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夜の弁当屋と黒エプロン


カラオケが終わる頃には、外はすっかり夜になっていた。

駅前のネオンが光り、制服姿の高校生たちが笑いながら散っていく。

「いやー!入学初日から神回だったね!」

最後まで元気なのは、やっぱり渡嘉敷玲奈だ。

スレンダーな体にラフな制服。

肩で跳ねる明るい茶色の髪が夜風に揺れる。

ネオンの下でも存在感が薄れない。

クラスの中心に立つのが似合う女子。

「じゃあまた明日ねー!」

手を振る姿は、今日一日の主役そのものだった。

やがて解散。

騒がしかった空気が、ふっと途切れる。

(……疲れた)

楽しかったのは事実だ。

玲奈の無双っぷりも、クラスの盛り上がりも、間違いなく“成功イベント”だった。

なのに。

胸の奥に、妙な引っかかりが残っている。

帰り道、洋平は少し遠回りをした。

理由はない。

ただ、なんとなく。

商店街の端に、小さな弁当屋がある。

年季の入った木の看板。

手書きのメニュー表。

入口には赤い小さな提灯。

『お弁当 みやざと』

いかにも昔から続いている個人経営の店だ。

(こういう店、当たりだったりするんだよな)

店先に並んだサンプルをぼんやり眺めていると、裏口のドアがきい、と開いた。

黒いシャツ。

腰に巻いた黒エプロン。

両手にゴミ袋。

分厚い黒縁眼鏡。

香坂雪姫だった。

「……え」

街灯の下に立つその姿は、昼間とは印象が違った。

制服は全体をゆるく包む。

けれど黒シャツは違う。

体のラインが、はっきり出る。

エプロンの布地が、胸元でぴんと張っている。

(……でっか)

思考が先に出た。

本人はたぶん無自覚だ。

普段は猫背気味だし、制服はゆったりしている。

分厚いレンズが視線を散らす。

だから目立たない。

でも今は違う。

黒は輪郭を強調する色だ。

エプロンは隠すはずの布なのに、逆に存在感を際立たせている。

健康的とか、色気とか、そういう抽象的な話じゃない。

単純に、目がいく。

(落ち着け俺)

雪姫はゴミ袋をまとめ、ふう、と小さく息をついた。

その仕草は、昼間の“優等生モード”とは少し違う。

働いている人の顔。

生活の中にいる顔。

そのとき。

雪姫が顔を上げた。

目が合う。

「……中嶋くん?」

夜の商店街。

距離は一メートル以内。

発動圏内。

(来るか……?)

だが。

雪姫はほんのり頬を赤くしただけだった。

「あ……その……ここ、バイト先なの」

少し気まずそうに視線を落とす。

「見られるの、ちょっと恥ずかしい……」

エプロンの紐を指先でいじる。

これは。

呪いで暴走している反応ではない。

ただ、照れている。

自然に。

(……可愛くないか)

洋平は視線の置き場に困る。

胸を見るな。

見るな。

でも、黒シャツは誤魔化してくれない。

理不尽だ。

「……えらいな」

出てきた言葉はそれだった。

雪姫が驚いたように顔を上げる。

「え……?」

「入学初日からバイトって、普通やらないだろ」

少なくとも、玲奈はやらない。

雪姫は少しだけ笑った。

「……おじいちゃんとおばあちゃんだけだと大変だから」

店の奥から、年配の声が聞こえる。

「雪姫ちゃん、寒くないかい?」

「うん、大丈夫!」

声が少し明るくなる。

学校で見せる控えめな声とは違う。

ここでは、彼女はちゃんと“役割”を持っている。

ただの地味な優等生じゃない。

店の一員だ。

(……こういう世界で生きてんのか)

ネオンのカラオケボックスとは、真逆の空気。

昼の太陽が玲奈なら、

夜の灯りは雪姫だ。

どちらが強いとかではない。

種類が違う。

「……今度、弁当買いに来る」

思わず口に出ていた。

「え?」

「いや、普通にうまそうだし」

言い訳みたいだ。

雪姫は一瞬きょとんとして、それから小さく目を細めた。

分厚いレンズ越しでも分かる、柔らかい笑み。

「……ありがとう」

距離は近い。

発動圏内。

でも暴走しない。

温度が、ほんの少し上がるだけ。

それが妙に心地いい。

夜風が吹く。

エプロンの裾が揺れる。

心臓が、静かにうるさい。

洋平は一瞬迷ってから言った。

「……連絡先、交換しとく?」

変な含みはない。

学校ではあまり話しかけない。

でも用事があるときは困る。

そのくらいの距離感で。

雪姫は一瞬きょとんとしたあと、

「あ、うん。いいよ?」

あっさり。拍子抜けするくらい、普通。

「なんか用事あったら、連絡してくれていいし」

「私も……必要だったら、するね」

線は引いてない。

デレてもいない。

ただ、自然。

(……軽い)

いい意味で。

呪いに押されてる感じはない。

でも拒否もしない。

スマホを取り出す。

距離は近い。

胸元が視界に入る。

(見るな)

見るなって言うと見るんだよな人間は。

交換完了。

通知音が鳴る。

雪姫は画面を確認して、小さくうなずく。

「うん、登録した」

「ありがとう」

それだけ。

重くない。

意味深でもない。

でも。

なぜか、少しだけ心臓がうるさい。

「次来た時はオススメ教えてくれよ」

「ふふ。じゃ、ご飯特盛サービスにするね」

冗談が返ってくる。

おっと。

ちょっと笑った。

分厚いレンズの奥で、目が細くなる。

店の灯りが揺れる。

「じゃあ、また明日」

「……うん。また学校で」

雪姫は店の中へ戻っていく。

夜の空気が静かに戻る。

洋平はスマホを見る。

香坂雪姫。

それだけ。

なのに。

(……なんか、普通に嬉しいのやめろ俺)

呪いとは別の場所で。

少しだけ、温度が上がっていた。

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