第14話 加奈子編其の3
翌日の放課後―――。
俺は加奈子の自宅の前にいた。
そう、例のボロアパート。
やっぱりさ、仲直りするなら会うのが一番だよな。
一晩考えた結論がそれ。
学校に行けば会えると思ったんだけど、案の定加奈子は今日も不登校。
何やってんだよあいつ、って感じ。
もちろん、温泉神社も探索済みだ。
あとはもう自宅を張るしかない。
ちゅーことで、かれこれ30分程、アパートの前で立ちんぼ中なわけだ。
いつ帰ってくんのかな、あいつ。
会ったらまずは謝ろう。
男らしい態度で挑めば、たぶん大丈夫だろ。
あいつ、あっさりしてそうだから。
比較的前向きに考えながらひたすら待つ。
更に一時間経過―――。
おいおい、もう暗くなってきたじゃねーかよっ。
そもそも、ここで加奈子と会えたことって一度もなかったよな!?
今日も会えないパターンのやつ―――。
―――と思いきやいた。
加奈子発見―――。
100m程先から、こちらに向かってトボトボ歩く女子を発見。
遠目だが、間違いない加奈子だ。
俺って目いいだろ?
良く見ると、本を読みながら歩いてくる。
要するに、こっちに気付く気配は無い。
思いついたんだが、ここは偶然を装うってのはどうだ?
自宅で待ってたらキモいだろ。
そう考えた俺は、早速アパートの先の曲がり角で待機。
近くまで来たらここから現れ、『よ、偶然だな!』的なノリでいこうと思う。
完璧だろ?
そうと決まればと、角からチラチラ見ながら待つ。
が、なかなか来ない。
歩くのおせー。
本なんか読んでるからじゃボケー!
こうやって待ってるとドキドキすんじゃねーかっ!
案の定、フラフラしながら歩いてるから、通り過ぎた車にプップーとか鳴らされてるし。
しかも何だあのカッコ。
頭には、何故か真っ黄色のベレー帽。
そして黄色調でまとめられた、制服‥‥?
足にはピンクのニーソックスで、絶対領域を上手く作り出していた。
明らかに現実世界では存在しない学校の制服だな。
アニメかあいつ。
いや、コスプレの帰りとか?
う~む‥‥可愛いけど、軽く引くよね。
そんな事を考えていると、やっと間近に迫ってきていた。
やべえやべえと、慌てて角がら姿を現し、口笛を吹きながら歩いてみる。
アパート付近まで来る。
歩幅を緩め、加奈子がアパートに到着するのを―――。
―――って、加奈子自宅素通り~~~。
なんでやねん!
そのまま俺をも素通りで立ち去る加奈子。
無視されたわけじゃないよ?
本に夢中で全く気付いてない。
計画がパーになり、しばし立ち尽くしていると、どんどん遠ざかる加奈子。
まずい、どうしよ。
取り敢えず、着いて行く?
見失ったら困るんで、走って追いつく。
途中で、新聞が落ちてたんでなんとなく拾っておく。
しばらく、後ろをつかず離れずでいたんだが、思い切ってすぐ隣を歩いてみる。
ここでさっき拾った新聞登場。
颯爽と新聞を広げた俺は、『お前のことなんか気付いてないんだからねっ』なていで歩く。
しばらく並んで歩いてみる。
チラチラと横を見てみるが、気付かない。
なんでだよっ、いい加減気付けよっ。
相変わらず本を両手で持って、ニヤニヤしながら歩いている。
覗き込むと、俺もよく知ってる少年マンガだった。
頭の悪さ全開だな、お前。
更にまた引いたわっ。
しかも途中、「ぶーーーっ」とか言って普通に吹き出してるし。
周りの目を考えろ、周りの目を。
俺もいい加減もう待てないよ?
思い切って話しかける。
「お、加奈子じゃんっ、超偶然じゃん!」
「‥‥‥‥」
「その本、12巻だろ? 俺も持ってるぜっ」
「‥‥‥‥」
ガン無視。
なんでやねんっ!
そこまで嫌われたのかって一瞬思ったけど、良く見ると耳にはイヤホンが。
耳を澄ますと、シャリシャリ音漏れがするほどの大音量。
電車の中にいたら、おじさんおばさんが嫌な顔するタイプのやつ。
ダメだこいつ、ダメなやつだ。
こうなったら、気付くまで隣を歩いてやる。
そう決め込んで、新聞をたたみ普通に歩く。
歩く歩く歩く―――。
角を曲がる曲がる―――。
―――って、気付けよ早くっ!
