第4話 理性と本能とイケメンと
「あ、その…俺は坂崎慎太郎…って、知ってるよな…ク、クラスメイトだもんな…ははは…」
俺は何故か、坂崎と二人で公園にいる。
ここは駅へ行く途中の、ちょっと大きな市民公園だ。
足元には芝生が生い茂り、真横には噴水もある。
噴水の周りにはライトが点灯し、洒落た夜の雰囲気を演出している。
坂崎の顔がそのライトに照らされ、これまたいい感じなんだが…
男の一大決心よろしく状態で、今にも告白しそうな坂崎がいる。
そして俺は、そいつを固唾を呑んで見守っているんだが…。
だからどうした、そんなの俺には関係ない。
男同士で甘い雰囲気を作りやがって、キモイ事この上ない。
そんな俺の気持ちも知らず、この悪友、とんでもない事を口走る。
「す、好きですっ!! お、俺と付き合って下さいっ!!」
顔を真っ赤にして、額に青筋立てて、心底必死に告白しやがった。
頭を深々と下げて、右手を突き出し、OKなら握り返して下さい――待ちの坂崎君。
どうしろってんだよ…。
この状況―――何となく想像つくよな?
そう、俺は未だ白河のナイスバディー状態。
俺、彩乃、白河の三人は、駅に向かう途中で運悪く、こいつと遭遇しちまったって訳。
ほんと最悪だよ。
それでだな、当然俺と白河が仲イイなんて言えないからな、偶然会ったって話しにしたんだが…。
この男、街角での偶然の出会いに舞い上がっちゃって、白河一人引っ張り出しこの公園まで連れてこられたって訳なんだ。
まあ当然その白河は俺なんだよね。
ま、『中身俺で~~す』なんて説明出来ないし。
こいつに事情説明する気なんて、サラサラないしで。
はぁ~~まいったな…。
男に告白されるなんて、生まれて初めてだぜ。
まあこの先二度とないだろうけど…。
ふと、一条からの告白をちょっと思い出したり……してる暇なんてないんだが。
さて…どうすんの?
俺は困ってしまい腕を組んで、そんな返事待ち状態の坂崎を生温かく見つめてみる…。
そんな俺――白河に対して頭を下げたまま、チラチラ上目使いでこちらを気にする坂崎。
「お、お願いしますっ!!」
再度返事を促してくる…。
何でこいつは偶然出会って告白なんか出来るわけ!?
その決断力と強引さだけは、立派だと認めてやりたいが…。
断っていいよな? 当たり前だよな?
え~と…白河なら、何て言うかな…。
「え~とね…ちょっと待ってね…」
「は――はいっ!」
一応、断りを入れて少し時間をもらう。
俺は腕を組んだまま考え込む…。
う~む…それにしても腕を組んだ時に、なんと邪魔な胸なんだ…。
下からちょっとユサユサしてみるが、その質量たるや男の感覚じゃ分からないよ?
その乳重で肩は重いし、姿勢を常にシャキッと伸ばしていないと肩が懲りそうだ。
え? そんな事考えてないで、早く返事を言えって?
分かったよ…じゃあ、一番白河が言いそうな感じでだな…
「ん~、お前…じゃなかった…坂崎君の気持ちは嬉しいけど―――」
「え……」
けど―――って言った瞬間、坂崎がハンパなく惨めな顔をしてくる。
そんな普段見せない顔に俺は言葉に詰まるが、言わなくてはいけない。
そもそも、こいつは誰かれ問わず告白しまくってんだから問題ないはず。
まさかとは思うが、白河相手に期待を持つなよ。
「だったら、みんな平等だよ! 白河真琴公式ファンクラブに入ってね☆」
アイドルっぽく一回転して、
キラッ♪
ナイススマイル超時空シンデレラ風で、決めポーズも入れて俺様懇親の一撃をお見舞いしてみた。
うむ、今のはかなり可愛かったはずだ。
誰かビデオ撮影でもしてくれてないだろうか。
「俺……ファンクラブには、もう入ってるからさ…」
テンション下がりまくりの坂崎。
あ~、何か言わなくちゃいかん。
あくまでも、白河口調でっと…。
「ふ~ん、そうなんだ…ありがとー。じゃ、そゆことで」
俺は踵を返して立ち去ろうとする――――が、
ガシッッと腕をつかまれる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ真琴ちゃんっ!」
真琴ちゃんっ!―――じゃねーんだよっ!!
