第12話 加奈子編其の1
ええと、どっから話せばいいかな。
まあ、折角だから俺が唯一輝いていた頃の話しからだ。
俺は小学校の頃からサッカーをしていてな、もちろん中学でもサッカー部だったよ。
しかも即レギュラー。
中二の夏の大会ではエースと呼ばれ、そりゃもう女子からはキャーキャー騒がれたもんだ。
え? 見栄張って嘘付くなって?
嘘じゃねーし、中学まではスポーツも勉強も優秀だったんだぞ。
ま、今となっては過去の話だけどな。
んで、そのサッカーの話しなんだけど、実はある練習試合でさ、相手の選手からタックルを受けて足を骨折しちゃったんだよね。
全治2ヶ月だって。
笑っちゃうよな。
大げさにも救急車で運ばれ、1ヶ月の入院。
その後更にもう1ヶ月、自宅で静養。
なんもすること無くて、一人家でぼ~っと過ごしてたっけな‥‥。
「でも治ったんでしょ?」
急に現実に引き戻される。
ベッドに腰掛けてる白河が、頬杖つきながら身を寄せてきて聞いてくる。
俺は遠慮して、カーペットに座り込んでいるぞ。
「まあ、治ったは治ったんだけど‥‥靭帯がさ、伸びちまったみたいでさ」
「靭帯?」
「ああ。サッカーは出来るけど常に故障がつきまとうだろうって、医者に言われてな」
「それでやめちゃったの?」
「ああ、やめた」
それからというもの、俺は抜け殻みたいな状態だった。
だから、クラスに転校生が居た事にも気付かなかったんだ。
そんなある日、俺は学校帰りに古い神社に立ち寄った。
もちろん、神頼みする為に。
いや、神頼みっていうか、神様に相談したかったのかな?
故障すると分かっていても、サッカーを続けるべきかって。
正直未練もあるし、やれる気持ちもあった。
だから‥‥何て言うのかな、怪我のこと『神様にお願いしたから大丈夫』っていう保証が欲しかったんだろうな。
「ねえ、その話しって長いの?」
「もう飽きたのかよっ、自分から聞いといて」
「あ、そうじゃないけど‥‥ちょっと長いなーって。あはは」
何があははだコノヤロー。
まあ、加奈子のおかげで、今朝の押し倒し事件が何事もなかったかのようで助かってるけどさ。
「もうサッカーしないの?」
「ああ、たぶんな」
「なんで?君のカッコいいとこ見たかったのにさ‥‥」
ちょっと拗ねたような感じで唇を尖らせて、最近女の子がよくやるアヒルのような口をする白河。
TVや学校じゃ、絶対にそんな緩い表情しないよな。
白河のレア顔がちょっと嬉しい。
それに――、お前にそう言われると心が揺らぐじゃねえか‥‥。
「まあそれは置いといてだ」
置いといてのジェスチャーをする。
と同時に白河が横にピョコっと飛び込んできて、
「じゃあ私が拾って君へパス――」
笑顔で空間を掴むと、両手を突き出してくる。
珍しく無邪気な表情を見せる白河。
変だな―――違和感を感じる。
こんな白河も可愛いっちゃ可愛いけど‥‥なんだろ、無理にテンション上げてるっていうか――。
俺が黙って間を空けたのがいけなかったのか、一瞬二人の間に妙な空気が流れる。
空気を察したのか、取り繕うように白河がしゃべり出す。
「な、なによ‥‥急に黙って――」
そ、そりゃ――
「お前さっきまで、言わないと死刑――! とかすげー怖い顔してたくせに、急にニコニコしだすもんだから――」
よけーに怖さが増したんだよ。
「べ、別に怖い顔なんてしてないでしょ! 君が隠しゴトしてたからじゃないっ!」
「隠してねーよっ!」
「なによっ――告白されたの初めてだー、とかゆってたくせにぃ」
「そ、それには事情があってだな‥‥」
白河からムンムンとイライラオーラが復活してくる。
やばい、怪奇現象が起きる前になんとかせねば。
でもさ、なんてゆーの?
今、嫉妬されてんだよな?
