第16話 加奈子編其の5
次の日―――。
興奮して殆ど寝てない俺は、早めに登校してきた。
何故かって言うと、加奈子がいるかもしれないから。
ただ、最近の登校率からして学校に来る可能性は低い気がした。
でもさ、だからってまたマンションに押しかけるのもどうかと思うよな。
あそこオートロックだしさ。
一応自宅の電話番号は知ってるんだけど、家の電話ってさ、なんとなくかけにくいんだよ。
そんな感じで色々考えながら学校まで辿りついた俺は、下駄箱で上履きに履き替える。
いつもよりだいぶ早めの時間帯なんで、靴を見ても、来ている学生は少ないようだった。
いや、ちょっと待て。
加奈子の靴がある。
あいつ来てんのか‥‥。
やばい、どうしよう。
って、別にやばくないんだけど、どんな態度とればいいんだろ。
う‥‥緊張してきた。
朝から妙な汗を掻きながら教室を目指す。
そして教室の入口までやってきて、中々入れない俺。
だ、大丈夫だろ、クラスの奴らいるわけだし。
そう思い、意を決して「ういーっす」といつもの感じで教室へと入る。
「あ、おはよー」
「はよ~」
「はよっ神崎君」
数名の女子が挨拶してくれた。
ていうのも、女子しかいなかった。
自分の席に腰掛ける。
三つ前の席には我が校指定の鞄が置いてあり、改めて、加奈子が来ていることを確認する。
――が、どこにいるんだ、あいつ。
いないのは分かっているのに、ついあっち向いたりこっち向いたりと怪しい動きをしてしまう。
そんな俺の動きを見て、目聡い一人の女子が近寄って来た。
「今日早いねー、神崎君」
それが合図となり、何故かは知らんがその場ににいる女子7、8名全員が俺の周りに集まって来て一斉に話しかけてくる。
「サッカーの朝練?」
「えーでも足ケガしてんじゃなかったっけー」
「何言ってんの?もう治ったんだよね、神崎君」
「ねえねえサッカーやめちゃうの?」
「えーーーっ、部活辞めちゃうの神崎君!」
「夏の大会で活躍したんじゃなかったけ」
「あーっ、聞いた聞いた、いっぱい点とったんでしょー」
「そうそう、勿体無いよ辞めちゃったら~」
「は、ははは‥‥‥‥」
苦笑いするしかない俺。
なんだこれ。
当然こんなに女子に囲まれたのなんて初めてだったもんで、俺カッチコチ。
しかもつい、顔がニヤけちまう。
そんなニヤけた顔のまま、その時教室に入ってきた加奈子と目が合う。
ドキッ―――。
瞬間俺は真顔になり、そのまま数秒加奈子と見つめ合った状態になる。
別にどうってことないんだろうけど、なんだかこの状態、俺がモテモテで超遊んでる男に見える気がして何か言い訳しないといけない気がしてくる。
そんな俺の目線にさっきの目聡い女子が気付き、加奈子に近寄っていった。
「あ、加奈子来てたんだぁ~~」
それがきっかけとなり、今度は加奈子が女子全員に囲まれる。
「久しぶり~~、加奈っち学校ちゃんと来なよ~~」
「そうだよ、みんな心配してるよー」
「せめてケータイぐらいでよーよう」
「具合悪いわけじゃないんでしょ?」
「先生んとこ行った?」
「あ、そうそう、あいつマジ心配してたよ」
「最初に行っといたほうがいいよ、職員室」
「あー、うん、ありがと。やっぱ職員室、行かないとまずいかなぁ」
「まずいって、なに?行きづらいの?」
「そりゃそーだよ、あいつウザいもんね」
「キャハハ、ウザいって酷くないっ?」
「ねえねえ、みんなで加奈子連れて行こうよ」
「あーそれがいいかも」
「加奈子行こうよ」
「え、あ‥‥うん」
結局、加奈子は半ば無理やり引っ張られ、そこにいた女子全員が教室を出て行ってしまった。
一人教室に取り残される俺。
あいつ、女子に人気あるんだな。
なんだか嬉しかった。
その後、加奈子は担任の先生と現れそのままホームルームへと突入。
「最近休みがちの麻生なんだが、今日からちゃんと登校する事になった。おまえら頼むぞ? 麻生は転校してきたばっかりなんだから」
如何にも加奈子が休んだのは『俺達のせい』、みたいな喋り方の担任。
それを聞いて、慌てて加奈子が喋りだす。
「ア、アハハ・・・私、サボりぐせあるからさー、今日もこれから早退するかもしれないんで、そん時はフォローよろしく」
それを聞いて、教室全体が笑いに包まれる。
いいキャラしてんな、あいつ。
しかも、ちょっと照れた感じがスゲー可愛かったぞ。
周りを見ても、クラスの男子全員やられてんじゃ―――って、あれ?
