第2話 アイドル白河真琴!
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「デイビット!本当に行ってしまうの?」
「ああ行くさ。僕は戦士なのだからね。」
「そんな怪我で、もう戦えるわけないじゃない!」
「でも僕は戦わなきゃならない・・。」
「でも、敵は3万の大群。あなた一人でどうなるものではないわ。私と逃げましょうお願い!」
「ああ、キャサリン。出来れば僕もそうしたいさ。」
「だったら・・・・・・
だあああああ!!
朝からうるさい! しかも内容が重い!
何の話しだこれ?
・・・・・・・・・・・・。
ああそうか、新しい目覚まし試したんだっけか。
「死なないでえええええ!デイビット~~~!!」
ピッと、アラーム?を止めて裏面を見る。
「死地に赴く戦士」にセットされている・・・・。
なんのこっちゃ、これは封印だな。
いや、しかし完全に目が覚めたな。
実は、かなり使える目覚ましなのかも。
明日はどれにしようかと数秒悩んだ挙句、どうでも良くなり目覚ましを放り投げ、さっさと着替える。
時間を確認すると、いつもより大分早い。
折角早起きしたんだ、たまには朝食でも作ってやるかと思い、下へ降りて台所に入ると、既に妹が起きていた。
「お早う、彩乃。」
「あ、お早うございます、兄さん。」
制服姿にエプロンを着けた妹は、朝だというのに爽やかな笑顔で振り返った。
あいかわらずこいつ、朝は元気だな。
女の子って、低気圧・・じゃなかった、低血圧が多いんじゃなかたっけ?
そんな事を考えていると、
「兄さん、今お弁当作ってますから、ちゃんと持って行ってくださいね。」
と、元気に微笑む我が妹。
対する俺は朝は弱いので、「へーい、サンキュウ」と、素っ気ない感じで応える。
「じゃあ俺、トースト焼くから。お前も食うか?」
「あ、じゃあお願いします。え~と、オレンジジャムで。」
「はいよ~」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
てな感じで朝の準備を終えて、いざ通学。
妹は先に行きました。
え? 何で一緒に家を出ないかって?
いつもは途中まで一緒なのだが、何だか今日は朝練があるんだと。
でも、あいつ家庭科部だったよな。
何の朝練だ?
疑問に思いつつも、「忘れないで下さいね」と念を押していた妹の顔を思い出し、弁当を鞄に入れて家を出た。
あ、そうだ、今日から自分の身体を犠牲にして大金を・・・じゃなかった、恩返しのバイトだった。
遅くなる事を、あいつに伝えとかないとな。
ポケットから携帯を取り出し、歩きながらメールを打つ。
え~と何て打つかな。「今日はバイトで人体実験だから、帰るの遅くなる。」と、こんなもんだろ。
ピッと送信。
程なく歩いているとメールが返ってきた。
「意味分からないんですけど・・・。」
うむ。なるほど、まあそうであろう。
だが、これは真実。
説明が面倒なので、スルーしてしまおう。
さて、それとは違う説明をしなくてはいけない。
俺の通う学校は、「私立三坂学園」。
最寄駅から三つ目の駅を降りて、さらに歩くこと20分、道中、山あり谷あり(うそ)裏道ありと
進んだ、小高い丘の上にある。
おかげで、夏場のこの上り坂がしんどいったらない。
この為に、原付を買ってしまおうかと悩んだこともあるが、免許をそもそも持ってないし、規則で禁止されているので、却下。
ま、来年あたり、なれた頃に挑戦してみますか。
とそろそろ学園も近くなってくると、見知った顔に良く会う。
「お早う」「オッス」「神崎、お早う」などの挨拶で忙しくなる。
こう人が多くなってくると面倒なので、俺は一際ぶっきらぼうになってしまう。
そのせいもあってか、あまり友達もいない。
・・・・・・・・。
いや、いたか、あそこに一人・・・。
「おい、コノヤロー。起きてっか?」
そう言って、下を向いて歩いている野郎をこづく。
「いてっ、何すんだこら。」とそいつは勢い良く振り向くと、「なんだ神崎か、はよー」とつぶやき、
また半寝状態で歩き出す。
あいかわらず朝に弱いこいつは、坂崎慎太郎。
高校に入ってからの、俺の悪友だ。
同じ帰宅部出身。
ま、男の説明はこの位でいいだろう。
え? 容姿ぐらい教えろって?