怖いけど、ちょっと嬉しいかも。
「どんな事情なのかなぁー、私に気がある態度ずっとしてたクセに、あんな彼女がいたなんて――」
気がある態度ずっと――ってお前‥‥自意識過剰すぎんだろ――とか思ったけど、心当たりありすぎて何も言えん。
だけど、
「相変わらず話し聞いてないよね、お前っ」
「失礼ね! 聞いてたし!」
バカにしないでっ――と、顔を急接近させて怒りをあらわにしてくる。
怒った顔も可愛いから、怖くないし。
その後ムクレッ面でドサッとベッドに座り込むと、わざわざ大きく片足を上げて腕と足を組んで不機嫌な態度を全面に押し出してくる。
でもな、そんなに足を上げたらパンツが丸見えなんだよ‥‥。
片側のスカートが捲れ上がったまんま、フンッ――とそっぽを向くご機嫌斜めな天然ワイセツ女子。
俺に会う時はいつもミニスカートなんだよな、狙ってんのかこいつって思うぜ。
だとしたら、
「今後もその路線は変えないでくれ、お願いします」
「はぁ? 何言ってるかなぁ君?」
まあなんだ、このままじゃ誤解が解けないんで、白河の横パンを眺めながら優雅に思い出を語るとしよう。
パンツでも眺めてないと、俺の心が折れるかも知れないしな、色んな意味で。
「んじゃ続きな」
その神社が、俺と加奈子の最初の出会った場所なんだ。
小高い山の上にあるその神社―――その神社は階段を何百段と登らなくちゃいけないし、しかも階段が途中から崩れ落ちて、上まで行くには結構危険な場所にあった。
だからこそ誰も近寄らず、神様を独り占め出来ると俺は思った。
そんな訳でかなり廃れてて、当然無人なはずだったんだが、その日は先客が居たもんだから慌てた。
普通にお賽銭を投げ込もうと、財布から10円を取り出す。
でもそれを仕舞い、100円に替える。
「ふむ‥‥俺の怪我が、10円100円でどうにかなるってもんじゃないか――」
思い切って、なけなしの千円札を出してみる。
「こんだけ入れりゃー少しぐらいは‥‥」
ただ入れるだけじゃご利益がないかな――。
今考えれば意味の無いことなんだけど、その千円札を小さく折りたたんで、更におみくじを枝にくくりつけるような感じでカラ結びする。
「こんな感じでどうだ?」
ある意味必死だった。
入れる寸前、勿体無くなりなかなか離せなかったが、最後は勢いで投下。
「ええい、ままよ!」
千円札は賽銭箱の奥へと吸い込まれ、今月の小遣いは残すところ数十円となった。
「アディオス、俺の野口英世様」
右手をこめかみにあて敬礼する。
でわ、鈴を鳴らしてお祈りを―――。
顔を上げ手を伸ばす。
その時初めて気付く、賽銭箱のすぐ裏で横たわる何かに。
うわっ―――ドキリとし、思わず声を漏らしてしまう。
そこには少女が一人、ぐで~っと仰向けになりながら棒アイスを舐めていた。
「ふぃ~、あっちぃ~」
手をヒラヒラさせ、だるそうに顔に風を送ろうとしている。
今は9月だ。
まだまだ残暑が厳しくて、そりゃ暑いさ――。
「――って和む場所じゃないっすよね!?」
無意識にツッコミを入れると女の子はダルそうに、「――だぁれ、キミ?」と怪訝な表情を向けてくる。
なに不審者見つけたみたいな顔で見てんだよ、明らかにお前が怪しいだろ。
その子の周りには、ジュースだのスナックだのチョコだのと、山程のお菓子類が散乱していた。
「お前――ここで何やってんの?」
人が真剣に神頼みに来てるってのに、
明らかに場違いだし、仮にも神前で不謹慎にも程があるって思ったさ。
でもさ、良く見たら学校の制服着てて、こんな子居たかな――って。
遠目に見てもその子は可愛くて、多分、俺はこの時一目惚れしたんだと思う。
そこまで話して、白河が急に不機嫌そうになる。
「ど、どうした?」
「‥‥‥‥私は?」
「え?」
「私を初めて見た時は‥‥どうだったのよ?」
「そりゃ‥‥可愛いと思ったさ」
「ふーん、もちろん一目惚れだよね?」
ちょ‥‥こいつ、よっぽど自分に自信があるのか知らんが、それゆーか自分で。
まあ――
「アイドルだもんな、そりゃ可愛かったぜ」
「そ、それだけ?」
「ん――それだけっつーか、今まで見た中で一番可愛い子だなって思ったぞ」
「だから――?」
だからってお前――。
「やっぱアイドルってすげーなって思ったな」
そう言った瞬間に、あっそ――と、またムスッとして足を組み直す。
どうやら、パンツポイントが反対側へと移動したようだ。
しかし、何が気に食わないんだよ‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥。
いかん、つい余計な方向へと行ってしまう。