途中ついに12巻を読み終わった加奈子が、パタンと本を閉じる。
よしきたかっ―――と心の準備をしていたら、手提げ袋から13巻を取り出しノータイムで本を広げる加奈子。
なんなんだよ、こいつ。
よっぽど耳のイヤホンを引きちぎってやろうかと思ったんだが、俺の手が出る前にとある高級マンションに辿り着く。
何ここ?
急に歩速を早め、ズンズン入って行く加奈子。
そして後に続く俺。
見たところ、30階はありそうなバカでかい作りだ。
なんだろ、知り合いんちとか?
と思ったんだが、玄関のオートロックでマンガ読みながら、器用にブラインドタッチで暗証番号を入力する加奈子。
と同時に自動ドアが開き、中へと入っていく。
閉まると入れないんで、俺もやむなく入る。
中に入るとロビーのような空間があった。
床は絨毯で、そこかしこにソファーが鎮座している。
その奥にはバーカウンターのようなものがあり、ドリンクサービスが受けられる模様。
なにこのブルジョアな設備。
もしかしてマンションってのは俺の勘違いで、実はホテルなんじゃないかって思ったんだけど、入口付近に集合ポストがあることから、間違いなくここはマンションです。
そして加奈子にそのまま着いて行くと、カウンターの隅に設置してあるドリンクバー(ファミレスにあるようなアレ)でコーヒーを入れると、スタスタとエレベーターに向かっていった。
俺も負けじとカプチーノを注ぎ、後に続く。
エレベーター待ちの加奈子の横に並ぶ。
しばらくすると、6基あるエレベーターの内の一つがチン――と鳴って扉が開き、ごく普通に加奈子と並んで入る。
傍から見たら、仲の良い二人っぽい。
その間ずっと13巻を読みふける加奈子は、またもブラインドタッチ――32階まであるボタンのうち28階を押した。
こいつ、無駄に器用だな‥‥。
28階に到着した俺達は、2813号という部屋の前までやってきた。
その間気付かれずに。
ある意味奇跡だよね、これ!?
もう流石にヤバイよね!?
可笑しいよね俺がいたらさっ。
そんな悩んでいる俺には関係なく、インターホンを鳴らす加奈子。
すると、2秒程で初老らしき男性の声が聞こえてくる。
「どちら様で」
「加奈子」
「ああ、加奈子お嬢様ですか、お帰りなさいませ」
お嬢様?
おや? こいつボロボロのアパートに住んでる貧乏人じゃ‥‥。
ガチャリ―――。
考えている暇もなく、電子ロック的な玄関のドアが解除される。
加奈子が入るから、俺も入る。
すると、先程の声のヌシらしき男性が迎えてくれた。
「おやおやお嬢様、珍しいですね、お友達を連れてくるなんて」
まだイヤホンを付けたままの加奈子が、『え、何か言った?』的な顔でようやくマンガ本を仕舞い、イヤホンを外した。
そのタイミングで俺は挨拶する。
「初めまして、加奈子の友人の神崎です」
「え、ちょ、な、なななななんでキミがいるわけ!?」
いい加減気付いた加奈子が、まるでドッキリに会ったような顔を俺に向ける。
が、まるで気にしない初老の男性。
「これはこれは――。加奈子様が男性の友人を連れてくるなど‥‥‥成長しましたな――オヨョ‥‥‥」
わざとらしくハンカチを目頭に当てる。
さすが加奈子の関係者、テンションが可笑しい。
「ちょっと榊原! こいつは違うのっ友達じゃないからっ」
手をブンブン振って全否定の加奈子。
「おいおい冷たいじゃないか、一緒に温泉入った中じゃないか―――」
言った瞬間、全力の肘打ちが俺の脇腹に入れられる。
「うっさい黙れっ帰れお前っ」
「ハッハッハッ、可愛いな、お前~」
激しく痛む脇腹を我慢しつつ、加奈子の頭をなでなでしてやる。
「やめれっ!!」
バシッと手で弾かれる。
「オッホッホ、大変仲がよろしいですなあ。この榊原、ちょっとジェラシー感じましたですよ、はい」
笑顔で楽しそうな、榊原と言う初老の男性。
これはあれだな、間違いなく執事ってやつだろう。
「んもぉ~~なに言っっちゃってんの榊原ぁー、こいつ不法侵入だよストーカーだよ? そして殺人犯だよ銀行強盗だよ?」
「だれが銀行強盗なんかするかっ」
「しそうじゃんよ~~、死ねっ」
死ねと同時に今度は股間に全力のパンチを入れてくる。
「うおっ!危ないだろテメー!!」
超ギリでかわしたから良かったものの、全力でチンコ狙ってくるって‥‥。
「ちっ」
本気で残念な表情の加奈子。
こ、こいつヤベーかも‥‥。
「まあまあ、そんな所でチチクリあってないで、中でたっぷり遊んで下され―――おっと、中でたっぷりは流石にまずいですぞ? 妊娠してしまいますからなっオッホッホッホッホ―――」
エロじじいかあんたっ!!
