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死体処理場から始まるシンデレラ。自分と同じ顔の死体ごと焼かれそうになり、狂気の王様に「最高傑作」と拾われました。〜彼はずっと異世界(日本)の私をストーカーしており、社畜の死んだ目が大好物らしいです〜

作者: 文月ナオ
掲載日:2026/02/10

 

「おい、この『ゴミ』を焼却炉へ運べ」


 革靴の爪先が、生肉を蹴るような鈍い音を立てた。

 ドスッ。


 石造りの地下室に、その音はやけに生々しく響いた。


 寒い。いや、痛い。


 コンクリートのような床に膝をつきすぎて、感覚が麻痺している。


 私は悲鳴を上げるどころか、喉がひゅーひゅーと鳴るだけで、酸素をうまく吸い込めずにいた。


 目の前に転がっているのは、死体だ。


 それも、ただの死体じゃない。


 最高級のシルク、ちりばめられた宝石。


 けれど首はありえない方向にねじれ、白磁のような肌は土気色に淀んでいる。


 何より吐き気がするのは――その顔が、私と同じだということだ。


 毎朝、洗面所の鏡で見ていた、クマの浮いた私の顔。それが、豪華なドレスを着て死んでいる。


(ドッペルゲンガー? いや、私が日本で死んで、魂だけこっちに来たの? だとしたら、この体は誰の体なんだ?)


「……何をしている。早くしろ」


 男が――この国の宰相であり公爵であるガラルドが、汚物を見る目で命じた。


 兵士たちが無言で「ゴミ」を担ぎ上げる。


 死体の白い腕がだらりと垂れ下がり、私のふくらはぎを冷たく掠めた。


「ひっ……!」


 喉の奥で、カエルが潰れたような音が漏れた。


 死の臭い。排泄物と血と、腐りかけた香水の混じった、甘ったるい悪臭。


 ここは夢の中じゃない。ブラック企業のデスクで仮眠をとって見た悪夢なんかじゃない。


「さて」


 公爵が、ゆっくりと私の方へ向き直った。


 爬虫類じみた粘着質な視線が、私の全身を舐め回す。


「運がいいな、娘よ。……いや、今日からお前が『クリスティアーナ』だ」


「……あ、ぅ……」


「拒否権などないぞ? お前がこの死体と同じ場所に行きたいなら別だが」


 突きつけられたのは、暴力的な二択だった。


 数時間前まで、私は終電でコンビニ弁当を抱えていたはずだ。


 それが今は、知らない地下室で、知らないおっさんに命乞いをするハメになっている。


「……ふん。ちょうど『次の素体』の準備ができていてよかったな」


 公爵は私の顔を覗き込み、気味の悪い笑みを浮かべた。


「空っぽだったその体に、まさか中身が入るとは思わなかったが」


 公爵がボソリと呟いた言葉の意味はわからなかった。


 ただ、私がこの奇妙な状況で生きていることだけは確かだった。


 状況説明? ない。


 あるのは、喉元に突きつけられた懐剣の切っ先だけ。


「何をモタモタしている。役に立たんのなら……」


 金属の冷たさが、首の皮膚に食い込む。痛い。熱い。


「は、はい……! やります、やらせてください……!」


 反射的に、頭を下げていた。


 生存本能というより、染み付いた社畜根性だった。


 理不尽なクライアントに土下座する時と同じ。思考より先に、体が「服従」を選んでいた。


「よろしい」


 公爵は鼻を鳴らし、剣を引いた。


「いいか、よく聞け。死んだ娘――本物のクリスティアーナは、役立たずの愚か者だった。陛下に愛されず、子もなさず、挙句の果てに心労で自ら命を絶ちおった」


 公爵は、さきほど娘の死体があった場所へ唾を吐き捨てた。


「王妃が自殺したなどと知れれば、我が公爵家の恥だ。お前はその顔を活かし、クリスティアーナとして生きろ。人形のように美しく着飾り、口を慎み、ただ座っていればいい」


「……承知、いたしました」


「もしボロを出せば、即座に殺す。……連れて行け。臭い平民の匂いを洗い流せ」


 兵士たちに二の腕を掴まれ、引きずられる。


 背後から、ボオォォ……という重低音が響き始めた。


 焼却炉に火が入った音。


 私と同じ顔をした女が、灰になっていく音。


 異世界転生? 王道ファンタジー?