このまま誤解が進むとまずいし、はっきりさせたい。
決断した俺は白河の目の前に移動し、肩をガシッと鷲掴みにした。
「わっ! な、ななな、なによ――?」
「今はとにかくお前が大事なんだ―――だから、こうなったら最後まで話しを聞いてもらうからな」
愛の告白ばりに気合が入ったもんだから、白河はきょとんと目をまん丸にして硬直している。
そこはもっと感動してほしかったんだが‥‥。
◇◆◆◇
とにかくだ、一目惚れしたという自覚はなかったんだが、その子に吸い寄せられるように近寄ったんだ。
さながらゾンビのようにフラフラとな。
んで、特に何も考えずごく自然にその子の隣に腰掛けたんだ。
まあ、位置的には神棚の前だな。
さながらナンパ師のような気持ちで声をかけた。
「あの‥‥えっと、今一人?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
言って後悔――明らかに一人だし。
彼女は黙ったまま目を合わせる事もなく、スススと横にずれて俺から離れる。
どうやら、最初の接触は失敗に終わったらしい。
んでしばらく黙ってたんだけど、沈黙に耐えられず、
「何してんの?」
なんて在り来たりの事を聞いたと思う。
そしたらそいつさ、
「あに? 見たら分かるっしょ? ポッキー食べてんのっ」
ずるっ―――。
控えめで大人しい感じをイメージしてたんだよ。
予想外な生意気口調だったし。
でも逆にどんな子なのかなって、興味をそそられたんだよな。
近くで見れば、その可愛い容姿に目を奪われたっけ。
肩にかからない程度の長さの髪は、艷やがあってとても綺麗だった。
くせっ毛なのか分からないが、全体的に毛先がクルッと内側に巻いていたのが個性的だと思った。
小柄で中肉中背、全体的に柔らかそうな雰囲気で、例えるならそう―――アニメのヒロインみたいな感じ。
なんでアニメかって言うと、現実離れしてたんだよ。その美少女っぷりが。
特にその目。
大きなパッチリ目で、くっきりとした切れ長の二重。
まるで二次元のような目に、俺の視線は吸い込まれていた。
でもな、それからしばらく話したんだけど、とにかく生意気なんだよ。
「なあ、何でこんな所に一人で居るんだ?」
「キミには関係ない」
「関係なくないぞ、同じ学校だし」
お互いの制服を指差し、ニコッと笑顔の俺。
なかなか爽やかだったと思う。
「ちゅーこって、そのポッキー俺にもくれよ」
あくまでもフレンドリーに手を差し伸べ、1本貰う。
「なァにィー?、ずうずうしぃ‥‥」
やっとこっちを向いてくれた。
不満げな面持ちで目を半開きにして、じ――っと見つめてくる。
そのくっきりとした二重の目は間近で見ると少しタレ目で、笑顔が似合いそうだった。
じーーーーー。
俺も負けじと見つめ返す。
いや、あまりの美少女顔に見とれてただけなんだけど。
「――で、キミは一体どこのだれ?」
「誰ってそりゃ‥‥普通にここの参拝客?」
「成程~。じゃ、用が済んだら帰った帰った」
しっしと追い払われる。
「ところでさ、何年生? 俺、見たことないから1年生か?」
胸無いし、たぶんそうだろ。
「キミの耳は故障中なのかな? んま、一応2年だけどぉ?」
不服そうに横目で睨んでくる。
あれ?そうなのか? 同じ学年じゃん。
でもこんな可愛い顔してたら、学年でもちょっとした有名人になると思うんだが‥。
「何組?」
「5組」
俺の質問にノータイムで答えてくる。
「おいおい、2年は4組までだろーがっ」
「さーどうだったかなぁ、キミの思い違いなんじゃないの?」
しれっと言う。
真面目に答える気ねえな。
まあいいか、話題を変えよう。
「ところで――こんなとこで何やってんの?」
周りの状況を指差す。
これでもかと並べられた菓子類たち。
とても一人で食べられる量じゃない。
「あー、うん、ウチアゲみたいなもん?」
ふふんと嬉しそうに、「どれいこっかなァ」と食べかけのポッキーを傍に置き、次のおやつの品定めに入る。
女子ってお菓子好きだよなー、ところでウチアゲって――。
「何の?」
率直な意見を聞いてみる。
「臨時収入のお祝いかな」
うんうんと、一人頷く彼女。
イマイチ答えが抽象的なもんで状況がつかめないけど、イイコトでもあったんだろうと納得する。
まあ初対面なんで、深くは聞くまい。
ま、いい話しならそのうち自分で喋るだろう――そうタカをくくって、何気なく目の前の賽銭箱に目を移して食べていたポッキーを思いっきり吹き出す。
「ブーーーーッ!」
「うえっ、きったな! 人があげたもん吐いたよこの人っ」
普通に嫌な顔をされる。
いやいや、そうじゃなくて、賽銭箱が破壊されてるんですけど!?