半分位の男子は加奈子に熱視線を送っているが、もう半分は全く興味ない雰囲気だ。
ま、まあ別にいいけど。
加奈子の良さが分からんとは、愚かな奴らだ。
そんなこんなで場が和み、朝からふんわりとした授業が開始されたわけなんだが、その一時間目の数学の担当教師が加奈子をあててくる。
サボった罰だとか言って。
「それじゃ、このXを導いてもらおうか。麻生、解いてみろ」
「えーーー、また加奈子~~」
「先生、加奈っちあてすぎっ」
「絶対嫌がらせだよねー」
「おーい、静かにしろー。これは休んだ麻生の責任だからなー、みんな大人になれー」
数学の教師が上から目線でたしなめてくる。
そんな中、加奈子がスクッと立ち上がり言った。
「先生、ノート持参でいいですかぁ」
「ん、ああ構わんぞ。でもさっき黒板に書いた中には、答えはないぞ~、大丈夫かな~?」
ニヤリとほくそ笑む数学教師。
とても感じ悪い。
その瞬間、加奈子の前に座る女子が、こっそり加奈子に向けて親指を立てる。
何の合図かは分からないが、ノートを片手に持った加奈子が、それをきっかけに黒板に向かって歩き出した。
そしてさっきの女子の机を通った時、ササッと自分のノートとその子のノートを入れ替えた加奈子は、そのノートを見ながら、スラスラと難解な数式をあっという間に解いてしまった。
「先生出来ました。これで合ってますかぁ?」
ふぃ~と、わざとらしく出てない額の汗を拭いながら言う加奈子。
それを見て、少し悔しそうに数学教師が言った。
「せ、正解だ‥‥」
オオォォォ‥‥‥とクラスに感嘆の声が上がる。
そして加奈子は満足げな顔で、自分の席に戻る。
その途中、さっきの女子と自分のノートをまた入れ替えた。
更に、どこに隠し持っていたのか、ポッキーを一箱その女子の机へと投げ入れる。
その間、僅かコンマ何秒の世界だったと思う。
昨日も感じたけど、加奈子って恐ろしいほど器用だな。
そしてその一連の動作を見ていた連中から、パチパチパチと拍手が沸き起こり、それに加奈子が答える。
「あ、こりゃどーも、いやいやお恥ずかしい」
その光景を見た数学教師にどうやら火が着いてしまったらしく、その後も加奈子をあてまくった。
しかし、ほぼ全員の女子が協力しカンペを出しまくり、なんなく切り抜ける加奈子。
スゲー結束力を目の当たりにされた。
なんでサボリ魔の加奈子があんなに人気があるのか―――。
まあ、具体的には分かんないけどさ、その光景が嬉しい俺は暖かく見守っていたよ。
そんでもってそのまま一時間目終了。
よしっ、今がチャンス。
教師が出て行ったと同時に俺は立ち上がり、加奈子の元へと歩み寄るが―――。
俺が行く前に加奈子はガタッと立ち上がり、教室から走って出て行った。
一瞬、俺、避けられてるのかな―――?
とも思えたんだけど、それを見たクラスの女子全員が、一斉に加奈子の後を追って行くのを見てもう何だか分からなくなった。
女子の怪しい行動が気になり―――というか、加奈子がどこに行ったのか知りたかった俺は、トイレに行く振りをして数名の女子を尾行する。
一体、どこに行くんだよ、クラスの女子達。
なんとか気付かれずにいると、どんどん階段を上がって行き、屋上の入口までやってきた。
良く見ると、屋上のドアは開いていて、次々に女子達が屋上へと出て行く。
可笑しいな、ウチの学校、屋上はいつも施錠されてる筈なんだけど。
誰も居なくなったのを確認し近寄ると、入口の下に粉々になった南京錠が落ちていた。
どうやったらこんな風に砕けるわけ‥‥‥?
