第16話 美琴と真琴
「美琴! 何やってんだ! 犬と遊んでんじゃねえ!!」
メイド服お出かけモードで斉賀亭へと侵入した、美琴こと、白河2号機。
なかなか目的地へと辿り着けない美琴に、俺はいらいら、いらいらしていた。
え? 話しが飛びすぎて分からないだって!?
まあそうだろうな。
しゃーない、面倒だが説明……いや、ちょっと時間を遡ってくれ。
◇◆◆◇
「助けてえ~~ドラえも~~ん」
「馬鹿な事言ってないで、早くこっちへ来い」
ちっ、いつもながら、冗談が通じないぜ。
例の如く、如月さんに助けを求めてやってきた俺。
まあ電話もあったしな。
そしてすぐに端末の横に座らせられて、説明モードの如月さん。
なんだか、今日はいつも以上にペースが速いぞ。
「昨日のニュースは観たか?」
ああ、あれね。もちろん、『RM事務所嫌がらせ事件』の事だろう。
「観ましたよ」と即答する俺。
「ならば話しは早い。今回の件、全て斉賀秀一という小僧の仕業だ」
え? ちょっと待って。
いや、ある程度予想はしてたんだけどさ、あまりに急展開すぎるし、この人どこまで知ってるんだ?
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「ええと、その……どうして斉賀の事知ってるんですか?」
「ちっ……面倒だな……説明が必要か?」
「ええ。出来れば」
「ふむ、仕方のない奴だ…」といつもの如くタバコを吸い出す如月さん。
あいかわらず、俺への説明は面倒らしい。
白河には、言われなくても何度でもするくせに……。
ふん、拗ねちゃうぞ。
しかし、2号――じゃなかった美琴はどうした? 今日は見かけないな。
そんなキョロキョロした俺の挙動をキャッチしたのか、ズバリ心を読まれた。
「美琴なら、奥で学習中だ。後で会わせてやる」
「そっすか」
まあ別に会わなくてもいいけどな。
あいつを見たら、白河を思い出して切なくなるだろ。
「で、斉賀の件だったな―――」
どうして斉賀の事を如月さんが知っていたかっていうと、例のネットでUPされた写真を元に、どの端末からデータが送られたのか、調べたらしい。さすが如月さん。
「――で、辿り着いたのが斉賀のパソコンだったと」
「そうだ。それで斉賀という名に聞き覚えがあってな、確認してみたんだが……」
それがなんと、斉賀組の本家だったらしい。
『組』っていうくらいだから、なんとなく分かるだろ?
あいつの家は、本気のヤクザだってことだ。
どうして、金を持ってるはずだぜ。
「まあそれでだ、君からも嫌がらせの件は聞いていたからな、調べたら斉賀組が関係していた訳だ」
やっぱりあいつだったのか……。
金や権力に物を言わせるなんて、なんて汚い野郎だ。
「しかし、どうしたらいいんすかね?」
「ふむ……。簡単だ。脅してやればいい」
ニヤリとする如月さん。
そして、「これを観ろ」とモニターになにやら映し出す。
な……なんだ?
それは映像だった。どこかの部屋の中を撮影した物のようだ。
しかし、画質はあまり良くないみたいで、たまにノイズが入る。
でもなんだろ? なんとなく雰囲気では女の子の部屋のようだ。
部屋全体が明るいブルー調で統一されていて、そこかしこにヌイグルミが置いてある。
恐らく若い女の子だ。
一体何を見せようってんだ?
すると、なにやら画面に可愛らしい女の子が現れる。
なんだか、鼻歌まじりで上機嫌だ。
いや……まて。
この声どこかで――しかも着ている制服、うちの学校のじゃねえか!?
「知っているだろう?」
う、う~~ん。もうちょっとで……。
長くて、綺麗な髪。んで、頭には大きなリボン。
ちょっと待てよ……その子が振り返り、正面から顔が映った――
――間違いない。
来栖美月。来栖先輩だ。
なんで、来栖先輩の部屋の映像が……!?
すると、おもむろに制服を脱ぎ出す先輩。
うわ――――マジか!?