 いやいやいや。


 ここにあるのは、腐った政治と、焦げ付いたタンパク質の臭いだけだ。




 ◇◆◇




 豪奢な浴室で、私は三人の侍女に囲まれていた。


「痛っ……」


「あら、ごめんなさい。肌が汚いものですから、つい力が」


 謝罪の言葉に反して、タワシのようなスポンジが背中を削り取る。


 侍女たちの目は、敵意と侮蔑で濁っていた。


 どうやら、死んだクリスティアーナ王妃は、城内でも完全なる「ぼっち」だったらしい。


(そりゃあ、自殺もしたくなるわ……)


 同情しそうになるが、こっちは自分の皮を守るだけで精一杯だ。


 肌が赤くなるまで磨かれ、鼻が曲がりそうなほど香油を塗りたくられ、肋骨が軋むまでコルセットを締め上げられる。


 仕上げに、鉛のように重たい深紅のドレスを着せられた。


 鏡の前に立たされる。


「……うわ」


 そこに映っていたのは、紛れもなく「王妃クリスティアーナ」だった。


 私の疲れ切った平たい顔族の顔立ちが、化粧とドレスの魔力で、冷たくも美しい怪物に変貌している。


「ふん、馬子にも衣装ですこと」


「中身が空っぽの人形でも、飾ればそれなりに見えるものですわね」


 聞こえよがしな陰口。


 私は唇を噛んで耐えた。


 今はまだ、情報を集めなきゃいけない。ここでキレてクビ(物理)になるわけにはいかない。


「さあ、寝室へ。……どうせ今夜も、オルフェウス陛下はお渡りになりませんでしょうけど」


 クスクスと下卑た笑いを浮かべながら、侍女たちが私を寝室へと押し込んだ。


 バタン、と重厚な扉が閉ざされる。


 広い部屋に一人、放り出された。


 天蓋付きのベッド、最高級の調度品。


 だが、空気は冷蔵庫の中のように冷たい。


 陛下……オルフェウス国王。


 この国の統治者であり、私の「夫」となる男。

 公爵曰く、「王妃を愛していない」らしい。


(それなら好都合だ)


 いきなり夜の相手をさせられる心配はない。


 私は重いドレスの裾を蹴飛ばし、ソファに倒れ込んだ。


 どっと疲れが出る。胃が重い。


(これからどうなるんだろう……)


 日本に帰れるのか。


 それとも、このまま替え玉として一生を終えるのか。


 バレたら殺される。バレなくても、いつか「用済み」で殺されるかもしれない。


 まさにデスマーチ。残業代も出ない。


 ――その時だった。


 カチャリ。


 無機質な金属音がして、扉が開いた。


 私は弾かれたように立ち上がる。


 侍女? 違う。


 入ってきたのは、男だった。


 息が止まるかと思った。


 美しい、なんて生易しいものじゃない。


 月光で編んだような銀髪に、吸血鬼のような赤い瞳。


 人間というより、精巧に作られたビスクドールが巨大化して歩いているような、不気味なほどの造形美。


 城内に飾ってあった肖像画と同じ、これがオルフェウス国王。


「……へ、陛下」


 私は慌てて膝を曲げた。カーテシーなんて知らないから、ただのカクつく動作になった。


 震えが止まらない。


 この男が、私を生かすも殺すも自由な絶対権力者。


 オルフェウスは無言で扉を閉め、滑るように私に近づいてきた。


 足音がしない。


 幽霊か? それとも吸血鬼?


(怖い……!)


