第15話 加奈子編その4
「じゃさ、奥に部屋あるからそっち行こっか」
『アキバ屋いや~ん』の袋を嬉しそうに抱えて、加奈子が提案してきた。
奥の部屋って要するに、
「お前の部屋ってことか?」
「そそ、加奈子の部屋。てかさ、ここ一人で住んでっから全部加奈子の部屋なんだけど」
当たり前じゃん――と書いてある顔で普通に答えてくる。
中二の女子が一人暮らしだと?
可笑しいだろ、そんなの。
「親はどうした、親は」
「あー親ね、わけあって一緒には暮らせてない」
含みある言い回しをする加奈子。
まあ、その辺は深くはツッコまねーよ。
「山崎こっちこっち」
チョイチョイと振り向きながら手招きする加奈子に、「神崎だ」と一応訂正してついて行くと10畳はあるちょっと広めの部屋に案内された。
「にひひ、ここ加奈子の寝室。特別に入室を許可しよー」
じゃーんと紹介されたその部屋は、物でいっぱいだった。
まずは大きなマガジンラックがドーンと側面にあり、これでもかって言うくらいマンガ本が並んでいる。
そしてその横には、100インチはあろうかと思われる大画面テレビ。
ステレオも充実。
そんでその奥にもまた棚があり、そこには大量のゲーム機とソフトが。
更にまだある。
反対側の壁には勉強机と思われる物があるが、既にそこはパソコンデスクと化してしていた。
「なにキョロキョロしてんのさ」
「あーいや、女の子の部屋ってどんなかなあって」
「む、この部屋に下着はないかんね」
「バカにすんなっ、そんなもんに興味あるか!!」
まあ、あるんだけど。
「そっかなぁ~? 神崎って変態じゃん」
ジト目で睨まれる。
そうなるよな。
きっと、昨日のことを言っているんだろう。
早く忘れろってんだよ。
しかしだな、女の子っぽくねえ部屋だな。
あまりに充実しすぎて、俺が住みたいくらいだわ。
唯一女の子っぽいと言えば、ピンクで統一されたベッドぐらいか。
元々小さいのか、この部屋が大きいからか、そのベッドは子供用かと見間違うくらいのサイズに見えた。
俺は迷わずそのベッドにドカッと腰掛けると、すぐに加奈子が抗議してくる。
「キミさ、いきなりベッドに腰掛けるなんてずーずーしくない?」
「他に座るトコねーじゃん」
「床があるでしょ、床が」
「フローリングじゃねーか、やだよ固いし。お前はいつもどこに座ってんだよ?」
「べ、ベッドだけど‥‥」
ならお前も来いよと、ポンポン隣を叩いてやる。
何故か遠慮して座る加奈子。
俺からは、だいぶ離れて座っている。
「もっとこっちこいよ」
「なんで」
「さっきの本、見るんだろ?」
「あー、そだった」
ズリズリと横移動をした加奈子が、例の本を取り出す。
「じゃじゃーん、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ――♪」
嬉しそうに、『ゾンビ』を連発するコスプレ美少女。
動画をネットにUPしてやろうか。
結構なアクセス数になると思うぞ。
「簡単に出来るゾンビの作り方―――って、なんなんだよ」
「いいからいいから、開いてみよーよ早く」
ペリペリとビニールを外し、ページを開く。
ゾンビってんだから、超キモい絵を写真とかを期待してたんだが‥‥。
最初のページには、アニメ調で書かれたゾンビのイラストが掲載されていた。
「うわぁ可愛い~」
確かに可愛い感じのゾンビだった。
デフォルメされていて、マリオに出てきても不思議ではないくらいの。
そしてパラパラとページをめくったが、ひたすらイラストだった。
ページをめくる度に「あ~ん可愛いぃ」と、加奈子は満足そうである。
「どこに載ってんだよ」
「え、なに?」
「ゾンビの作り方」
「ん~、最後の方じゃん」
ゾンビのアニメ絵なんか見て、何が楽しいかっての。
僅かに興味があるのは、その作り方とやらだ。
本当に書いてあんのかよ、騙されてんじゃねーの?
どんどん先をめくっていくと、カラーページからいきなり白黒ページに切り替わる。
紙質も落ちて、ザラザラした感じ。
週刊誌みたいな作りだな、おい。
別に期待してたわけじゃないからどうでもいいけど。
一応目を通してみると、ゾンビとはどんなものかが書かれていた。
『ゾンビとは、死体のまま蘇った生物である――』
ふむふむ、まあそうだろ。
『ゾンビを見た、あるいは捕獲した――等という例は数多く報告されているが、どれも信憑性のないものである』
まあそんなもんだろ。
『詰まる所、ゾンビとは映画やファンタジーの世界の者であり、現実には存在しない、ある意味妄想からの産物である』
って、おーい!!
