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機巧戦車大戦〜人巧人間は明日の夢をみる〜  作者: 桐生スケキヨとYOM
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第一話「機巧戦車と人巧人間」

【〇〇一 巨乳冷却】

アイリスの口からも説明された機能で、体の表面積を増やしつつ、胸部へのヒートシンク効果によって冷却を行うシステムのこと。

この開発は試行錯誤の上にようやく完成を迎えた画期的システムであり、この巨乳冷却なしでは光波炉の運用はもちろん、『オートランダー』の運用すら実現しなかったとされる。

本作の中核を成す要素となっている。

【第一話 機巧戦車と人巧人間】


 地球から約四〇万キロ離れた宇宙居住施設、通称『シリンダー』。その内側に朝が来る。

 俺は寝床から起き出し、身支度をととのえ、まだ暗さの残る外に出た。


「お、早いね」


 となりの農園に住む老人、サゴ爺がすぐに俺を見つけ、声をかけてきた。


「お互いに。今日は収穫なんだ」

「そうか。収穫ロボットは使わないのか?」


 このシリンダーは農業特区になっており、地球に輸送する農産品を作っている。俺の農園ではトマトとオクラの収穫期を迎えていた。もう少しすればじゃがいもも採れるようになる。


「あれは便利だけど高くてね。うちみたいな個人農園じゃ買えないよ。それに、一番の楽しみの収穫は自分でやりたくて」

「ははは、そりゃそうだな。それはそうと、今夜はうちに来るといい。妻がパイを焼くんだとさ。安酒もある」

「それは嬉しい誘いだ。けど、俺は――」

「そうか、酒は飲めないんだったな。はは、じゃあぶどうジュースにしよう。今夜来てくれ。待っとるよ」


 ここには仕事以外になにもない。なにもないが、人間が人間らしく暮らしている実感があった。

 なにか大きな希望があるわけでもない。ただ繰り返される日常の中で、ゆっくりと衰えていくだけだった。でもそれは悪いことじゃないと思った。人間は老いるものだ。なにかを成すことに躍起になっていた時期が終わった俺は、ここでの繰り返しの中に、居場所を見つけていた。


「わかった。お邪魔するよ」

「うむ」


 サゴ爺に帽子を取って挨拶をすると、俺は農園へと向かう。ひとり乗りの小型車両で五分程度の道のりだ。車両には収穫した野菜を入れるコンテナを乗せたカートを、昨日のうちに繋いでおいた。

 農道をゆっくり走る。土の道は本物の土だ。地球じゃ数年前、土を巡って戦争が起こった。作物を作るための土、肥料、そして水はいつも争いの原因になる。でも、ここにいればそんなことは関係ない。与えられた土と肥料と水で、ただ作物を作るだけだ。

 農作業が完全自動化していないのは、救済措置だった。地球にいられなくなった人々がこのシリンダーに追いやられ、労働に従事する。言ってしまえば棄民政策だったが、俺は悪いことだけじゃないと思っていた。

 トマト畑が見えてくる。緑の中に赤い光が見え、俺は思わず笑みを浮かべた。今日はこの光を収穫する。

 ――作業をはじめて少し、本格的に夜が明けた。

 コンテナの三分の一くらいがトマトでうまる。作業は思ったより順調だ。午前中にはトマトを終えて、そこからオクラに取りかかれるかもしれない。

 そう思った時、トマトの木の中に人影が見えた。

 緑の中に似合わない、黒いコートを羽織った、それは見たくもない、軍服だった。

 このシリンダーに元軍人が飛ばされてくることはめずらしくない。そして軍にいたころのことを忘れられず、軍服を着ているものもたまにいる。そういうやつは大抵、やっかいごとを起こす。

 俺は『そいつ』を見ないことにした。こちらからやっかいごとに関わるのはごめんだ。

 すると『そいつ』はこちらに近づいてくる。うしろにもうひとりいるようだったが、視界に入れないようにした。


「大尉、探したぞ」


 女の声だった。懐かしい階級を呼ばれた俺は思わず『そいつ』を見てしまった。金色の髪をした、切れ長の目の女だった。

 今時の軍隊じゃこんなデザインの軍服は着ない。そもそも、正規軍などは縮小に縮小を重ねている。わざわざシリンダーに来るような暇な人員はいないはずだ。『そいつ』は正規の軍人じゃない。ほぼ間違いなく、民間軍事企業の人間だ。


「人違いじゃないか」


 俺はそう言って目を合わせようともせず、目の前のトマトを掴んだ。


「山岳戦車中隊の隊長がいていい場所じゃない」


 『そいつ』はそう言った。少しは調べているらしかった。


「気に入ってるんだ。ここでの暮らしも悪くない」

「マリアルスのアテナ=ハミルトンだ」


 やはり、民間軍事会社のようだ。しかしマリアルスという社名は聞いたことがない。おそらく、新興だろう。

 アテナという女は背が高く、俺と同じくらいはある。正規の軍人ではないが、いい立ち方をしている。威圧的だった。そのうしろに隠れるようにして立つ人間がいた。そいつがアテナとかいう女の影から、そっとのぞく。