 本能が警鐘をガンガン鳴らす。


 公爵の暴力的な殺気とは違う。


 もっと冷たくて、底知れない、深海のような圧迫感。


 彼は私の目の前で立ち止まり、長い指を伸ばした。


 殴られる――私は身構えて目を瞑った。


 だが、彼の手は、私の顎をすくい上げた。


 冷たい。


 氷水に浸したような指先が、肌に触れる。


 強制的に上を向かされる。


 赤い瞳が、至近距離で私を覗き込んでいた。


「…………」


 彼は何も言わない。


 ただ、じっと私を見つめている。


 その瞳には、人間らしい感情の色が一切なかった。


 愛おしさも、憎しみも、情欲さえもない。


 まるで、顕微鏡でプレパラートを観察するような、無機質な視線。


「……今日は」


 不意に、オルフェウスが口を開いた。


 低く、甘く、それでいて脳髄を直接撫でられるような声。


「随分と、顔色が良いな」


「え……?」


「肌の質感も、昨日とは違う。……以前の君は、もっと土気色で、ひび割れた粘土細工のようだったが」


 彼の指が、私の頬をなぞる。


 輪郭を確かめるように。執拗に。ねっとりと。


「化粧の、せいでしょうか……」


 私が裏返った声で答えると、彼はふっと目を細めた。


「いや、違うな。……中身だ」


「な……」


 心臓が早鐘を打った。


 バレた? 一瞬で?


 処刑? 今ここで?


「中身が変わった。……魂の輝きが、違う」


 オルフェウスの顔が近づいてくる。


 彼の整った唇が、私の耳元に寄せられた。


「素晴らしい。……今までのクリスティアーナは、ただの『失敗作』だったが……今夜の君は、最高傑作だ」


(失敗作……?)


 意味がわからない。


 彼は自分の妻を、ガンプラか何かだと思っているのか?


「あ、あの……陛下?」


「動くな」


 強い力で抱き寄せられた。


 甘い香水の香りに混じって、どこか薬品のような――ホルマリンのような匂いが鼻を突く。


 彼は私の首筋に顔を埋め、深く、スーハースーハーと息を吸い込んだ。


「ああ……いい匂いだ。生命の匂いがする。腐敗臭がしない」


(腐敗臭って何よ!?)


 私はパニック寸前だった。


 死んだクリスティアーナは、生きていた時から腐っていたというのか?

 それともコイツの鼻がおかしいのか?


「気に入った」


 オルフェウスが顔を上げ、恍惚とした表情で私を見た。


 さっきまでの無表情が嘘のように、その瞳には狂気じみた熱が宿っている。


 焦点が合っているようで、合っていない。私の中の「何か」を見ている目だ。


「君を、私のコレクションに加えよう」


「こ、これくしょん……?」


「そうだ。……壊さないように、大切に愛でてやる。永遠にな」


 彼はそう言うと、私の唇に親指を押し当てた。


 キスをするわけでもなく、ただ唇の柔らかさを確認するように、ぐりぐりと押し付ける。


「……おやすみ、私の愛しいレプリカ」


 謎めいた言葉を残し、オルフェウスは身を翻した。

 マントを翻し、去っていく。


「ま、待ってください陛下! 私は……!」


「喋るな。……人形は、余計なことを喋らなくていい」


 ピシャリと言い放ち、彼は部屋を出て行った。


 後に残されたのは、私と、耳に残る不気味な囁きだけ。

 私はその場にへたり込んだ。膝が笑って立ち上がれない。


(何なの、今の……)


 公爵は「陛下に愛されていない」と言った。


 侍女たちは「顔を見るだけで帰る」と言った。


 確かに、あれは「妻への愛」ではなかった。


 もっと異質な、歪みきった執着。


 オタクがフィギュアを愛でるそれに近い。


「失敗作」


「レプリカ」


 その言葉の意味を考えようとしたけど、私は思考を放棄した。


 今は考えるのが怖い。


 ただ一つわかったことは、この王宮には、まともな人間が一人もいないということだ。


 冷酷な父、陰湿な使用人、そしてガチで頭のおかしい夫。


(……詰んだ)


