第18話 ある惨劇と2年前の結末
「ほらっ動かない!」
「うぐっ‥‥もっと優しくしてくれ‥‥」
「ええ? 充分優しくしてるじゃない、大袈裟なんだよー」
「大袈裟じゃねえよっ、それが飛んできたんだぞ! 死んでもおかしくなくね!?」
「真琴がそんなことするわけないでしょ!」
いやいや、流石にフライパンが人体に命中したら高確率でイッテしまうと思うんだが‥‥。
これだぞと抗議を含めてフライパンを指差すが、美琴は「ただのフライパンじゃない」とアッケラカンとしている。
「その認識が可笑しいんだよっ」
「なんで? 神崎がそんな物で死ぬわけないじゃない」
「死ぬんだよ!普通の人間は!!」
「普通はでしょ? だってキミ、不死身じゃない」
「不死身じゃねえよ! 少し頑丈な部分があるだけだ! しかもここは生身なんだよっ!!」
額をチョンチョンと親指で触りアピールする。
え? 何があったかって?
知りたい?
んじゃ、ほんの少し前の時間帯なんだけど、巻き戻って勝手に見てくれ。
◇◆◆◇
「だからさ、ホント加奈子って凄いんだよ!」
「う‥‥うん‥‥‥」
「可愛いだけじゃないっていうかさ!」
「そ、そうだね‥‥」
「俺、マジであいつのこと好きなんだよなー」
「‥‥‥‥」
「でもまさか、加奈子がさ」
「‥‥‥‥」
「あれ? 白河?」
「‥‥‥‥」
いよいよ話しのクライマックスというか結末を語ろうかって時なんだが‥‥。
聞き手の白河の反応が薄い。
というか無い。
可笑しいなと思い白河を見ると、下を向いて黙っている。
おや、どうした?
しかも、なんだか全身をプルプル小刻みに震わせている。
ああそうか、俺としたことが気付かなかった。
ちょっと話しが長すぎたかな。
「わりぃわりぃ、トイレだろ? 我慢すんなよ、行ってきていいぞ?」
「‥‥‥‥」
「お?違う‥‥?」
てっきりそうだと思ったんだが‥‥微動だにしない白河。
トイレじゃなきゃなんだってんだ。
いや‥‥待て、もしかしたらアッチかもしれん、大きいほうだ。
そうだよな、女の子ってそういうの絶対気にしそうだもんな。
男だって、人前で「ウンコしてくる」って若干言いづらいもんな!
きっとそうだ、その全身のプルプル具合といい、何かをグッと堪える感じといい、間違いないだろ。
んじゃ、心優しい俺が手を差し伸べてやるか。
「おい白河」
「‥‥‥」
「おいおい、黙ってないで返事ぐらいしろって」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なに」
だいぶ間があった後に、恐ろしい程低い声が帰ってきた。
瞬間、背中にゾクリと悪寒が走る。
え?え? なんだコレ?
相変わらず白河は、下を向いてプルプルしている。
おいおい、そんなに我慢したら身体に悪いぞ?
そう思った俺は、思い切って直球を投げかけてやることにした。
「おい白河‥‥我慢しなくていいぞ? 行ってこいよ、ウンコだろ? 俺、そういうの気にしないからさ。アイドルだって女の子だって、ウンコぐらいするって。俺なんか昨日は2回もしてるぞ? ブリブリ~ってな、ブリブリ~~‥‥‥‥」
ブッチン――――――!!!!
何かが盛大にキレる感じがした。
いや、音は聞こえなかったんだけど‥‥何かがキレた、確実に。
白河が無言で立ち上がる。
見上げると、恐ろしい程冷めた目で俺を見下ろしている‥‥‥。
や、ヤバイ―――!!!
お、俺は知っている。
過去、このパターンの後に惨劇が訪れることを‥‥。
全身から一気に汗が吹き出す。
一瞬でシャツがベトベトになる俺。
白河が無言で指をポキポキさせる‥‥。
グ、グーパンチかな‥‥それとも蹴りかな~‥‥。
い、いずれにしても、全力攻撃されたって所詮女の子の力。
ま、まあ死にゃしないし‥‥ハハハ。
「ギ、ギミねえぇ‥‥‥」
「あ、いや‥‥‥歯を食いしばって話すのって、お、可笑しいって前にも言わなかったっけ?‥‥と、取り合えず落ち着けよ、な?」
「絶対許さない‥‥死刑だから‥‥‥‥」
ジリジリと俺から距離を取る白河嬢。
あ、あれ?
鉄拳制裁じゃ‥‥ない?
