「お姉さま、ずるぅ〜い!」が口癖の異常な妹に突き落とされた私、時間が巻き戻ったので屈強な侍女を雇ってすべてを未然に防ぎます
「お姉さま、ずるぅ~い!」
妹イザベラのこの金切り声を、私はこれまでの人生で何度聞いてきたことだろう。
覚えている中で最も古い記憶は、私の六歳の誕生日の夜だ。
食卓には腕利きの料理人が手がけた豪勢な晩餐が並び、私は胸を躍らせていた。
いよいよ両親からの贈り物を受け取ろうと、私が嬉しそうに手を伸ばしかけた、その時だった。
「お姉さま、ずるぅ~い! それ、私がもらうわ!」
イザベラが乱入し、私の目の前で贈り物をひったくろうとしたのだ。
当然、父が「イザベラの誕生日にも贈っただろう。今日はメアリの日だ」と嗜めた。しかし、妹はふんぞり返って私を睨みつけた。
「お姉さまにお祝いなんて必要ないでしょ! 私が代わりにもらってあげるって言ってるの!」
あまりの暴論に、私は苦笑するしかなかった。
「そんなわけないでしょう。ほら、席に戻りなさい」
次の瞬間、イザベラは怒りで顔を真っ赤に染めて私を突き飛ばした。そればかりか、あろうことかテーブルクロスを力任せに引き剥がしたのだ。
ガシャガシャと派手な音を立てて、床に散らばる御馳走の数々。
呆然とする両親を前に、妹は「お姉さまが意地悪するからよ!」と甲高い声で泣き叫んだ。
せっかくの誕生日が、一瞬で台無しになった。
何日も前から準備してくれた使用人たちの気持ちを思うと、悲しくて涙が出た。
結局、その夜の贈り物はいつの間にかイザベラの部屋へと運ばれていた。
妹の理不尽な癇癪は、成長しても収まらなかった。
私が貴族学園の幼年部に入学する朝のこと。真新しい制服に身を包んだ私を見て、妹はまた「ずるぅ~い!」と大暴れした。
「あなたは来年でしょう」という母の宥めも無視して暴れるうち、イザベラが思いっきり引っ張ったカーテンのロッドが、私の頭頂部を直撃した。
激痛と共に意識を失い、ちゃんと動けるようになったのは二ヶ月後。すでに入学式はとうに過ぎていた。
結局、私は一年休学し、血の染みがうっすらと残る制服を着て、妹と同時に進学する羽目になった。
学園でも地獄は続いた。
私の成績が上位だと知れば「ずるぅ~い!」と怒り狂って掲示板の順位表を破り捨てた。
私が演劇の主役に選ばれれば、衣装をズタズタに切り裂いて役を奪い取った。当然、台詞を覚えない妹のせいで舞台は悲惨な結果に終わったが、彼女は「お姉さまのせいで大恥をかいたわ!」と私を責め立てた。
極めつけは、私に婚約者が決まった時だ。
婚約者と二人、庭園で睦まじく散歩を楽しんでいると、生垣を突き破って「ずるぅ~い!」とイザベラが突進してきた。
あろうことか、彼女は私の婚約者の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶったのだ。
「お姉さまじゃなくて、私と婚約しなさいよ!」
後日、先方から丁重な婚約辞退の書状が届いたのは、言うまでもない。
そして――私が社交界へデビューする、運命のデビュタントの夜がやってきた。
息を呑むほど美しいドレスを纏い、高鳴る胸を抑えて、屋敷の大階段を降りようとした、その時。
背後から、聞き飽きたあの声が響いた。
「ずるぅ~い!」
そして、ドンと強烈な衝撃が、私の背中に走った。
*
絶対に、許さない。
湧き上がる怒りと共に意識を覚醒させると、私は階段下の冷たい大理石の床に倒れていた。
全身をきしむような激痛が襲う。その痛みに耐えながら、なんとか上半身を起こし、階段の上へと視線を向けた。
そこには、一人の小さな女の子が立ち尽くしていた。
小さな手を口元に当て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。……見覚えがある。これは、幼い頃のイザベラだ。
脳裏に、かつての記憶が鮮烈に蘇る。
そうだった。確かにこんな事件があった。私がまだ記憶も曖昧だったほど幼い頃、イザベラに階段から突き落とされたのだ。あの時は事故として処理されたけれど、あれも妹の明確な悪意によるものだったのだ。
「……っ、なぜ?」
ふと自分の手元に目を落とし、私は息を呑んだ。
視界に映ったのは、あまりにも小さく、ふっくらとした子供の手。ドレスではなく、幼い頃に着ていた寝衣を纏っている。
時間が、巻き戻っている。
私はあまりの異常事態に、ただ唖然とするしかなかった。
「メアリ!」「ああ、なんてことだ!」
廊下の奥から、血相を変えて駆けつけてくる足音が響く。
