SCOUT.2 世間の風は冷たいようです……
大手魔法少女プロダクション、マネイジ・メイジ。
その一室、マネジメントルームにて、魔法少女、飯島 風理は硬直していた。
「――な」
徐々に、体のいろいろな感覚が戻ってくる。
「なんで……」
真っ白な風理の脳内には、なぜ、の言葉しか浮かばない。
そんな風理の様子を見ながら、大鳳は淡々と告げる。
「なんで、わが社が君と、これ以上契約しないかというと――」
大鳳は自身の後ろにあるプロジェクターのスイッチを入れる。
風理の目の前に映し出されたのは、多種多様な数字とグラフ。
「いいかい? これが君のグッズ売り上げ。三年前から下がってきてるね。逆に、美奈と結子は上がっている」
風理の前で、プロジェクターの画面が切り替わる。
「次に、配信動画のアナリティクス。君のシーンは視聴者の離脱が多い」
サッと、画面は動画のコメント欄へ移行する。
「極めつけは、これ」
――あ、魔法オバサンw
――この人、俺が生まれる前から魔法少女なんでしょ?
――もっと若い子見てぇ~
「――! 風理!」
遠のく意識の中で、風理が見たのは、必死に自分を支えるマネージャーの顔だった。
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風理は、マネジメントルームに置かれた、やけに柔らかなソファの上で目を覚ました。
ゆっくりと開いた視界の先で、天井の証明が暖かなオレンジの光を放つ。
「風理! 気が付いた?」
頭の方から、マネージャーの声が聞こえた。
「……私……」
「倒れちゃったのよ。疲れが溜まってたんでしょうね」
ちがう、と風理は内心で否定する。
(疲れてなんていない。私は……現実から逃げたんだ。無意識に)
風理は上半身を起こすと、ソファに座り直し、正面の大鳳を見る。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「別に、僕はいいけど……。大丈夫なの? キミ」
「はい。……私も、聞いていいですか」
「ん? 何?」
大鳳は、じっと風理を見る。
試すような大鳳の視線に、気圧されそうになりながら風理は口を開く。
「私は、本当にクビなんでしょうか」
「うん。クビ」
「それは、オーナーの意向なのですか?」
「オーナーから人事権をもらってるのは、俺」
「しかし――」
「風理君」
食い下がろうとする風理を止めたのは、ソファの後ろに立って成り行きを見ていたオーナーだった。
「風理君。君の気持ちはよくわかる。しかし、彼の言う通り、我々には君を雇い続けることはできない」
反論しようと開きかけた風理の口を、オーナーは手で制する。
「……いくつかのスポンサーからね、もっと若い子を前に出してくれ、と言われている」
風理の頭に、意識を飛ばす直前の映像がよみがえる。
――もっと若い子見てぇ~
心無い、ごく一部の声と、そう信じたかった。
風理は、それが自分勝手な願望であったと理解する。
「――分かりました」
スクっと、風理は立ち上がり、部屋の扉へと向かう。
ドアノブに手を掛ける直前、風理はくるりと振り返り、部屋にいる者たちをゆっくりと見渡す。
「皆さん。今まで、お世話になりました」
ゆっくりと頭を下げ、彼女は部屋を出て行った。
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風理は、自分のために用意されたプライベートルームへ入る。
「今日で、この部屋ともお別れか……」
ヒョイヒョイ、と私物と備え付けのものとを仕分けながら、魔法で浮かせてバッグへ詰め込む。
「14年と言っても、結構、私物は少ないんだなぁ」
大きめのボストンバッグ一つ、少し余裕がある程度の量で収まった。
パッと見ではさほど変化が感じられない部屋を見渡す。
「――買い物する暇も惜しんで、魔法少女やってたからなぁ」
風理は、頬を伝う涙に気が付かない。
柔らかく、静かに、それはカーペットの上へと落ちて行った。
トントントン。
部屋をノックする音で、風理の意識は戻される。
ぼやけている視界を必死で擦りながら、風理は扉へと足を向ける。
「はーい。どなた~?」
扉を開けると、そこには結子と美奈が立っていた。
「風理先輩。大丈夫ですか? 急に連れていかれたから心配で……」
結子が恐る恐る尋ねる。
隣では、美奈も無言で風理を見つめていた。
「心配ありがとう、二人とも。丁度いいわ、話しておきたいことがあるの――」
風理は部屋の中で、自分に告げられた現実を、二人に告げた――。
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木枯らしが、風理の髪を揺らす。
ボストンバッグを地面に置き、風理はマネイジ・メイジが誇る、超高層ビルを見上げる。
「――14年前も、こうして見上げてたっけなぁ」
――自分は何も変わっていない。
――変わったのは、周りの自分への視線。
一段と強く吹き付けた風に、風理は思わず帽子を押さえた。
「さて……行くか」
ボストンバッグを持ち上げ、風理はクルリと超高層ビルに背を向ける。
「風理~。待ってぇ~!」
後ろから呼び止められ、風理は歩き出した足を止める。
「……マネージャー? どうしてここに……」
目の前で息を整える男に、風理は困惑の視線を向ける。
「どうしたも何も……。あなた、これからどうする気よ! マジック・ガールズ・ネオ、蹴るつもり?」
「ええ。それには出ないわ。私が出たら、美奈と結子が後ろに行っちゃう」
「でも、あなたの最後の仕事かもしれないのよ?」
「いいの。もう決めたから……」
潤ませながらも、真っすぐに自分を見つめる視線に、風理は決意を込める。
「分かったわ。もう言わない。――これから、どうするの?」
「んー。当てはないけど、とりあえず動いてみるよ」
強がるように、風理は笑う。
木枯らしのせいだけじゃない、彼女の震える手を、マネージャーは両手で包む。
「風理。忘れないでね。私は、あなたの味方よ。14年前から、ずっと」
「うん。ありがとう、北大路さん」
スルリ、と手を放し、風理は歩き出す。
その背中を、北大路は見えなくなるまで、ずっと、見守っていた。
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「はいよ! 味噌ラーメンね!」
風理は冷えた体を温めようと、小さなラーメン屋にいた。
目の前には、大きいチャーシューが3枚乗ったラーメンが、熱い湯気を立ち上らせる。
(……眼鏡、要らなかったかなぁ)
いつまでも白く濁る視界に辟易しながら、風理はスープを口に運ぶ。
ふと顔を上げると、店内の液晶では、マジック・ガールズ・ネオが映っていた。
(……あ、ルミナとユーコ。頑張ってしゃべってるなぁ)
音が無く、字幕を追うと、どうやら先日のドラゴン討伐のことを話しているようだ。
ふと、風理の目は、画面端の煽りに向けられる。
――トラフィック・スターズに新メンバー!?
風理がそれを認識したのも束の間。
画面に現れたのは、黄色の衣装を纏った少女。
14歳、と字幕が流れた。
「たはっ……!」
思わず、風理は声を上げる。
(さすが、やり手事務所だわ。仕事早ぇ……)
ズルズルと、風理は勢いよく麵をすする。
「――熱っ!」