 私はドレスを引きずり、ベッドに倒れ込んだ。


 泣いている暇はない。明日もまた「王妃」という名の業務が待っている。


 社畜の悲しい性で、私は数分後には泥のような眠りに落ちていた。




 ◇◆◇




 翌朝からの日々は、地獄のデスマーチだった。


「遅いぞ」


「はいすみません」


 公爵の怒声に条件反射で謝り、山のような書類にサインをする。


 『孤児院への支援金カット』『スラム街の強制撤去』……。


 中身を見るだけで胃液が逆流しそうな悪政の数々。

 私はサインをする際、せめてもの抵抗として、筆跡をわざと荒々しく変えた。


 誰か気づけ。このサインは私が望んで書いたものじゃないと。


 昼食は残飯のようなスープ。


 午後は、公爵の命令で庭園の散歩。


 そこで私は、さらなる狂気を目撃した。


「……気持ち悪い」


 庭園の至る所に、石像が立っていた。


 すべて、私――クリスティアーナの顔をした石像が。


 祈る姿、踊る姿、眠る姿。


 中には、首から上が砕かれたものや、未完成で放置されたものもある。


 ここは庭園じゃない。墓場だ。


 オルフェウス国王の「失敗作の墓場」。


「あら、お姉様。またご自分の失敗作を眺めていらっしゃいますの?」


 背後から、黒板を爪で引っ掻くような声がした。


 派手なドレスを着た少女。


 公爵の次女、ミネルヴァだ。


「ふん、相変わらず愛想が悪いですこと。お父様も、お姉様のような欠陥品をいつまで王妃にしておくおつもりなのかしら」


 ミネルヴァは扇子で口元を隠しながら、私を値踏みする。


「昨夜も、陛下はお渡りにならなかったそうですわね? 陛下は、お姉様のような『動くだけの人形』がお嫌いですものね」


「私なら、もっと陛下を喜ばせて差し上げられますのに」


 取り巻きの令嬢たちがキャハハと笑う。


 ああ、うざい。


 典型的な悪役令嬢すぎて、逆にあくびが出る。


 前世で対応していたクレーマーのババアの方がよっぽど迫力があった。


「ええ、そうですわね」


 私は無表情で返した。

 まともに相手をするだけカロリーの無駄だ。


「あら、認めるんですの? プライドのかけらもありませんのね」


「プライドで腹は膨れませんから」


「はあ? 何を言って……」


 ミネルヴァが顔をしかめたその時。


「……面白い」


 背筋が凍るような声がした。


 いつの間に?


 振り返ると、オルフェウスが背後に立っていた。

 気配遮断スキルでも持ってるのか、この王様は。


「へ、陛下……」


 ミネルヴァが猫撫で声を出して媚びを売るが、オルフェウスは彼女を一瞥もしなかった。


 彼の視線は、私に釘付けだ。


「いいぞ。その死んだ魚のような目。……やはり、今までのクリスティアーナとは違う」


 褒め言葉か、それ?


「以前の彼女は、妹に虐められるたびにメソメソと泣いて、私の足元に縋り付いてきた。……退屈だった」


 彼は私の髪を一房すくい上げ、唇に押し当てる。


「だが、お前は無関心だ。……素晴らしい」


「……はあ」


「今夜、『アトリエ』に来い」


 拒否権はない。


 オルフェウスはそれだけ言うと、風のように去って行った。


 残された私は、ミネルヴァの憎悪に満ちた視線を背中に浴びながら、深いため息をついた。


(アトリエ……嫌な予感しかしない)