気安く白河の腕触ってんじゃねーーーっ!!!
―――チッと思わず素で舌打ちをして、坂崎を睨んでしまう。
当然、急変した白河の態度に驚く坂崎。
「あ、ご、ごめん…怒った…?」
「あん? 怒ってねーよ」
「―――え…?」
「ああっ! じゃなっくって…今日はこの後用事あるからっ、じゃあねー! 学校で会っても、話しかけないでねーーっ」
腕を振りほどき、残酷な一言を浴びせ走って逃げる。
そのまま噴水を通り越して、その向こうにある木々を抜ける…が―――。
ズザザザーーーー。
慣れない内股で全力疾走したもんだから、足がもつれて盛大にコケた。
「痛ってっ―――」
「だ、大丈夫っ!? ま、真琴ちゃん!?」
げっ……見上げると、心配そうに立ちすくむ坂崎がすぐそこに…。
くそ~~、女の子の足じゃ撒く事は出来ないか…。
チッと舌打ちを思わずしつつも、坂崎の視線が俺の方に向いていない事に違和感を感じる。
その坂崎の視線を辿ると、俺の顔の下の下――。
コケた拍子に尻餅をついたせいで、おっぴろげになった足の付け根。
要するにスカートの中を凝視してやがる…。
瞬間―――全身に鳥肌が立ち、ハンパない気持ち悪さが込み上げて、慌てて足を閉じスカートを直す俺。
心配顔でラッキーハプニングを期待していたのか、坂崎はシュンと肩を落としている。
く――あ、危ねえ…良かった、スカートの中に短パン履いてて…。
明らかに狼狽する坂崎を見て、改めてこいつの本性を思い出す。
ったく…パンツの事より、白河の身体を心配しろってんだ。
「真琴ちゃん立てる? ほら、つかまって」
気を取り直したのか、このバカ、精一杯の優しい声で手を差し伸べてきやがる。
気持ち悪いっつーの。
取り敢えずこのバカはしつこそうなんで、走って逃げるのは無理だな。
そう考え、俺は奴の後方を指差し―――
「あーーっ!! 何あれーーーっ!?」
「え? え? 何? どうしたの、真琴ちゃん!?」
坂崎がつられて後ろを見ている隙に―――シュッ―――。
――っふ、便利だぜ、このスキル…。
一瞬でテレポして、公園の反対側に現れた俺。
慌てて発動したからまだ公園の中だが、ここは結構広い。
まあ見つからんだろ。
「はぁ~、まいったな~~。とんだ災難に遭ったぜ…」
俺は呟くと、側にあったベンチにフワッと座りこんだ。
肩が痛い…。
どうやらコケた時に少し打ったようだ。
まあ大丈夫だとは思うが…借り物の身体だ、念の為全身を確認する。
え~と…、足に怪我は―――。
特に痛みは無いが、なんせ白河の足なんで傷一つ付けるわけにはいかない。
身体を左右にずらして何気なく右足から左足と確認していくが、怪我が無いのを確認した後も中々目が放せない俺。
…………。
相変わらず…き、綺麗な足だな……。
見慣れない自分の足――白河の可愛い足に魅入ってしまう俺。
い、いや……だってさ…、可愛いんだもん。
スカートから伸びたその長い足は以前よりも少し長いような気がして、自分が死んでた間に背が伸びたのかな? なんて考えてしまう。
近くには公園灯があり、夜だけど今座っているベンチ周辺は結構明るい。
その光りにに照らされて薄っすらと赤みがかった白い太ももは、男の足と違ってとても柔らかそうに見えた。
片足を伸ばしてみる。
細い。
何で女の子の足ってこんなに細いんだ?
まあ…だから坂崎を振り切れなかった訳だが。
おもむろにスカートを捲る…。
短パン、そして太ももの付け根の方までが見える。
太ももの上の方は結構太いのに、そこからどんどん細くなり、膝小僧もちっちゃい。
なんとなく、身体を屈め右足に履いている紺色のソックスを下げてみる。
膝から下が、更に細いんだよ…。
思わず、スベスベのふくらはぎを触ってしまう。
丸みを帯びた筋肉……男のゴツゴツとした感触とは、うって変って柔らかい。
そして、男みたいにモジャモジャと毛が生えていない。
いや、一本も生えてないぞ?
