第14話 恋煩いと不穏な影
皆様、大変長らくお待たせいたしました。
遂に私『神崎駿』は、完全体へと戻る事が出来ました。
え? 別に待ってないし、まだ戻ってなかったのかって?
そんなヤボな事は言いっこなしですぜ、だんな。
おかげで今日は普通に学校へと登校する事が出来やした。やれやれだ。
ちなみに白河は、昨日言ってた通りやっぱり来なかった。
きっと仕事が忙しいんだろう。
まあなんたって、ファーストライブがあるって話しだからな。
休んだ分、学校なんて来れないだろ。アイドルも大変だぜ。
そう言えば朝のニュースで話題になってたっけ。
確か…『白河真琴芸能活動再開!』とかってな。
なんでも、今日緊急記者会見があるんだと。
面倒だな、芸能人って。
でも仕方ないか。
だってよ、誘拐未遂や事務所に嫌がらせ――世間的にはちょっとした悲劇のヒロインだ。
そりゃファンの皆さんに元気な顔見せないと――だ。
ま、そんな記者会見なんぞ興味ねえから、俺は見ないけどな。
あいつが元気だってのは俺が一番知ってるしな。
それにな、テレビに出演してる白河を見てると、なんだか遥か遠い存在の人に思えて来てだな……なんつーか寂しいってゆーか…世界が違うってゆーか……あいつに言ったら悲しむだろうけどさ。
しゃーねーよな。
でもな、良く聞け。こんな俺でも、あいつとは…ふっふっふ…『親友』なのだよ……。
あいつの口から出た言葉だかんな。
しかも、彩乃込みだが俺の事『好き』だって言ってたしよ。
都合良く解釈しすぎかな。
いやいや嫌われてたと思ってたから、俺はこれで充分満足してんだよ。
んでもって、無事――と言うか元の身体に戻った俺は、何日かぶりに堂々と学校に登校してきたって訳。
そして何事も無く―――あんだけ俺が縮んで騒いでた奴らが、元に戻ったとたん興味全く無しってのは納得出来ねえが……まあ特に何も聞かれず、お昼を向かえたのさ。
別に聞きたかねえだろ?
つまんねえ授業風景や、坂崎とのエロ漫談なんざ。そんなヤボなこたーしねえよ。
さて。
なんだか一人で黄昏たい気分なんで、どっか誰も居ない所でお昼にしますかね。
そう思い、俺は白河との淡いエピソードのある場所――(ん? そうだっけか?)あの屋上へと通じる階段へと向かった。
まあ…あそこなら誰も来ないだろ。
と思いきや、既にそこには先客が……一人もくもくと弁当を食べる女の子、学園の――いやオタクのアイドル来栖美月先輩が陣取っていた。
腰まである長い髪と大きな頭のリボンが特徴の先輩は、超ロリロリ元気っ子アイドルとして、全国のオタク達から絶大な指示を受けている。
そして今は、トップアイドルとしての人気が、恐らく絶頂期だろう。
って、上から目線で言ってすまん。どうもな、この人は苦手なんだよ。
今さ、来栖先輩を見ると、先日の『坂爪研究所』での惨劇を思い出してしまう。
あのクローンは本人じゃないにしても、ちょっと嫌な感じがさ……やっぱりするよな?