 ◇◆◇




 その夜、侍女に連れて行かれたのは、王宮の最上階にある塔の一室だった。


 扉が開いた瞬間、むっとする油絵具と薬品の臭気。


「うっ……」


 思わず鼻を押さえた。


 部屋の中は、狂気の展覧会だった。


 壁一面を埋め尽くす肖像画。すべて私。


 部屋の隅に転がる、マネキンの手足。すべて私のパーツ。


 天井からは、無数のスケッチがぶら下がっている。


「どうだ? 素晴らしいだろう」


 オルフェウスが、白いシャツの袖を捲り上げ、筆を持って立っていた。


 目がイッている。


 完全に、自分の世界に入り込んでいる芸術家の目だ。


「これらはすべて、私が記憶を頼りに再現したものだ。……だが、やはり本物には及ばない」


 彼は私に近づき、熱っぽい視線で見下ろした。


「さあ、服を脱げ」


「……はい?」


「採寸だ。ドレスの上からでは、正確な数値が測れない」


 当然のように言われた。


 ここで「嫌です」と言えば、あの焼却炉行きかもしれない。


 私は震える指で、ドレスの紐を解いた。屈辱とか恥ずかしさとかより、恐怖が勝つ。


 下着姿になった私に、冷たいメジャーが這う。


 肩幅、二の腕、手首。


 彼は数値を読み上げるたびに、ブツブツと独り言を呟く。


「骨格のバランスが完璧だ。……前の個体は肩幅が2ミリ広かった。削って調整しようとしたが、公爵がうるさくてな」


 削る。人間を。


 こいつ、正真正銘のサイコパスだ。


「陛下……」


 私は震える声で尋ねた。


「なぜ、これほどまでに……私なんかに執着されるのですか?」


「執着?」


 オルフェウスは不思議そうに首を傾げた。


「これは愛だ。純粋な信仰だよ」


 彼は私の手を引き、部屋の奥にある机へと連れて行った。

 そこに置かれたスケッチブックを開く。


「……嘘でしょ」


 絶句した。


 そこに描かれていたのは、ドレス姿の私じゃない。


 安物のスーツを着て、死んだ目で電車に乗る私。


 コンビニの袋を下げて、深夜の道を歩く私。


 デスクで突っ伏して寝ている私。


 前世の、社畜時代の私だ。


「『異界視』の魔法だ」


 オルフェウスはうっとりと語り出した。


「私は夢を通して、異世界を見る力があった。……そして、見つけたんだ。灰色の世界で、歯を食いしばって生きる君を」


 彼はスケッチの中の、疲れ切った私の顔を愛おしげに撫でた。


「君は美しかった。どんなに汚れても、どんなに虐げられても、君の魂は折れなかった。……私は恋に落ちた」


 ゾッとした。


 こいつ、ただのストーカーだ。しかも次元を超えた。


「君が欲しかった。だから『器』を作ることにした。この国の女たちを集め、魔法で骨格を変え、錬金術で肌を張り替え……君を再現しようとした」


「だが、器だけではダメだった。君の魂を呼ぶための『召喚陣』が必要だった」


「あの地下室は、公爵家のゴミ捨て場であると同時に、古代の召喚陣が残る場所……。公爵は知らずに使っていたようだが、私は賭けたのだ。君が死んだその瞬間、その魂があの場所へ引き寄せられるように!」


「それが……歴代の……」


「そうだ。死んだクリスティアーナは48人目の実験体だった。だが、魂が入っていない『器』になど興味はない。公爵がどう扱おうが、壊そうがどうでもよかった」


 冷徹な言葉。

 彼は、私の顔をした人形たちがゴミのように捨てられることを、何とも思っていなかったのだ。


「だが、昨夜……波動が変わった。地下室の『49人目』の器に、ついに君の魂が定着したのを感じたんだ!」


 オルフェウスは叫んだ。


「彼女たちはすぐに壊れた。私の愛を受け止めきれずに発狂したり、自殺したりした。……だが、君は違う。君こそが本物だ!」


 彼は私を強く抱きしめた。


 冷たい体温。薬品の臭い。


 逃げ場がない。


「もう離さない。この国のすべてを君に捧げよう。だから、私のそばにいてくれ。私のミューズ」


 吐き気がした。


 恐怖で胃の中身をぶちまけそうだった。


 逃げたい。今すぐここから逃げ出して、あのボロアパートに帰りたい。


 でも。


(……待って)


 私の社畜脳が、極限状態の中で冷静な計算を弾き出した。


 この男は、私を殺そうとしているわけじゃない。


 むしろ、神として崇めている。


 公爵や妹は私を「ゴミ」扱いするが、この国のトップである王だけは、私を「至上の存在」として見ている。


(これ……使える?)