ふ~む…処理してんのかな?
スネやら太ももやらをサワサワしてみるが、気持ちいいくらいスベスベだ。
…………。
あ~~、今男だったら普通にギンギンだな……。
分かってもらえるだろうかこの気持ち。
男子諸君には伝わるだろう。
男が興奮するポイントは色々あるのさ!
そうだ、取り敢えずこの脱ぎかけのソックスを脱いで……ぬぎぬぎ…。
誰もいない公園を良い事に、勢いでどんどんエスカレートする俺。
もちろん最終目標はパン……ってあれ?
俺は一体何をしているんだ?
―――――――。
白河の身体に興味津々で我を忘れていた俺だったが、一瞬我に返る。
そして、今居るベンチ―――そのすぐ横に人の気配を感じて俺の動きはピタッと止まった。
「ところで白河さん。さっきから、何をされているんだい?」
――――!!!!―――――
気配は間違いなかったようで、若い男の声が急に聞こえ思わずビクッとしてしまう俺。
だ―――誰だ…?
恐る恐る横を向くと、そこには細身で背の高い超イケメンの男子―――いや、年は俺達と同じ位の美少年が立っていた。
「どうしたんだい? さっきから足を気にしているようだけど、どこか怪我でもしたのかな?」
優しそうな笑顔で話しかけてくる美少年。
少し長めの前髪を掻き分ける仕草が男の俺から見ても色っぽく、ここは公園だというのになぜかスーツを着ている。
そして口元から見える白い歯からは、キラッと擬音が出そうな程のイケメンっぷりだ。
男の俺でも惚れ惚れしてしまう。
―――って、あれ?
何だかこいつの顔を見てると、胸の奥がキュンキュンするんですけど…。
意味不明の身体の反応が気になるが、取り敢えず話しかけられて無視はまずいので無難に「何でも無いです…」と応えてみる―――が、自分の意志とは反して妙にしおらしい少女っぽい声音が出てしまい、恥ずかしさで赤面してしまう俺。
そんな俺を優しく見つめ、「そう…良かった」とまるで王子様のような雰囲気で温かく見守ってくる美少年。
ドキドキドキドキ……。
や――やばいっ! 絶対にやばい!!
間違いなく、俺はこの目の前に居る美少年に好意を抱いている。
こ、好意というか……そんなレベルじゃない。
ストレートにこれは恋心だろっ。
キ、キモイ…キモすぎる!!
なんでだ!?
俺…もしかしてその…そういう嗜好があったのか!?
いやいや、冷静に考えろ。
ドキドキキュンキュンしてるのは、あくまでも白河の身体だ。
俺自身の精神には、何の問題も無いはず!
動揺もなんのその、拳を握り締める俺。
「どうしたんだい? やっぱり様子が変だね…こっちへおいで」
急に立ち上がった俺を見て、優しく手を差し伸べる美少年。
そして更に胸の奥がキュンキュンしてしまう、この身体。
よ、要するにだ…激しく言い訳するとだな、この白河の女子としての本能がイケメンに反応しているだけで、俺はノーマルなんだよ!
だからな、俺がこいつを好きな訳じゃなくて、白河がこいつを好きなんだよっ!!
…………。
………………。
ズーーーーーーーーン。
自分で言ってて激しく落ち込んだ。
何だよこいつ。
誰なの? この男?
無意識に、キッ―――ときつい視線を男に浴びせてしまうが―――。
「ん…どうかした? 気分でも悪いのかい?」
―――と、あくまで冷静な美少年。
まずいな…。
白河の知り合いだとさすがにまずい。
一先ずここは逃げよう。
そう考え、坂崎に使った手を再度使用。
「あっ!! 何あれっ!!」
そいつの後方を指差し、つられて振り向いた瞬間にシュッ―――。
次の瞬間、俺は公園の反対側―――最初に居た、噴水の横に現れた。
でも迂闊だった。
目の前には一度撒いた男が―――。
「あ! 真琴ちゃん!! 捜したよ~~、急にいなくなったから心配うっうっうっぐはっ!!―――」
ドサッ――――。
え? 何があったかって?
俺はもういい加減に落ち着きたいんだよ。
やっとイケメンから開放されたと思ったら坂崎だろ?