男の詳細なんか聞いてどうする。
しょうがない、え~と、髪の毛は生えてて、まだハゲてはいないかな。
あとそうだな・・・、太ってはいないが、運動していない為ブヨブヨだ。
恐らく彼は、モテない部類だろう。
イメージ湧きましたか?
そうこうしているうちに、学園の門の近くまでやってきたわけだが・・・、
「やけに今日は人が多いな・・。」と、坂崎に聞こえるようにつぶやく。
「ああ、親衛隊の方たちだな。今日は白河が来るんじゃない?」
「親衛隊?」と疑問系で投げかけると、俺より事情通の坂崎が、色々と説明してくれた。
どうやら彼ら(女の子もいるが)は、白河真琴の親衛隊らしい。
もちろん、白河のことなら俺でも知っている。
同じクラスの女の子で、芸能人。
はっきり言って、超可愛い。
元から、芸能プロダクション所属だったらしいが、高校入学後、アイドルデビュー。
で、先日始まった、月9のドラマのヒロインに抜擢され、一躍時の人となった。
映画の主題歌決定や、各種バラエティに登場するなど、最近ではTVで見ない日は無い。
こうして彼女は、可愛くて高嶺の花だった存在から、雲の上の人へと昇格したのであった。
しかし、親衛隊まで出来ているとは・・・・。
2年生、3年生も含めて、ざっと20人以上はいるな。
女の子も多いし、良く分からん。
立ち止まって傍観していると、
「なあ神崎、面白そうだからこのまま見ていこうぜ。」
と、坂崎が何だか興味津々のご様子。
携帯で時間を確認すると、だいぶ余裕がある。
ま、暇だからいいかと快諾すると、すぐにその車がやってきた。
学園入り口の、人混みの喧騒を掻き分け、Lクラスの黒い外車が門の前に到着する。
全面スモーク張りで、中に誰が乗っているかも分からない状態だが、当然、誰が出て来るか知っているかのごとく、親衛隊がドアの前に立ち、2列に並んで道を作る。
そして後部座席のドアが開き、白河真琴が登場した。
髪は栗色のショートカット。
大きな猫目と太めの眉で、目元はキリッとして見えるが、低めの鼻と小さい口元が、全体的に優しさを出している。
背が155センチ(ぐらい?)と低めで丸顔の為、完全にロリ系かと思いきや、物事をはっきり言う性格とその人に媚びない態度が、女子にも人気があり、男子からも、ギャップ萌えなのだそうだ。(坂崎談)
「胸も結構あるしな。」(坂崎談)
車から降りると、親衛隊が一斉に、「お早うございます、真琴様!」と、随分練習したんだろうなあと思わせるほど、息の合った挨拶をする。
対して白河は、苦笑いだった。
「あ、あはははははー。な、なんだろうな、コレ。」
「いったい何の騒ぎなの?」と、白河が問うと、親衛隊のリーダーらしき生徒が前に出て答えた。
「はっ、我々は、三坂学園所属、白河真琴ファン倶楽部の初期メンバーです。」
「えっ、なによそれ?」
「我々は、学園にいる間、真琴様に悪い虫が付いたり、暴漢どもに襲われたりしないよう、常にお側で警護をする為・・・・・
「あ~、うん、気持ちはありがたいよ、うん。応援してくれて、ありがと。」
「いえいえ、我々は、真剣に真琴様を応援する為、同士を集め、さらには裏から手をまわし、親衛隊と真琴様だけになるよう、クラス替えを・・・・・
うんうん、はぁ~と、うなづきながら白河は話を聞いていたが、徐々に顔を赤らめてついに噴火した。
「やめてよ!バカバカしい。周りに迷惑がかかるでしょう?それに、そんな事したら、私が友達と仲良くしたり出来ないじゃない!」
おおー、言うねえ。はっきり言ったね。
俺は関心して見ていた。