落ち着いたのかと安堵したのも束の間、白河がベッドの奥にある棚に手をかざすと、平べったい銀色のケースがス~と引き寄せられる。
ケースには、『色鉛筆12色』と書かれている。
ああ、12色入り色鉛筆ね。
俺も持ってた。
小学校とかじゃ必需品だよね、うん。
な、何が始まるのかなぁ。
イ、イラストでも書くのかな? き、きっとそうに違いない。
白河からは、黒いオーラが悶々と吹き出しているように見える‥‥‥‥。
こ、怖すぎる‥‥‥‥。
ゴクリと俺が唾を飲むと、ケースのフタがパカンと開いて色鉛筆たちが一斉に飛び出してくる。
そして一本一本丁寧に研がれた芯の先が、シュッシュッシュと、俺に向けられる。
「お、おいおい‥‥色鉛筆はそうやって使う物じゃないぞ」
しかし俺の提案は無視され、12本の色鉛筆は空中に固定のまま、白河がもう一度ベッドの奥に手をかざすと、新たな銀色のケースがス~っと引き寄せられる。
「き、器用だね‥‥」
ケースを見ると『色鉛筆24色』と書かれている。
「お、お~スゲー、24色か‥‥あ、憧れるよね、俺も欲しかったなあ‥‥」
もちろん、そんな俺の感想も無視され、24色の色鉛筆は一斉に俺に向けられる。
そして更に白河が手をかざすと、かなり大きめのケースが引き寄せられる。
ケースには『色鉛筆64色 プロ仕様』と書かれている‥‥‥。
どんだけ持ってんだよっ!!
当然そのケースもフタが開き、全ての色鉛筆が俺に向けられる。
総勢、計100本の色鉛筆が宙に浮いたまま、俺を狙っている。
ハ、ハハハハ‥‥‥。
ま、まあ鉛筆だろ?
そんなもんが飛んできたって、別に痛くなんか―――。
ヒュンッ―――。
「イッテ!!!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ―――!!!
「イッテイッテイッテイッテーーーーーッ!!!!」
想像以上に痛い!!
服の上からでも痛い!!!
「マジで痛いって! おま――ちょっと待て―――」
「ふんっ、はっきり言って私、すっごく傷ついたんだから!! 絶対許さない!!!」
少し震えた声でシャウトした白河。
瞬間、残りの百本近い色鉛筆がガトリングのように次々に俺に襲いかかる。
「ぬおっ!!! か、顔を狙うな!!! あ、危ない!!! 目はやめてくれ!!!目はやめれって!!!」
必死で顔面周辺を防御する俺。
しかし、服を着ていない部分を狙う残虐な白河嬢。
「お前―――本気で狙うなっ、このバカッ!!!」
「うっさい死ねっ!!!」
死ねと白河が叫んだ瞬間、ゴチンという音と共に激しい鈍痛が額を襲った。
目の前が真っ青になり、キラキラと視界に星がまったと同時に、俺の意識は遠のいた。
意識が完全になくなる直前、「あ、ヤバ―――」と白河の声が聞こえたような気がした。
◇◆◆◇
「よしっ、治療完了っと」
パタンと救急箱を閉じた美琴がにこやかな笑顔を向けてくる。
「まあ何があったかは知らないけどさ、生きてて良かったね」
事情を知らない美琴が、あっけらかんと言う。
白河に頼まれてマッハで俺の看護に来てくれたってんだが、まあ腑に落ちない。
なんで自分で手当しないんだ、あいつは。
そしてどこ行きやがった。
「ちょっとぉー、なに不満そうな顔してるのよー。真琴じゃなくって私が看護したのがそんなにイヤなわけ?」
「あーいや、そうじゃないんだけどな‥‥ちゃんと最後まで話し聞いてもらえなかったからさ」
「ふ~ん、何の話し?」
「お、おう‥‥ま、まあ色々あってだな‥‥」
最初っから話すと長くなるんだよ。
どうすっかな‥‥。
「あーはいはい。分かりました、真琴と記憶共有してくるからちょっと待ってて。私が話し聞いてあげるから」
そう言うと、美琴はシュッと消えた。
相変わらず便利な奴らだ。
俺も欲しいな、自分の分身みたいな存在。
え~となんだっけ、坂爪博士だっけ?
今度頼んでみっかな。
俺もクローンが欲しいってばよ。
そんな事を考えていると、美琴がシュッと現れる。
「おかえりー」
「‥‥‥‥」
俺が爽やかに呼びかけたんだが、無言で後ろを向いている美琴。
な、なんだ‥‥?