だけどな、あのクローンもたぶん悪い奴じゃないんだ……ただ、そうするよう仕付けられただけ。
ってのは理解してるんだけど……如月さんにも「クローンに善悪の区別など付かん。それすら教わってないのだからな」って言われたっけ……。
おっと。回想してたら、先輩の大きな瞳が『ギロリ』とこちらに向けられ――漂ういつもの怪電波。
「むっ!? 誰じゃ? 我輩のまったりお弁当タイムを邪魔する、下衆な輩は?」
は? こんなキャラだったか? 来栖先輩って……。
俺を見るなり怪訝な顔を浮かべ、意味不明なキャラで語り掛けてくる。
「誰じゃと聞いておる……むむぅ……さては貴様……」
可愛い見た目とアニメ声で、時代錯誤な言葉使い……なんでやねん。
俺もキャラを作った方がいいんだろうか……しゃーない、空気を合わせるか。
「拙者、先日こちらでお会い申した『茂吉』でござる…お忘れでござったか? 全く…来栖殿は気のないご婦人でござるな。」
「む――いや待つのじゃ…貴様…どこかで……」
上手く波長が合ったらしく、先輩は満足げに携帯を取り出しカチカチ操作している。
そして何度も携帯と俺とを交互に見返す……
「あぁ~~!! 貴様は真琴の彼氏さん!? ここで会ったが百年目――なのだぁ!!」
物凄いハイテンションで思い出してくれたかと思えば、次の瞬間――「で、真琴はどうしたの?」と素で聞いてくる先輩。あいかわらず意味不明な人だ。
「あ~今日はあいつ来てないんですよ。それに、残念ながら俺は彼氏じゃなくて友達っす」
…っふ、『親友』って呼ばれたけどな……と、心の中でほくそ笑む俺。
「ええ!? 友達…って…真琴にぃ!? 男の子の!?―――」
目を見開いて驚く先輩。
え、なんで? 彼氏否定したのに、友達ってとこになぜそんなに食いつく必要がある。
「―――真琴に…友達?…しかも男の子の……貴様……一体何者ぜよ?」
はい? まだ続いてんすか、そのノリ。しかも俺の呼び方『貴様』で固定っすか……いやいや一々こんな電波相手にしてらっれか。
突っ込むべきは……
「――その…白河に友達って、そんなに驚く事なんですか?」
「え? そぉだよ~~。真琴の友達なんて、私以外には居ないと思ってたのにさぁ~」
やっと普段の先輩に戻ってくれたみたいだ。
きっとあのままノってれば、果てしなく続いたに違いない。
てか、真琴ってそんなに友達少なかったか?
おっと移っちまった……ゴホン……白河なんて、普通にクラスでも人気者だし、あの性格だ…友達多いんじゃねーの?
そんな怪訝な表情を読み取ったのか、先輩が適切な事を話し出す…
「んん~~そうだなぁ~。あたし達ってさ、有名人じゃん? だから、あんまりみんなとも遊べないし、所詮周りの見る目も『芸能人』――なのだよ」
「はあ……」
「だからさ、友達なんて呼べる人って、同じ芸能界の人じゃないと中々出来ないのだよ」
「お分かり?」と手を広げて同意を求める先輩。
そして「貴様、理解出来たのか?」とやっぱり貴様呼ばわりな俺。どうでもいいけど…。
しかし…こういう事か。
俺がたまに感じてる白河との距離は、結局向こうも同じように感じる時がある――って事だ。
だから、友達や親しい仲になれるのは、同じ世界の匂いがする人だけ――きっと先輩はそう言いたいんじゃないかな。
――なら俺ってどうなんだ……俺はあいつにとって……
「どうしたのさ、急に黙り込んじゃって。貴様もここにお弁当食べに来たんでしょ? そこに座って食べればいいじゃん」
「あ――いや貴様じゃなくって……」
なんかいつもテレビで見てる美少女に貴様とか言われると、ちょっとゾクっとかしない? まあ、そんな事言ったら、お前ドMなんじゃねえかって思われっかもだけど…。
「あやぁ~ごみんごみん…え~と諭吉だっけ?」
「神崎ですっ!」
諭吉ってなんだよ……俺は一万円札か。あいかわらず人の話し聞いてねーなこの人。
「んじゃ神崎とやら、ここに座わんしゃい」
そう言って、自分の隣をパシパシ叩いている。
ま――歓迎してくれるなら……
そう思い、俺は遠慮なく隣に腰掛けると弁当を広げた。
しかし……なんだか奇妙な組み合わせだな。
その後も会話は続いたけど、殆どが先輩の一方的な話しだ。
だってよ、アイドル相手に――てか、電波少女相手に自称光波…じゃない硬派の俺が何話せってんだ。
そんな、やや俺が引き気味な空気の中、気になる話題が出た。
「―――知ってる? 来週ファーストライブがあるんだよん~~真琴ぉ」
もちろん知ってるさ。その準備やらレッスンやらで、学校来れないのも。
「ま、そんなの知ってて当然――って顔してんねぇ~~このスケベ―――」
そう言いつつ、俺の股間を覗き込む先輩。
え? え? なに!? スケベって…なんで分かった? お、俺の視線か!?
