命を宿して逃げぬよう
僕に彼のこと聞くんですか?
偏見に満ちたことしか言えませんよ?
僕、彼のこと嫌いでしたから。
だって彼ってば、イケメンで文武両道でクラスの人気者だったんですよ?
僕みたいな陰キャが好きになれるタイプだと思います?
べつに虐められてたとかじゃないですよ、僕は。
でもほら、ああいうコミュ力の高いタイプって、結局支配欲が強いんですよね。
同調圧力を利用して自分の意見を通すのが上手いっていうか。
激しく貶めて、ちょっとだけ褒めて依存させて……え? 僕らのクラスメイトで高校卒業後に自殺した女生徒が虐められてたのかって?
どうでしょうね?
僕は……虐めじゃないかと思ったことがあります。
でもあの子は彼に構われている自分を特別だと思ってたみたいで、心配してた僕をストーカー扱いしてましたね。考え方は人それぞれだし、本人が満足してるんなら他人の意見なんて余計なお世話でしょう?……僕は幼馴染だったから、あの子が自殺したときは悲しかったですけどね。
もし彼が原因だったとしても、悪意で追い込んだんじゃないと思うんですよ。
もっと条件の良いオモチャ……恋人が手に入ったから、あの子はいらなくなった。
あの子は彼を取り戻したくて過激な行動を取って、それがエスカレートした結果……死ぬつもりはなかったんじゃないかなあ。
でも彼の気持ちもわからないではないんです。
依存させて捨てる……決めつけちゃいけませんけど、は良くないにしても、彼女はあの子より遥かに美人で魅力的ですものね。
美人で魅力的なのに……怯えた目をしてた。
彼はね、久しぶりに会った僕にもフレンドリーに接してきました。
そして大声で彼女を貶めるんですよ、街中の人混みで。
自撮りした写真の目を大きくしたりスタンプ押したり色を変えて加工したりするのがバカみたいって。……本人の自由じゃありませんか?
自撮り写真の加工が気に入らなくて殺したんだと思うか、ですか?
いやいや、いくら彼の支配欲が強かったとしても、そんな理由で人殺しするような人間いないでしょう。
それに、彼の部屋にあった遺体、そもそも彼女のものじゃなかったんでしょう? 顔が潰されてたっていうじゃないんですか。
まだ身元もわかってないんでしょう?
まあ僕もニュースで見た情報しか知りませんけど。
え? ああ、はい。確かに僕は事件直後に彼から電話されましたよ。
なんで大して親しくもない僕に電話して来たのかって?
そんなの僕だってわかりませんよ。
たぶん彼にとっての周囲は、すべて自分に従うために用意されたものだったんですよ。
通話記録は警察にお渡ししましたけど……彼、事件の直後で混乱してたんじゃないかな。
写真を送れ、って言ってきたんです。
前に街中で会ったとき、三人で写真撮ったんですよ。陽キャの人達って、なんですぐ写真撮りたがるんでしょうね?
それが彼の部屋にあった遺体を殺した犯人だって言うんです。
僕じゃありませんよ。
彼でも彼女でもありません。といっても見た目は同じですね。
彼は、遺体を殺した犯人は写真から抜け出た彼女のドッペルゲンガーだって言ったんです。
だから僕の持ってる写真を指名手配に使ってくれって。彼女は彼には写真を撮らせなかったし、自分の持ってる写真は全部加工してたから、って。卒業アルバムの自分の写真にもシールとか貼ってるらしいですよ。
僕のスマホで撮ったときの写真も、その場で彼に送ったぶんは消されちゃってたって言ってました。
自分の思い通りにならなくなった彼女をドッペルゲンガーということにして、彼女の身代わりにしようとして連れ込んだ行きずりの女性を殺してしまった?
そうですね、そういうことだったのかもしれません。
僕も悪かったんでしょうね。だって今の彼女は僕の恋人なんですから。
あの子と違って、彼女は彼に支配されてると気づいてた。
だから僕の心配も受け入れてくれたんです。
彼女が犯人? 彼の部屋に入って行ったのは彼と遺体の女性だけだったって監視カメラが証明してるんでしょう?
部屋から出ていっただれかがいたかもしれない?
彼と遺体の女性以外部屋に入ってないのに?
だとしたら監視カメラの映像が処分されるより前に、彼に監禁された女性がいたってことになるんじゃないですか? いくら彼女が合鍵を持っていたって、いきなり室内に出現するなんてこと出来ませんよ。
それに事件の起こった時間、彼女は僕と一緒にいたんですから!
彼の住んでた高級マンションみたいな監視カメラは無い安アパートだから僕の証言しかないですけど、顔を潰すなんて残酷なこと、よほどの理由が無いと出来ませんよ!
もう僕という新しい恋人のいた彼女が、彼が連れ込んだ行きずりの相手にそこまで嫉妬する必要ないでしょう?
……あ、ごめんなさい、彼女からメールです。
自撮りして加工した写真を送ってくれたんです。
ほら、僕の彼女可愛いでしょう?
僕は彼女が写真を加工することに抵抗は無いんです。
彼が否定してたのはバカにして支配するためと、彼女という存在が他人に自慢するためのトロフィーだったからじゃないかなあ?
ずっと完ぺきにしておかないと嫌だったんですよ。勝手ですね。
僕は完ぺきな彼女を見るのは自分だけでいいと思ってるんです。
だれにでも見られる写真でまで完ぺきにしておく必要なんてないでしょう?
……あんまり完ぺき過ぎると、命を宿して逃げてしまうかもしれないんですから。
え? 今なにを言ったのかって?……『目無しの鶴』って知ってます?
はい、豊国神社にある左甚五郎の彫刻です。
左甚五郎は自分の腕にすごく自信を持ってて、自分の彫刻を完ぺきに仕上げると命が宿って逃げてしまうと思ってたって言いますね。
西本願寺のほうの鶴は完ぺきに仕上げちゃったから命を宿して、夜ごとに抜け出し騒いだことで……うるさいって首を斬られちゃったんですって。見に行くと普通に首あるんですけどね。
急にどうしたのかって? いいえ、なんでもありませんよ。
もう話はいいですか?
そうですよね、僕は彼のことなんか全然知りませんもの。
それでは、さようなら。彼の部屋にあった遺体の身元、早くわかるといいですね。
<終>




