎より3倍怪訝な顔をした俺を見て、ハテナマークを頭に浮かべた感じで更に聞いてくる。
「お前も見たろ、胸まで大きくしてさ。俺は思うワケ、男の娘ってもんはこうあるべきだって―――なんて言うの?自分的には男子のつもりであっても周りがそうは認めない可愛さっていうか――男友達なのについ意識させるような可愛い仕草や態度を取って、気付いたら自分は男の子が好きになっていた―――そんな展開が王道であって、あいつはその過程を通り過ぎて只のチ○コ付いてる女って感じの―――」
珍しく語りだした坂崎の話しを適当に聞き流す。
最近の萌え系アニメ増大のせいで、リアルにもそういう男子がいると思ってやがる。
男の娘だ?
そんな空想世界の非現実的な存在があってたまるか。
現実にいたらそいつは只の気持ち悪い系男子だっつーの。
ま、まあ斯く言う俺も2年間そう思ってたわけなんだが‥‥。
成程、勘違いしたまんまの男子は多いってわけか‥‥。
見た目が超可愛い加奈子に、何人もの男子が無反応を示していた現状の事態が把握出来たというか。
そして俺は坂崎や他の男子の誤解も解かない事を心に決めようと思う。
だってそうだろ?
加奈子の女子力は半端ねーぞ。
無駄にモテまくって他の奴と付き合う―――とか言う話しは充分ありえるから怖い。
あいつイケメンに弱そうだし。
そんな事を考えながら、クラスメートに囲まれる加奈子を生温かく見守っていたワケなんだが、生徒と生徒の隙間を掻い潜った僅かな隙間で加奈子と俺の視線がぶつかる。
「ヤッホー駿ちゃ~ん! そんな後ろの席なんだー、隣空いてるゥ~?」
嬉しそうに手を振る加奈子。
そして何事かと女子全員が振り返り、俺に視線をぶつけてくる。
が、面倒事には巻き込まれたくはないんで微妙に無視していると加奈子はつかつかと近寄ってきた。
なんでシカトなの?と書いてある不機嫌な顔で。
そして小声で聞いてくる。
「なんで無視するのさ。もしかして駿ちゃん、彼女いるの内緒にしたい系列?」
如何にも俺が秘めた恋が好きそうな感じで、ニヤけ顔で聞いてくる加奈子。
別にそうじゃないワケで。
只、面倒だし正直お前の事は好きだけど、秘めた関係は真琴とであって加奈子とではないし。
だから敢えて俺は小声ではなく普通に答える。
「別に秘密にしたいワケじゃない――」
それを聞いた加奈子が「ふ~ん、そ――」と漏らした後、とんでもねえことを言いやがった。
「なになにどうしたの?」とワラワラと俺の元へと集まってきた女子達に、
「や――私、駿ちゃんと付き合ってんだよね。だからさ、前みたいに皆とはあんまり遊べないかも。だって加奈子は駿ちゃんの物だしィ―――」
その後注目人物は俺へと移り、クラスの女子そして男子からも質問攻めにあったのは言うまでもない。
なにより、その後クラスは大騒ぎで、結局授業にならなかった現国の先生に申し訳ないと思った。
◇◆◆◇
「気持ちは分かるよ、あいつ可愛いもんな」
珍しく弁当持参じゃなかった俺は、坂崎と食堂でランチを取っていた。
「でもな~、遂にそっち系に走ったか‥‥まあいいんじゃん、親友として応援してやるよ」
250円と破格だが、玉葱しか具の入っていないカレーライスをパクつきながら上から目線で話す坂崎。
本人としてはノノと付き合ってるつもりだから、色恋沙汰に関しては先輩のつもりなんだろ。
でも俺は知ってるぜ。
未だに金払ってエッチな事を要求しているのを。
どこまでしてるのか知らないが、それは援交って言うんだよ?