 恐怖が、すっと引いていく。


 代わりに、どす黒い開き直りが湧き上がってきた。


 私はこれまで、理不尽な上司や客に頭を下げ続けてきた。


 自分の感情を殺して、相手の欲しい言葉を吐き出すマシーンになっていた。


 そのスキルを使えば?


 相手は狂っている。


 でも、「私のことが好きすぎる客」だと思えば?


 太客だ。超太客だ。


 なら……コントロールできるのでは?


「……ふ」


 乾いた笑いが漏れた。


 自分でも頭がおかしくなったのかと思った。


 でも、やるしかない。生き残るには、この狂犬のリードを握るしかない。


「……陛下」


 私は顔を上げ、彼の目を見つめ返した。


 震えを無理やり止める。女優になれ。


「私のことが、好きなんですか?」


「愛している。崇拝している」


「なら……私のお願い、何でも聞いてくれますか?」


「もちろんだ。月が欲しいと言えば落としてみせよう」


 狂信者の目。

 私は賭けに出ることにした。


「……跪きなさい」


 震える声を押し殺し、私は精一杯の虚勢で命じた。


 殺されるかもしれない。心臓が破裂しそうだ。


 だが、オルフェウスは――恍惚に瞳を潤ませ、まるで神託を受け取ったかのように、優雅に、そして迷いなく床に膝をついた。


「ああ……待ち焦がれていた。君に見下ろされる、この瞬間を」


(こいつ、思った以上の変態だ……!)