顔を上げると、そこにいたのは、記憶よりもはるかに若い姿の両親だった。
私の体を心配して涙ぐむ両親を制し、私はゆっくりと立ち上がった。その佇まいに、駆け寄ろうとした両親の足がピタリと止まる。
人生を巻き戻されてまで、あの理不尽な地獄を繰り返すつもりは毛頭ない。
私はまっすぐに両親を見据え、冷えきった声で宣言した。
「お父様、お母様。イザベラは異常です。これ以上の野放しは我が家の破滅を招きます――ですから、私が口を出しても構いませんね」
幼い子供のものとは思えない、昏い凄みを孕んだ私の眼光に、両親は完全に気圧されていた。
二人は生唾を飲み込み、怯えるように、おずおずと首を縦に振ることしかできなかった。
まず私が着手したのは、己の盾となる存在の確保だった。
すぐに両親に掛け合い、騎士並みの体躯を持つ屈強な侍女、ケイトを私の専属として雇い入れた。事前にイザベラの異常行動について全て説明し、万が一の際は容赦なく力でねじ伏せるよう指示を出しておく。
そして迎えた、私の六歳の誕生日。
きらびやかな食卓の中央で、私は両親からの贈り物をしっかりと両腕に抱きしめた。
その光景を見た瞬間、卑しい目をしたイザベラが飛び出してきたが――彼女の前に、壁のようにケイトが立ちはだかる。
「お姉さま、ずるぅ~い!」
行く手を阻まれ、お決まりの金切り声をあげる妹。私は冷ややかな視線を彼女に注ぎ、低く諭すような声で言った。
「イザベラ。私、もうその言葉には反吐が出るほど聞き飽きたわ。今度その言葉を口にしたら、相応の罰を与えます」
「ギャァァー!」
思い通りにならず逆上したイザベラは、かつてと同様に、テーブルクロスを両手で鷲掴みにした。
しかし、その細い手首を、ケイトの強靭な五指が容赦なく掴み上げる。ビクリとも動かない。
「イザベラ。あなた、今、テーブルクロスを引っ張って御馳走をすべて台無しにしようとしたわね? ケイトが止めてくれなければ、また大惨事になるところだったわ」
私は席から立ち上がり、まだなお悪態をつき続けている妹を見下ろした。
「そんな野蛮な態度をとる人間には、この美しい食卓に着く資格などありません。何日も前から私たちのために準備してくれた使用人たちに、今すぐ膝をついて謝罪しなさい!」
「なんで私が! お姉さま、ずるぅ~い!!!」
話が通じない妹は、これみよがしに鼓膜を突き刺すような高音で怒鳴り散らす。
だが、今の私はただ怯えるだけの子供ではない。
「『ずるい』というのはね、正当ではない手段で自分だけ利益を得ようとする、不誠実な行動を指す言葉よ。――さあ、私の行動のどこが不誠実なのか、論理的に説明してみなさい」
「全部よ! お姉さまの存在も、持っているものも、全部、全部ずるいのよ!」
嫉妬で顔を歪ませる妹を見て、私は深い溜息をついた。まともな対話など最初から期待していない。
「……もういいわ。ケイト、イザベラをそのまま自室へ連れて行って」
「かしこまりました、メアリお嬢様」
ケイトは暴れるイザベラを軽々と小脇に抱え、部屋を後にした。私は控えていた他の使用人たちに、イザベラが頭を冷やすまで部屋から出さないよう見張ること、そして深夜に最低限の食事だけを運ぶよう言った。
地獄のような癇癪から解放され、両親は心底ホッとしたように胸を撫で下ろしている。
「さあ、お父様、お母様。せっかくの御馳走が冷めてしまいますわ。いただきましょう!」
私は笑顔を浮かべて着席した。
静寂と気品を取り戻した部屋で、私たちは、かつて奪われたはずの豪華な晩餐を、心ゆくまで堪能したのだった。
それからも私は、事あるごとに「人には親切にすること」「人を妬まないこと」「暴力を振るったり怒鳴ったりしないこと」をイザベラに言い聞かせ続けた。しかし、妹の歪んだ本性が変わることはついぞなかった。
考えてみれば、巻き戻し前の世界でも両親は彼女を真っ当に育てようとしていたのだ。それなのに彼女は変わらず、最終的には私を階段から突き落として殺害した。
脳裏に、前世で父が溢した諦めの言葉が過る。
――『何をやっても直らない。イザベラは、邪悪な魂を持って生まれてきたのかもしれないな』
その言葉通り、妹は毎日のように「お姉さま、ずるぅ~い!」を繰り返しては暴れ続けた。
そして迎えた、私の学園への入学の日。
やはりイザベラは「ずるぅ~い!」と喚き散らし、狂ったようにカーテンを引っ張った。重みに耐えかねたカーテンロッドが、凄まじい音を立てて掛け金から外れ、落下する。
危険を察知してさっと背後に下がった私に、それが当たるはずもなかった。
ガシャーーーン!!