た…確かに、来栖先輩を見つけた時も、階段に座った腰の辺りを――見えてないかな~って確認しちゃったけどさ。
いや…ちょっと白河があまりにもガード緩いんで、女の子発見すると、確認するのが癖になってるとゆーかなんてーか……。
「―――ま、冗談だけど―――」
冗談なのかよ!?
「―――でもその様子じゃ、真琴のパンツとか覗いてんなぁーー? ダメなんだよぉ? あの子、仕事中は完璧だけど、それ以外は超緩いからっ。だからって視姦をしまくるなんて男として最低なんだぞっ! 分かってるのか!?」
俺……一言も肯定してないのに、覗き魔確定してんすけど、何なんですかね? この状態。
「さっきもだね、あたしのスカート覗こうとしてたっしょ。ダメでしょ、チェリーボーイ君」
げっ! やっぱバレてた……鋭いなこの人……たぶん白河の百倍は鋭いんじゃねえか!?
しかも…チェリーボーイって……なんで分かったんすか? は…恥ずかしいぃ……。
てか、来栖先輩ってこんなキャラだったのか。俺もっと妹キャラだとばっかり……いや~~テレビだけじゃ分かんないもんだわ。
とりあえず超鈍い白河に、Hな視線&妄想したのは事実。てことだから、大事なあいつの友人には素直に詫びておこう。
「え~っと……チェリーボーイは反省しております。これからは、覗かないよう善処する所存であります」
「うむ、よかろう。…よしなに」
「あ…では…この事は、何卒、白河嬢にはご内密に……」
そう言って俺は、彩乃がデザートで用意してくれた苺を取り出し、全て先輩に献上した。
「おっほっほっほ~~。分かっておるではないかぁ~茂吉よ。そなたの申し出、しかと受け留めたのじゃ~♪」
ふ~口封じ成功だ……でも茂吉じゃねーからっ。ちゃんと聞いてたんじゃねえか人の話し。さすがに電波少女の頭ん中は複雑そうだ。
そんな彼女のペースで会話が続いていく中、気付いたんだけどさ。来栖先輩も白河と同じように、思った事を何でも口にするタイプっぽい。なんだか清々しいわ、この人。だから白河とも仲いいんだろうな……。
と、人が折角微笑ましい気分だったのに、それを一瞬にして吹き飛ばす奴が現れた。
その痩せ型で、スラっとしたモデルのような体型が、かなり鼻に付く嫌な奴。
「美月、ここに居たのかい? 早くしないと、番組の打ち合わせに遅れてしまうよ?」
斉賀秀一だ。
来栖先輩が所属する事務所の社長兼マネージャー。で、超金持ちって噂で頭も良く、女子にモテる―――何度も言うが、嫌な奴。
おまけに、来栖先輩が撮った写メをどうやって入手したのか知らないが、それを口実に俺に脅迫まがいな事までしやがる……けっ、胸糞悪いったらねえ。
「……あ……秀ちゃん…。ごみ~~ん、ちょっとゆっくりお昼しちゃったぁ……もう行くよん」
「ああ~~いや、構わないよ。まだ少しなら時間はある、最後まで食べてくれ。僕は事務所で準備してるから……あれ? 神埼君じゃないか。どうして君が美月とお昼を共にしてるんだい?」
けっ、最初から気付いてたくせに……感じ悪い……。
「いえ、たまたまこの場所で食べようかと思ってきたら、偶然一緒になっただけですよ。他に意味はありません」
「そうか、それなら構わない。悪かったね、美月の話し相手になってくれて。礼を言うよ……それじゃ失礼」