「ちょ、ちょい――お、おま――あれだ、あれ」
慌てて賽銭箱を指差す。
「あー、アレかー。臨時収入の親玉?」
にしし――と、無邪気に返される。
「にしし――じゃねえだろっ、賽銭泥棒は立派な犯罪だっ!」
再度、賽銭箱を指差す。
裏板が破壊され、そこからジャラっと小銭が溢れている。
「違うって、賽銭箱からはとってないし。ソコに落ちてるやつ拾っただけだしぃー」
溢れた小銭に視線を向け、ヘリクツを言う真犯人。
現行犯ではないにせよ、お前は容疑者確定だ。
「それにほら、バキッてなってっしょ、バキッて」
ほれほれ――と、指を差してくる。
賽銭箱の裏板は、どデカいハンマーで殴られたように粉々になっている。
「な?」
「な、じゃねーよっ、だからお前が破壊したんだろうがっ!!」
「ええ!? まさか疑ってるわけ!? こんな可愛い加奈子を!?」
当たり前だろ、他に容疑者はいない。
そして自分を可愛いとか言うな。
ちなみに名前は加奈子っと‥‥。
「んじゃ百歩譲ってお前じゃないとして、誰がやったんだよ」
「あ、見て見てぇ鳥が飛んでるぅ~」
急にブリッ子口調で両手を大空に広げる。
「鳥が飛ぶのは当たり前だろっ、この被告人が」
しかもカラスだし。
なんの感動もない。
「そういうキミは共犯者」
「なんでだよ」
「ポッキー食ったじゃん」
「食べただけじゃねーかっ! しかもお前自分の罪を遠からず認めたよね、今!?」
「アッハハ! ナニ言ってるか全然わかんないデース」
急に外人ぶっても手遅れだ。
なめてんのか、こいつ。
「そうじゃねえしっ! ―――ってもういいか‥‥」
賽銭箱から溢れ出たものを見る。
結構な量があるし、所々お札も存在している。
しかし、そのどれもが古い。
要するに旧札や旧硬貨ばかりで、相当の間放置されていたのが分かる。
百円札まで混ざっているから、軽くみても30年は開けられていないのかも知れない。
「ま、色んな意味で時効だな――」
「だしょ? 資源をゆーこーかつよーした加奈子はエライ」
◇◆◆◇
良かった。
俺、お賽銭入れなくて。
そんな事を考えながら帰路に着く。
しっかし変な子だったな、あいつ。
「もうあいつとは関わりたくないな」
一人呟く俺だったが、家に帰ってからもその子の事をずっと考えてた。
考えると胸がドキドキして、妙に胸が高鳴った。
性格は変だったけど、見た目が可愛いすぎだ。
「仲良くなりてーーーっ!!」
元々はサッカーの為に神社に行ったのに、もうその事なんてどうでも良くなってた。
「また会えるかな――」
年は同じだし、ウチの学校の生徒だろ?
チャンスはある。
明日調べてみっか。
先生に聞いてみるとか?