 ドン引きしつつも、私は確信した。


 勝った。


 この男はチョロい。


 私はしゃがみ込み、王の銀髪を指で梳いた。

 ペットをあやすように。


「いい子ね、オルフェウス」


「ああ……名前を呼んでくれた……」


「貴方は私のものよ。……そうでしょう?」


「そうだ。私は君の忠実な下僕だ、クリスティアーナ」


「なら、働いてもらうわよ」


 私は彼の頬を平手打ちした。


 パチン、と乾いた音が響く。


 彼は嬉しそうに頬を染めた。Mなのか。救いようがないな。


「私を虐げてきた連中……公爵も、妹も。全員、後悔させてやりたいの」


「殺すか? 今すぐ首を刎ねてこようか?」


「いいえ」


 私は首を振った。


 ただ殺すだけじゃ、私の気が済まない。


 私を模した者を、虐げ続けた奴らと、それに苦しめられた48人の私の代わり達のためにも。


 散々「ゴミ」扱いしてくれたお返しを、きっちり社会的抹殺という形で返してやる。


「明後日のパーティーで、最高の舞台を用意して。……私が『本物』であることを、世界中に知らしめる舞台を」


「御意のままに、我が女王陛下」


 オルフェウスは懐から、大粒のルビーが輝くネックレスを取り出し、恭しく私の首にかけた。


 冷たい鎖の感触に、背筋がゾクリとする。


「王家の鍵だ。これがあれば、国庫も近衛兵も意のままになる。……私の心臓を握っているのと同義だ」


「……随分と重たい鍵ですね」


「愛の重さだよ」


 オルフェウスは私の足の甲にキスをした。


 その感触に背筋が粟立つ。


 私は最強にして最悪の「武器」を手に入れたのだ。




 ◇◆◇




 建国記念パーティーの夜。


 王宮の大広間は、吐き気がするほど煌びやかだった。


 オルフェウスには強がったものの、慣れないことをしたから、胃が痛い。帰りたい。


 でも、隣にはもっとヤバイ男がいる。


「美しい……今夜の君は、数百年に一度の流星群よりも美しい……」


 オルフェウスがずっと耳元で囁いている。


 彼が用意したドレスは、背中がぱっくり開いたミッドナイトブルー。


 露出狂になった気分だが、彼は「君の骨格を見せつけたい」と譲らなかった。


「……そろそろ行きますよ」


「ああ」


 大広間に降り立つと、すぐに公爵とミネルヴァが寄ってきた。


 ハエのように。


「陛下、王妃殿下。本日はおめでとうございます」


 公爵が慇懃無礼に頭を下げる。


 ミネルヴァは勝ち誇った顔で私を見た。


「お姉様、今日は珍しく顔色がよろしいですわね。でも、王妃の公務をお忘れでは? 最近、書類の不備が多いと聞いておりますわ」


 始まった。


 周囲の貴族たちがざわめく。


「やはり王妃は無能だ」「精神を病んでいるらしい」というヒソヒソ話が聞こえる。


 ミネルヴァは扇子で口元を隠し、ニヤリと笑った。


 今ここで私を弾劾し、廃嫡に追い込むつもりだ。

 わかりやすいシナリオ。


「お忘れになった、ですって?」


 私は口を開いた。


 喉が渇いている。手汗がすごい。


 でも、やるしかない。


 演じきれ。


「忘れるはずがありませんわ。……だって、私は『一度も教わっていない』のですから」


「……は?」


 ミネルヴァが間の抜けた声を出した。


「何を仰っているの? 王妃教育は幼い頃から……」


「ええ、受けましたわね。……『あなた』は」


 私はミネルヴァを指差した。


「でも、私は受けていない。……公爵、そうでしょう?」


 公爵の顔が引きつる。


「な、何を血迷ったことを……! 衛兵! 王妃殿下はご乱心だ! 連れて行け!」


 公爵が叫ぶ。


 だが、衛兵は動かない。


 なぜなら、彼らの主人が、私の隣で殺気を垂れ流しているからだ。


「……うるさい」


 オルフェウスが、ボソリと呟いた。


 それだけで、大広間の気温が5度くらい下がった気がした。


「へ、陛下……?」


「私の芸術鑑賞を邪魔するな、下郎」


 オルフェウスが指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間、天井から大量の紙吹雪が舞った。


 いや、紙吹雪じゃない。


 書類だ。


 公爵家の裏帳簿。人体実験のカルテ。歴代の王妃候補の死亡診断書。


 近くにいた貴族が、足元の一枚を拾い上げ、読み上げた。


「『48人目、クリスティアーナ。整形費用、金貨5000枚。……廃棄理由、精神崩壊による商品価値の毀損』……?」


 会場が静まり返る。

 別の貴族が叫ぶ。


「おい、こっちは『次期王妃候補、ミネルヴァ。調整予定リスト』だぞ! 『骨格矯正のため、顎の骨を3センチ削る必要あり』って……!」