ニコっと軽い笑みを残して立ち去る斉賀先輩。
なんだあいつ? この前とは全然態度が違うじゃねえか。
あの顔は、裏の顔ってわけか? ったく気持ち悪い奴だぜ……来栖先輩なんて、『秀ちゃん』とか言っちゃってさ……。
ふん、どうせ女の前ではイイカッコしいなんだろうさ。
「あやぁ~~そろそろ行かなきゃだよん。じゃあね、茂吉っちゃん!」
「真琴によろしくん~~」と言い残すと、風のように去って行く来栖先輩。
ピョコピョコ階段を飛ぶように下りて行く来栖先輩を眺め、改めて思った。
「成程……さすがアイドル。可愛いな……」
そして斉賀の事、聞いておけば良かったと若干後悔……ま、いいか。今度白河にでも聞いてみっか。
◇◆◆◇
放課後―――白河の居ない学校なんて、用は無い。
さっさと帰り支度を整えて――坂崎の下らない誘いも断り、帰路に着く。
途中、如月さんの顔が頭をよぎったけど、『今は来るな』とか言ってたもんな。
ぶっちゃけやる事が無い……少し前までの俺って何やってたんだっけ?
なんだか……俺ってダメ人間なような気がしてきた。
なんとなく携帯を確認する――メールが1件。
しかも妹……終ってんな、俺。
白河はライブに向けて頑張ってるってのに……急激に自分がちっぽけな男に思えてくる。
かと言ってさ、どうしろってんだ。部活でも始めっか? でもって、スポーツマンになって、「カッコイイ神崎君!!」とかって、白河に言ってもらって……ま…ガラじゃねーよな。
とりあえず、現状維持って事で……。
妹のメールは、夕食の食材を買ってきてくれって内容だった。なんで俺が? って思うけど、実際家事炊事なんて一切やってねーもんだから、文句なんざ言えない。
逆に、たまには俺が夕飯の支度ぐらい、してやらんといけない立場だ……ま、しねーけど。
俺は素直に方向転換すると、商店街へ向けて歩き出すのだった。
特に食材の買出しなんて面白くもないんで、その光景は割愛させていただくとしよう。
しかも…結構面倒なんだよ。
彩乃はちゃっかりしてるから、魚屋とか八百屋とか、個人商店ばかり周ってな、毎度おまけしてもらってるからさ。
そりゃ、あいつの可愛い姿と媚びる表情見たら、どんな店の店主だってサービスしちゃうに決まってるだろ? 彩乃ワールド全開ってわけ。
あいつは絶対いい嫁さんになるぜ、俺が保証する。
だからな、真面目に買わんと怒られちゃうのさこれが。な? 面倒だろ?
おかげでキャベツ買うのに、3店舗周っちまったぜ。
ちっ……こんなんじゃ、「やだぁ素敵♪」なんて…あいつが言ってくれる日は訪れないな。一生。
そんな感じで更にヘコみつつ、帰宅した俺であった……。
◇◆◆◇
何もする事が無い俺は、真面目に勉強中だ。
まあ宿題ってやつだ。別に威張る程の事じゃない、やって当たり前。
しかし、そんなもの一時間もすりゃ終ってしまう。
時計を見る――既に11時……たまには早く寝るか? 妹の奴もそろそろ寝る頃だ。
そう思いつつも、ヘタレな俺はゲームの電源を入れてしまう。
……でもやらない。
なんでかって? う~ん、いまいち気が乗らないんだよね。
こう胸の辺りがさ、モヤモヤするって感じでだな……これは恋煩いってやつ? 目を閉じると、あいつの顔が浮かんじゃうってゆーの?