「ダメだこれ、ゾンビ全否定してんじゃねえかよっ!!」
所詮こんなもんか、創刊号980円。
次号は出ないな、間違いなく。
続きを見るのも面倒になり、加奈子に本を手渡した。
「読み終わったら教えてくれ」
女の子の寝床だというのに、俺はずうずうしくも横になり寝転ぶ。
加奈子から突っ込まれるかと思ったが、ゾンビ本の続きを真剣に読みふけっていた。
何が面白いのやら‥‥。
そんな加奈子を横目に、無意識に枕に顔を埋ずめる。
あ、やっべ、なにこの枕。
超いい匂いするんだけど。
そんな気は全くなかったんだが、ついスーハーしてしまう。
嗚呼‥‥この枕持って帰りたい。
「なあ加奈子?」
「んー?」
「まだ読んでんのか」
「うん」
「そうか」
‥‥‥‥。
‥‥‥‥。
‥‥‥‥。
「なあ加奈子」
「ん?」
「この枕、俺にくんない?」
「‥‥‥‥なんで?」
クンクン匂いを嗅ぎながら、
「超いい匂いすんだよ」
言った瞬間、加奈子はスックと立ち上がり、俺から枕を奪う。
「おわっ、なにすんだよっ」
「死ねっ!!!」
ボフンッとその枕で顔面を強打される。
そしてそのまま部屋を立ち去る加奈子。
イッテーな、なんだよあいつ。
その後1分程で、加奈子が同じ枕を持って戻ってきて、「はいっ」と俺に枕をぶん投げてくる。
「お、なんだ? 貰っていいのか?」
「やるか、この変態!」
「は? なんで変態なんだよ‥‥」
ぶつぶつ文句言いながらも、渡された枕の匂いを嗅いでみる。
洗濯したての匂いがした。
「おい、なんだこの匂いは」
「なにが?」
「洗濯の匂いしかしないぞ。さっきのはどうした」
「‥‥‥‥」
無視された。
俺そんなに変なこと言ったか?
う~む、中二の俺には分からん。
まだまだ子供だな。
つまんねーな。
俺は再び横になる。
加奈子のお尻が目の前にある。
どうせ暇だし気付かないだろうから、スカートの中身でも見てやるか。
後ろからヒラヒラのスカートを摘んでみる。
そのまま持ち上げると、真っ白いごく普通のパンツが現れる。
ゴクリ――。
ヤバイ、こんなに近くでパンツを見たのは初めてだ。
ずっと見てたいなー。
そう思い、少しいじると上手い具合に服の間でスカートが挟まり、丸見え状態のままになった。
うっし、俺グッジョブ。
パンツ補完計画大成功。
そしてまた、ひたすら眺める―――。
と、そんな事をしていたら、加奈子がいきなり立ち上がった。
「おお! 最後のページでキターーー!!」
「ぬおっ! こっちもキターーーーー!!!」
下からのパンツアングルの、なんと絶景やらっ!!!
お、お尻がまん丸だ! そして割れてる!!(当たり前)
と思ったら、クルッと一回転して俺に向けて本を突き出してくる加奈子。
その拍子に捲れ上がってたスカートが元に戻る。
「ちょいちょい、見てみコレコレ」
嬉しそうにゾンビ本を見せる加奈子。
「嗚呼‥‥俺の神セッティングが‥‥」
「え~っと、なんでヘコんでんの?」
「なんでもねーよ‥‥」
変なの――と、小首を傾げる加奈子。
っふ、まあいいさ、
「後でもっと凄いことしてやっからなーーーーっ!!!」
スパーーーン!!!