そして次第に…下着まで脱ぎ出し……カチッ
「あれ? なんでいいとこで止めるんですか!?」
「ふむ。君はなかなか度胸があるじゃないか? 私の前で、彼女の恥ずかしい映像を見たいと言うのだな?」
「あ~~いや……ええ~~~~と」
ちぇ、あそこまで盛り上げといてそりゃないぜ……。
「今の映像はな、斉賀秀一のパソコンからハッキングしたものだ」
「なんだって!?」
「しかも、これだけじゃない。こんなものじゃ済まされない。彼女の部屋、バス、トイレ、玄関、全ての場所に隠しカメラが設置してある。しかも、多様なアングルから見れるよう恐ろしい数のカメラが」
マジかよ……。
あの野郎……自分でアイドルデビューさせといて、裏でそんな事してたなんて……。
俺の、遥か数段先を行く変態じゃねえかよ。
「分かりました。その映像をあいつに見せて、脅してやるって事ですよね」
「ふむ、まあそうだな。しかしだ……このままでは証拠不充分だな」
「なんでです?」
「これはハッキングして入手した映像だ。相手が知らぬ存ぜぬを貫けば、どうとでも誤魔化せる」
くそ――そうなのか……じゃあどうすればいいんだ!?
「だがな、この件に関しては私もかなりムカついている。白河君と同様、来栖美月も私は結構好きなのだよ」
「は、はあ……」
「まあ入手した映像は、私が責任を持って保管するが……」
そこは破棄しとけよ!!
「この男は女性の敵だ。社会的に抹殺してやらねばならん」
お、いいね、そのノリ。俺も大賛成。
「で、どうやって証拠をゲットするんですか?」
「美琴にお願いする」
は? 今なんと? 美琴だって!?
あいつに何が出来る訳? ただ白河にそっくりなだけのあいつだぜ?
「マジで言ってます?」
「ああそうだ」
「ちょっと待ってろ」と恐らく美琴を呼びに行った如月さん。
一体どうするんだ?
程なくして、美琴を連れて来る如月さん。
「あは♪ かんざっき! かんざっき! 元気した?」
「かんざっきスキ~~」と俺に抱きついてくる美琴。
お……おい。どうなってるんだ、これ?
どうしてこいつが、俺に『スキ~~』とか言って抱きついてくる……。
なんだか、めっちゃ可愛いんですけど!!
「ちっ、嬉しそうだな。君は」
「そ――そりゃ嬉しいっすよ。だけど、どうしたんです? こいつ」
「かんざっきぃ~~」
すりすりと、俺の身体に頬ずりしてくる。
「ああ、最近、やっと物心ついてきてな。きっと、君が研究所で助けてくれたのを覚えていたんだろう。昨日から、君の事ばかり話すようになってな……」
マジすか!? 俺、こいつのフラグ立てちまったってこと!?
おいおい、どうづるどうづる……ズルズル……。
やっべ、ヨダレ垂れてきた……。
くぅ~~~! オリジナルがこんだけ可愛かったらな~~~。
…………。
一生ありえないな……。
よしよしと美琴の頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて猫みたいだ。可愛いぞ。
「で……こいつがどうするんですか?」
「ん? まあ見てろ。美琴、ちょっと例のやつやって見せてくれ」
「はぁ~~い」
可愛く返事すると、「シュッ」と消える美琴。
ええ!? これってまさか……。
「空間転移だ」
「やっぱそうすか!?」
「ああ。白河君の脳とシンクロさせたら、同じような現象が起きた。しかも、白河君の記憶が大量に彼女に流れ込んだみたいでな? 一般常識も今は充分身についている」
すげえ!! そんな事がありえるなんて!!
「今の美琴は、白河君のただのクローンではない。今はまだ脳が幼いが、その内、本当の白河君のように振舞うようになるかも知れないな」
「それじゃ、どっちがどっちだか、区別つかなくなるじゃないですか!?」
「……っふ、それも面白いな。それと言っておくが、美琴があれだけ君を好きだという事は、白河君も君が好きだと言う可能性が高い。良かったな」
『白河君も君が好き、白河君も君が好き、白河君も君が好き、白河君も君が好き、白河…………。』
ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!
そんな事があああああああああああああああ!!!!!
信じられねえ!!!
あいつが……あいつが……さっきみたいに俺にすりすりと……。
考えただけでも興奮してしまう!!