結果、我慢できずにあいつの写真集を取り出してしまう…アホな俺。
だってさ……会いたいんだもん、見たいんだもん、しょうがないじゃん。
いやでも――この展開、昨日と全く同じじゃねえか。進歩の無い自分。なんだか惨めになってきた…。
―――ふいに後ろを振り返る。
「居るわけねーか……。」
もしかしたらって、期待してしまう……そんなわけねえだろ、あいつ…今日から忙しいんだから。
はあ~~~っと重い溜息をついたとたん、モニターにメール着信のメッセージが浮かぶ。
誰だ……? フレンドからゲームの誘いかな……。
メールを確認する―――相手は……『shirakawa』と表示されている。
おお!! 白河っ!! あいつ、やり方覚えたのかっ!?
ふふん♪ 実は昨日、既に俺のアカウントだけ登録しといたんだよね~~~。
一瞬にして、惨めな気持ちはどこ吹く風。この文字だけで、俺はかなり高まった!!
本名はダメだって、あれほど言ったのに聞いてもらえなかった事などどうでもいいさっ!!
なんだよあいつ~~、俺に会えなくて寂しいんじゃねえのか? なんて妄想までしてしまう。
超ワクワクしながらメールを開く……すると『一緒にゲームしよ?』の一言。
うおおおおおおおおおおおおお!!!!!
『一緒にゲームしよ? 一緒にゲームしよ? 一緒にゲームしよ? 一緒にゲーム…………』
たかがその数文字を、脳内で何十回とリピートする俺……もちろん、ハニカムあいつの笑顔付きでっ!!
いかんっ! 速攻で変身……じゃねえ返信せねばっ!!
『もちろんOK! 今すぐOK!!』
送ってから、自分のキャラじゃねーなと思いつつも、ドキドキしながらレスを待つ……。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
あれ? 来ないな。
ど、どどどどうしたんだ!? 何かトラブルでも?
物凄い不安に晒されていると、再びメール着信のメッセージ。
おお! 来た来た……どれどれ……
『早く立ち上げてよ~~~待ってるんだけど……』
あ……ああ……そういう事ね。ソフト立ち上げてなかったわ。お、俺としたことが……。
マッハで立ち上げて、白河を検索す……いたっ!!……キャラ名『真琴』……。
ぶうううううっ!!!! 頬張ってたポテチ、吹き出しちまったじゃねえか!?
ガチ本名キターーーーーーーー(・∀・)!!!!!!
それでも、突っ込む前に早く会いたかった……まあゲームの中でだけど。
ドキドキしながら、ロビー(冒険者がたむろする場所)へと招待する。
まだかな、まだかな~~~待つこと数秒……。
するとヘッドセットから白河の声が……
「やっほ~~~~♪ 遊びにきたよぉ~~~」
『遊びにきたよぉ~遊びにきたよぉ~遊びにきたよぉ~遊びにきたよぉ~遊びに…………』
再び脳内を木霊する、超美声……。
か―――感動だっ!! この腐ったオタゲーで、白河の…マジ天使で超カワユスボイスが聞けるなんて……まさに感涙!!
ああ~~新しく、感度のいいヘッドセット買っておいて良かった~~~~。
「ねぇ~神崎君っ、聞こえてるの?」
おっとやっべえ、
「お…おう聞こえてるぞ」
「あ、ホントだ聞こえた……なんか不思議ぃ~~」
ほんと不思議だー。あいつと電話もした事なかったから、声がこんなに可愛かったなんて……しつこいけど、マジ天使。
「ねぇねぇ~、私の作ったキャラ見てよぉ~~~」
そう言って、俺のむさい男キャラの周りをくるくるするチビキャラ。
か―――可愛い……。
いや、ネカマキャラ(女の子に成りすます男の子)がいっぱい居るからよくそんなキャラは見かけるけど……。
どんな見た目かって言うと――もちろん女の子キャラで、デフォルメされたチビキャラ。髪はツインテールで、魔法少女のような格好をしている。まあ職業は魔法使いで間違いないでしょ。
なんだろう――白河が動かしてるって考えると、そのキャラがむっちゃ魅力的っつーか可愛いってゆーか……まさにキャラ萌え。
「ねぇってばぁ~~。もぉ~、さっきから全然しゃべんないじゃんっ! 眠いの?」
うわっ! 眠くないですっ!! 眠くない!!