「…………」


 目が合う。まだ若い、いや、幼さがある少女だった。しっとりとした柔らかさを思わせる明るい髪色と、俺に向けられた不安の影のようなものを乗せた翡翠色の瞳。日焼けしていない肌は淡いラベンダー色のおしゃれなワンピースのような服に包まれている。こちらは威圧感を醸し出すアテナという女性とは真逆の、ちょっとおしゃれをしてきた観光客のような雰囲気がある。民間軍事会社関係者とは思えない。


「観光でここに?」


 俺はおどけるようにそう言った。


「あいにくそんな時間はないんだ大尉。協力してもらいたいことが――」


 アテナの言葉を遮るように、俺はトマトを押しつけた。意外なことに、アテナはそれを受け取った。もうひとつを、うしろにいた少女にも差し出す。


「え」


 少女は驚いて自分の顔を指さした。


「加工されてない野菜なんてめずらしいんじゃないか」

「いいんですか?」


 幼さと可憐さのある声で、少女はそう言った。俺はうなづいた。


「ありがとうございます……!」


 少女はトマトを受け取ると、笑顔になってめずらしそうに眺めた。


「俺はこいつを育てるのに忙しい。今さら軍関係者に協力できるようなことはないよ。徴用の権限もないだろうに」


 俺の経歴を調べてここに来たらしかったが、俺はもう軍関係の仕事に戻るつもりはなかった。国家と企業の経営ゲームの駒となって命をかけるのも、誰を殺すか選ぶのも、もうまっぴらごめんだ。