なんか聞きづらいな‥‥‥‥。
お、そうか、下駄箱の名前を見て‥‥下の名前しか知らねえ。
いやまて‥‥‥あれだけ可愛い子だ、エロい男子に聞きゃ分かんだろ。
よし、その作戦でいこう。
次の日意気込んで学校へ行くと、加奈子はあっさり見つかった。
普通に俺の三つ前の席に座っていた。
なんで気付かなかったわけ?
いやいや、いくらなんでもクラスメートの顔くらい覚えてるっての。
俺はそこまでバカじゃないぞ。
転校生かな‥‥?
ふと、自分が最近まで入院していた事を思い出す。
ま、本人に聞くのが一番早いだろ。
そう思い、話しかけるタイミングを伺う俺。
しかしあっという間に時が過ぎ、昼休みが終わる。
え? 早く話しかけろって?
バ、バッカじゃねーの?
クラスでも、女子とほとんど話さない俺が、急に可愛い子にヘラヘラ近寄ったらどう思われるよ?
よ、要するに恥ずかしいんだよ‥‥。
しかもだな、あいつは休み時間になるとすぐにどっか行っちゃうし、授業中も他の生徒とは口も聞いていない。
う~む、不思議女子だ。
不思議と言えば、なんで今までクラスメートなのに俺知らなかったわけ?
上の名前はたぶん麻生。
さっき、下駄箱でチェックした。
取り敢えず、なるべく口が硬そうな男子に探りを入れてみる。
「麻生だっけ、あいつ転校生だよな」
「ん? ああ、そうか‥‥お前、入院してたんだよな」
「ああ」
「変な時期に転校して来たよな?」
成程‥‥学校へ来たら、既に転校生がいた―――そう言う事ね。
うん、オッケー分かった。
「あいつさ、休み時間の度にどこ行ってるのか知ってっか?」
「さあ‥‥知らないよ」
他の奴らも含め何人かに聞いてみたけど、知る者はいない。
う~む‥‥謎女子か?
てゆーか、男子の奴ら、加奈子にあんま興味無いんだよな。
あんな可愛いのに(見た目だけな)普通、もっと騒ぐだろ、美少女転校生だぞ?
う~む‥‥お前らは謎男子か?
ま、いいか――。
◇◆◆◇
次の日から加奈子は学校に来なくなった。
だから、会えなくなった。
理由は分からない。
しかも、
「おおーい、麻生が休みなんだが、誰か知っているやつはいるかー」
と、担任までもが聞いてくる。
どうしたんだ?
まるで俺から遠ざかるように、加奈子に会えなくなる。
いや、あいつが遠ざけてるわけじゃないのは分かってるけどさ。
なんかあったのか?
体調不良とか? 怪我してるとか?
もしくはサボリ? 登校拒否?
考えても分からない。
会えなくなると、余計に会いたくなるのが心情ってもんだ。
例えば、全10巻のマンガ本を持っていたとしよう。
久しぶりに読んだら面白くて、最後まで読み返そうと思った。
でも確認したら、あるはずの1巻がどうしても見つからない。
さあどうする?
お前はあきらめて2巻から読むか?
それとも1巻が見つかるまで読まないでおくか?
俺は待てない。
必死に1巻を探しまくる。
ちょっと例えがズレてるか?
まあそう言うな。
要するにだ、俺はすぐに実行に移さないと気が済まないタイプなんだよ。
だから、ある日直の日――それを口実にプリントを届けたいと担任に進言した。
「偉いな神崎――あとな、ついでだから、先生からも頼まれてくれ―――」
速攻で住所ゲット。
そして先生からの頼みごとは、
「自宅はずっと留守番電話なんだよ――分かったらでいいが、休んでいる理由も聞けたら教えてくれないか――?」
謎女子解明に向けて、ミッションもスタート。
取り敢えず本当に出ていた数学の宿題であるプリントをカバンに入れて、威勢良く学校を飛び出した俺は加奈子の自宅を目指した。
が―――と、遠い‥‥。
住所によると、電車やらバスやらを乗り継ぎ、普通に2時間以上かかりそうだ。
何でこんな遠くから?
と普通に思うけどさ、ま、今はどうでもいい。
取り敢えず行くさ。
途中道が分からなくて、交番で聞いたりもした。
必死さ伝わるだろ?