そう言えば、服装が変わっている。
さっきは何だか学校の制服みたいなのを着てたんだが、今は白河が着てた私服に入れ替わっている。
てことは―――。
「お前、白河か?」
「‥‥‥‥違う、美琴」
恐ろしく低い声が帰ってきた。
おいおい、
「え~っと、美琴さん? お、怒ってる‥‥のかな?」
「超怒ってる」
「ア、アハハハ‥‥そ、そうなのか。そう言えば、何で服変わってるんだ?」
「‥‥‥ドラマの撮影してたから、真琴と入れ替わっただけ」
「あ、そうなんだ‥‥」
さっきのニコやかな美琴はどこ吹く風。
舞台はまたもや惨劇の匂いがプンプンする世界へ―――。
と思いきや、クルリと美琴がこっちを向き、気だるそうに言った。
「はぁ~~~、見事に真琴のプライドズタズタにしてくれたよね、キミ」
なんだよプライドって。
「俺はあいつに全部知って欲しかったからちゃんと説明しようと―――」
「だからって、違う女の子の話しを延々と聞かされて、挙句にその子のこと好きだって言ったよね、キミ」
「あー、そうだけど‥‥」
「あのね、真琴ってキミが思ってるよりプライドめちゃくちゃ高いからね?」
「そ、そうなのか?」
「当たり前でしょ!? いい? 私達ってこんなに可愛いんだよ? しかもトップアイドルだからね? 分かってる?」
自分で言うのかよ。
てか、そんなの分かってるよ、分かってるけどさ‥‥。
「お前まで怒らなくていいだろ」
「怒るわよ! 私は真琴なのっ、二人は一緒なの! 知ってるでしょ!?」
その後、延々と説教を喰らう俺。
なんだよ、慰めに来たんじゃねえのかよ‥‥。
そして一通り全部吐き出したのか、美琴が落ち着きを徐々に取り戻してきた。
「―――で?」
「え?」
「え? じゃないわよ、するんでしょ、加奈子ちゃんの話し最後まで」
「していいのか?」
「その為に戻ってきたんでしょ? 早くしてよ」
まだ若干不機嫌な美琴に促される。
そうだな‥‥聞いてもらうか。
機嫌が悪い相手には話しづらいが仕方ない。
「んじゃいくぞ」
「うん‥‥」
面倒だから、もう結末から言ってしまおう。
「実はあいつ、男だったんだ」
「ハア!? 何言っちゃってんのキミ!?」
「男の娘だったんだよ! 俺だって信じたくなかったんだよ!!」
「嘘でしょ!? あんなに可愛いのに男だなんて!」
本当なんだ。
あいつは突然海外に引っ越したとかで、居なくなった。
それも担任の先生から聞いたわけで。
しかもその後クラスメートから聞いた話しなんだが、あいつ、転校してきた初日の挨拶で自分は男の娘なんだってカミングアウトしてたらしい。
だから俺以外、その事を皆知ってたんだ。
もうホントに腑に落ちないっつーか、ムカついたっつーか‥‥。
その時、俺がどれだけヘコンだか分かるか?
しばらく立ち直れなくて、家に何日も引きこもってたっけな‥‥。
「本当‥‥なの‥‥?」
「ああ。その後、加奈子から何の連絡もなかったのがその証拠だろ? 俺、遊ばれてたんだよ‥‥」
「そ、そんなこと―――」
「だってそうだろ!? あいつが何考えてたんだか知らないけどさ、あいつは本気じゃなかったんだ‥‥だから、何度もキスしようとしたのに、ずっと‥‥‥グスッ‥‥拒否されて‥‥」
もう最後のほうは涙声だった。
そんな俺を美琴はそっと抱いてくれて、俺は美琴の胸で泣いた。
「お、俺‥‥グス‥‥かな‥‥加奈子が男でも良かったんだ‥‥ヒッ‥‥それでも好きだって――」
「う、うん‥‥」
「そう心に決めて‥‥ずっと待ってたんだ‥‥で、でも連絡なくて‥‥グスン‥‥でも‥‥でもあいつ‥‥戻って、戻って来たんだよ‥‥‥‥う、うう‥‥‥‥」
「うん‥‥分かった‥‥分かったよ‥‥」
よしよしと、美琴が頭を撫でてくれる。
俺はもう涙が止まらなかった。
◇◆◆◇
一通り涙が枯れ果てた頃、美琴がボソリと言った。
「でも‥‥どうするの?」
「どうするって‥‥?」
「付き合うの?加奈子ちゃんと。 真琴はどうするの?」
「そ、それは‥‥‥‥」
答えられなかった。
しばらく沈黙が流れる。
そしてまた、美琴がボソリと言った。
「信じられないな‥‥あの子が男の娘なんて」
「まあな‥‥」
「だって、胸もちゃんとあったじゃない」
そうなんだ。
以前は無かった胸が、今日会ったらちゃんと存在していた。
いや‥‥単なる入れ乳だろ。
男が胸膨らむかってんだよ。
「とにかく、男だったらはっきりしなさいよね! まあ、真琴フッたらタダじゃおかないけど――」
美琴はそう告げると、目の前からいなくなる。
一人白河の部屋で取り残される俺。
え~っと、一体どうしたらいいわけ?