激しい衝撃音と共に、落下したロッドが窓ガラスを派手に打ち砕いた。そして、飛び散った鋭利なガラス片が、イザベラの頬を深く切り裂いたのだ。
「お姉さま、ずるぅ~い! お姉さまのせいで怪我をしたわ!」
侍女に手当てをされながらも、妹はなお私に理不尽な逆恨みの言葉をぶつけてくる。しかし、私と両親はそんな彼女を完全に無視し、晴れやかな気持ちで学園へと出発した。
一年後、イザベラも入学してきたが、学年が違う私たちに接点はほとんどなかった。
ただ、張り出された成績優秀者の掲示板を見て「お姉さま、ずるぅ~い!」と破り捨てようとした不届きな生徒がいたこと、そして事前に見張っていた教師から容赦なく厳罰に処されたことだけが、風の噂で私の耳に届いた。
ちなみに、今回の人生ではまだ婚約をしていない。イザベラという爆弾を処理するまでは、とてもそんな気になれなかったからだ。
そしてついに、運命のデビュタントの夜がやってきた。
私は前世と全く同じ、息を呑むほど美しいドレスを身に纏い、大階段の前に立った。斜め前には、我が盾であるケイトが控えている。万が一に備え、側にいてもらう手筈だ。
階段の下では、共に王宮へ向かう両親が、私の晴れ姿に満足そうに目を細めていた。
(さあ、終わらせましょう)
私がそっと大階段へと足を踏み出した、その瞬間。背後から、あの聞き飽きた、忌々しい金切り声が響き渡った。
「お姉さま、ずるぅ~い!」
振り返ったケイトが、私に鋭く頷く。それを合図に、私は一歩、素早く身体を横へと滑らせた。
「え――っ!?」
突き出した両手の持っていき場を失い、前のめりに突っ込んだイザベラが、自身の推進力の反動でバランスを崩す。
「ギャァァァァーーーッ!?」
ものすごい絶叫を残し、妹は頭から真っ逆さまに大階段を転がり落ちていった。
激しい音を立てて、階段の下で無様にのたうち回るイザベラ。その姿を見下ろす両親の目は、憐れみすらなく、氷のように冷え切っていた。
私たちは泣き叫ぶ妹を一べつだにせず、そのまま優雅に王宮の舞踏会へと向かった。
後日、怪我の癒えたイザベラには、厳格な処罰が下された。
跡取りである私を明確な殺意を持って殺害しようとした罪で、近衛騎士団に引き渡されるか、あるいは、人跡未踏の僻地にある炭鉱での強制労働に従事するか。
選択を迫られたイザベラは、泣く泣く炭鉱行きを選んだ。
今頃は泥と汗に塗れ、粗野な男たちに混じって、生きるために必死で硬い鉱石を掘り起こしていることだろう。
こうして厄介な妹が片付き、我が家にようやく本物の平穏が訪れた。怯えることも、理不尽に奪われることもない、穏やかで幸福な日々。
私は将来、正式に爵位を継承し、誇り高き女伯爵として堂々と生きていくだろう。
――あんな妹など、最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱり忘れて。