あれだけの人数に対して、しっかりと自分の意志を伝えられるなんて、カリスマ性もありそうだな。
親衛隊は、すっかり意気消沈している。無理もない。
そして隣のバカ(坂崎)がつぶやいた。
「怒った顔も、すげー可愛い・・。」
と、ニヤニヤしている。
気持ち悪いから・・・、友人としてやめてくれるかな。
気持ちは分からなくないが・・。
「はい、という事であなた達の倶楽部は解散! これからは、白河真琴公式ファン倶楽部にきちんと入ってね。詳しくは、ホームページを見ること。」
宜しく、じゃあ行くね~っと、スタスタ歩いて行く白河。
親衛隊は、肩を落として各々散っていく。
ちょっと彼らがかわいそうな気もしつつ、俺は校舎へと向かった・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
授業中。
今は数学の小テスト中。
早々とあきらめ、都合良く窓際の席である俺は、校庭で体育の授業をしている女子達を眺めていた。
ボールを蹴って、1塁に走る。
で、守備の人がボールを掴んで1塁に送球、アウトー。
なるほど、キックベースねえ。
今更、男どもでやったって対して面白くないのに、キャアキャア楽しそうだな。
ハーフパンツが緑ってことは、3年か?
しかしあれだな、中学の頃は1年の時に3年生を見たりすると、えらい大人に見えたけど、高校入ってからは、そんなに学年の差は感じないな。
それだけ俺達が、大人になってきてるってことだよな。
などと考えていたら、ふと、今朝の出来事を思い出した。
・・・・・久しぶりに登校してきた、白河真琴。
物怖じせず、親衛隊にはっきりと言い切った・・。
やっぱり、芸能人やる為には、あの位の度胸が必要なのだろう。
ちょっと可愛い位の子なんて、そこらじゅうにたくさんいるしな。
そこから先は、努力と、生まれ持った天性のカリスマ性ってことなのだろうか。
・・例外に無く、俺も、彼女の魅力には惹かれることがある。
つい授業中も、彼女を目で追ってしまうことがある。
周りを見渡すと、男子の大半が、同じように見てる。
そんなことがよくある。
本人は、見られている意識はあるのだろうか?
視線を感じているのだろうか?
気になって、数席離れた白河を見る。
考え事でもしているのか、頬杖を付いて、シャーペンの頭をトントンと唇にあてている。
もっとも、テスト中だ。
答えを考えているのだろう。
そのままボーっと彼女を見つめていると、ふいに彼女は振り返り、こちらを見た。
う、目があった・・・・・。
そのまま硬直してしまう。
白河も、そのままじぃ~とこちらを見ている。
な、なんだこの状況。
なんだろう、ここで先に目を逸らしたら、へタレの烙印を押されてしまいそうな気がした。
今朝の、あの親衛隊の時のような態度で、
「ヘタレな男は嫌いだから。」って、そんな方向に進みそうな気配がある。
彼女は普通に見ているだけかも知れない・・・・。
でも、キリッとしたその目元から感じるその視線は、何か逆らえないものを感じる。
緊張しながら、そのまま目を合わせていると、彼女が突然ニコッと微笑んだ。
うおっ!
やられた!
い、今、胸の辺りがキュンと・・・。
俺は急激に赤面していくのを感じ、すぐさま顔を逸らした。
まずい、バレたか・・・。
何秒経った?いや何分だ?
時間の流れがあいまいに感じつつ、そろそろと思い、もう一度彼女を見た。
!!!!!!!
彼女はまだ見ていた。
しかも、笑顔のまま、小さく手を振り振りしている。
そして口パクで、「やっほぉ~」と、たぶん言った・・。
ダメだ、もう見れない!