そしてなんとか辿り着いたそこには、ボロッボロのアパートが。
もしかしたら間違いなのかと思い、何度も地図を見直したけど間違いない。
緊張しながら、住所に書かれている103号室のドアをノックすると、返事が無い。
呼び鈴すらもない、木造のアパート。
ドアをノックする度にミシミシいう。
諦めずに何度ノックしても、やはり返事は無い。
「麻生いるかー?」
何度か呼んだけど、結果は同じ。
結局、暗くなるまで家の前で待ってたけど、加奈子は帰って来なかった。
次の日は時間を変えて訪ねてみた。
午後8時。
遅すぎるかなって思ったけど、また留守だと困る。
だから思い切ってこんな時間にきたんだけど‥‥結局その日は10時まで待ってみても、加奈子には会えなかった。
どうしたら会えるんだろう。
休みの日も授業中もそればっかり考えて、ふと思い出す。
あの神社――。
あそこに行けば会えるかも知れない。
そう思ったある日、俺は登校中に学校へ行くのをやめて神社を目指した。
賽銭箱の裏で、一人ポツンとするあの子を想像する。
あれ? なんだろ?
楽しげな感じだったのに、何故か寂しそうなイメージしかない。
―――ま、いっか。
とにかく、あの場所に居ればいいけど――。
でも、ここで会えなきゃもう会えないんじゃないか――。
そんな期待と不安が混じりあった感情が湧き上がる。
焦りすぎて、階段が崩れている場所で盛大にずっこけて、膝がパックリと割れてしまう。
ドクドク血が出て痛いが、構うもんか。
最後の階段をおもいっきりジャンプし、トップスピードで駆け抜ける―――。
辿りついたその瞬間、何かと正面衝突した。
ゴチン―――。
固い物にぶつかった鈍い音。
「痛ぁ~いぃ‥‥」
「痛っつ―――!!」
しばらく目の前に青い火花がチカチカ飛んでいて、視界がおぼつかない。
「んん~、いきなりぶつかって来るとわ‥‥うぅ、頭くらくらするぅ」
それでも、その声を聞いて俺はホッとする。
「よう、加奈子。探したぜ」
「はぁ? 誰ぇ?」
覚えてもらえてないのか、加奈子は近づいてきて、倒れたまんまの俺の顔を覗き見る。
「あん時は、ポッキー美味かったぜ」
「あー、キミかァ」
思い出してくれたのか、一瞬笑顔になりかけてすぐ真顔になり呟く。
「何か用――?」
「用ってわけじゃないけど‥‥遊びに来た―――悪いか?」
「ふ、ふ~ん‥‥遊びに来たんだ。へぇ~」
少し照れくさそうに頬をかく加奈子。
「いいか?」
「す、好きにすればァ」
そう言って、加奈子は神社の方へ走って行ってしまった。
ちぇ、倒れ込んでるのに、手ぐらい貸してくれてもいいのに‥‥。
ヒリヒリする膝と、ガンガンする頭を抑えながら立ち上がる。
すると、社から走ってくる加奈子が見える。
なんだ?
しかも、さっきは私服だったのに、体操着に着替えて。
俺は内股に走るその姿を、女の子らしくて可愛いなと思い、ボーッと眺めていたら、息を切らして俺の前までやってきた。
「ハァ、ハァ‥‥ちょ、キミ! 立って大丈夫なの!?」
「おう、なんてことねーよ」
実はフラフラだが、強がる俺。
「そのままじっとしてなってば、加奈子が手当してあげっから」
言いながら、ニコッと嬉しそうな加奈子。
その笑顔にドキッとし、胸の鼓動が早くなる。
加奈子はしわくちゃに握られた布を突き出し、
「これ、巻いてみっから」
またもや嬉しそうに、俺の膝に布をあてがおうとする。
そんなに俺が怪我して嬉しいのか?