亀仙人のじっちゃんより数段ひどいよね、それ!?
おかげで俺と加奈子は時を止めたように一瞬固まってしまう。
「あーあーもーヤメてよホントにっ! 絶対今度パパに頼んで、お世話係替えてもらうかんねっ!」
「もう今日は帰って!」と俺ではなく、エロ仙人を玄関に追いやる加奈子。
「はいはい、邪魔者は退散いたします。既に夕食の準備も出来ておりますし、私もご一緒にと思いましたので丁度お二人分ございますので」
お泊まりはダメですぞ、旦那様に怒られますから―――と言い残し、出て行ってしまう榊原さん。
どうすんだよ、エロいこと言って気不味くしといて居なくなるとか、ふざけんなエロ仙人。
そして予想通り、微妙な無言の空間が二人の間に出来るもんで、あらかじめ用意しておいたブツを渡す。
「これ、サンキューな。一応洗っといたから」
昨日のカビ臭いタオルな。
「ああ、それ? 返されても困るんだけど、神社にあった雑巾だし」
「雑巾!?」
「あーまー、折角洗ってくれたんだし受け取っておこーか」
俺からパシッとタオルを掴むと、迷わず近くにあったゴミ箱へとポイする加奈子。
「そういうのは、見えないトコでやれよっ!」
「うえっ? 意外と細かいね、キミ」
しれっとした態度で返してくる。
受けとってないよね、それ。俺の感謝の気持ち。
「ところでさ、キミ、なに勝手に人んち上がってんの?」
そう、俺はごく自然に靴を脱ぎ、リビングへと入ってきている。
しかも加奈子より先に。
「中は結構狭くて普通だな。なんか物凄く広いかと思った」
「質問に答えろっつの! なに普通に感想述べてんだっ」
背後からゲシゲシと背中をぶたれる。
だって仕方ないじゃん?
これで帰ったら、俺ただのストーカーで終わるもんなー。
「お、今日はカレーか、美味そうだなあ」
食卓に用意された料理を見て呟く。
ファミレスで出てくるようなサラダボールが食卓テーブルにあり、台所からは如何にもカレーな香りが漂っている。
「ま、まさか夕飯食べてく気なの!?」
「あーそうかそうか、そうだよなー」
「―――ホッ、じゃ帰って―――」
「―――妹に電話しとかないと、心配すっから」
「そういう事じゃねーっよっ!!」
◇◆◆◇
「やっべ、超うめーこのカレー。なにこれ?なにこれ珍百景に登録した?」
「相当アホだね、キミ」
仲良く向かい合って食事中の俺達。
俺ってスゲーだろ?
嫌われたと思ってたのに、一緒にディナーだぜ。
加奈子はずっと不機嫌だが、ハハハ、ツンデレのツン状態だろ。
オーケーオーケー。
「あんたさ、ストーカーなの?」
半目で睨んでくる。
「ちげーし」
「なんでぇ?」
「俺、お前の横に並んで歩いてたし。ストーカーっていうのは尾行のように後ろから付いてくるもんだ」
「はぁ!? なにヘリクツ言っちゃってんの!? 横歩いてて私が気付かないわけないじゃん!!」
「歩いてたんだよっ! でもお前本読んでて気付かねーし、話しかけてもイヤホンしてっしよー。俺無視されてスゲー傷ついたんだぞっ」
「自分が被害者的な言い回しすんなっ!!」
喧嘩ごしのトーク中だが、カレーが進む。
加奈子も怒ってはいるが、既にカレー3杯目。
小さい口で、ガツガツと威勢良く食べる食べる。
見ていて清々しくなる。
ちなみに俺はというと、なんと5杯目です。
「このカレー美味すぎんだろ」
「ん?でしょ? 榊原は元ウチの料理長だから」
料理長って‥‥‥。
今、大豪邸で暮らすお前が垣間見えたぞ。
マジか?
「なあ、こんなに美味いんじゃ妹にも食わせたいんだけど、余ったら持って帰ってもいいか?」
「別にいいけど―――って! 和んでじゃねーっよ!!」
よしっ、既にストーカーの件は通り過ぎたようだ。ナイス。
んじゃ、気になってる事を聞いてみっかな。
「実はさ、お前に用事があったんだよ」
「あによ?」
「学校のプリント持ってきた。俺日直だったから」
この前の話だけどな。
「げ、プリントとか、超バカじゃん。やめてよそーゆーの」
「バカじゃねーし。てかお前んち住所と違うじゃねーかよっ、なんなんだよ、あのボロアパート」
交番で住宅地図見て確認したからな、俺の行き違いじゃないぞ。
「あー、アソコ行ったんだー。その住所ウソだし」
「学校に嘘の住所教えてんじゃねえっ!!」
そんなの初めて聞いたんですけど!?