「お、おう悪りい。なんでもねーよ。な…なかなか、か…可愛いぞ、そのキャラ」
「えへへぇ~~、でしょ? これ、彩乃ちゃんをモデルにしたんだよ~」
「どぉ? 似てる?」って聞いてくる白河。
言われてみると……なんだか似てるような……ツインテールな所とか、ちっこい所とか……。
成程……こいつ、彩乃大好きだもんな。良かった、男キャラで来なくて。そんなんじゃキャラ萌え出来ねえからな。
「ああ、結構似てるぜ。お前センスあんな~~」
「うふっ♪ でしょでしょ、可愛いこのキャラっ♪」
いや~~参ったね。マジで俺…今、有頂天だから。こんなにドッキドキでゲームするのなんて始めてだぜ。
そんでもって、話しの流れ一切無視で、つい調子に乗って聞いちまった。
「あのさー、そろそろ携帯の番号とか、メアドとか教えてくんない?」
「え……やだ……」
ぎゃああああああああああああ!!!!
『……やだ…………やだ…………やだ…………やだ…………やだ…………やだ……』
本気の『やだ』って……思わずまた木霊したじゃねえか……。
なんで!? う――いかん、目頭に熱いものが……。
「…………。」
「あ、あれ? 神埼君? ね、ねぇ……怒ったの?」
「…………。」
「ねぇってばぁ~、怒っちゃやだぁ……」
「怒ってねーし」
「うぅ~~怒ってんじゃ~~ん」
いや――本当に怒ってるわけじゃないよ?
急に無口なのは、涙声がバレたくないだけさ……へへ、俺ってマジでしょぼいのな。
さっきまでハイテンションだったのに……激しく下がってきた。そりゃもう急激に……。
なんつーの? 完全に、あいつからの甘い気持ちが皆無って、遠まわしに知ってしまったような……。
「ね、ねぇ…ごめんね? だってさ、ほら…いつでも会えるじゃない。今だって、すぐに飛べるんだよ? だから……ね?」
……う……優しい天使の声が聞こえる……でも切ねえ……し、親友って言われたのに、メアドすら教えてもらえないなんて……。
しかも、いつでも会えるって、あいつからの一方通行じゃねえか…。
「俺が会いたい時! どうすんだよっ!!」
思わずヘッドセット越しにシャウトしてしまう俺。
「キャッ」と軽い悲鳴がイヤホンから漏れた。
一瞬―――お互い沈黙しちゃって、微妙な空気になる。
やっちまった……折角、こいつ楽しそうだったのに…台無しじゃねえか……俺のバカ。
嫌がってんのに、無理やり聞いたって……どうせ……。
どうしていいか分からないまま沈黙が続き、どんどん白河に声が掛け辛くなる。
いい加減、何か話さないと―――そう思ったその時―――
「うい~~~っす」
「邪魔しま~~す」
「ばんわ~~~~」
「真琴ちゃ~~~ん」
突然のフレの乱入。
一瞬ウザイって気持ちだったけど、正直助かった……と思ったのは束の間。やっぱりウザかった。
皆、昨日の件―――『ガチ白河真琴』が現れた事を知っているメンツ。
もちろん俺には一言も触れず、白河の話題でもちきりだ。
しかも、白河本人も楽しそうだった――質問攻めに合い、さすがに嫌がってもう次は無いかなって思ったんだけど……もうそりゃ凄いよ? 仲間から、次々もらうアイテムの数々……ゲーム内マネー。