イラッとして、つい腹にパンチ叩きこんじゃった……てへっ♪
さすがにこの細腕じゃ一発で沈まなかったんで、4発ぶちこんだけど…まあいいだろ。坂崎だし。
さすがにこれで嫌われてるのが分かっただろう。うん。
さて、そろそろ二人は研究所に着いた頃じゃないかな?
予想外のイケメンの登場で困惑したが、坂崎のおかげでスッキリした気分になれた。
やっぱり友達っていいもんだ。
『ありがとう坂崎――』心の中で俺はお礼を告げると、研究所目指してテレポした。
ただ…あの美少年と白河の関係が気になって仕方なかったけど―――。
◇◆◆◇
研究所に着くと、既に如月さんは二人から事情を聞いていて大まかな出来事を把握しているようだった。
「遅かったな、白―――いや、神崎君」
そう言って出迎えてくれたいつもの如月さん。
相変わらずのボサボサ頭をかきむしりながら、手にはタバコを持ってワークデスクに向かって座っている。
彩乃と白河は既に話しを終えたのか、ソファーでくつろいでいる。
その日常的な光景(まあ身体は入れ替わったままだが)―――を見て、事の顛末が如月さんの仕業であるだろうと確信し、安心して彩乃の姿をした白河の隣に腰掛ける。
しかし、
「如月さんも良く分からないんだって」
座った瞬間に、白河から予想外な言葉が飛び出す。
「…………」
彩乃は黙ったまま、下を向いている。
あれ? 嘘? 実は暗い雰囲気?
「どうしよう神崎君――」と、白河が俺の服(白河の制服だが)をツンツン引っ張る。
どうしようって言われてもなー。
如月さんは、デスクに向かったまま無言でパソコンを操作しているし。
仕事というか、研究がまだ終わらないんだろうか。
しばし無言且つ張り詰めた空気が続く中、俺はさっき公園で会ったイケメンを思い出し白河に知り合いかどうか聞きたい衝動に駆られる。
あいつは白河を知っていて、知り合いのような雰囲気を醸し出してた。
いや、どうだろ。
白河って有名人だからな、知ってて当然っちゃそうなんだが…。
う~むどうしよう…今聞ける雰囲気じゃないよなー。
でも我慢出来ないから、それとなく聞いてみっか。
「なー白河」
「なに―――?」
「お前、イケメンの知り合いっている?」
しまったー! 考え無しで話したら直球じゃねーか!!
白河も、彩乃の顔で思いっきり複雑な表情しちまったじゃねーかよっ!!
「あのさー、まさかとは思うけど…紹介してほしいの?」
「ち、ちげーっよ!!」
「…じゃーなによ」
「いやその…」
咄嗟に何て聞いたらいいか分からない俺。
「……君ってさ、もしかしてそういう趣味があったの?」
ん? そういう趣味? 趣味ってなんだ……?
「―――ってちげーーって!! 男になんか興味あるか!? そうじゃなくて、その…なんだ…俺達って付き合ってるんだろ? だからさ…」
「もう付き合ってないし」
「へ?」
「もう他人って言ったでしょ」
そっぽを向きながら言い張る白河。
まだ一条の事言ってんのかよ…。
強情な性格してんな…。
余計な事聞いてぶり返させちゃったよ…。ぐすん。
「俺の事、嫌いになった?」
「嫌い」
即答かよ!
本気で嫌いなのか焼きもちなのか、どっちなんだよ!?
チラチラと横を見るが、白河は微動だにしない。
あーもう泣きたくなってきた。
「ま、まぁ…君次第で嫌いじゃなくなるかも―――」
そう白河に言われてから、何も言えないまま無言タイムへ突入。
う…気まずい。
相変わらず彩乃は一切喋らないし…。
そんな状況が続く中、白河が急にブツブツ言い出した。
「どうしよどうしよ……明日どうしよ」
明らかに白河の雰囲気がさっきと違っているので、話しが変った事にホッとする俺。
そして何もなかったかのように参戦。
「どうしようって…大人しくするしかないだろう?」
「そ、そうだけど…明日は歌番組の収録と、アルバム製作の打ち合わせがあってぇ…」
良し良し。自然な会話。
怒ってるけど、思い出させなきゃ大丈夫なんだな。OK。
しかしだな…俺、歌番組なんか出れないぞ。
そもそも歌えないし。
でも俺が白河なんだから、出るしかないのか?