早く気付けよ、直球で犯罪だぞ。
まあそれは置いといてだ。
そんな話しが真琴の耳に入ると厄介だ。
あいつの事だ、周りの目を気にせず教室内で俺に突っかかってきそうだ。
そうなると超高確率で大ピンチ到来の予感。
何がピンチかって、編入早々女子に大人気の加奈子は俺と付き合ってると宣言した。
そして同じく女子に人気があり、更にはクラスの男子ほぼ全員が付き合いたいであろうアイドル白河真琴が俺に絡んできたらどうする‥‥。
シュミレーションするとこうだ。
あいつの理性が簡単に吹っ飛び能力発動。
↓
能力者であることがバレて大騒ぎに。
↓
そんな周りの喧騒が耳に入らない真琴が更に暴走。
↓
「私と付き合ってるんでしょ!?」とか簡単にブチ切れて教室でシャウト。
↓
そして俺死刑執行。
そうなったらもう最悪。
俺は転校を示唆に入れることはもちろん、自己防衛に徹しなきゃならん。
真琴のアイドルとしての立場とかそんな人の心配どころじゃない、クラスでシカトやイジメにあったり、最悪の場合真琴ファンに殺される―――なんてシナリオも充分ありえる‥‥。
考えただけでも恐ろしい‥‥‥‥。
そんな恐怖に狩られていたもんだから食欲半減むしろ胃が痛い思いなんだが、買ってしまった定番のうどんを啜る。
すると、キョロキョロと不審な動きをしながら手にうどんが乗ったトレイを持つ加奈子が目に入った。
そして俺と坂崎を見つけると嬉しそうに近寄ってきて、断りもなく俺達が座っているテーブルへと着いた。
坂崎が「お、彼女来たじゃん」とか言って冷やかしてくる。
うるせえ。
「お待たせー、いや~ごめんごめん遅くなって。皆がなかなか放してくれないからさー」
ハハハ~と乾いた笑いを見せる加奈子。
いや、別に待ち合わせしてないんだけど。
「む、駿ちゃんノリが悪いなー。加奈子とランチしたかったっしょ?」
どうなのさ~と、ほっぺたをツンツンされる。
それを見た坂崎がヒュ~っと口を鳴らし、「お熱いね~」だとかガヤを入れるもんだから周りの生徒の注目を浴びてしまう始末。
しかもノノまで呑気に「慎ちゃんなんでノノを置いてっちゃうのー」と、クラス公認の美少女ブ男カップルが同じテーブルに召喚される。
周りから見たら俺と加奈子もアンバランスカップルに見えるのだろうか。
等と悠長な事を言っている暇もなく、加奈子を追ってきたであろう女子どもがワラワラと集まってきて大変な事に。
「嘘~!ホントに加奈子、神崎君と付き合ってるの!?」
「得意のシャレじゃないんだ‥‥」
「ねぇもしかして二人は中学の時から?」
等とうるさいったらない。
結局、違うクラスの生徒も集まってきて再び囲まれてしまう。
はっきり言って付き合いきれん。
当然ハタ迷惑極まりない顔をしていた坂崎&ノノカップルは、早々に食事を終わらせ俺に助け舟を出す事もなく退散。
加奈子は加奈子で皆にチヤホヤされて満更でもないらしく、嬉しそうに「いや~中学ん時コクられちゃってぇー」とか言ってガールズトーク全開。
まあ嘘は言ってないんだが、当の本人である俺がいる前でそんな昔のヨタ話をしないで欲しいんだが‥‥。
そして加奈子に注目が集まっているうちに、俺はフェードアウト。
隙を見て退散した。
◇◆◆◇
放課後―――。
クラスメートから冷やかしの歓声が上がるのも気にせず、速攻で加奈子を拉致した俺はある場所へと目指すべく足を進める。
「あのさー、加奈子、部活の見学に行きたかったんだけどォー」
と、加奈子が横でブツクサ言っている。
「お前が部活?体育系か?」
「うん、サッカー部入ろうと思って――って、いい加減手離してくんない?痛いっ――」
不機嫌そうに俺が強引に引っ張る腕を持ち上げアピールしてくる。
仕方ないじゃん、捕まえてないと知り合いの女子が通る度に「久しぶり~」とか言ってフラフラするんだから。
取り敢えず掴んでいた手首を離し、普通に手を握り返し「これでいいか?」と聞くと、「最初っからそうしろよ」と鋭い眼付きがオプションとしてついてきた。
その遠慮のないところが加奈子らしく、懐かして思わず顔がニヤけてしまう。
「なにニヤけてんのさ。まァ加奈子を独り占め出来て嬉しいのは分かるけどさ‥‥」
そう言う加奈子も満更ではない顔をしている。
実はこいつ、ちょっと強引にすると急にしおらしくなるんだよ。
そこんとこ、昔と変わってないみたいだ。
そんな感じでやっぱり可愛いなと思い出に浸っていると、加奈子が『何か言え』みたいな顔で俺を見てくる。
「‥‥サッカー部入るって言ってんのに、特にコメントないわけ?キミは」
俺はてっきりつまらない冗談だと思ってたんだが。
「女子サッカーは我が校には存在しないぞ」
「バカじゃん、加奈子がするわけないじゃん。この細い足で出来るワケないっしょ」
と言って、短くアレンジ済みのスカートをギリギリまで上げて太もも辺りをホレホレと見せてくる。
ワザとなのかチラチラとパンツを見せながら。
だから思わず身体を寄せて、足の付け根辺りを思わず凝視してしまう。
そんな俺を伺いつつ、加奈子が「相変わらずエッチだ変態君だ」と嬉しそうに俺を指差してくる。
完全に弄ばれてるな、俺。
ま、ラッキーパンツオッケー的な気分なんだが一応こう言う。
「お前のパンツなんか興味ねーっつんだよ」
「‥‥‥じゃあなんで、ちょっと前屈みなのさ――」
ん?ん?なんでなんで?と、俺の股間と顔を交互に覗き込んでくる。
うるせーっつーの。
仕方ないんだよ、例の後遺症のせいで再び成虫になったばっかりで敏感なんだ。
とは言えない。
「――じゃあなんだ、マネージャーでもやるのか?」
「そそ、やっぱMJでしょ。汗ダラダラの身体を拭いてあげたりぃ~、みんなのタオルを洗濯したりぃ~、加奈子の応援で張り切っちゃったりとかァ~、みんなで加奈子を奪い合いの取り合いっ子してさー」
ウフッと微笑んでうっとりな表情を浮かべる加奈子。
完全にトリップ中なので放っておく。
しかし加奈子にそんな甲斐甲斐しい部分があったなんて‥‥。
「やっぱりさ、彼氏はスポーツマンがいいよね! 出来ればサッカーだよ、うんサッカー選手」
ガクッ。
要するにサッカーマンな彼氏が欲しいだけかよ!