なんでそういう事すっかなー。
「訳を言え、訳を」
「なんで? そんなん個人のプライバシーじゃん。加奈子の勝手じゃんか」
「時と場合っ!」
悪い事した素振りを一切見せない加奈子。
ある意味やるなこいつ。
「ハァー‥‥だってさ、加奈子って学校サボるじゃん?」
やっぱただのサボりかこいつ。
「それがどうした」
「あんまサボると家庭訪問してくんじゃん、あいつら」
「ひでーなお前! それマジひどくない!? 先生普通に心配してたぞ! しかもあいつらっつった今?」
「まー落ち着けって」
「お前のせいだよっ!!」
色々と根掘り葉掘り聞いた結果、前の学校で何度も家庭訪問をされ、その学校に行くのが面倒になったらしい。
だからと言って、そんな理由で簡単に転校出来るなんてどんだけ親もバカなの!?
だが、まあそれは良しとしよう。
「でもその格好はなんだっ」
アニメ衣装を着たイタイ女子を、指差してやる。
「これ? 可愛いっしょ」
にへへと八重歯を出して笑顔を向けてくる。
あーそうさ、その可愛い容姿さえなければ、お前は普通に変な女で終わりだっつーの。
「まあ可愛いよ‥‥」
「でしょでしょ」
くっ、正直な俺が憎い。
「いやさ、コレ兄貴が作ってくたんだよね。魔法少女サイバーなんとかの制服なんだって」
ヤ、ヤバくない? その兄貴。
「あーでも、結構歳離れてるから。もう社会人だし」
「もう関わるなその兄貴とはっ!!」
狂ってるだろ、その兄貴。
妹にそんなもん着せて。
まさか妹LOVEなんじゃねーだろうな。
加奈子は加奈子で、「そっかなー、超優しいよ?」とか言ってるし。
そんな感じでしばらく雑談―――というか、ボケたことを言う加奈子に対しひたすらツッコミまくった俺。
昨日の件もあんまり気にしてないみたいだし、ストーカー行為も水に流れてるし、あっさりしてていいよな、こいつ。
いや‥‥ただのバカという線も捨てきれないんだけど。
「そんじゃさ、ストーカーしてくれちゃった件の罰ゲームをしてもらおっか」
と思ったら覚えてたらしい。
そりゃそうか。
「―――で、何だよ罰ゲームって」
「にひひ‥‥‥びっくりして腰抜かすなよ」
加奈子がよくやるイタズラっ子的な表情を作る。
なんだ? 確かに腰は抜かしてないけど、温泉の時はマジ驚いたぞ。
俄然ニコニコと機嫌良さげな加奈子が、さっきまで持っていた手提げ袋を取り出す。
その袋はかなり大きめで、エコバック的な作りをしていてまず安っぽかった。
そして中央には『アキバ屋いや~ん』と可愛くロゴが入っている。
イタイ‥‥イタすぎる‥‥。
さっきは気付かなかったけど、そんな物持ってたのか。
間違いなく、学校サボって秋葉原行ってたんだよな、お前。
そんな俺の心の中のツッコミとは関係なく袋に手を入れ、ゴソゴソと「どれからいこっか」と楽しそうになにやら物色する加奈子。
「よしっ、やっぱこれからかな」
取り出したのは、A3サイズの本だった。
そこにはデカデカと創刊号!980円と書かれている。
そしてその下のタイトル―――。
『簡単に出来るゾンビの作り方』
「びびったか!」と嬉しそうにそれを突き出す加奈子。
「お前‥‥そんなもんに980円も使ったのか?」
「あ~~~、今そんなもんって言った?そんなもんって?」
「言いましたけど何か?」
「言っとくけど、全国限定1200部なんだかんね! 超レア本なんだよ超レア」
そんなもん買うやつが1200人もいるかっての。
こいつ、マジでヤバイかも。
俺の淡い恋心を返せ。
「いいからさ~、やってみよーよーコレ。ゾンビ作りたいじゃん、ね~ね~」
対面から俺の手をね~ね~と引っ張っておねだりしてきやがる。
その仕草が、無駄に可愛い。
くそっ、俺の恋心を弄びやがって、そんなお前にはこう言ってやるっ。
「しゃーねーな、ちょっとだけ見てみる?」
15話に続く。