いや、もしかしたら身体は白河なんだ、歌えばあの天使ボイスが出るのか!?
なら歌詞覚えないとな…幸いCDは持ってるし…。
と、真剣に歌番組出場を思案していると、「美琴呼んで」と命令口調の彩乃の声。
あーあいつがいたか…。
呼んでって事は、例のテレパシーってやつだろうか。
やり方を白河に聞いて、心の中で美琴に語りかける。
『美琴~~、聞こえるか~?』
十秒位待ったが、返事は無い。
「呼んだの?」
「いや、やってるんだけど…」
「え~? 心の中で美琴をイメージして、話すだけだよ? 何で出来ないのよぉ」
白河はご立腹だけど、返事が無いんだよね。
俺じゃ無理なんじゃ…。
「そういえば、あいつ携帯持ってないの?」
「……あ、そっか…」
「俺、番号知らないから」
「あー、うん」
ま、白河本人の番号も未だ知らないけどね。
思い出すと落ち込むだろ。
「あ、私―――え? ああ…彩乃ちゃんの声だけど私―――説明?―――うんうん―――あ~だから違くて――――」
美琴のやつ、混乱してんだろうな…。
だよな、彩乃が白河口調で電話してきたらなぁ。
それでも電話を切ってから、10秒も経たないうちに美琴はやって来た。
「ちょっと、何がどうなってんのっ!」
そして当然の如く、開口一番俺に問いただす。
まあ、問いただしたのは俺の姿をした彩乃にだけどな。
仕方ないんで、今までの事を美琴に説明してやるか…。
と思ったんだが…。
「んん~分かった。詳しい話しは直接見るから」
そう言って「ちょっとじっとしてて」と美琴が俺に抱き付いてくる。
ああそうか、白河達ってお互いの情報交換が出来るって言ってたな。
きっと今からそれをするんだろう。
しかし、横では白河が大騒ぎだ。
「ちょっと美琴っ!」と白河が止めに入るが、「自分に焼いたってしょうがないでしょ」と美琴が言うと、白河は大人しくなった。
まぁそんなやりとりを気にする余裕は無く、胸と胸とが密着する不思議な感触に全神経が注がれていた。
そして今の自分の匂いと同じ匂いに包まれて、白河の匂いでいっぱいになり、これまた不思議な気分だった。
「ちょっと神埼君…。 Hな事考えてないで、頭を真っ白にするか、出来れば今日あった事を思い返してくれないかな?」
耳元で優しく囁く美琴。
そんな事されたら、余計Hな事想像しちゃうだろ。
『もう~しょうがないなぁ、これでいい? 聞こえるでしょ私の声』
ふいに頭の中に美琴の声が響く。
凄い…これがテレパシーってやつ?
なんだか良く分からないし、どうやってるのか不明だけど凄い。
その後も声が聞こえる訳じゃないのに、美琴の考えてる事がどんどん分かってくる。
成る程ね、二人の間には言葉は不要って事か…すげえな。っていうか便利だな、こいつら。
『余計な事考えないでって言ってるでしょ? 今日の事思い出してっ』
『へいへい』
言われたとおり今日の出来事を反芻する。
「ちょっと! 何よそれっ!!」
「はい?」
「どうかしたの? 美琴?」
突然、美琴が叫びバッと俺から飛び退いた。
「真琴、ちょっと神埼君借りるから」
そう言うと、美琴は強引に俺をテレポに巻き込んで一瞬で研究所の外へと移動した。
「…………」
移動したはいいんだけど、恐い顔で俺を見つめる美琴さん。
ここは地下一階から地上に出てすぐの場所。
駅の周辺という事もあり、既に遅い時間だったが人通りはある程度あり、ガヤガヤと周りの喧騒が聞こえてくる。
でも俺達は無言。
そして空気に耐えられなくなり、
「もしかして、怒ってるのかな? み、美琴さん?」
「ハァ~~」
深い溜息。
美琴をそうまでさせる出来事ってあったっけ…はて?
「謝ること、あるよね」
「え~と…なんでしたっけ…」
美琴の雰囲気に飲まれ、既に敬語の俺。
しかし…
「ヒントッ! プリーズ!」
可愛く言ってみたが、美琴はローテンションで低く呟いた。
「真琴のマンション…」
ドキーーーーン!!