嬉しそうに目キラキラさせやがって。
しかしそんな話しをされたら当然面白くない。
やっぱりこいつもスポーツマンやイケメンがいいってのかよ。
俺が黙っていると、「あ、駿ちゃんヤキモチ焼いたの?」とニヤけた顔を送ってくる。
「そんなんじゃねーよ、お前の好きにすればいいだろ」
「あ~止めないんだァー」
図星を突かれて機嫌悪い態度をとっても全く動じない加奈子が、「ふぅ~ん、へぇ~」と伺ってくる。
「駿ちゃんはイイわけ?加奈子が他の男に汚されても」
「そこまでの話しじゃなかったよね!?」
「でも最後は結局そうなるじゃん」
確かにそういうシーンも一瞬頭に浮かんだけどさ‥‥お前も考えたワケ?
だけど、お前を止める権利―――
「俺には―――」
「あーはいはい、早く真琴ちゃんのコトは忘れなって」
頭の回転が早い加奈子に先回りされて、背中をバシバシ叩かれる。
「アイドルと本気で付き合う気なの?憧れるのは分かるけどさー。でもわっかんないよねー、なんで白河真琴がキミを好きになるのさ? どうせモテない君だと思って余裕で帰国してきたってのに」
別にイケメンでもないしなーと、人の顔をジロジロ見てくる。
いくら俺でもムっとするぞ。
「んじゃ、お前はなんで俺の事好きなんだよ」
勢いで、前々から聞きたかった事を聞いてしまう。
「は!? いつ加奈子がキミのコト好きって言った!?」
本気度MAXで聞き返してくる加奈子。
「え‥‥だってお前、俺と付き合ってるとか彼氏だとか、さっきも教室で―――」
「んん~言ったけどォー、駿ちゃんの場合は加奈子の下僕っていうか犬っていうか‥‥いやタマゴかな‥‥まあそんな感じじゃん?」
何が嬉しそうに『そんな感じじゃん』だよっ。
「誰が下僕だ、犬だ!タマゴって意味不明だろっ」
「だって前はそんな感じだったじゃん‥‥最後の方は会うたんびに加奈子見てハァハァ言ってたし」
‥‥‥‥。
否定は出来ない。
思い当たる節は多分にある。
タマゴは関係ない思うが。
「会う度に押し倒されそうになったり、ハァハァ言いながらキスしようとしたりしてさぁー、可愛かったなぁ駿ちゃん。まぁキモイ時もあったけど」
‥‥‥‥。
はい、その通りです。
だって仕方ないだろ!?
中二だよ、その時中二!
てゆーか、流石に本人に言われると恥ずかしくて顔から火が出そうなんですけど‥‥。
「だからはっきり言うと、駿ちゃんは加奈子のタイプじゃないワケ。加奈子イケメンがイイしぃ」
ワザとらしく口を尖らしながら言う加奈子。
「‥‥‥‥」
アレかな?
キレてもいいところかな?
普通にムカつくんですけど。
パシッと加奈子の手を離し、無言でツカツカ歩き出す。
女の子の歩幅じゃ歩いて追いつけない位のスピードで。
「あ、怒った?怒ったの?」
「‥‥‥‥」
「ちょい待ってよ~、駿ちゃん怒ったぁ?」
怒ってるっつーの。
でも‥‥‥‥
「怒ってねーよ‥‥‥‥」
ぶっきら棒に言う。
「怒ってんじゃーん」
当たり前だろ。
「ねぇ駿ちゃ~ん」
その後も怒ってる怒ってないの押し問答がしばらく続き、最後は加奈子が妹みたいに腕にしがみついてきたりシャツを引っ張ってきたりとしつこかった。
自分で喧嘩売っといてなんだって感じなんだが、しがみつく姿が妙に可愛くて、実はとっくに怒りは収まっていた俺だった。
結局、好きなんだよなぁ加奈子―――。
さて、もうすぐ如月研究所だ。
どうすっか―――。
24話に続く