なかなか興奮が冷めない俺に対して、如月さんはこうも言っていた。
「今の美琴は脳が幼稚だが、学習させた知識だけをみれば、君より遥かに頭は良い。まだ口が舌足らずだから、思ったことをなかなか話せないが、こちらが言った事はほぼ理解出来る」
だそうだ。
なかなかやるじゃねえか美琴。
いやさすが如月さん。
「んで、あいつのスキルを使って一体何をする気なんです?」
「まだ分からんのか。これだから君は……彼女には、斉賀亭へ飛んでもらって証拠を持ってきてもらう」
「成程……。でも美琴で大丈夫ですかね?」
「なに、心配は無い。準備は整えてある。それにだ、白河君本人でも良かったんだが、彼女にこんな汚い世界を見てもらいたくなかったんでな」
そっか……そうだよな。その通りだな。
やっぱ如月さん、頼りになるぜ。
この恩は、ほんといつか返さなきゃだな。
「しかし美琴のやつ、帰ってきませんね」
「うむ、そうだな。可笑しいな……」
シュッ――――――――――
うお! 帰ってきた。この突然現れる感じ、なんとかならねえのか!?
「たらいまぁ~~んん~~レロレロ……おいちぃ~~」
なにやら、アイスクリームをペロペロしてるんですけど……。
「如月さん……こいつに、金も持たせたんですか?」
「いや、それはない」
って、おいぃぃぃ~~~~!!!!
「お前、どこでそれ盗んできたんだよ!?」
「?」と頭の上にハテナマークを点灯させ、首を傾げる美琴さん。
「美琴、そのアイス、どうしたんだ?」
「え~~っと……かってくれた……おじさん」
嬉しそうに微笑む美琴。
ダメでしょ、知らないおじさんに着いていったら……。
「あの、如月さん?」
「ああ分かってるよ、ちゃんと教育する」
ならいいんですけど……。
◇◆◆◇
てな感じで、美琴潜入捜査が開始されたわけだ。
でもって、実際に飛んでいったのは美琴だけ。
俺達は、美琴が掛けているカメラ付き伊達メガネからの映像を見ながら、高みの見物だ。
ちなみに、どこを目指してるかって言うと、斉賀秀一個人の自室。
あらかじめ、如月さんが探りを入れてくれてあるから、間取りもバッチリだ。
しかもだ、斉賀亭ははっきり言ってかなり広い……そりゃもうお屋敷だ。
その代わりな? 使用人――ようするに、メイドさんチックな人がいっぱい居るのさ。
だから、もちろん美琴には使用人に似たような服を着せてるって訳。
ばっちりだろ?
と、ここまではいいんだが……。
屋敷の庭まで潜入したんだが……いかにも番犬って感じの犬に寄っていって、その犬と戯れてるんだよ。
まあ奇跡的にその番犬、全く吠えるどころか、くぅ~んくぅ~んって美琴に甘えてきやがる。
そして美琴は大喜び。
本来の目的を既に忘れてしまっている感じだ。
「おい! 美琴! 早く斉賀の部屋へジャンプしろ!」
必死に叫ぶ。こっちの声は、イヤホンで聞こえてるはずなんだが……。
「ふむ、まずいな……。このままでは恐らく見つかってしまうだろう……」
やっぱりそう思いますよねえ。
さっきから、画面には犬の映像しか映ってないんだよね……。
そしてその悪い予感は的中する。
その後すぐに恐いお兄さん達が来て、美琴は確保された。
それでも当の本人は、遊んでくれると思ったのか、なんと大喜びだ。
マジすか!?
全然当初の目的とはかけ離れてるんですけど……。
しかも――
「如月さん! このままじゃ美琴、やばくないですか!?」
「危険だな……だが、もう少し様子を見てみよう」
だ…大丈夫かよ……しかも、如月さんのこの落ち着きよう……信用していいんだろうか。
そのままモニターを監視していると、どんどん屋敷の奥へと連れて行かれている。
そして場所は広い部屋へと辿り着き……
「若、このような女子が庭で見つかりました。いかがいたしましょう?」
恐らく、美琴のすぐ後ろにいるであろう兄ちゃんの声。
そして美琴の目線――モニターに写る先には――斉賀の姿!!
あの野郎……若とか呼ばれてるし……さすが本物は違うぜ。
なぜかドキドキしちゃう。
「ほう……その服……似ているが、当家の使用人のものとは違うな。もう少し、近くへ連れて来い」
何をするつもりだ? マジで緊張してきた。
されるがまま、素直に言う事を聞いてどんどん斉賀に近づく美琴……。
「おや? この女……白河真琴にそっくりじゃないか……。おい、そのメガネを外せ」
やばい! メガネを取るのもやばいし、素顔を見られたら白河本人だと思われる!!
どうしたらいいんだ!?
「如月さん! こいつに――何か装備させてないんですか!? 電撃が出るやつとか…爆発するやつとか」
「ないな。美琴にはまだ早い」
万事休す……って感じ?