帰る?
帰れるわけないか‥‥。
この部屋、鍵も締めないで出られるわけがないよな。
仕方がないんで、ゴロンと横になった俺はそのまま深い眠りについた。
◇◆◆◇
「‥‥‥‥て」
「‥‥‥‥きて」
「起きてよっ!」
身体を揺さぶられ目を覚ますと、目の前には白河がいた。
「もう夜だから‥‥帰ってよ」
俺の寝起きも待ってくれない、冷たい一言。
俺は無言で起き上がる。
もう夜か‥‥。
随分寝ちゃったみたいだな。
流石にこのテンションで、白河と話しは出来ない。
俺はゆっくり玄関に向かって歩き出した。
すると、背中から話しかけられる。
「靴‥‥ないよ?」
ああそうか‥‥テレポしてきたんだっけ。
「飛ぼうか?」
振り向くと、白河が手を差し伸べている。
「いや、歩きたい気分なんだ―――」
そう告げると、俺は玄関の扉を開け外にでた。
扉を閉める瞬間、「――あ、靴―――」と言う声が聞こえた。
『取りに行こうか』って言うつもりだったのかな。
ちょっと白河に対してそっけない態度とっちゃったな。
でもさ、何話せばいいんだよ。
もう頭ん中ゴチャゴチャだってんだよ‥‥。
ペタンペタンと歩いてエレベーターに向かい、マンションを出た。
はは、流石に裸足はちょっと恥ずかしいな‥‥。
サンダルでも買って行くか。
見渡すと、丁度近くに100円ショップが目に入った。
「売ってっかな」
ズボンのポケットをまさぐると、小銭がいくらかあった。
トボトボと店を目指す。
周りには帰宅途中の人で溢れている。
何だか大勢の人の喧騒が心地良かった。
ちょっと遠いけど、歩いて帰るか。
電車には乗らないでさ。
そんな事を思いつつショップの前までくると、店の中に知った顔がいるのが見えた。
買い物カゴを片手に、大量の商品をポイポイとその中に放り込んでいる。
手足が長く細身の女の子。
結構背が伸びたんだな‥‥。
相変わらず顔がちっちゃくて可愛いじゃねえか‥‥。
加奈子だった。
俺はショップの前から加奈子をジッと見ていた。
しばらくして、買い物を終えた加奈子がウィーンと自動ドアから現れる。
「あれ? 駿ちゃん? なんでこんなトコいんの?」
目をパチクリさせながら、トコトコと歩み寄って来る。
俺は何かを言いたかったんだけど、口を開けたまま言葉が出なかった。
「駿ちゃん‥‥だよねー? 何で黙ってんの? あ、そう言えば結構背伸びたねー」
ちょいちょいと手をかざし、自分と比べて「ほらこんなに差がある~」と何だか楽しそうだ。
そんな加奈子が俺の足を見て、
「え? 何で裸足なのォー? キミってさ、行動がいつも可笑しい――あ、そう言えば、白河真琴と消えたっきりなんだっけ。こんなトコに居たわけ? てかさ、真琴ちゃん、超能力使えるってマジ? あァーいや、彩乃ちゃんから聞いたんだけど‥‥って、まァいいか。ちょっと待ってて」
一方的に早口で言い終えた加奈子が「コレ持ってて」と買い物袋を俺に投げつけると、トトトと走って再びショップへと戻っていった。
そしてサンダルを片手にショップから出てくると、「はいっ」と俺に向かって投げてくる。
しかし両手を買い物袋で塞がれたまんまなんで、キャッチ出来ず落としてしまう。
「あ~んもォ何やってんのォ~」
「はいっ足上げるっ」と片足を持ち上げられ、ご丁寧に靴下まで買ってきたのか、履かせようとしてくれる。
でも、両手が塞がれた状態で片足立ちには限界があった。
「おわっ!」
「あ、ちょっと」
ペタンとその場に尻餅をついてしまう。
「もォー恥ずかしいなァー、皆見てるじゃん‥‥ったく‥‥」
ぶつくさ言いながら、しゃがんで靴下を履かせてくれる加奈子。
こんな状態で人でなしかって思うかもしんないけど、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる加奈子のスカートの中を俺は凝視していた。
そう――以前はマジマジと確認した事なんて無かった。
だって思いもしなかったんだ、こいつが男の娘だなんて。
当然だろ?
スカートの中から、チラチラと子供っぽいパンツが見える。
そして加奈子が片足を立てた時に、股間の部分が丸見えになった―――。
ハ、ハハハハハ。
なんでだよ―――。
19話に続く。