「マ、マンションってその…あの…」
白河の自室での出来事が、頭の中に鮮明に蘇る。
俺は瞬時にその場に正座、そして土下座。
「た、頼む、お願いだから白河には内緒にしてくれ!!」
「言わないよ…っていうより言えないよ。私だって知りたくなかったし…」
「ホントか!?」
「うん」
た、助かったぁ~。
あんな変態行為が知られたら、もう絶対に仲良くしてもらえない。
え? 何があったかって? そ、それは言えない…。
「まぁ…裸を見ずに我慢したのは評価するよ。でも下着を手にとってあんなこと想像するなんて…君って―――」
「―――わーーっ!! 言うな! それ以上言わないでくれ!!」
「言えるわけないでしょっ!!」
美琴は腕を組んで仁王立ち。
そして俺は地面に正座。
こんな若者二人を、過ぎ行く人達はどんな目で見ていらっしゃるのだろうか…。
「君のことがちょっと好きな私でもね、鳥肌立つ程気持ち悪かったんだけど…」
「すまんっ! でもな、考えてくれ! 白河の事が好きで好きでしょうがないんだよ! なのにあいつ、毎度毎度Hなイベント起こすしさ…ホントに! 俺が変態になるのはあいつに対してだけだから! そこは分かってくれよ!!」
「あ~~はいはい…そうだね、君ってホントに真琴が好きだもんね。自分の足、ベタベタ触りまくってさぁ」
「嗚呼…それは公園での事を言ってるのか!? し、仕方なかったんだ…もう、夢中だったんだよ…」
激しく後悔の嵐。
ていうか、足触るくらいいいじゃねぇかよ…。
みんなも恋人や好きな人には、隠れて変態行為しちゃだめだぞ。
そしてその後も美琴のお説教は続き、もしかしたら一時間位話していたかもしれない。
なぜそんなに長くなったかと言うと、美琴の完全な口封じとマンションの下着を片付けてもらう約束をしたから。
俺が片付けたんじゃ不自然だからな。
良かった。結果的に美琴にバレたおかげで、逆に命拾いしたのかもしれない。感謝。
そして最後に、俺がさっき白河に聞けなかった事を美琴が答えてくれた。
「そのイケメンさん、真琴の知り合いじゃないから」
まあ良かったわけなんだが…続いて美琴はこんな事も言ってた。
「でも、はっきり言ってその人、真琴のタイプど真ん中だと思う」
◇◆◆◇
さて、場所は再び研究所内へと戻る。
やっと如月さんは一段落したようで、三人でコーヒーを飲んでいた。
そして俺と美琴にもコーヒーが用意される。
「いや、如月さん、そんなコーヒーなんかのんびり飲んでいる場合じゃないんですけど」
「うむ、そうか? こんな奇想天外な事象が起きたんだ、まずはゆっくり楽しもうじゃないか」
……変だな。
声だけ聞いてると、いつもの如月さんなんだけど…目が笑ってない。
いつもの余裕のある如月さんじゃない。
俺は違和感を覚えたが、敢えて口にはしなかった。
だってな、他に頼る人がいないわけだし。
「はっきり言おう。お互いの精神を入れ替える事など、現代の医学、科学では不可能だ。お前も見ただろう? あの坂爪博士でさえ、脳移植をしているのだ。もちろん、私にも推測や憶測といったある程度の方法論でさえ思いつかない状況だ。2002年のイギリスでの論文によれば――――――――」
え~っと、久しぶりに如月さんの長い話しがはじまったので割愛させていただきます。
結局…如月さんは分からない…らしい。
そうなると、はっきり言って元に戻る方法はないんだが、それでも最後に「私にまかせろ」と言ってくれたので俺は信じてる。
如月さんに対する信頼は絶大だからな。
まあそんな感じでその後すぐに解散したわけだが…良く分からないのが、「君の姿をした彩乃君、彼女は私に預けてくれ。それが私が協力する条件だ」とかなんとか。
中身は彩乃だが、身体は俺だぜ? そんなもの預かってどうすんだ?
そんな疑問もあるが、まあ言うとおりにするしかなく、とにかくなんとかしてくれって感じだ。
明日が土曜日、明後日が日曜日で助かったよ。
ん? 日曜日? う~む何か忘れているような気が…。
まいっか。
一抹の不安を残しつつ、俺達は帰路へと向かった。
5話へ続く