打つ手無しか……ま、いつもの如く俺はなんも役に立ってないし。
そして外されるメガネ……。
モニターの映像が、突然床や天井を写したりと焦点が定まらなくなる。
既に誰かの手にあるって事だ。
「こ――こいつは!? 白河真琴本人じゃないでしょうか!?」
「か、可愛い……」
「俺、ファンなんです! 間違いない。本人ですよ、若!!」
たぶん斉賀の取り巻きというか、若い衆の声が聞こえる。
美琴の素顔を見て驚いているみたいだ。
まあ当然だな。
モニターには足元の映像が映し出されている……メガネは投げ捨てられたようだ。
「そうか……ククク……君が……ふっ…白河真琴本人が現れるとはね。やるじゃないか…どうやってここまで忍び込んだのかは知らないが、その度胸は素晴らしいよ」
斉賀の、冷徹でムカツク声が聞こえる。
「そいつを拘束して、僕の部屋へ運んでおけ。それと、お前か…? 白河真琴のファンだと言うのは……」
「は、はい若。自分であります!」
「お前…指詰めろ…」
グシャッ―――――――――
砕かれたような音と共に、映像と音声が途切れた。
踏み潰されたのかも知れない。
ダメだ! もうあっちの様子は分からない……どうする!?
「如月さん……」
「うむ…まずい展開だ」
さすがの如月さんも、腕を組み、足を組んで考え込んでいる。
「俺、直接行って来ますよ。だから…何か武器ないすか?」
「……危険だが、そうするしか手はないか……いや、待て……」
如月さんは悩んでいるようだけど、早くなんとかしないと……斉賀の奴、美琴に変な事するに決まってるだろ。
俺が行くしかない――ここからなら、走って15分位だからなんとかなるっしょ。
あ……でも相手は本物。チャカとか持ってそうだな……こ、殺されるかも……。
「ねぇねぇ~、なに二人で神妙な顔してるのぉ~?」
急に女の子の声が聞こえて振り向くと、そこには白河が立っていた。
「なんでお前がいるんだよ!?」
◇◆◆◇ ~~白河視点~~
「ハァ~~難しいぃ~~。」
「大丈夫よ真琴ちゃん、今のは良い感じだったわ。――さ、夕食にして休憩とったら、また最初っから踊ってもろうから」
「はぁ~い」
今はライブで歌う曲の、振り付けの確認中。
先生とマンツーマンで、朝からずっと踊ってたから……かなり消耗……。
自分の曲はいいんだけどね?
何曲かカバーするのよ。
えっと~、美月ちゃんの曲とかぁ、某有名アイドルグループの曲とかね。
そうしないと曲が足りないのよ。まだデビューして間もないから。
だからね、ライブオンリーで歌う曲の振り付けをしてもらってるんだけどぉ……。
あ~んもぉ…時間が無いから焦るぅ~~。
……まぁいいや。お弁当食べてちょっと休もっかなぁ。
「真琴、大分良くなってきてるよ。明日は番組の収録があるから、この後は早めに終わらせよう」
そう言って、マネージャーの黒田さんがそっとお弁当を手渡してくれる。
いつも優しい黒田さん。
この人はね、敏腕マネージャーとして有名で、私がここまでになれたのも…たぶんこの人のおかげ。
しかも長髪イケメンで、背も高くって……女の子に凄い人気があるんだよねぇ。
正直、私もカッコいいな~って思ってたりして……。
で、でもあれよね。私なんてまだ子供だし……きっと相手にされてないっていうか……。
「ほら、身体が冷えるよ……」
そっと自分の上着を脱いで、私の肩にかけてくれる……。
クーラーで冷えた肩に、黒田さんの温もりが伝わってきて心地よい。
「あ、ありがとぉ…」
「じゃ、僕はちょっと打ち合わせがあるから、悪いけど一人で休んでもらえるかい?」
また後で――と後ろ向きに手を振って行く黒田さん。
いつもながら優しくって素敵……。
あ~あぁ。神崎君にも彼のようなところが…ほんのちょっとでもあればなぁ~~。
顔は結構好きなタイプなんだけどなぁ……なんとなく、神崎君の顔を思い出す。
…………。
思い出すんだけどぉ……別にカッコいい訳じゃないし……。
別に顔も…好きなタイプじゃないか……。
なんでそんな事考えたんだろう。
「考えるの終わり!」
早くお弁当食べよっと。
そう思い、廊下を歩き出して休憩室の前まで辿り着く。
部屋に入ろうとして一瞬考え、お茶でも買おうかと自販機を見つめる。
でも黒田さんを思い出し、彼のことだから飲み物が用意されているはずだと確信しつつ、部屋に入る。
中にはやっぱり飲み物が置いてあり、デザートにスイーツも何個かある。
その横には『全部食べてもいいよ』と、メモが残されていた。
いつもなら飛び跳ねて喜んじゃうんだけど、疲れててなんだか冷静に考えちゃう。
だってね、黒田さん、いつも忙しそうなのに、こんなに気を使ってくれるんだよ?