「そうも言っていられないんだ。思っているより時間がない」

「軍じゃいつも時間がなかった」

「そうではない。人類に危機が迫っている」


 なにを大げさなことを言っているのか。前世紀には戦争で環境破壊が進み、人類が滅びると言われた。たしかに環境は破壊されたが、別に人類は滅びなかった。


「悪いがそれを止めるのは俺の仕事じゃない。俺は、もうやめたんだ」


 そう言ってアテナを見た時、うしろの少女はふと頭上を見上げた。頭上にあるのはシリンダーの天窓で、太陽光のさす宇宙が見える。


「アイリス? どうした?」


 アテナは少女をアイリスと呼んだ。その少女は急に真剣な表情になる。


「……来ます。予定より早いです」

「早すぎる。積み荷を降ろしたばかりだぞ」

「相手はこちらの状況を考えてくれませんね」


 ふたりは勝手に話を進めていた。


「そういう話はここじゃない場所で――」


 俺の言葉を遮ったのは爆音と、それに瞬間遅れてやってきた衝撃波だった。


「なんだ!?」


 思わず頭上を見る。

 シリンダーの天窓に穴が空いたらしく、空気の流れがはじまっていた。自動隔壁が動作し、穴はすぐに塞がれたが、再度、爆音が轟く。

 この衝撃波は嫌というほど体が覚えている。


「砲撃!?」

「大尉、やつらだ」


 アテナが言う。


「このシリンダーは地球に近い。狙われたんだ」

「どういうことだ? いくら敵対国だからってシリンダーまで攻めるのは条約違反にもほどがあるぞ。なんの戦略的価値もない。普通はやらない」

「普通の国家はこんなことはしない。国家はな。だがやつらは違う。アイリス、カーミルたちに通信はできるか?」


 アイリスという少女は手には通信端末を持っていた。


「ダメです、シリンダー内にジャミングが発生しているようです」


 どん、どん、と地鳴りがする。


「なんだ!? 地面を撃ってるのか!?」

「やつらの狙いはこのシリンダーの分解と、地球への落下だ」

「どういうことだ? やつらってのはなんだ!?」

「説明している時間はない。速やかに対応しなければこのシリンダーは崩壊するぞ」


 再度、地鳴りがする。本当にシリンダーを崩壊させようとしているものたちがいるようだった。


「おーい! 天窓に穴が空いたぞ! それとこの音、なにがどうなっとる!?」


 サゴ爺の声がした。


「サゴ爺! シェルターに避難してくれ! なにかまずいことが起こってるらしい!」

「なんだって!?」


 サゴ爺は小型車両に乗っていた。


「奥さんも連れてすぐに!」

「わ、わかった。客人が来ていたのか。こんな時に事故だなんてついてないな。おまえさんたちもすぐ避難するんだ!」

「あぁ、すぐ行く。サゴ爺急いで」

「早く来いよ!」


 サゴ爺の小型車両は速度を出して去って行った。


「大尉」


 アテナが睨むように俺を見る。なにかを知っているなら教えて欲しかった。


「なにが起こってるんだ? 端的に頼む」

「アルヴァトラは知っているか?」

「知らないはずないだろう。地球じゃ誰もが使ってるAIだ」


 アルヴァトラ――地球に住む人たちが利用している汎用AIだ。人々の生活から工業や軍事、政治にまでもその利用は及んでいる。


「そのアルヴァトラが軍隊を作った」

「そんな馬鹿な。そんなの事前にとめられる」

「やつは巧妙なんだ。何年もかけて人類を欺き、準備していた。その軍隊が決起した」

「AIの反乱とか、ありえんだろう」


 AIの倫理は完璧に管理されている、ということになっている。実際にAI危機を訴える学者や作家は大勢いたが、それらはすべて空想の世界のできごととされていた。


「現実はこうだ。大尉、キミの力が必要になる」

「どうして?」

「戦車がある」


 戦車――その単語に心臓を掴まれた。


「やつらの軍隊に対抗するため、湊博士が予見した『敵』に対抗する力を我々は持っている。それを動かすのに、キミの力が必要なんだ」 

「俺に……俺に戦車に乗れって言うのか」

「そうだ」


 あまりにも当然のようにアテナが断言した。清々しさすら感じてしまうが、俺は目をそらした。


「もうやめたんだ。失った部下はひとりふたりじゃない。自分だけ生き残って全滅したこともある。そんなやつに、もう戦車に乗る資格はない」

「それは違うぞ大尉。大尉は生き抜いたんだ。過酷な戦場の中で、生き抜いた、その力がある。そして、我々はその力を必要としているんだ」


 アテナの顔は殺気を感じるくらいに真剣だった。背後に立つ少女も、ジッと同じような真剣な顔をこちらに向けている。だが、自分にはこの眼差しに込められた期待に応える力も、理由もない。


「――アイリス、連絡はダメか?」


 俺が黙っていると、アテナが少女にたずねる。


「ダメです」


 どうやら仲間への連絡はつかないらしい。

 次の瞬間、頭上から衝撃波が起こった。そして、近くで爆発が起こる。


「正気か!?」


 思わず叫ぶ。

 見ると遠くの畑がめちゃくちゃになっていた。オクラ畑の辺りだった。


「なんてことをしやがる……!」


 ここには希望はなかった。でも平穏と日常はあった。人々の生活もある。それが、暴力によって一方的に破壊されようとしている。

 かつて、俺にも守りたいものがあった。それで軍に志願した。実際に守りたい国の役には立てたかもしれない、多少は。しかし大事なものも失った。多くの仲間たち、死に目に会えなかった家族……。


「大尉! 力を貸してくれ!」


 爆発が続く。

 放っておいたら、このシリンダーは破壊される。ここで生活している人たちは皆、地球に居場所がなくなってきた人たちだ。そんな人たちが、ここでの生活に些細な幸福を見出し、大きな希望はないが、なんとか日々を明るく暮らしている。

 それが、壊されようとしている。

 それを、俺は黙ってみているのか。


「なんとか……できるのか?」


 気がついたら、そんな言葉が勝手に口から出ていた。


「もちろんだ」


 アテナが応える。言葉が力強い。


「俺は……なにをすればいい」


 そう言った時、悲しい顔をしていたアイリスという少女の顔がパッと明るくなった。

 アテナはすぐにアイリスという少女に言う。


「アイリス、やれるか?」

「やれます」

「大尉、我々の開発した機巧戦車がある。それに乗って、やつらを倒して欲しい」

「機巧戦車?」

「詳しい話はあとだ。アイリス、大尉を案内しろ」

「わかりました! 司令、これをお願いします」


 アイリスは大事そうに持っていたトマトをアテナに渡すと、真剣な目を俺に向けた。それは少女のまなざしではなく、軍人の――戦いを知るものの眼差しだった。この少女はいったい……?


「行きましょう、ついてきてください」

「ま、待て! うしろに乗れ」


 俺は小型車両に近づき、接続していたカートを外した。

 ひとり乗り用だが、うしろにひとり乗せるくらいはできる。


「ありがとうございます」

「どこへ向かえばいい」

「ゲートポートです。十二番です」

「あんたは?」


 アテナを見ると、彼女は軽く微笑んで首を振った。


「あいにく走れる足じゃないんだ。ここで待ってる。どのみちおまえたちがうまくやらなかったら誰も助からない」

「歩いてでもシェルターに向かうんだ。行ってくる」

「あぁ、頼んだぞ――大尉、アイリス」

「お任せください」


 アイリスがそう返したのを合図に、俺は車両を走らせた。

 急ぐ。法定速度は守っていられない。オープンになっている車両の俺とアイリスに風が吹き付ける。


「あんたのボスは度胸が据わってるな」


 俺は大声で、うしろのアイリスに言う。


「うちの司令は歴戦の強者ですから!」


 農道から道路へと出ると、シリンダー内に警報が鳴り響いた。


『こちらシリンダー管理局。現在シリンダーにおいて損傷が確認されました。内部においても侵入を検出しております。皆様はお近くの避難シェルターへ避難してください』


 悠長な音声だった。


「敵襲って言えばいいものを。警備ドローンをどうしてすぐ出さないんだ」

「無理ですよ。ドローンはアルヴァトラ制御です。アルヴァトラの侵攻に対して警備ドローンは動作しません。掌握されています」

「……本当なんだな」


 俺のつぶやきはアイリスには聞こえない。汎用AIとして普及したアルヴァトラは、政治的決定権まで持っている。表面上はそれでうまく行っているようだったのだが、どうやらそうではなかったらしい。