俺はその後、授業が終わり、放課後になるまで、ずっと外を見ていた・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
はあああああ。
深い溜息をついた。
やっと放課後だ。
「おい、神崎、この後どうする?」
説明はいらないだろう、坂崎だ。
こいつは目の前の席なんだ。
「今日はちょっと用事があってな。」
先に帰っていいぞーと、手を振って、しっしっとしてやると、その動作でテスト中の出来事が脳裏に
フラッシュバックした。
・・・っつ。
意味無く赤面している俺にはお構いなく、坂崎は、
「そういえば今日さ、数学のテストの時、
(な、何を言いやがんだこ、こいつ・・。)
・・・聞いて驚け、白河がこっち見てさ、手を振ってたんだぜ!」
(ドッキーーン!! 心臓が飛び出るかと思った。)
「まいったな~。あいつ、俺のこと好きなのかなー。やばいなー。なあ神崎、ここは、勝負かけて告るべきか?」
ふ~、幸せな奴で良かったと、俺は安息し、「やめとけ」と一言だけ言っておいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
さて、教室には誰も居なくなったみたいだし、そろそろ行くか。
正直、白河には会いたくなかったから、わざわざ下校時間をずらしたってわけ。
我ながら、ヘタレ感は否めない。
しょうがないだろ!
女の子は苦手なんだよ。
今までまともに話しなんかしたことないし。
妹いるけどな・・・・。
しょせん妹だから。
子供だし。
雑念を払いながら下駄箱で靴を履き替えて、外に出る。
早くバイトに行かないと。
約束だからな。
そう思いつつ歩いていると、
「神崎く~~~ん。」
ん? 俺か? どこからか、微妙に聞こえるか聞こえないか程の声がする。
見廻しても誰もいない・・・。
あれ?
まあいいかと、歩きだすと、
「か・ん・ざ・き・く~~ん」
さらに「ここだよー」と、確かに聞こえた。
どこからだと、訝しがってもう一度辺りを見廻す・・・。
・・・・・・・いた。
何者かが体育館の陰から、手だけを出して「こっちこっち」と呼んでいる。
はあ、しゃあねえ。
面倒事じゃなきゃいいがと思いつつも、あの手と声は間違いなく女の子、誰なのか気になったので、確かめたい気持ちを抑えつつ、ゆっくりとそこに近づいた。
もうちょっとで、先程の手が出ていた場所に差しかかろうとしたその時、突然腕をつかまれ、体育館裏へと引き込まれた。
「うお、ちょっと、な・・・・・・。」
白河だった・・。
よりにもよって、一番会いたくない奴に!
「な、なななな何だよ。」
しまった!激しく噛んでしまった。
動揺していると、彼女は一所懸命に「し~~~~、し~~~~。」と人差し指を口に当てている。
「もぉ、声がでかいぃ!」小声で叫ぶ白河。
か、顔が近すぎるっ!
一体これはどういう事だ?
「な、なにが・・・。」
俺が動揺しながら言いかけると、
「だから、静かにしてって言ってるでしょ!」
彼女はそう言いながら、俺の右腕にしがみつき、体育館の奥へと引っ張る。
ぎゃああああああああ!!!
う、腕が、腕が、か、彼女のむ、胸にジャストミートなんですけど!
「ちょ、ちょっとまっ・・
「いいから早く! ここじゃ見えちゃうの! あの倉庫辺りまで。」
さらに引っ張られる。俺が硬直してるもんだから、体重をかけて、んしょんしょと彼女がする度に、
腕にプニプニした弾力を感じてしまう・・・。
け、結構あるんだな・・・。
いやいや、そういう状況じゃないだろ?
しかし、全神経が、腕のその部分に集中していた。
ま、まずい!
俺の砲台が、戦闘態勢にいいいいい!!
腕が名残惜しいが、是が非には代えられない。
俺はその場にひざまずき、うづくまった。
「えっ? どうしたの、神崎君! お腹痛いの?」
大丈夫?と、背中をさすってくる白河。
だから、何でそんなに近いんだよ・・・。
「ねぇほんとに大丈夫?」と、うずくまり、下を向いている俺の顔の、さらに下から覗いてくる彼女。
心配顔の上目使い・・・。
だああああ!! おさまらねえだろうが!!