 ざわめきが悲鳴に変わる。

 公爵が、ガタガタと震え出した。


「ち、違う! これは捏造だ! 陛下! 私がどれだけ国のために尽くしてきたか……!」


「国のため?」


 私は冷たく言い放った。


「自分の娘を商品として売りさばくのが、国のためですか? 失敗したら『ゴミ』として焼却炉に捨てるのが、あなたの愛国心ですか?」


 公爵は言葉を詰まらせた。


 脂汗が滝のように流れている。


 私はミネルヴァに向き直った。


 彼女は真っ青な顔で、まだ状況を理解しようとあがいていた。


「う、嘘よ……そんなのおかしいわ! だって、私はお父様に愛されて……次期王妃として……」


「愛されて?」


 私は鼻で笑った。


「あなた、一度でも鏡を見たことがある? お姉様の顔と自分の顔、比べてみたことないの?」


「な、なによ……! お姉様みたいな地味な顔より、私の方が華やかで……!」


「華やか? ただの厚化粧でしょう」


 私はオルフェウスから預かった「王家の鍵」――真っ赤な宝石のネックレスを高々と掲げた。


「この鍵は、王の全権代理を示すもの。……公爵ガラルド。あなたは王家への詐称、および非人道的な人体実験の罪で拘束します」


「ま、待て! クリスティアーナ! 育ててやった恩を忘れたか! 私が拾ってやらなければ、お前など野垂れ死んでいたんだぞ!」


 公爵が醜く命乞いをする。


「金ならやる! 地位もやる! だから……!」


「要りません」


 私は即答した。


「あなたの汚い金も、腐った地位も。……全部、ゴミと一緒に焼却炉へどうぞ」


 公爵が崩れ落ちる。


 ミネルヴァが金切り声を上げた。


「いや! 私は関係ない! 私は本物よ! 陛下、ご覧になってください! この女こそ偽物です! 私こそが、あなたにふさわしい……!」


 彼女はドレスの裾を乱しながら、オルフェウスに縋り付こうとした。


 その顔は、恐怖と執着で醜く歪んでいた。


 オルフェウスは、汚物を見る目で彼女を見下ろした。


「……触るな」


「お前は骨格が歪んでいる。左右非対称だ。美しくない。……お前のような不細工な『素材』、視界に入れるだけで不快だ」


 王からの、決定的な「ブス認定」。


 ミネルヴァの動きが止まった。


 彼女のプライド、その全てが粉々に砕け散った音が聞こえた気がした。


「い……いやあああああああ!!」


 その場で泣き崩れ、床を叩いて喚くミネルヴァ。


 腰を抜かして失禁している公爵。


 かつて私を見下していた連中が、今は哀れな道化のように這いつくばっている。


 胸のすくような光景だった。


 同時に、こんな奴らに怯えていた自分が少し馬鹿らしくなった。


「連れて行け」


 オルフェウスが冷たく命じる。


 近衛兵たちが、躊躇なく二人を拘束し、引きずっていく。


 公爵の「放せ! 私は公爵だぞ!」という情けない叫び声が、大広間の外へと消えていった。




 ◇◆◇




 静まり返った会場で、オルフェウスが私の腰に手を回した。


「掃除は終わった。……ダンスの時間だ」


 彼は楽団に目配せをする。


 震え上がった楽団員たちが、必死でワルツを奏で始めた。


「踊ろう、クリスティアーナ。……私の、唯一の女王」


 その瞳は、相変わらず狂気で濁っている。


 この男は変わらない。

 これからも私を崇拝し、監視し、ストーカーし続けるだろう。


 公爵という敵はいなくなったが、もっと厄介な怪物が隣に残っただけだ。


 私は彼の手を取った。


 この手は冷たい。人間離れしている。


 けれど、あの焼却炉の熱さよりは、ずっとマシだ。


 それに。


「……ええ、喜んで」


 私は彼の手を、少しだけ強く握り返した。


 オルフェウスが、驚いたように目を見開く。


 その表情が、初めて年相応の青年のように見えて、少しだけおかしくなった。


(まあ、悪くないか)


 この狂犬は、私にだけは噛みつかない。

 私という首輪がある限り、彼は最強の番犬であり続ける。


 だったら、私が飼い慣らしてやればいい。


 私は覚悟を決めた。

 この狂った職場で、王妃という役職を全うしてやる。


 太客(王様)を転がし、贅沢三昧して、いつか絶対に畳の上で大往生してやるのだ。


 元社畜の図太さを舐めるなよ。


「さあ、ステップを踏んで。……私の顔ばかり見てないで」


「無理だ。君しか見えない」


「はいはい、わかったから」


 重い。愛が重い。


 でも、その重さが今は少しだけ心地よかった。


 シャンデリアの光が、私たちの歪な共犯関係を祝福するように、やけに眩しく輝いていた。




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