「おまえたちはなにを知ってるんだ?」

「それはまだ言えません。大尉が協力してくれて、仲間になってくれないと」

「なるほど。そいつは賢明だ」


 話している間にゲートポートが見えてくる。生活物資などを運ぶ貨物船が行き交う港だ。

 ふと横に目を向けると、深緑の迷彩をほどこした戦車が目に入る。三両が丘陵から港へ向かっている。


「あれがそうか?」

「そうです。アルヴァトラの戦車です。あれは……汎用型のVA七型です」

「紛争地帯で使われてる連合軍よりも型番は上か。最新型ってことだな。無人だろう?」

「無人です」


 港には避難シェルターがある。そこが解放され、人々が押し寄せていた。列ができている。


「田舎のシリンダーと思ったが、こうしてみると意外と人が多いものだな」


 車両を止めると、いち早くアイリスが飛び降りる。


「こっちです大尉」

「おい待て」


 走るアイリスを追いかける。すると轟音と地響きが起こった。港が砲撃され、施設の建物が崩れている。避難してきた人たちのすぐ近くだ。


「民間人までお構いなしか!」

「大尉!」


 アイリスが走って行ったのはドック内倉庫だった。俺もあとを追う。


「あれです。機巧戦車はあのコンテナの中です」

「コンテナの中に入れるのか?」

「わたしがロックを解除できます」

「頼む」


 アイリスがコンテナのコンソールにかけより、手をかざしていた。生体認証だ。電子音がする。


「開きました」

「わかった。あとは俺がやる。キミも避難しろ」


 とは言ったものの、現在の主力戦車はひとりでは動かせない。AIサポートがあってでも、最低二人の人員は必要なはずだ。ひとりでできることと言えば操縦くらいで、やれると言っても囮になるくらいしかできない。だが、それでも避難の助けになるのなら、やるまでのことだ。

 そう思っていたら、アイリスは首を振った。


「わたしも一緒に」

「は?」


 驚いた。こんな少女がなにを言い出すかと思えば。


「なに言ってる。実戦だぞ。子どもには無理だ」

「子どもじゃありません! 訓練だって受けています」


 その時、再度轟音が倉庫を揺らす。また近くが砲撃されたらしい。時間がない。この少女の、アイリスの言葉を信じるしかないのか。


「できるのか?」

「もちろんです。信じてください。そもそも、わたしがいなければ機巧戦車は起動できません」

「……わかった。キミがなにものかはあとで聞かせてもらう」


 俺はコンテナの中に入る。アイリスもすぐについてきた。

 コンテナの中の照明が付き、そこにある機巧戦車が見えた。


「これが……」


 サイズ感は標準的な主力戦車よりも少し大きい。砲塔には二門の砲が搭載されている。車体そのものは厚みがあり、投影面積の少なさをよしとする設計理念からは少し遠いように見えた。

