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厄介な呪いと眼鏡の美少女


入学式の日、中嶋洋平は三度目の逃走をしていた。

「待ってー!中嶋くん!」

「写真だけ!写真だけ撮らせて!」

「部活何入るの!?一緒に入ろ!」

制服の袖が引っ張られる。腕に抱きつかれる。スマホが向けられる。

ブレザーはすでにヨレヨレ。ボタン一個外れかけ。満身創痍。

……まだ式始まってないぞ?

顔は中の上。身長も平均。成績も運動も人並み。

特技もない。スター性もない。

本来なら、教室の真ん中あたりで静かに座っているタイプだ。

――本来なら。

だが洋平には、ひとつだけ厄介すぎる秘密がある。

半径一メートル以内で目が合った女子は、ほぼ確実に洋平を好きになる。

理由は分からない。

小学生の頃、神社で「モテますように」と願った。

翌日から、現象は始まった。

最初はもちろん嬉しかった。

でも今は違う。

「中嶋くんってさ、なんか“雰囲気”あるよね」

「優しそうだよね」

「一緒にいたら楽しそう」

具体性ゼロ。

俺の何を見た?

目が合って三秒だぞ。

洋平は強引に包囲を突破し、校舎裏へ走る。

背後から悲鳴みたいな歓声。

二度目の逃走はトイレ。

三度目は保健室前。

全部捕まった。

教師には笑われた。

「青春だなぁ」

違う。

これは災害だ。

やっと校舎裏に滑り込み、壁にもたれかかる。

「頼むから普通にさせてくれ……」

別にモテたくないわけじゃない。

嫌いなわけでもない。

ただ。

一人でいい。

目が合ったからじゃなくて。

距離が近いからじゃなくて。

条件を満たしたからじゃなくて。

ちゃんと会話して。

ちゃんと知って。

その上で好きって言われてみたい。

「……無理か」

半径一メートル。

それが俺の人生だ。

好きになられる前に、もう終わってる。

どうせまた、同じ。

――そう思った、そのとき。

数メートル先で、黒髪が揺れた。

俯いたまま何かを探している女子生徒。

つやのある黒髪が胸元へさらりと流れ、教科書を抱えた姿勢のせいで背中が少し丸い。

目立たないように、空気に溶け込むみたいに立っている。

足元に、黒縁の厚い眼鏡。

かなり分厚い。いわゆる瓶底レンズ。

あれをかけていたら、そりゃ視界も重いだろう。

洋平はそれを拾った。

「……これ?」

少女が顔を上げる。

焦点が合っていない。

視線が揺れ、こちらを探る。

目が悪いらしい。

洋平が一歩、近づく。

距離は一メートル以内。

発動圏内。

視線が合う。

――あ、来る。

いつもならここからだ。

頬が赤くなり、呼吸が乱れ、瞳が潤む。

距離が縮まり、空気が甘くなる。

三秒。

四秒。

……五秒。

何も、起きない。

少女は少し目を細めたまま、洋平をじっと見ている。

そして。

呪いのことより先に、別の感情が胸に落ちた。

(……めっちゃ可愛い)

まだ眼鏡をかけていない。

視界はぼやけているはずなのに、

その顔だけが、やけに鮮明に見える。

柔らかい輪郭。

長い睫毛。

薄く色づいた唇。

派手じゃない。

でも、整っている。

目立つタイプの美少女じゃない。

でも「よく見たら」じゃなく、「一瞬で分かる」整い方だ。

その顔が、無防備なままこちらを見ている。

心臓が跳ねる。

少女は眼鏡を受け取り、かけ直した。

レンズ越しに目が合う。

……印象が、変わる。

分厚いレンズのせいで瞳が少し小さく見える。

光も反射して、表情が読みにくい。

さっきまでの鮮明さが、ふっと隠れる。

整った顔立ちはそのままなのに、

一気に「地味」に見える。

目立たない。

クラスの端にいそうな、静かな優等生。

さっき見えた“可愛い”は、眼鏡の奥に隠れてしまった。

「あ……それです!」

ぺこり、と深く頭を下げる。

「ありがとうございます。助かりました」

ただそれだけ言って、小走りで去っていく。

距離も詰めない。

名前も聞かない。

連絡先も求めない。

振り返りもしない。

洋平は立ち尽くす。

半径一メートル以内。

目も合った。

それなのに、何も起きなかった。

――いや。

起きてないのは、彼女の側だけだ。

洋平の胸の奥が、じわりと熱い。

これは呪いじゃない。

自分の感情だ。

「……は?」

声が漏れる。

さっきまで“普通”を諦めていたくせに。

まだ名前も知らない少女の背中から、目が離れない。

眼鏡を外した一瞬の表情が、

頭から離れない。

呪いが効かなかったことより。

自分の心臓がうるさいことのほうが、

よっぽど厄介だった。

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