やっぱり、大人だからなのかなぁ……。
ちょっと黄昏つつも、その優しさに浸りながらお弁当を食べる。
疲れて食欲は無かったんだけど、残すのは嫌い……というか孤児院時代に『食べ物を粗末にしてはいけない』と散々言われてきた事もあって、出された物は絶対食べる習慣がある。
「さすがにこれ全部は食べないけどぉ」
テーブルの上に並んだスイーツ達に視線を向ける。
プリンにシュークリーム、ショートケーキにワッフル……いっぱいあるけど、全部コンビニで買った物じゃない。
いつも、どこかの美味しい洋菓子屋さんで買ってきてくれる。
その心遣いがとっても嬉しい……。
プリンを手に取り蓋を開ける。
甘いカラメルの匂いがする……。
一口食べる。
疲れた身体に優しい甘さ……。
その一口で手に持ったスプーンの動きが加速し、どんどん食べる。
止まらなくなって、ワッフルも食べる。
そしてシュークリームに手を伸ばしたところで止める。
「――ダ、ダメダメ……太っちゃう……」
なんとか思い留まり考える。
考えて……また神崎君の事を思い出す。
あいつ――なにしてるのかなぁ……。
遠くの気配を感じ始める……大勢の気配を感じる。
ふと、近くの喫茶店で黒田さんを感じた。
言ってた通り、5・6人の人と会ってるから、打ち合わせ中なのかな。
えっと…もっと遠く…神崎君の家は…発見!
――あれ? 家には居ない……彩乃ちゃんだけだ。
何処に居るんだろう。
最近は、ついね、神崎君を探してしまう。
…………。
ち、違うって! べ、別に彼に会いたい…とかじゃないんだからねっ!!
……そ、そう……私って、友達少ないからぁ……。
つ、つまりそういう事なのっ!
ハァ~って、私ったら、なんで自分に言い訳してるんだろ。
でも気になるなぁ、どこに居るの?
家に居ないってことはたぶん……。
…………。
あ……居た、見つけた! やっぱり如月さんの所だ。
なにしてるんだろ?
でも可笑しいな…美琴の気配を感じない……。
時計を見る。
まだ休憩時間は結構ある。
ちょっと行ってみようかなぁ。
…………。
クンクン……着ているジャージの匂いを嗅いで確認する。
うん、汗臭くない。
ちょっとだけ…遊びに行っちゃおっと。
「必殺! 瞬間移動!! ……なんちゃってぇ~」
一瞬で身体が消えて、次の瞬間には如月さんの研究所に――。
目の前には如月さんと神崎君。
二人して腕を組んで、椅子に腰掛けている。
なんだか重い空気……。
ちょっと入り込めない雰囲気だけど、でも聞いちゃうの。
「ねぇねぇ~、なに二人で神妙な顔してるのぉ~?」
「なんでお前がいるんだよ!?」
あ、あれ? 二人共、『なんだか秘密がバレちゃったぁ~』みたいな顔で驚いてるんだけどぉ……。
私…お邪魔虫?