スリッパで頭を叩かれた。
「なにすんだよっ!」
「うっさいから叩いた」
「は、はい、ごめんなさい‥‥」
コホン‥‥‥‥。
言っておくが、俺は変態ではない。
純真な中学2年生の少年だ。
気を取り直して、
「で、なんだよ。作り方でも載ってたか?」
「うんうん、コレ見てよっ」
むふぅ~~と鼻息を吹きながら、そのページを見せてくる。
え~と、なになに‥‥。
『それでは最後に、ゾンビの作り方を解説しよう』
ほうほう。
『まずは新鮮な死体を用意します』
「却下だろっ!却下だっ!!」
「えーーー、なんでぇ~?」
「死体なんかそう簡単にあってたまるかっ!!」
「死体じゃなくてもいいんだって」
ほらコレ――と、続きを指差す。
んん?どれどれ‥‥‥。
『死体が準備出来ない場合は、死にそうな深手を負った若い少年(15歳前後が適当)が揃えば問題無い』
「何が問題無いだ! 問題ありありだろっコレ」
「15歳前後の少年って、目の前にいるんだけどぉ」
ツンツンと肩を小突かれる。
「じゃ、深手負ってきて」
「負えるかアホッ!!!」
ホントいい加減だなあ、この本。
でも、取り敢えず最後まで読んでみよう。
『深手を負ったら、そこにゾンビパウダーを塗り込みます』
「聞いたことない素材が出てきたんだけど!?」
「加奈子に言われても知らないよー」
なんだよ、ゾンビパウダーって‥‥‥‥。
お、まだ続きがあるぞ。
『次号はゾンビパウダーの生成方法を特集いたします』
「続くのかよっ、このくだらない本!!」
「やば、次号も買わなくちゃ‥‥」
「もう買うなっ!!!」
いや、ぶっちゃげ、最後の方はちょっと面白かった。
こうやって、ネタを小出しにして次々に買わせようという作戦なんだな。
恐るべし、出版業界。
と、バカな事を言ってる場合じゃない、今何時だ?
携帯で時間を確認すると、既に9時をまわっていた。
「俺帰るわ」
そう告げると、加奈子は『え?』ってな顔をして、
「もう帰んの? まだいっぱいあるのに――」
『アキバ屋いや~ん』の袋から、創刊号シリーズを次々に取り出す加奈子。
「お前どれだけ無駄遣いしてんだよっ!?」
「えぇ~~そんなの加奈子の勝手じゃん、キミだって楽しそうに読んでたくせにぃ」
「さ、最後のちょっとだけだよ‥‥」
「ふんっ、あっそ」
むく~っとほっぺたを膨らませて、不機嫌さをアピールする加奈子。
その仕草があまりにも子供っぽいから、ぷっと思わず吹き出してしまう。
「なに笑ってんのさ」
「あー、いや、違うんだ。俺さ、お前に伝えたいことがあるんだ」
「な、なにさ、改まって‥‥」
出会ってから初めて俺が真面目な顔をしたもんだから、加奈子が緊張して正座になる。
俺はそんな加奈子の両肩を優しく掴み、ジッと目を見て伝えた。
「俺さ、お前に最初にあったあの神社で、その‥‥」
「神社で――?」
ポカンと口を開けて俺を見上げる加奈子を見て、つい口ごもってしまう。
くっ、頑張れ俺!!
「えっと‥‥お、俺、お前のこと‥‥じゃなくて、お前に一目惚れしたんだっ!!!」
「―――!!!―――」
そう告げた瞬間、加奈子の目が大きく開いた―――ような気がした。
そして俺はもう、何言ってるか分からなかった。
「だからお前の事が好きで‥‥好きだからその――」
恥ずかしくなり、思わず立ち上がってしまう。
そしてあらぬ方向を見ながら話す。
「まだ知り合っったばっかだけど‥‥」
チラッと加奈子の方を見ると、さっきと同じようにポカンと口を開けてこっちをジーーーーっと見つめてくる。
うう‥‥やばい、緊張MAXだぜ‥‥。
「だ、だからまた、遊んでくれよ、な? 絶対だぞ!」
最後にそう言い放ち、恥ずかしくて居られなくなり小走りに部屋を出た。
出る瞬間に振り返って、「んじゃ俺帰るな!」と加奈子に言ったんだけど、その時も加奈子はこっちをひたすら見つめるだけだった。
◇◆◆◇
帰り道、俺はテンションMAXだった。
「おっしゃーーーーっ!!!」
思わず叫んで、空中に昇竜拳を放つ。
勢いで言ってやったぜ!
あ~~~初めて告白した初めて告白した初めて告白した初めて告白した。
こ、こんなに胸がドキドキするなんて‥‥マジやばい。
なんか、最後あいつ、可愛い顔してたよな~~。
あいつ俺の事好きかなあ?
どうかな~~。
嫌いじゃないよな、たぶん。
でも好きかってゆーと、全く自信ないよな。
あ~~~どうしようどうしよう‥‥‥‥。
「あっ! しまった!!」
次に会う約束すんの忘れたっ!
あいつ学校来るか分かんねえし‥‥。
失敗したなー。
携帯も聞いてないし‥‥ああ、ダメだ!ダメダメだっ!!
結局その日は、家に帰ってからもそんな感じで興奮おさまらず、朝まで騒いでいた俺だった。
16話に続く。