手当してくれんのは嬉しいけどさ、ちょっと複雑な感じ。
「うわっ、ヤバイよこれっ」
「どした?」
「パックリ割れてる」
「ああ、派手にこけたからな」
「げぇ、なんかキモッ」
キモい言いながら、傷口をパカパカと開かれる。
う、超痛いんすけど‥‥。
「うわ、ヤバイってホント」
「今度はなんだよ?」
「砂入ってる」
「え?」
「傷口に」
嫌なことを告げる加奈子。
少しくらい平気だろうけど、言われると気になってくる。
水で洗い流したい気分になる。
ここって、水場あったっけなーとキョロキョロしていると、
「しゃーないなー、ちょっとじっとしててみ」
加奈子が顔を近づけてくる‥‥。
な、何を―――。
「わ、まずっ! キミの血まずっ! ペッペッ‥‥うぅ、砂が口に入ったァ――」
傷口を舐めてくれていた。
しかも文句を言いながらも、チューチュー吸ったりしてしっかり綺麗にしてくれた。
漫画やアニメでしか見ないような事をされて、な、なんだか恥ずかしい‥‥。
「サ、サンキューな」
火照り始めた顔がバレないよう、下を向いてお礼を告げると、加奈子は胸を張って答える。
「にひひ、いいっていいって、加奈子はイイ子だからさー」
いたずらが成功した時の子供みたいな笑みを見せると、さっきのしわしわに握られた布を足に巻いてくれる。
不器用なのか、何度も巻き直す。
そんな姿を黙って見ていると、ある事に気付く。
「お前、その布さ、さっき着てた服じゃ―――」
柄がさ、同じなんだよね。
「へへ、気づかれちったか‥‥包帯ないから、しゃーないっしょ。キンキュウー自体だし」
にへへ――と笑う加奈子。
こいつ、実はすげーイイやつなんじゃ――。
だってさ、さっきまで着てた服脱いで、多分、自分で破ったんだぜ?
俺の為に。
加奈子が急に愛おしくなり、抱きしめたい衝動に駆られ手がうずうずしてきた。
「うっし、カンリョー」
不格好に巻いた包帯替わりの布を、ペシッと叩かれる。
「痛ッ」
「わ、ゴメンゴメン――」
折角手当してくれたんだ、足は痛いけど何事もなかったように立ち上がる。
「おお! お前のおかげで痛くないぞ」
まあ痛くないわけないんだが‥‥。
「加奈子に感謝しろよなっ」
言葉とは反対に、にしし‥‥と八重歯を覗かせながら、照れたような笑顔になる。
この子笑うとさ、元々少し垂れ目だから、物凄く優しい顔をするんだよ。
そんな加奈子から、目が離せなかった。
「そう言えばキミ、なんで加奈子の名前知ってんの? もしかして、ストーカーってやつ?」
「ちげーよ。お前、加奈子が加奈子がって自分で連発してたじゃねーかよ」
「あー、そう言えばそだったね」
さっぱりした性格なのか、あっさり納得してくれたみたい。
ま、自宅に押しかけたり、アパートの前を何時間もウロウロしてたけどな。
言われてみりゃストーカーだな。
「まぁなんでもイイや、そだ、キミもこっち来なよ」
ふいに手を握られ、急に走り出す加奈子。
もたつく俺を引っ張り、何度も振り返ってこっちこっちと無邪気な顔を向けてくる。
連れて来られたのは社の奥、というか裏。
「あれ見てみ」
加奈子が指を指した場所は、いわゆる雑木林。
何だか知らない雑草やら木が生い茂る場所。
「ここが何だってんだ?」
「ん? そこ良く見てみ、ほらこれこれ」
言われてみると、一部竹が物凄く密集して生えている場所に、木の板で出来た立て看板のような物がある。
「それナンだか分かる?」
「いや、分かんねーし」
文字が書かれてるのは分かるけど、掠れて殆ど見えない。
「やっぱそっかァ、加奈子も分かんなかったしねー」
何をしたいのかさっぱりなんだが、こっちこっちと手を引っ張られ竹林の中に入ろうとする。
「お、おい、ちょっ――そこ入るのか?」
道もなけりゃ獣道もない、草木がぼうぼうで虫刺され要注意な場所にはさすがに入りたくはない。
しかし、加奈子は「へーきへーき」と隙間を上手く潜り中へと侵入していく。
仕方がないんで後に続くが、ギリギリの女子サイズ的な隙間を通るもんだから、男の俺にはきつい。
しかもさっきからずっと手を握られていまして――ちょっと興奮してたわけで。
身体の中心部分がワンサイズ大きくなってるわけで――。
ズンズン進む加奈子の後を、ガシガシとあっちこっち引っかかりながら着いた場所―――。
そこには、全く予想していないものがあった―――。
13話に続く