「来ちゃまずかったの?」
「…え…あーうん。いやそんなことはないぞ」
明らかにタイミング悪い感じ。
しかも、神崎君がよそよそしい。
な……なんでぇ~~? なんなのよぉ、この扱い……泣いちゃうよ……。
冗談で思ったんだけど……ホントに泣きそう……。
レッスンで疲れてたし、事務所はまた嫌がらせされちゃうし……あ~あぁ……。
「っておい!? なんだよ! そんな泣きそうな――目うるうるしてんじゃねーよ!?」
「だ――だってぇ……グス……」
ただ会いたかっただけなのにぃ……。
「いや、ナイスタイミングだ白河君―――」
それまで沈黙していた如月さんが、顔を上げた。
「―――不本意だが――白河君、力を貸してくれないか―――」
そう言って如月さんは、事情を話し出した……。
ここ数日での出来事―――神崎君と斉賀さんとのやりとり。
全然知らなかった。
あの写メがネットにUPされてたなんて……。
しかも、斉賀さんが……。
いつも美月にとっても優しくて、私にも笑顔のあの人が……そんな事するなんて。
美月ちゃんの……その部屋を盗撮って……信じられない。
話しを聞いて、私は段々腹が立ってきた。
「分かりましたっ! すぐに美琴を助けに行きます!!」
「……お、おい……大丈夫なのか?」
「大丈夫だってぇ。私に任せて!」
うん。たぶん平気。
だって、一瞬でテレポート出来るし……。
「じゃあ行ってくるね」
そう私は告げて、すぐにジャンプ!
「バ――バカちょっと待――」
なにか言ってたけど、知らない。
美琴の気配を辿って、既に斉賀さんの家の前。
すごく大きい……神崎君が言ってた通り、お屋敷だね。
さて、美琴に話し掛けてみよっと。
(美琴! 大丈夫? 変なことされてない?)
…………。
心の中で呼びかける。
実はね、美琴が能力を使えるようになってからは、テレパシーっていうのかな? 近い距離だと、気持ちが通じ合うの。
凄いでしょ? 私達って天才?
しばらくして、美琴の声が届いた。
(……ま……こと?)
(!! そうよ、真琴。大丈夫? 今、どんな状況か教えて?)
(ん~~とね、さいがと遊んでるぅ~~。たのしいよ~)
はいぃ!? どうして!? 聞いてた話しと違うんだけど……。
ま…まぁいっか、
(今そっち行くからね)
(はぁ~~い)
美琴の気配がする部屋を探す……そしてジャンプするイメージを強く!
シュッ――――――――――
移動成功。
そしてこの部屋は……なんだか本がいっぱいの棚が目の前にある。
書斎かな?
棚の奥を覗くと――居た。
斉賀さんと美琴が、ベッドの上で向かい合ってる。
って、キャァ~~~、ベッドの上で何してるのよぉ~~~。
と、とりあえず、様子を見てみよう……。
「なんだ君は……ずっと笑ってるじゃないか。僕に襲われるのがそんなに嬉しいのかい?」
「うん、たのちぃ」
「――っふ、幼児プレイのつもりか? 君はみかけによらず変態なんだね」
え? な、なに?
この展開ってまさか……。
ってあの子、シャツはだけてるじゃない!
しかも……斉賀さん、ビデオ撮影中!?
や…やだ…ブラのホックに手をかけられて……ま、まずいじゃない!?
ど、どうしよどうしよ……。
私は手近にあった大きな花瓶を手に取り、ゆっくりと二人の背後に忍び寄った。
「――っふ、まずはその大きな胸を撮影してやろうじゃないか……クククク……。」
「させないわっ!!」
「な、なに―――!?」
ガッシャーーーーーーーン!!!!!
思いっきり、花瓶を頭に叩きつけてやったわ。
花瓶は割れて破片が飛び散り、中の水が斉賀さんとベッドを濡らした。
斉賀さんはふらふらとしていたけど、バタッとベッドの下へ落ちてそのままピクリともしない。
――あ、あれ? もしかして死んだ?
え? や……やだ……嘘でしょ!?
そ、そだ! みゃ、脈は……。
慌てて腕を取る……大丈夫……ちゃんと脈打ってるし……息もしてる。
び、びっくりしたぁ~~もぉ~~。
「まこちょ?」
美琴はキョトンとしている。
可笑しいなぁー。
如月さんの話しだと…私の記憶を受け継いだから、こういう事がどういう事なのかぐらい分かっても……
…………あ、あははははぁ…………。
そう言えば、私経験無いんだっけ……
自分で思ってて、軽くヘコんじゃったじゃない。
まぁいいわ。
さっさと帰りましょ。
と、その前に……いつも持ってる携帯用スタンガンでビデオカメラを破壊――電気当てれば壊れるよね?
よしっ! これでOK。
と思ったら、その奥にある棚に目がいった。
そこには、『来栖美月ROOM』というタイトルが張られたDVDが大量に……。
あからさまに怪しい……。
そうだった、その如何わしい物を全て処分しなきゃ―――。
◇◆◆◇ ~~俺様視点~~
―――遅い。
白河が帰って来ない。
飛んで行って美琴を連れて来るだけだろ?