「あのさ、ちょっと今、俺の身体の中心で、愛を叫んでる奴がいるみたいなんで、離れてくれない。」
「ええ!? なに意味不明なこと口走ってんの!?」
ほんとにまずいんじゃない?と、立ち上がって、キョロキョロと辺りを見廻すと、
「とりあえず、保健室いこっ」
ほらぁ、と、彼女は俺の腕の下に頭を入れ、ちょうど肩を貸す感じで立ち上がらせようとする。
「ば、ばか、やめっ・・・・
必死に俺は抵抗するが、逆効果だったみたいで、
「もお、何なのよ!ほらぁっ立って、お願い!!」
(立ってるんですけど・・・。)
と、その状態から俺の身体を、その彼女の両腕で鷲掴みにされる・・。
もはや、きつく抱きつかれている状態。
彼女の柔らかい感触が、さらには、急接近している顔と顔・・・。
はぁ、はぁ、と、彼女の吐息が・・・・・・。
もうダメだ・・。
俺の中の何かが切れて、プツンと音がしたようだった。
いや、本当に血管が切れたらしい、おびただしい量の鼻血が、ボタボタと地面に落ちていた。。
「キャァ~~~~、なに!? 血が出てるじゃない!?」
どおしよ、どおしよと、おろおろする彼女を横目に、俺は自爆を覚悟し立ち上がろうとした。
「だ、大丈夫だか・・・ら、こ・・れ・は・・せい・りげん・・しょ・・う」
大量の鼻血で貧血状態の俺は、激しい立ちくらみに襲われ、そのまま後ろに倒れこんだ・・・。
ゴツッという音が聞こえた・・・。激しい後頭部の痛み。
や、やばい・・気絶する・・・。
薄れ行く意識の中で、
「夏ズボンって、生地が薄くて目立つんだよな・・。」と思った・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「う、う・・・うう」
「あ、神崎君、起きた!? 大丈夫!?」
かすかに声が聞こえる・・・・。
ああ、俺、倒れたんだっけ・・・。
神崎君、神崎君、と声が聞こえる・・・。
なんだ? 天使の声か?
おれは死んだのか。
なんだろう、顔をさっきから何かが擦ってるな・・・。
だんだん意識が戻ってきた。
ああ、顔を拭いてくれてるのか。
鼻血吹いちゃったからなあ。
優しいんだな、白河。
でも俺カッコ悪いなあ。
あ、目が開きそうだ。
意を決して目を開けると、目の前に彼女の顔があった。
「あ! 神崎君!」
「おう。」
「もう大丈夫!?」
「お、おう。」
「よ、良かったあ~~、はあぁ~。」
安堵の溜息をつく彼女は、涙目だった。
そして溜息が、俺の顔全体にかかり、くすぐったいやら、恥ずかしいやら・・・。
痛みと共に感じる、後頭部の温もり・・。
「で、なんで膝枕?」
思った事が口に出た。
「え? いや、その・・えっと、ち、違うのこれは!違うんだって!!」
彼女は頭を抱え、いやいやをしている。
顔が赤い。
「だ、だから、た、倒れたまんまで、頭が痛そうかなって・・。」
その照れた仕草がとても可愛くて、貧血状態の俺は、とても冷静に彼女を見つめていた。
まじめな顔で見つめられ、彼女はさらに顔を真っ赤に染めると、
「ば、ばかじゃないの! 違うっていってるでしょ!!」
と言い放ち、急に立ち上がった。
ゴツッ!!
「い、痛てえええええええええ!!!」
行き場を無くした頭は、当然落下し、俺は後頭部を強打。
たまらずのた打ち回った。
「え! キャァ~~~~!! ご、ごめんなさい~~~。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「あ、あのさぁ、ごめんね」
体育館裏、倉庫の中、二人はそこにあったパイプ椅子で休んでいた。
「だ、だからごめんって。」
なにやら本当に悪いと思ったらしく、両手でもじもじとしながら、こちらを見ている。
仕草が、妙に子供っぽい。
「ああ、もう大丈夫だ、ちょっとズキズキするけど問題無いだろ。」
頭を手でさすりながら応える。
「あ、いやぁ、そうじゃなくて、そのぅ・・・。」
顔を赤くしながら、俺の下半身に視線を向ける白河・・・・。
え?
「NOぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
やっぱり見られたかあああああああ!!!!
頭を抱え、悶絶していると、
「あ、あのね、男の子の事、私まだよく知らないから・・、だから・・・。」
て、天然なのか、この子・・・?
そんなストレートに、私まだ未経験です。みたいな事。
「ああ、まあその件については、とりあえず置いておこう。」
パントマイム風で、置いておこうのポーズをとる。
「で、なんで俺を呼んだんだ?」
「あ、え~とね、じゃ、じゃあ、これを見て!」
と彼女は言うと、鞄をゴソゴソ・・・、何やら白い封筒を取り出し、俺に差し出した。
ん? 手紙? 受け取ると、
「中を見てもいいよ。」
いいのか?と、俺は便箋を取り出し読み上げる。
なになに・・・
「白川真琴さんへ」
「君に惚れました。今日の放課後、プール場前まで来て下さい。待ってます。」
なんだ、この直球ド真ん中のラブレター!?
「ね? ということなの。」
「はい? ということなのって、言われても。・・・なんだ? これについて、俺に相談ってこと?」
「ち、ちがうわよっ、さっき見たら、その人本当に待ってたみたいだから、居なくなるまで待とうかなって。・・・で、ちょうど君が来たから、見張り頼めるかなって・・・。」
あー、やっと分かった。
そういうこと。
「だったら、直接会って断ればいいじゃないか。」
普通にそう思った。
「う、うん。それは、そうなんだけど・・・。」
「お前、今朝だって、あんなに物事はっきり言ってたじゃねーか、普通に断れよ。」
でもぉ・・と、またもじもじする白河。
あれ? おかしいな、この子こんなキャラだったか?
「こ、怖いのっ。」
へ?
「男の子、怖いのっ。」
「だって、断ってもし怒ったら、怖いし・・・。」
・・・・なるほど、そんな事考えてたのか。
「だ、だって私、小学校も中学校も女子校だったから、男の子ってよく分からないし、その・・・」
「あーあーあー、いいっていいって。そんなに説明しなくても。」
「分かった。まだその人待ってるか、見てくるよ。」
そう言って、俺はプールへと走りだした。
「えっ、あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
呼び止める声が聞こえるが、とりあえず無視。
・・・・・・・・。
プール前へ到着。
なるほど、ごついのが一人いる。
いかにも体育会系の兄ちゃん。
先輩かな?
・・・・・・よし分かった。
踵を返し、倉庫へと走る。
時間がもったいないので走る走る。
・・・・・・・・。
すぐに倉庫が見えてきた。
中には、アイドル白河真琴さん。
遠目には、何だか、しょんぼりしながら座っている。
全く、とんだ面倒に巻き込まれたもんだ・・。
ここからは、巻きでお送りいたします。
やっぱり会って断れと、なんとか彼女を説得した俺は、立会い人兼、ボディーガードとして同行。
見事、彼が振られるのを確認させていただきました。
これにて解決。
そして、かわいそうな、あの男にアーメン。(男泣きしてたぞ。)
やっと開放され、俺は駅に向かって歩いている。
「な、すっきりしただろ?」
「う、うん、そうだね。」
「だろ?」
「あの、えっと、ありがとね。」
「へ?」
「だ、だからぁ!、ありがとうって・・。」
「おう、良かったな。じゃあまた、困ったら声かけてくれてもいいぞ。じゃあな。」
うんうん、白河に貸しが出来たな、これは。
しかも、なんだか今日は、アイドル白河真琴が身近に感じられて、なかなか楽しかったぞ。
思い出すのは、柔らかい、あの感触・・・・。
あの吐息・・・・。
膝枕・・・・。
だああああああああ!!
いかんいかん!
これじゃ、坂崎と一緒じゃないか!!