そんでもって戦闘フィールドに出たら、白河を護衛のように囲むフレ達……。
さながら、お姫様を守る騎士団のような光景だった。
そんな状態に白河は大喜びだ。
聞こえてくるのは、今まで聞いた事もない大きな笑い声……。
ちょっと嫉妬しちゃうけど、楽しそうで何よりだな。
そしてボス戦では、昨日聞いた、あの――喘ぎ声に酷似した危険な叫び――というか呟き……。
その時ばかりは一同シィーーーーーンとして、誰もが耳を傾ける……聞いてんじゃねーぞコノヤロー。
誰が聞かせるか! 突然マシンガントークを始める俺―――当然ブーイングの嵐。
そして一戦終わり、再びロビーへ―――すると、予想していた通り例のお願いが始まる。
例のお願いって何かって? 分かるだろ? こういう事だ―――
「真琴ちゃん、真琴ちゃん、フレンド登録して?」
「あ、ずるいぞテメー。俺もフレ登よろ~~」
「なんだよお前ら、抜け駆けは許さねえ。真琴ちゃん、俺CD買ったよ?」
―――ちゅーこった。『フレンド登録』ってやつな。念の為、説明しておくぞ。
これをしておくと、その人同士がオンラインになった瞬間分かるようになる。
んで、ゲームに招待したり、もちろんメールを送ったりする事も出来るようになる。
まあとにかくだ―――別に登録しなくてもゲームは遊べるんだけど、フレンド登録しておくと、毎回同じ人とパーティーを組むことが可能になるわけだから、仲良く楽しく遊べるのさ。
だから、気に入った人とフレ登するのは当然お奨めだ。ま、白河と登録したいやつなんて山ほど居るだろうけどな。
ピロリン♪
お、白河からメールがきた。
『神崎君、どうしたらいいかな?』
もちろん、フレンド登録をしたほうが良いかって事。
俺は迷わず送り返す。
『とりあえず、今回は断っとけ』
これはさ、男同士のノリならいいんだけど、女の子はストーカーされるかも知れないんだよ。
リアルじゃないけど、自分のステージに毎回乱入してきたりさ……どこまでも追いかけてくる。
ネットでもそういうの、あるんだよね。
「ご、ごめんね、みんな。良くしてもらったし……その……楽しかったんだけど……神崎君がダメって言うから…ホントごめん!」
がくっ
そこで俺の名前出す!? しかも本名!? いやいや、わざわざメールで俺に確認してきた意図は!?
「ふざけんなよ、キング!!」
「テメエ一人占めかよ!?」
「神崎コノヤロー」
「あ、あははははは……ごめん、ほん――とごめん。また明日来れたら来るからね? また遊ぼうね? じゃあね、神崎君」
「あ…ちょっと待って白河。ほんとにまた来るのか?」
「うん――来るよ。でも…たぶん30分くらいしか遊べないけど……」
「みんなぁ~~~また遊んでねぇ~~~バイバイぃ~~~」
そう言い残すと、いつものテレポートのように、シュッと消える真琴キャラ。
その場――俺も含めて…しばらく放心状態だった事は、言うまでも無い……。
そして、その後すぐに送られてきたメールには―――
『ゲームってほんと楽しいね! でも、明日は神崎君と二人で遊びたい…かな? えへっ♪』
そのメールで、俺のテンションは再びMAX!!