なにやってんだよ…。
あいかわらず、如月さんは何の心配も無しって顔してるし。
早く帰って来いよ~~~マジで不安で堪らないないだろっ。
「白河真琴生還!!」
「たたいまぁ~~~」
と思ったら帰ってきたーーーーーー!!!!
胸を張って颯爽と登場した、白河嬢。
ジャージの胸の部分がパツンパツンに張っている。
もちろん、美琴も一緒だ。
はぁーー心配させやがって……。
「おう、無事か!?」
「ん? ぜ~んぜん問題無しね。証拠のブツも回収してきたわ。ふふふん♪」
そう言って、ビニールに入った大量のDVD-ROMを突き出す。
「良くやった、白河君。押収した品は、私が責任を持って破棄しよう」
そのブツを受け取る如月さん。
って、この人に渡して大丈夫なのか!?
かなりそれに関しては信用出来ないが、面倒なので敢えて突っ込まない俺。
そして斉賀のパソコンを破壊すると言って、端末を操作する如月さん。
ウィルスでも流すんだろうか。
と、そこで美琴の胸がはだけているのに気付く。
ブ、ブラが丸見えじゃねえか……。
って、あれ? やけにポヨンポヨンしてるな……。
「あぁ~~たのちかったぁ~~~。」
なんだか高まってるらしく、動き回る美琴。
美琴が飛び跳ねる度に大きく揺れて、ブラの下から隠された物が見えそうになる……。
まさかあれは――ホックが外れてるってやつじゃ……。
キュピーーーン!!
「俺's eyeロックオン――」
バシィィィィィッ!!!!!
瞬間――わざわざ自分の靴を脱ぎ、その凶器で俺を本気殴りの白河。
「痛えええええ!! 何しやがんだお前!?」
「ふんっ、Hなこと考えてるからでしょっ。なにがロックオンよっ!」
し、しまったああああああああ!!
つい嬉しくて声に出してしまったようだ。
不覚っ―――――――――
◇◆◆◇
次の日―――俺は斉賀を呼び出し、対峙していた。
「これが何だか分かるか?」
「ええ、大体は」
手に持っているのは一枚のDVD。
まあ生ディスクだけどな。
別に、黙ってりゃ分からないだろ。
「通報されたくなければ、白河への手出しは一切止めろ」
「解りましたよ。そこまでされては引くしかありませんね……イタタタ……」
斉賀の頭には包帯が巻いてある。
白河が何かやったんだろうか。
まあいい、ザマーミロ。
いつもの――不敵で気持ち悪い、薄ら笑みも無い。
ふっ、清々しいぜ。
「今すぐ電話して止めさせろ。じゃないと信用出来ない」
俺がそう言うと、「せっかちですねぇ」と手を広げてイラつくポーズをしながら電話を掛け始める。
「僕だ――例の件は中止だ―――そうだ、白河真琴の――ああ、もう終わりにする―――」
電話を切り、「これでいいかい?」と聞いてくる斉賀。
OKOKそれでいい。
ただ続きがあるんだよね~~~♪
俺は如月さんから受け取った、5センチ程の球体を手に取る。
その真ん中にあるボタンを強く押すと……ニョキっと針が飛び出した。
「斉賀――てめえに話しがある……。」
「なんです?改まって」
ゆっくり近づいて、その針を適当に奴の身体へと刺す―――。
「痛っ――な、何をした……お…お前……は……」
ドサッとその場に倒れる斉賀。
しばらく様子を見る。
そして意識を取り戻す斉賀。
「―――う、うーーん……ぼ、僕は一体……」
「目が覚めたか?」
「はい」
虚ろな顔で起き上がる。
「こ――ここは? ……あれ? 僕は……誰……だ?」
「お前は斉賀秀一だよ。じゃあな」
確認したから、その場を後にする。
何をしたかって?
もう気付いてるだろ?
記憶を消したってやつ。
通報しないでおいたんだ、粋な計らいだろ。
ま、俺が自慢したって仕方がないけどな。
最後はやっぱり如月さんに、締めてもらわねえとな。
――で、その後どうなったかっていうとだ。
斉賀の事務所は解体が決まり、来栖先輩は『RM事務所』への移籍が決定。
なんでも、白河が事務所に頼み込んだらしい。
まあトップアイドルの移籍だ、来栖先輩がいいなら、事務所も断るはずはないよな。
そんで、当然事務所への嫌がらせも無しって訳。
まさに一件落着ってやつ?