まあそれは置いといて。
僅かにドアを開け、屋上の様子を伺う。
すると、やはりクラスの女子全員がいて、加奈子を中心に囲むように立っていた。
何やら加奈子が話しているんで、耳をダンボにして聞いてみる。
「早速集まったね、みんな」
「ったり前じゃん! 加奈っち一人で面白いことやろうなんて甘い!」
「そうそう、今日はなにやんのー?」
「加奈子ってホント教室にいないよねー」
それぞれが、勝手な事を話し出す。
ザワザワと何を言ってるのか分からない状態になるが、加奈子が喋りだすと全員が静かになる。
「ふっふっふ―――。今日、ここにいるみんなが、奇跡の目撃者となる―――」
物凄く胡散臭い口調で言い放った加奈子が、我が校指定鞄からエコバッグのような物を取り出し、頭上にそれを掲げて行った。
「ついに私は手に入れたっ!」
堂々とした態度の加奈子の手にある物を、千里眼を発動させ(ウソ)見てみると、例のアレだった。
思わず吹き出しそうになる俺。
アレだよアレ、『アキバ屋いや~ん』のエコバッグ。
何やってんだ、あのバカ―――って俺は思ったんだが、女子の反応は全く違った。
「わぁっ!アキバ屋いや~ん」
「す、すごっ、手に入れたんだ‥‥」
「か、加奈子、な、なに買ったの?なに買ったの?」
全員が物凄い食いつきをしていた。
嘘だろ!?
まさか女子全員がゾンビ好きとか?
って、ありえねーし。
もしくは世間的にゾンビが大流行りとかか!?
そうなったら、マジで世も末だな‥‥。
俺が日本の未来を安慈ていると、加奈子がいや~んバッグから一冊の本を取り出した。
「今日はこれをやっるぜぃ~」
それを見た女子から、オオォォォ‥‥と感嘆の声が上がる。
何の本だ?
遠くてイマイチ見えん。
千里眼発動!(ウソ)
カッと目を見開くと、段々と本の文字が見えてくる。
え~と、なになに‥‥。
『誰でも出来る悪魔の召喚術 創刊号980円』
ずるっ。
同系列だよね、ゾンビ本とっ!
心の中でツッコミを入れると、タイミング良く加奈子が喋り出す。
「今日は、悪魔を召喚します」
「キャ~、悪魔だって」
「え~~、じゃあ私サタンがいい」
「なに言っちゃってんの? メフィストよメフィスト」
「とか言ってベルゼバブじゃないの~」
「げっ、ハエの悪魔とかやめてくんない!」
各々が、悪魔について語り出す。
てかさ、ウチのクラスの女子って、みんなアレなの?狂ってるの?
悪魔にみんな食いつき良すぎだろっ、お前ら。
「それでは皆さん、加奈子は放課後までに魔法陣を仕上げます。他の皆には用意して貰いたい物がありますっ」
加奈子の話しを全員が大人しく聞いている。
宗教か、お前ら。
「まずは新鮮な血2リットル。それと、マンドラゴラと‥‥‥え~と、ドラゴンの肉と、あ、ドラゴンは爪も用意して。んでもって、四葉のクローバーとヘビの抜け殻―――以上」
「じゃあお願いね」と加奈子がお願いすると、「は~い」と綺麗にハモって返事をする女子達。
何が『は~い』だ、絶対揃うわけないだろ、やっぱり頭狂ってるよね!?ウチの女子!?