超ドキドキで……堪らず写真集を開き――いや…トイレに持ち込み、しばらく出てこなかったのは、言うまでも無い……。
◇◆◆◇
次の日―――特に学校では、皆さんに報告するような事は特になかった。
ただ…気になったのは、如月さんからの電話。
しかも授業中にかかってきて、思わず教室からダッシュで出て通話しちまった。
ふだん、如月さんからの電話はあまり無いからさ、緊急かと思ってさ……。
んで、その内容とは―――「今日は必ず来てくれ」の一言。
だからさ、気になってしょうがないんだよ―――。
◇◆◆◇
結局、放課後速やかに下校して、研究所へとやってきた俺――。
そんな俺を笑顔で迎えてくれたのは―――2号だった。
「おか……え…り…なさ…い……ごしゅじん……たま」
たどたどしい言葉で、何とか言い切った2号―――白河のクローンは……可愛かった……。
意味不明だけど、メイド服を着せられ(たぶん如月さんに)甲斐甲斐しく微笑む2号はなんとも……保護欲をそそられると言うか……別次元の可愛さだった。
「如月さん!」
「おお君か…」
「君か? じゃないですよ!? 2号になにさせてんですか!?」
俺は素直に疑問点を問いただしてみた。全くもって、個人的な趣味としか思えないそのメイドっぷりは、さすがにどうかと思ったからさ。
しかし如月さんは動ぜず、やれやれといった感じで分厚いメガネを外し、いつもの如くタバコに火を点ける。
「2号ではない、美琴だ」
なんでも…この子は美琴と言う名前で、如月さんの妹にするらしい。
まあ確かに、いつまでも2号じゃ可哀相だったからな。名前については賛成なんだけど……本当に妹って設定なんだな。
ってな事を如月さんに言ったら、戸籍上も妹にするらしい……。
もしかして、三坂学園に通わせたりしないだろうな……。そんな事したら大混乱だぞ。…しかし、この人ならやりかねんから怖い。
そうやって、やり取りをしている間も、テーブルを拭いたりお茶を出したりと、せっせと働く美琴。
よろよろした歩き方…たどたどしい言葉…危なっかしい手つき…その全てが可愛らしい。
きっと、ここまで育てるのに大変だったんだろう。
まだ殆ど口は聞けないみたいだけど、その表情や仕草で、こっちの言ってる事は伝わっているみたいだし……ここに来てまだ一週間位だってのに、凄まじい成長と言えよう。
如月さんの執念――いや、少女趣味パワーの成せる技か!?
俺が感心して見ていると、如月さんは少し険しい顔で俺を呼んだ。
「神崎君、こっちへ来てモニターをみてくれるか」
はて? 今日は美琴のお披露目って事じゃないのか?
そう思って、俺は凄く微笑ましく彼女を見ていたんだが……どうやら違うみたいだ。
で、そのモニターには、例のあの写真が移っていた―――
「げっ! こ…これって……なんで如月さんがこの写真―――」
「慌てるな、これはネットだ」
そう――その写真は、あの屋上手前で来栖先輩に撮られた、白河が俺に弁当を手渡す写真……。
マウスをクリックして、画面を戻る……するとそれは―――某有名・巨大スレタイのページだった。
しかも良く見ると、『白河真琴に彼氏が出来た件』といったスレが立っているじゃねえか……マジかよ……。
「安心しろ。それは合成だと、私が証明しておいた。騒ぎにはならんよ」
そう言うと如月さんは、スレッドの続きを見せてくれた。
確かに如月さんのコメントの後は、スレも殆ど伸びていない……騒ぎにならず、いたずらとして沈静化されたみたいだ。俺は心から安堵した。
「迂闊だったな。学園でこんな写真を撮られるなんて……しかし、君達はいったいどこまで進んでるんだ?」
「え? どこまでって?」
「簡単な事だ…AなのかBなのか……まさかCまで行ったのか?」
「行ってねえしっ!!」
ったく……まだレールにも乗ってねえんだよ!!
しかし……この写真……出所は間違いなくあいつだろ。参ったな……そう言えば―――
『それならこの写真をネットに流すだけですし』
なんて事言ってやがったな……まさか実践したって事なのか……。
結局、「全て話せ」と言う如月さんに、今までの経緯を説明した。
まあ、興味半分かも知れないけどさ。他に話せる人いないし……。
恐らく、あの嫌なヤローのことだ。このままじゃ終らない気がする…。
どうしたもんかな……やれやれだぜ―――
第15話へ続く……