そしてその日の夕方―――
「やっほ~~~♪」
白河が遊びにきた。
いや、気付いたらまた、不法侵入されてた。
「なんだよ、何か用か?」
内心物凄く嬉しいけど、敢えて毒付く俺。
「なによぉ~~ツレないなぁ、君はぁ」
仕事の合間なのか、なぜかあのパステルピンクのステージ衣装で登場の、アイドル白河。
ぶっちゃけ超可愛いし、何度もDVDを観ていたせいか内心ドッキドキの俺。
「あん? 宿題やってんだよ、邪魔すんじゃねえ」
「またまたぁ~~そんなこと言って、どうせこの後、私の写真集でも見るんでしょ?」
う……行動パターンが読まれている……。
まさかこいつ!? …………ニュータイプなのか!?
って冗談はさておき、たぶん見ますけど……それがなにか?
「……でなんだ? 遊びに来たのか?」
「もぉ~、なに!? 折角忙しいなか来たのにさぁ、もっと喜んでよねっ」
「へいへい」
ちょっと拗ねた顔がまた可愛い。
俺ってドMかと思ってたんだが、実はSなのか……?
そんな下らない事を考えていると、白河が2枚の紙を取り出し俺に渡してくる。
「はい、これプレゼント」
ニコニコして渡してくるもんだから、つい期待してしまう。
ドキドキ……なんだろう……。
「白河真琴ファーストライブ……」
「うふ♪ 嬉しいでしょ~。結構いい席なんだからっ」
た、確かに嬉しいかも……。
素直に礼を述べると、「でしょでしょ~」と上機嫌でベッドにドカっと座り込み、足を組む。
組んだ足というか、そのムチっとした太ももの付け根――ヒラヒラのスカートに心が奪われる俺。
ライブのチケットよりも今は考えたいことが……。
…………。
成程、あのスカート……遂に謎が解けたぜっ!!
見た目は普通に布なんだが、実は布だけじゃない。
繊維の間に、どうやら樹脂が入ってるっぽい。
だから重さがあるし、全体が硬いから捲れないんだ。
そして今、座った状態はだな……傘が風でさ、普通に開いた時よりもっと開く時ってあるじゃん?
そうそう、強風で骨が反対に曲がっちゃうような感じ。
スカートの一部が、あの形になっちゃってるんだよね。
そんな状態だから、足を組んだ横から白いパンツが丸見えなんだよ。
いや~~あれだけDVD観てもダメだったものが、こうもあっさり見えてしまうなんて……俺感激!!
そしてさりげなく、白河の前に座り込む俺……う~むイカス。
「ねぇ、聞いてるぅ? 土曜日の夕方だからね?」
「お、おう」
もちろん行くに決まってるだろ!
しかしだ……俺の反応が鈍いのが気に入らないのか、何度も足を組み直してるんだよね。
その度に、いい感じでデルタ地帯が……おおit's a great!!
ふっ、最近では…俺のチラ見テクも相当レベルが上がったな。
全く気付かれてないし。むふ♪
「もぉーーなんか変だと思ったら……パ、パンツでも見えたの?」
ドッキーーーーーーーーーン!!!
「み、みみ見えてないですっ!! 見てないです!! な、なにゆえそのような!?」
「だって……さっきからスカートばっかり見てるじゃない……」
バ、バレてたあああああ!!!!!
くっ―――天然のくせに生意気な……。
とか言いつつ、
「あ、あの……怒ったりしたのでしょうか……?」
思いっきり謙る俺。
「え? う~~ん……でも……男の子って、みんな見たいんでしょ? その…女の子のそういうの……。だから……神崎君は普通だって、如月さんが言ってたしぃ」
な、ナイスフォロー如月さん……でもな、ここはハッキリさせておくぞ。
「言っておくけどな、なんでもかんでも見たい訳じゃねえ。お前のだから見たいんだっ」
「……え……」
「だから! 好きな女の子のは……その…だな……特に見たいんだよ!!」
…………。
はっ! しまった!!
俺って奴は……超変態発言じゃねえか!?
白河を見る――俯いていて表情が分からない……。
「と、とにかく! 彩乃ちゃんと一緒に、ちゃんとライブには来てよねっ!!」
じゃぁね――って、そのまま消えちまった……。
俺、嫌われたかな。
いやいや、ライブに来てって言ってたじゃねえか。
たぶん、大丈夫……かな?
ははは…。
…………後で彩乃を誘わないとな…………
第17話に続く。