そこでチャイムが鳴ったんで、やむなく俺は離脱。
速攻で教室に戻る。
すぐに次の担当教師が来たんだが、女子は一人もいない。
「可笑しいわね、女生徒はどうしたのかしら」
先生が疑問に思うのも最もなんだが、男子は事情を知らないみたいで、みんな首を傾げていた。
しばらくして、緩~い感じで女子が戻ってくる。
「すみませーん、遅れました~」
「トイレがめちゃ混みでぇ」
「頭が痛くて保健室いましたぁ」
それぞれが適当な言い訳をして席に着く。
それでも、加奈子は不在、女子の半分は体調不良により早退という事になって、その後の授業は放課後まで全て自習となった。
なんなのこの自体。
まさか本当にクラスの女子ども、ドラゴンとかマンドラゴラとか探しに行ったんじゃないだろうな‥‥。
だとしたらホント、病院行った方がいいよ、マジで。
クラスの今後を憂いていると、あっという間に放課後になった。
その間、さすがに気になって、加奈子の様子を何度も見に行こうとしたもんだが、女子どもがウロウロ、ウロウロしてるんで、一度も屋上へは行けなかった。
一体どうなってんだろ。
しかも放課後のチャイムと同時にまた全員消えたもんだから、男子だけで掃除をさせられるハメに。
くそ、ブサイクな女子には後で蹴り入れてやる。
って、他の男子が言ってたぞ、女子ども。
それより、気になって仕方ない俺は、速攻――いや適当に掃除を終わらせ屋上へと向かい、入口付近に誰も居ないのを確認すると、こっそりドアを開け、様子を伺う。
案の定、そこにはクラスの女子全員が集まっていた。
集まっていたが、加奈子を中央にして、他の連中は屋上の端っこに待機している。
その理由は、加奈子を中心として、物凄くクオリティーの高い魔法陣が屋上の床に描かれていたから。
たぶんチョークで書いたんだろうけど、細部までしっかり書き込んであり、とんでもない労力を使ったと思われる。
それを半日で仕上げるんだから、あいつってホント、スーパー無駄に凄い。
そのスキルを、マジで真っ当な事に使えないのかと考えていると、加奈子が喋り出す。
「さて、各自調達した物を出してもらおうか‥‥フフフ」
不気味に微笑むと、たぶん意味もなくマントをバサッと翻した。
何故か加奈子はコスプレをしていた。
古めかしい茶色のマントに、穴だらけのこれまた茶色い帽子。
おそらく本人は、魔法使いか何かのつもりなんだろう。
だけど、俺から見たら銀河鉄道の主人公にしか見えなかった。
きっと悪魔を召喚して、機械のカラダでも手に入れるつもりなんだろう。
おっと、またもや心の中でツッコミを入れていると、各々が集めた物を出し合っているようだ。
「んじゃ、順番にいくね。新鮮な血2リットルは用意出来た?」
「はい、似たようなの持ってきたよー」
加奈子の前に、バケツに入ったチャプチャプした赤い液体が出される。
うおっ、マジで血なのか、スゲー。
「絵の具だけどさ、平気かな?」
ずるっ。
やっぱそうっすよね~。
それを見て、しばし加奈子はう~んと唸っていたが、「うん、いける」と首を縦に振った。
何がいけるだよ、ウソつくんじゃねえ。
次に出てきたのは長めのゴボウと、歪な形をした生姜だった。
「加奈子、スーパーで買ってきたよ。どっちがマンドラゴラかなぁ?」
どっちもマンドラゴラじゃねーっよ!!
思わず叫びそうになってしまったが、それを持ってきたのがクラスでも可愛いと評判の女子なんで許す。
「たぶんこっちだと思うよ、加奈子的に」
生姜を受け取る加奈子。
お前ら頑張ってるけど、フザけてるよね?
「え~っと、次はなんだっけ‥‥」
「ドラゴンでしょ。持ってきたよ加奈子」
次に出されたのは超難関のドラゴンシリーズ。
それは無理だろう。
「ふぃ~、結構高かったよコレ」
「あーホント? じゃあ後でお金渡すね」
「いいっていいって気にしないの」
持ってきたのは陸上部の女の子。
明らかに違う物なんだが、一切ツッコまない加奈子。
「こっちがドラゴンフルーツで、その袋にタカノツメが入ってるから。鷹ってドラゴンっぽいから、それでいいよね?」
「オッケ~」
何がオッケ~っだ。
ドラゴンフルーツはまあいいとして、タカノツメってあれだろ、米床とかに置いておくと、虫除けになるやつだろ?
既に爪ですらないし。
そして‥‥‥‥それまでなんの感動もなかったんだが、最後の二つは凄かった。
「加奈っち~、これホント苦労したよ~~」
体操服を来た女子の手には、四葉のクローバーとヘビの抜け殻がその手に握られていた。
全身ドロだらけになって、一体何処に行って取って来たのか。
相当頑張った感じが出ていた。
間違いなく、今日のMVPはお前だ。
用意された物を、丁寧に魔法陣に置いていく加奈子。
それを見守るクラスの女子。
きっと、置き場所も指定されてるんだろう。
それぞれを、魔法陣に描かれた五芒星の頂点に置いた。
そして、赤い絵の具が入ったバケツを手に取る加奈子。
すると加奈子は回転しながら、バケツの中身を魔法陣全体にベシャっと撒き散らした。
オオオォォォォ―――。
感嘆とも溜息とも取れる声が上がる。
しかし俺から見たら、今の絵の具で魔法陣の大半が流れて消えてしまっているんで、残念な感じなんだけど。
バケツを撒き散らし終えた加奈子は、「えいっ」と気合と共にそのバケツを屋上から下にぶん投げる。
おいおい! 下に誰かいたらどうすんだよ!?