 だが、この戦車にはこれが最新型という説得力があった。装甲の質感も、見たことのないものになっている。


「ここから上にあがれます」

「あ、あぁ」


 思わず見とれてしまっていたが、そんな時間はない。アイリスに促され、俺は上部搭乗ハッチにつながるタラップを登った。

 ハッチは電子ロックになっている。うしろから来たアイリスが手をかざす。


「登録者アイリス。ロック解除」


 アイリスがそう発声すると、ロックが解除される。手の生体と、声紋認証によるロックなのだろう。


「大尉、先に。前の席が操縦席になります」

「操縦方法は普通の戦車と同じなのか?」

「おおよそは」


 俺が先に入るとアイリスも入り込み、ハッチを閉めて後部座席に体を納めた。すると、車内の非常灯が点灯する。

 車内は戦車らしく狭いが、ふたつの操縦桿には見覚えがあった。

 ――懐かしい。一瞬でもそう思ってしまった自分が少し恨めしかった。


「大尉、これを」

「うん? なにを――おぶ」


 頭に急になにかをかぶせられた。前がなにも見えなくなる。


「ヘルメットです。総合視覚インターフェイスにもなっていて……って、やだ、前後反対でした!」

「回すな! いったん外せ! 首が取れる!」

「取ります!」

「待て! いきなり引っ張るな! 首がっ!」


 この少女は見かけによらず力があるらしく、強引に引っ張られて首が引きちぎれるかと思った。


「ぶはっ」


 ヘルメットが取られて視界が戻ったかと思うと、再度ヘルメットがかぶせられる。


「どうですか?」

「サイズは大丈夫だが……極端に視界が狭いな。これが視覚インターフェイスなのか?」

「待ってください。『オートランダー』の起動に合わせて起動させますので」

「『オートランダー』?」

「この子の名前です。――搭乗ICOアイリス。光波炉同調。起動シークエンス開始」


 アイリスの声が終わると、車体後部が唸り音と振動をあげはじめた。そして、空調が動作を開始し、車内温度が急速に下がりはじめるのを感じた。


「視覚インターフェイス起動。搭乗者視覚フィードバック開始」


 すると、突然視界が開ける。ヘルメットなどかぶっていないかのように、全周囲が見渡せるようになった。空中には座標と戦車ステータスも表示されている。


「ウォーメック……『オートランダー』か。主武装は電磁レールパルス砲?」


 電磁レールパルス砲はまだ開発中の、しかも艦載用の武装だ。それがこのサイズまで小型化されている例は聞いたことがない。


「起動シークエンス確認項目を五番より十六番までを省略。光波炉接続」

「おい、省略して大丈夫なのか?」

「大丈夫です。たぶん」


 なんだか不安になるが、緊急時の現場ではよくあることだ。アイリスは意外と機転が利くのかもしれない。

 目の前に浮かぶステータスに光波炉接続の表示が現れ、エネルギーゲージらしきものが表示された。グラフ状になっており、どんどん上昇する。この光波炉というものも聞いたことがない。今の現用戦車はバッテリー駆動方式が主流だ。


「はっ……あっ……」


 突然、背後のアイリスが苦しそうな声をあげる。


「どうした!?」


 うしろを振り返ると、アイリスが自分の胸を押さえつけている。


「はじめての実戦なので……思ったより……それに……冷却スーツを着ていないので……」

「どういうことだ?」


 なんだか車内の温度が上がっているように感じられた。冷却スーツとはどういうことなのだろうか。


「……こうなったら、しかたない。大尉、ちょっと失礼します」

「お、おい!」


 アイリスは言い終えるのを待たず、いきなり服を脱ぎはじめた。


「なんだおまえ!?」


 思わず前を向いたが、下着姿になったアイリスの体は驚くほどに凹凸のある健康的なスタイルだった。特に、下着からこぼれそうな大きい胸が一瞬見ただけで印象に残ってしまった。


「光波炉を同調させると、体が熱を発するんです。本当なら冷却スーツを着るのですが、あいにく緊急なのでそれはなくて、そうなったら使えるのは巨乳冷却だけです」

「は? 巨乳……なんだって?」

「きょ、巨乳冷却です。あの、これは開発元の築島重化学工業がつけた正式な名称なので、変なことを考えないでくださいね」

「なんだそれ?」

「言ってしまえば、おっぱいを大きくして体の表面積を増やし、ヒートシンクのように使うんです。こうして胸を外気に晒せば、冷却効果もあるはず」


 なにを言っているのか。これが本当に最新式戦車なのか? そして、戦車の動力炉とこの子の体になんの関係があるのか。

 聞きたいことは多かったのだが――。


「あの、大尉、ひとついいですか? どうしても聞きたいことが」

「なんだ?」


 これからこの戦車を動かすにあたり、重要なことを聞かれた、俺はそう思ったのだが、アイリスの口から出た言葉はあまりにも予想外だった。


「わたしの体、見ましたよね? どうでしたか?」 

「ど、どうってなんだ……?」

「その、魅力があるとか、すごいとか」

「そんな話はあとだ。早く戦車を起動させてくれ。できるんだろう?」

「大事なことなんです、わたしとしてはとても……。その、今までに誰にも見せたことがなくて……男の人から見たら、どう見えますか? 魅力のようなものはありますか? 教えてください」


 事態は切迫しているというのに、この少女は不思議と落ち着いていた。そして、その言葉はただの好奇心とか興味とかではなく、どこか迫力もある、真剣なものだった。応えるしかない。


「わかったよ。健康的でいい体だった。見事なものだ。十分すぎるほどに魅力はある」

「健康的……見事……十分すぎるほどに……! わ、わかりました! ちょっと自信が持てます!」


 アイリスの方は見なかったが、声は弾んでいた。喜んでもらえたらしいが、お世辞を言ったつもりはなかった。


「あぁ、自信を持て。なかなかお目にかかれるスタイルじゃないぞ。だから早く戦車を動かせるようにしてくれ、その貴重な体を守るためにもだ」

「了解です。『オートランダー』可動。操作ロック解除」


 がくんと操縦桿が手前に来る。俺はそれを握る。


「視覚を外に同調しますか?」

「頼む」

「了解。外部視覚投影」


 その瞬間、コンテナの内側が映る。そして、ターゲットマーカーのようなものが表示された。


「熱源反応感知。敵車両と想定」

「近いぞ! 見つかったのか!?」

「エネルギーシールドアクティブ!」

「コンテナを開けろ!」


 俺の声と同時、振動が車体を揺らす。そして目の前のコンテナが歪む。上からなにか落下物があり、コンテナを潰したようだった。


「倉庫を砲撃されたんだ。これじゃコンテナは開かないぞ」

「では、吹き飛ばしましょう」

「なんだ意見が合ったなアイリス。俺もそう思っていたところだ。主砲、撃てるか?」

「撃てます。収束率を変化させて威力を絞ります。収束率はわたしが計算しますので、大尉は任意のタイミングでトリガーをお願いします」

「計算っておまえ……」


 うしろのアイリスを見る。健康的な下着姿のまま、アイリスは虚空を見るかのようだった。その視線はヘルメットもなしに、投影される映像を見るように細かく視線を動かしている。