二度とあいつを馬鹿に出来なくなってしまう・・・。
坂崎っちゃダメだ。
女子にモテなくなる。
「ねえ、坂崎君。さっきから、なにニヤニヤしたり、怒った顔したりしてるの?」
え?
ハッと横を見ると白河・・・・。
しかも、今、名前、間違えましたよね?
「お、お前、まだいたのかっ!!」
「ひ、ひど~い! さっきからずっといるじゃないっ!なんでいないことになってるのよぉ!」
「信じらんないっ」と、おかんむりのご様子。
「いやだって、話の流れで、別れた感じだっただろう!?」
なぜにそのまま着いて来る?
「ち、違うのっ、今日は、マネージャーが迎えに来れないって言うから・・・。」
「え、お前、毎日送り迎えしてもらってんのか?」
「だ、だって、最近怖い人たちに・・・ってそうだ!」
彼女は手をポンッと合わせると、俺に向き合って、
「昨日は、助けていただきありがとうございました。重ね重ね、お礼申し上げます。」
言いながら、深ぶかと頭を下げた。
「急にどうしたの、お前?」
・・・・・・・・・。
あれ?
返事がない、ただのしかば・・・
バシッ
痛てっ!
プルプルと肩を震わせていたもんだから、気になって触ろうとしたら、払いのけられました。
で、そのまま下を向いて、プルプル継続中ですが、大丈夫かな? 白河さん。
「き、君ねえ、人が真剣にお礼をしたというのに・・・、な、なんなのその態度!しかも今日ずっと、お前お前って、いいかげん、名前で呼んでくれてもいいじゃないっ!!」
「じゃあ、真琴。」
「えっ?」
すぐに下を向く白河。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
あれ?また静かになったな。
「・・・・・・・・でいい。」
「え、聞こえない、なんだって?」
「白河って呼んで!」
「お、おう分かった、白河。」
何だか、よく分からないので、素直にしたがっておこう。
「で、さっきの意味分かったの?」
え? さっきの意味? プルプルした感じの?
プルプルって言えば、プリン?
まさか、おっ〇い?
いや、違うだろう。
「ごめん、分からん。教えて下さい、このとーり。」
お参りに来たかのように、手を合わせる。
「もぉ、昨日、この先の路地で、助けてくれたじゃない。」
全く、と腕組みをする彼女。
・・・・・・・・。
思い返す。てことは、あの絡まれてた美少女は、
「白河だったのか!」
気づいてなかったの!?と首をかしげる白河。
「そうよっ、だから、お礼したんでしょぉ。でも、無事で安心したよ。」
心配したんだからね、と怒りは大分収まったご様子。
そうか……そうだよな…思い返すと確かに昨日の子は白河だ。
こいつ、殆ど学校来ないから顔覚えてなかったぜ。
まあ――有名人だからテレビで良く見るんだが…俺、アイドルとか興味ねーしな。
「まあ、あの時はさ、俺、かなりテンパッテたし、暗がりだったしな。でも、かなり可愛い子が囲まれたってのは分かったから。」
し、しまった、可愛い子は余計だったか・・・。
「あ、ありがと・・・。」
目をパチクリしてお礼を言う白河。
「そ、それで、これからどこに行くの? 帰るの?」
「バイトだけど。」
「バイト?」
突然、目を輝かせる彼女。
バイトに興味があるのか?
「いいなぁ、私、バイトってしたことなくて、一度してみたいと思ってたんだぁ。」
いやいや、お前はアイドルって仕事があるでしょと、突っ込みたかったが、話がこじれると面倒なので、ここは黙っておこう。
「バイトといっても、たぶん、白河が考えてるのとは、かなり・・・と言うか、全然違うと思うぞ。」
「じゃあ、私も一緒に行ってもいい?」
人の話し聞けよっ!
「どうでもいいよ。好きにしな。」
「やったぁ~~~!」
なにも万歳しながら、喜ばなくても。。
如月さんがなんて言うか、分からんけどな。
あの人、今日もきっと意味不明だろうし・・・。
ま、断られたら、帰ってもらうか・・・。
3話へ続く・・・・・・・・・・・。