それを見た女子どもから、再度オオォォォっと声が漏れる。
やっぱりダメだろ、こいつら。
そしてその後どうするのかって言うと、加奈子が魔法陣の中心で跪き、何やら呪文を唱え始めた。
「ウーサラマータラチョンロキナータ‥‥スマイルスマイルサッポロオキナワ‥‥‥‥」
最初は本を片手に真剣に呪文を唱えていた加奈子だったが、後半明らかに面倒になって適当な事をブツブツ言っている。
はっきり言って、笑いをこらえるのに大変だった。
しかし、どうした事だろう。
加奈子が呪文を唱え始めてから、雲行きが怪しい。
もう秋だというのに、黒々とした積乱雲が突如現れ、急に空が暗くなってきた。
物凄いタイミングでの天候悪化。
それを見て、女子どもが一斉に手を握り、お祈りを始める。
まあ頑張ってくれ。
生暖かく、見守る俺。
そして長らく適当な呪文を唱えていた加奈子が、立ち上がり叫んだ。
「いでよドラゴンっ!!!」
ドラゴンって悪魔じゃないよねっ!!!
俺が心の中でまたまたツッコんだその時―――。
ゴロゴロゴロゴロ、ピッシャーーーーッン!!!!
雷鳴とほぼ同時に、物凄い稲光が走った。
加奈子以外の女子全員が、「キャアアアッ!!」と頭を抱え地面に伏せる。
加奈子は空に両手を伸ばしたまま固まっている。
あ、危ないからしゃがんで?
いやマジで、カミナリ落ちるよ?
本気で心配していると、急に風が強くなり、どんどん雲が散っていく。
そしてその風で女子全員のスカートが大変な事になり、十人十色のパンツが現れる。
思わず連写モードでケイタイを握る俺。
しかし10秒もしないうちに風が止み、青空が現れる。
嘘だろ?
何この天気。
そして更に驚いたことに、どこからやって来たのか、加奈子達の上空で大きな鳥?がバッサバサと羽を広げながら飛び回っている。
「見よっ、ドラゴンが現れたぞ!」
声高らかに宣言する加奈子。
そして息を飲んで見守るクラスの女子。
いや‥‥どう考えても鳥なんですけど。
鮮やかな紫色の胴体と羽――その羽の裏側は灰色で、広げた羽から羽の長さは軽く1mを超えていそうだった。
そして次第にその鳥は高度を下げ、バッサバッサと羽を動かしスピードを落とすと、加奈子のすぐ真上までやってくる。
「あやややや‥‥‥」
変な声を出しながら、加奈子が他の女子数名に助けを求めるが、ムリムリ――と逃げられてしまう。
そんな様子にはお構いなしと、その巨大な鳥は羽を畳み、ストン――と加奈子の肩に降りて止まった。
「ふいいいいいいいぃぃぃ、ごめんなさいぃ―――」
瞬間、両手で頭を押さえながら、情けない声を発した加奈子。
巨大鳥が止まったまま、しばらく目をまん丸にして固まっていると、急に立ち上がった。
「これがドラゴンだっ!!」
ビシッと右手を前に出し、声高らかに宣言する加奈子。
それを合図に、女子全員がわいわい集まり出す。
「すっご~い加奈子ぉー」
「おっきいねー、その鳥ぃー」
「ホントにドラゴンだったりして」
「まっさかぁ~、んなわけないない」
「私んちインコ飼ってるんだけど、絶対それインコだよ~」
「うっそ、インコなの?」
「超デカっ!」
「フフフ――悪魔の召喚に成功してしまうとはな‥‥」
キャラを変え、悦に入る加奈子。
「しかしさ、加奈子って凄いよねー」
「ホントホント」
「絶対最後にさぁ」
「「「「奇跡起きるよねっ」」」」
◇◆◆◇
一人、校門で佇む。
悪魔召喚術も一応成功を収め、女子どもが散らばり出したんで、慌てて俺は帰り支度。
それでだな、ここで加奈子を待ってるってわけ。
そう言えばさっきの鳥なんだが、ケータイで調べた感じによると、スミレコンゴウインコって種類みたいだぞ。
アマゾンに生息する、世界最大のインコなんだと。
それが何でこんな場所にいるのかは不明なんだが‥‥‥。
寿命が50~60年あるらしいぞ、凄いよな。
等と考えているが、中々加奈子がやって来ない。
何やってんだろ、あいつ。
折角同じクラスだってのにさ、結局、今日一言も喋ってないんだけど‥‥。
しびれを切らして、横を通り過ぎたクラスメートの女子に聞いてみる。
「よう、加奈―――麻生知らね?」
「え? 加奈子? そう言えば、校門に障害物があるから裏門から出るって言ってたっけ」
ふむ、障害物ねえ‥‥‥。
辺りを見回しても、俺達以外には何も無い。
「それって俺の事かな?」
「さあ‥‥? 本人に聞いてみればぁ?」
何で俺が障害物なんだよっ!