「どういう……ことだ?」

「大尉、発射を。敵はこちらの熱源を感知するはずです」

「わ、わかった。掴まってろ」

「レールパルス砲安全装置解除。収束率固定」

「撃つぞ」


 操縦桿のトリガーを引くと、ドンという発射音と反動が車体を揺らす。そして、目の前のコンテナは蒸発し、周囲が溶解していた。


「本当に実用化していたのか……」

「大尉、今ので気づかれました。敵車両二両、こちらへ来ます」

「出るぞ。民間人の避難も続いてるんだ。注意をこっちに向ける」

「了解です」


 操縦桿のスロットル操作で車体を前進させる。緩やかにスロットルを開けたつもりだったが、思いの他加速力があり、車体は倉庫から飛び出す形になってしまう。


「砲塔の操作はどうなってる?」

「大尉の視線に追従して標的を固定します。同時に三つまで可能ですが、発射間隔はエネルギーチャージの都合で二秒間隔になります」

「視線追従ね……。発射もその間隔なら相当に早い」


 操縦の方法は一般的な戦車と同じだったが、抜群の安定感があった。おまけに速い。

 深緑の敵車両が目視できる距離にきた。


「もう一両はどこだ?」

「熱源索敵、もう一両は後方に固定しています」

「様子見ってことか。――この主砲は相手の装甲は抜けるのか?」

「もちろんです」


 アイリスが自信に満ちた返事をした時、敵車両が発砲をはじめる。俺は避難する一般人がいる倉庫から離れ、畑に出ていた。畑を荒らしてしまうことは心苦しさの極みだったが、人的被害には変えられない苦渋の判断だった。

 一発がこちらのそばに着弾する。


「正確だな」

「AI制御ですから。相手はおそらく同格の走破性で弾道計算をしているので外れています」

「こっちの方が機動性は上なのか?」

「当然です。この『オートランダー』は現用戦車の性能をすべての面で上回っています」

「たいした自信だ。――それなら、試してみるか」


 『オートランダー』を急転回させ、敵車両の側面へと回り込む。


「一撃で無力化するぞ」

「収束率計算します。シリンダー岩盤への損傷は避けます」


 アイリスの声は落ち着いている。訓練を受けたと言っていたが、どんな兵士でも実戦となれば緊張して多少の乱れは出るものだったが、この子にはそれを感じられない。まるでコンピューターのような冷静さだった。


「標的はこいつだ」


 視界に標的となる敵車両を入れ、じっと凝視すると固定される。砲塔が自動で動き、主砲が自動照準された。


「収束率、初速、弾道計算完了」


 敵車両に重なった照準のレティクルがグリーンに光る。標的の進行方向に対し少しリードを入れてトリガーを引く。ドンという衝撃と同時、敵車両のすぐ前に土埃が舞い上がった。つまり、外れた。


「大尉、偏差射撃しましたか?」


 即座にアイリスが言う。


「普通そうするだろ」

「レールパルス砲とわたしの修正なら偏差射撃は必要ありません。照準のまま撃って大丈夫です」

「わかった」


 聞きたいことは増えるが、それはあとだ。敵車両からの反撃が開始されるため、急加速して射線から逃れる。ジグザグ走行からの急転回で再度側面へ出る。しかしもう一両が距離を詰めて連携している。こちらの砲撃のチャンスは一瞬しかない。

 敵車両を正面に捉える。照準が合い、グリーンに点灯する。トリガーを引いた瞬間、深緑の敵車両の砲塔が吹き飛び、車体が爆発を起こした。


「本当に一撃か!」


 主力戦車級を相手にこの威力を出せるのは衝撃だった。実体弾でも、かなり上手い位置に当てなければこれほどの打撃は与えられない。


「うしろの一両がこちらに!」

「こいつも倒す」


 そう思い前進した時、背後にとまっていたもう一両の戦車が見えた。そこに違和感を覚える。


「なんだあの戦車……人が乗っているのか?」


 敵戦車の上には人影が見えた。ヘルメット内のモニターが望遠で人影を捉えるが、画像は鮮明とは言えず、シルエット程度しか見えなかった。ヘルメットをしているように見える。


「人? アルヴァトラの部隊に人間なんていません……けど、もしかしてアルヴァトラもICOを……いえ、それは不可能なはず……補助用のアンドロイドかと思われます」


 アイリスはなにか判断を迷っているようだったが、その人影は戦車の中に姿を消した。

 すると、アンドロイドらしき人影を乗せた戦車がこちらへ向かい急発進してくる。その車両は大型のアンテナを砲塔につけていた。

 アンテナ車両と敵車両は連携を取り、こちらを挟撃しようと動く。巧みな位置取りで、アンテナ車両がこちらの背後へと回り込む。


「うしろへ回られた!」

「大丈夫――」

「喰らうぞ!」


 背後でドンという発射音が聞こえる。回避が間に合わない――そう思った瞬間、一瞬視界が真っ白になった。死んだのか、そう思ったが、どうやら違うらしい。


「なにが起こった!?」

「エネルギーシールドです。敵の実体弾の接触を無効化しました」

「……なんて装備だ」


 インチキじみている装備だったが、おかげで助かった。


「でも欠点はあります。エネルギー消費が多いため、シールドは連続で攻撃を受けると維持しきれません。連続で二発、いえ、三発くらいは耐えられますが、それ以上は耐えられません」

「そうそうヘマはしない、と言いたいが一発喰らってたら説得力もないか」

「あの車両、うしろを追尾しています。もう一両も側面にいます」

「遅れをとったな。……どうするか」


 一瞬考える。いっそのこと反転して正面突破をしてやろうか。この『オートランダー』の走破性能ならそれも可能だった。だが、相手の射線にまともに入るのはリスクが大きい。

 そう考えていた時、アイリスが言う。


「ジャンプが使えます」

「ジャンプ? 戦車が跳べるのか?」

「跳べます。『オートランダー』は特別なんです」

「どうやる?」

「右手側レバーの操作です。マニューバーモードへ切り替えると脚が使えます。ペダルはそのためについています」

「もうなにを言われても驚かないぞ」


 アイリスの説明のまま、右手を伸ばしてレバーを握る。ヘルメット内のモニターにナビゲーションが表示され、マニューバーモードとスピードモードの切り替えできることがわかった。今の状態がスピードモードだ。

 俺はレバーを押し込む。すると走りながら、車体が持ち上がる。ステータース表示を見ると、車体下部の履帯が脚状に展開し、立ち上がった姿となっている。


「速度が落ちた! 撃たれるぞ!」

「ペダルで跳んでください!」

「こうか!」


 ペダルを踏み込むとごわっというブースト音が轟き、浮遊感が体に起こる。外を見ると、車体は跳び上がっている。


「走る時と同じように姿勢制御できます」

「空中から撃てるか?」

「ジャンプのエネルギー消費があるため、射撃はできません。副砲の45mm機関砲は使えます」


 アイリスに返事も返さず、武装を切り替える。切り替えは操縦桿の操作で直感的にできた。

 空中姿勢制御で車体を横にスライドさせながら、側面にいた戦車を照準に入れる。ターゲットされると同時にトリガーを引くと、ぶぅんという音とともに機関砲が発射される。

 戦車は上部からの攻撃にはあまり強くない。このアルヴァトラの車両もそれは例外ではなく、機関砲をまともに受けて砲塔が吹き飛び、煙をあげて動きを止める。


「着地は狙われる!」

「わかってる!」


 自由落下をはじめるとアンテナ付きの車両がこちらに砲撃をはじめる。一発目は僅差で外れ、二発目は直撃を受けたがシールドが防いでくれた。おそろしく正確な射撃はかつて相手にしたAIドローンを彷彿させ、背中が冷えた。

 俺を守ってくれたのはこの『オートランダー』の性能だ。

 臆することなく、着地と同時にスピードモードに切り替え、走る。


「追ってきます!」

「やる気だな。あいつを仕留める」

「なにか策が?」

「チキンレースを仕掛けてやる。あいつは賢いがそれを逆手に取る。こっちの勝負に釣られたらこっちの勝ちだ」

「ふふふ」


 笑ったのか? この状況で笑えるのかこの子は。


「アイリス?」

「失礼しました。歴戦の英雄らしい判断だなと思いました。あなたのような人に出会えて、うれしく思います。生まれてよかったです」

「おおげさだ。それで、そういうのは勝ってから言うものだぞ」

「勝ったらもう一回言います」

「そうしてくれ。行くぞ、反転して向き合う!」

「はい!」


 鋭角に急転回し、うしろのアンテナ車両と向かい合う。相手の反応が早い。こちらの動きに合わせて減速した。確実に当てに来ている。アンテナ車が一発目を撃つ。


「頼ってばかりだと思うな!」

「ひゃっ!」


 急ブレーキをかけて相手の一発目をやりすごした。アイリスは驚いたようだったが、体はシートに固定されているようだった。シートベルト跡が綺麗な体についてしまうかもしれないが、すぐに治るだろう。

 『オートランダー』を最大速度で急発進させる。すると、俺たちがつい瞬間前までいた場所にはアンテナ車の砲弾が撃ち込まれていた。


「アイリス! 相手は反応速度が速い! トップスピードから正面の丘陵をつかって側面を取る。空中に浮く一瞬で弾道計算はできるか? 0.5秒もないぞ」

「でき……ます! 一時的に演算能力を加速させます。少し熱くなるかもしれませんが、大丈夫です」


 アイリスがコンソールもなしにどう計算しているのかわからない。熱くなると言っていたがどういうことなのかもわからない。だが、弾道計算ができることはわかった。


「なら、しかける!」


 『オートランダー』を丘陵に突っ込ませる。アンテナ車両が追尾してくるがこちらの速度から引き離されるが、こちらは斜面に入った。アンテナ車両は斜面で速度が落ちることを考え、旋回して先回りをしようとした。