軽く俺はそいつに礼を言い、ダッシュで裏門へと向かう。
最近運動してないんで、息が上がる。
ハアハア言いながら校舎をグルッと周り、裏門へと辿り着く。
「どこに行った?あいつ?」
見回すが、どこにも居ない。
もう出たのか?
門の外を見ると、20m程先にいる加奈子と目が合った。
「居たーー!!」
と同時に加奈子は踵を返し、全力で走り出した。
「お、おい待てよっ、待てって、加奈子っ!!!」
俺も全力で後を追う。
体力切れでスピードが落ちている俺だったが、巨大インコを肩に乗せて走る加奈子は、身体の重心がずれて真っ直ぐ走れずフラフラしていた為、あっという間に追いついた。
空いている方の肩をガシッと掴む。
「待ってくれ加奈子―――ハアハア‥‥」
「ああ、捕まっちったぁ‥‥」
諦めて振り向いた加奈子は、以外と冷静だった。
「なんで‥‥ハア‥‥逃げんだよ」
ぜーはー言いながら真剣な顔で聞くと、加奈子は急にノリが軽くなって、
「あーそだそだ、見てよコレ、私の使い魔。凄いっしょ、召喚したんだよっ」
ほれほれと、肩を突き出してくる。
すると肩の上で悠然とした態度だったインコが、巨大な羽を広げて俺を睨んでくる。
「こ、こえーよ‥‥何だこのインコ‥‥」
「インコじゃないよ、ドラゴンだし」
「どう見てもインコじゃねーかっ」
「ドラゴンだもんっ」
インコだドラゴンだと言い合っていると、バサササっとインコが空を飛び、俺の頭に止まった。
そして喋り出す。
「オマエコロス、オマエコロス、オマエコロス、オマエコロス―――」
『お前殺す』を連発する巨大インコ。
俺、言葉が出ないんですけど‥‥。
「ぷっ‥‥ククク‥‥‥キャハハハハハ―――」
そんな俺を見て、爆笑する加奈子。
きっとあれだ。
このインコ、タチの悪い人間に飼われてたんだよ、うん。
しばらくて、インコは喋り飽きたのか知らんが、バサバサっと加奈子の肩に戻る。
「このインコどうすんの、お前――」
「ドラゴンっ!」
「はいはい、ドラゴンどうすんの?」
「ウチで飼う」
「は?マジか? このサイズ、やばくね?」
「大丈夫だよ、加奈子、前にインコ飼ってたコトあるしぃ」
「お前いま、インコつったよね!?」
言ってない言ってないと、ブンブン首を振る加奈子。
何なの、そのこだわり。
ま、そのインコは今はどうだっていいんだよっ。
何て言えばいいのか‥‥。
「き、昨日さ―――」
「はうっ―――!!」
昨日という単語を発した瞬間、加奈子がビクッとなり、顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤に染まる。
そんな加奈子の顔を見て、俺も思わず顔がカ~っと熱くなってくる。
ま、参った‥‥が、頑張らねば。
「明日お前暇かっ!?」
振り絞った言葉がそれだった。
急に聞かれて目をパチクリさせる加奈子。
答えてくれないんで、ジッと目を見つめて俺も黙る。
そのままの状態でしばらく待っていると、ボソッと加奈子が呟いた。
「べ、別に暇だけど‥‥」
「おっし、じゃあ遊び行こう、楽しい所な?な?」
「た、楽しいトコって‥‥ドコ?」
そんなん分かんねーけど‥‥‥‥。
「考えとくからっ、俺に任せろっ! ちゅーことだからっ、明日の朝マンションに迎えに行くからっ!!」
「絶対居ろよっ!!」と大声で叫んで、その場を走り去った。
その時の加奈子の顔は、見てないんでどんな表情をしていたのか分からない。
だがよしっ。
デートの約束したああああああああああああああ!!!!!
かなり強引だったけど、大丈夫かな?
そう言えば、あいつの返事聞いてなかった‥‥‥‥。
だ、大丈夫かな‥‥‥‥。
17話に続く。