「釣られたぞ!」


 砲塔はぴったりとこちらを追尾している。一瞬でも遅くなれば即、撃ってくるつもりだ。


「次の一瞬だ!」

「任せてください!」


 アイリスがそう言うと、車内の温度が上がる。空調は効いているはずなのに、暑さを感じるくらいだ。

 『オートランダー』はレースカーなみのスピードで丘陵を登り、そのてっぺんから跳ぶように抜ける。その瞬間、アンテナ車両と平行に並んだ。空中で照準が合い、レティクルがグリーンに光る。


「捉えた!」


 トリガーを引くと同時、レールパルス砲が放たれる。

 完璧に捉えた、そう思った一発だったが、アンテナ車は急ブレーキでこちらの砲撃をぎりぎりで回避した。


「俺と同じことをやった!?」


 驚きの声をあげる。


「はぁ……はぁ……あの動き、並のAIでは考えられない……」


 アイリスの息が上がっていた。そして、アイリスの言う通り、あの動きはAIにしてはリスクを取り過ぎている。

 すぐに反撃に備えて転回しようとした時、アンテナ車両がこちらに背を向けた。


「……撤退した……のか?」

「距離開いていきます。あ、大尉、危険です!」


 俺はヘルメットを取り、ハッチを開けて上半身を外に出した。

 壊れた敵車両が二両と、ひどいことになった農園が広がる。アンテナ車両はもう見えなくなっていた。


「……なんとか追い払えたが……これを元通りにするのは大変だな」

「失礼します」

「お、おい」


 アイリスがハッチから頭だけを出した。そう言えば下着姿のままだった。アイリスは上を見ている。


「シリンダーの反対面にまだ動きがあるようです。おそらく、あそこに敵拠点があると思います」

「拠点?」

「母艦のようなものです」

「……見えるのか?」

「少しくらいは」

「……おまえはいったい……」


 そう言ってアイリスを見た時、アイリスはなにかを言おうとしたが、下から呼び出し音のようなものが聞こえてアイリスは慌てて戻っていった。


「はい、アイリスです」

『アテナだ。終わったか?』


 聞き覚えのある声が聞こえたので、俺も下に戻った。


「はい、ポート周辺の敵車両は排除しました。一両は逃しましたが」

『よろしい。ローズリンクはまだ動かせん。すまないが問題がなければそのまま敵拠点制圧に向かって欲しい。ここからちょうどキミたちの動きが見えていた。大尉、そこにいるか?』

「いるぞ」


 少し無愛想に応える。


『さすがの腕前だったな。アイリスとの相性もよさそうだ。この様子なら敵拠点の制圧もできる。頼めるか?』

「やらなきゃもっとメチャクチャになっちまうんだろう。それなら……やってやるさ」


 そう言ってふとアイリスの方を見た。すると、アイリスは真剣な顔になって頷いた。


『感謝する』

「その前にひとつ聞かせてくれ。この戦車はすごいが……このアイリスはなにものだ? 新兵とは思えないがベテランにしちゃ若すぎる。複雑な計算もコンソールなしでやってる。どういうことだ?」

「それは――」

『わたしが答えようアイリス。大尉、そのアイリスは人間ではない。この戦車『オートランダー』を制御するために造られた人巧人間、ICOだ』


 思わずアイリスを見てしまった。

 人巧人間? ICO? それは……なんだ?

 そう思っていると、アイリスは恥ずかしそうにもじもじしはじめた。


「あの……」

「どうした?」

「あの、そんなにジッと見られるとさすがに少し恥ずかしいです。わたし、下着なので……」

「っ! す、すまない!」


 慌てて前を向く。


『下着? どういうことだ?』

「司令、それはあとで説明します。現場対応です」

『ふむ、わかった。では頼む、引き続き、あまり時間はない。わたしはローズリンクへ向かう。近くに小型車両があったので借りるとしよう』


 このアテナ司令という人物もなかなかにタフな人間のようだった。しかし、名前がわかっても謎は謎のままだ。


「アイリス、ICOってのはいったい?」

「普通の人間ではないということです。わたしも端的に説明するのは難しいので、そうとだけ覚えていてください。では、次の目標に向かいましょう」


 ロボットやアンドロイドでもなさそうだ。アイリスはどう見ても生身の人間に見える。

 しかし、この子の実力や能力は間違いなく訓練を受けたもの、あるいは調整された機械のようなものだった。

 再び戦車に乗ることになってしまったが、この少女はどういう存在なのか。それはどこで、誰に聞けばよいのか、そんな思いが頭をめぐりそうになる。


「わかった。次の目標に向かおう」

「ナビゲーション表示します。大尉、ヘルメットを」

「わかった。しかし作業服にヘルメットは似合わないな」

「わたしなんて下着ですよ?」

「お互いひどいな」

「ふふふ、そうですね」


 アイリスの笑い声は可憐そのものだった。


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