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やり直す話  作者: 猫宮蒼
8/8

救われない心



「友人が他にいるといっても、やっぱり寂しくなったわね……」


 シェルヴァ山脈の頂上、アマディヤーナが過ごしていた巣穴に佇んでベアトリーセはそう呟かずにはいられなかった。


 ベアトリーセは一つの場所に定住しているわけではない。

 気の向くままに各地を飛び回り、そうして気が変わればまた他の土地へと移動する。

 そうやって過ごしてきた。


 人間と違って長い時を生きる種族にとって、ほんの数十年、数百年など人間の感覚にして数日程度のものだ。それもあって、アマディヤーナと数十年会わなかった事は特におかしなことでもなかった。


 ただ、その数十年の間にアマディヤーナにとって色々とありすぎた。

 事の発端はきっとその程度の話だ。


 竜に限った話ではないが、一部の種族にとっては魂で結びつくとされているつがいというものが存在する。

 アマディヤーナのつがいはネヴィが生まれる前に命を落とした。病である。

 竜だけが罹る病。

 治す方法がないわけでもないが、それだって病の進行状況と、あとは罹った相手の体力や気力次第。

 アマディヤーナのつがいの竜が病に気付いた時には、既に相当進行していた。それこそ、もう手遅れだと思う程に。

 それでも最後の力を振り絞って、卵を産み落とした。


 アマディヤーナは愛するつがいが死に絶望するほどの心の痛みを覚えたが、しかしそこでつがいの後を追うわけにもいかない。

 残された愛する者の忘れ形見。

 せめて、一人で生きていけるまでは育てなければ。


 そう決意して、アマディヤーナは慣れない子育てに奮闘した。


 ネヴィという小さな竜を、ベアトリーセが見たのは一度だけだ。

 たまたま訪れた時につがいの死を聞かされて、時を戻そうかと思ったがしかし三か月程度戻しただけではどのみち手遅れだった。

 今から戻して、再び愛する者の死を見届けなければならないとなれば、また傷つくだけで何の慰めにもならない。


 ベアトリーセだってアマディヤーナの言い分に納得したのだ。


 自分だってまた死ぬのがわかっている大切な存在と、同じ結末をなぞるだけしかできないのに時を戻れとなれば拒否する。そのためだけに力をたくさん使うだなんて、ただの徒労だ。


 だからこそ、というわけでもなかったがベアトリーセは心の片隅にアマディヤーナの事を気に留めるようにしていた。

 ずっと一緒にいるわけではない。

 ベアトリーセとアマディヤーナはあくまでも友人で、それ以上でも以下でもない。

 種族が違うのもあって、恋愛対象として見た事もなければ、死んでしまったとはいえつがいがいたアマディヤーナが他の存在に目移りなどするはずがないのだ。


 ベアトリーセにできたのは、他の土地に住むドラゴンに、子育てのアドバイスを聞きにいくくらいであった。本来ならアマディヤーナが直接聞くべきだったのだろうけれど、彼もまたシェルヴァ山脈から離れられなかったのだ。


 彼もまた、病に罹っていた。


 そんな彼が他の竜の元へ行けば、被害は広まる一方だ。

 アマディヤーナは病の進行を遅らせるため、シェルヴァ山脈に存在する泉の水を必要とした。それもあって縄張りから離れられなかったし、ましてや病に罹った以上他の同族のところへ行くわけにはいかなかった。


 竜が罹るといっても、ある程度年をとった竜に罹るものとわかっているので、子供に感染する心配はしていなかった。それでも、病のせいで衰えた体力では元気いっぱいの子供の世話は中々に大変だったのだろう。

 そうでなくとも慣れない子育て。病による疲労。他に頼れる者もないまま、独り。


 疲れ果て、意識を失うように眠りに落ちてしまったアマディヤーナの目を盗み、遊びたい盛りの子竜が巣から脱走したことは、そういう意味では仕方のない事だったのかもしれない。


 竜という存在は強い。

 それはどの種族も理解している。

 魔物だってそうだ。


 不必要に竜に近づくなど命を捨てるようなもの。

 けれども他に行き場のない魔物たちは、シェルヴァ山脈の麓に生息していた。

 アマディヤーナは麓に行く事はほとんどなかったし、竜がいるとわかっていて近づく命知らずもほとんどいない。

 魔物にとっても麓の縄張りは安住の地と言っても過言ではなかったのだ。


 そこに、ネヴィはやって来た。

 小さいとは言え竜である。


 魔物たちは自らの縄張りが竜によって奪われると思ってしまったのだろう。

 一斉に牙をむいて幼い子竜へと襲い掛かった。


 魔物について知らなかったわけではない。

 けれど、ネヴィは魔物についてそこまで危機感を持っていなかったのだ。

 成長すれば確かに気にするような存在ではなかった。けれどもまだか弱い子供のうちは、そうではなかった。

 魔物の数がもっと少なければネヴィでもどうにかできたかもしれない。

 しかしそうではなかったために、ネヴィは傷を負った。

 今までだって遊びまわって少しのかすり傷を作った事がないわけではないけれど、その比ではないくらいの痛みにネヴィは何が何だかわからないまま逃げ回る。

 そうして気付けばシェルヴァ山脈から離れ――


 マルテノーラが暮らしていた町の近くまでやってきてしまった。


 人間に関しても幼いネヴィはアマディヤーナから聞かされていた。

 危険視するようなものでもないと。

 竜を敵に回すような事はないと。

 けれども、数が多いから纏わりつかれるのが面倒だと。


 ネヴィは町の中に入らず、その近くの木の上で身体を休める事にした。

 竜の治癒力は高いといっても、思った以上に傷を負ってしまったし、何より逃げ回って疲労もピークだった。

 子供の体力はどの種族であっても無尽蔵にあるようなものだが、突然その体力がパタッとなくなってしまうのも同じようなもので。


 つまりネヴィはここで限界を迎えたのだ。


 木の上ならそう簡単に見つからないだろう。

 そう思って眠りに落ちた。


 そしてそこで、マルテノーラに捕まってしまったのである。

 無造作に捕まれた事で流石のネヴィも目を覚ました。

 何が何だかわからないまま、どうにかキュウと鳴いて。


 人間が竜の言葉を扱える事はないと教わっていたから、人間の言葉に切り替えようとしたところで。

 ぐっ、と首を絞められたのである。


 抵抗しようにも、その時にはもう遅かった。

 幼い子供の力であっても、最初にしっかりと捕まえられてしまった事で、ネヴィの呼吸はほぼできなくなっていた。ブレスはまだ吐けない。もっと成長しないと器官が作られないからだ。

 抵抗できないくらいに弱ってしまった後、ネヴィは町の中に連れていかれた。誰にも見つからないように。


 そうしてそこで。


 ネヴィは見た。

 自分に振り下ろされる包丁を。


 それが、生きていたネヴィが見た最後の光景である。


 だがしかし、竜は死んでも魂はしばらく残る。

 だからこそ、この後の光景はネヴィが死んでから見たものだ。


 人間の子供はネヴィの身体をずたずたに切り裂いて、お湯で煮たり焼いたりした。


 もう少し成長していたのなら、あんな包丁で切られたりしなかった。

 まだ幼かったが故、あんな刃物でも傷ついてしまった。


 子供はそうやってネヴィの身体を玩具のように扱って、そうして最後に食べたのだ。

 これには流石のネヴィも戦慄した。


 竜は人間を食べようと思った事もないのに、人間は竜を食べるのかと。

 エルフだってドワーフだって人間を食べようと思ったりしていないのに、じゃあ人間はそんな彼らも食べるのだろうかと。

 なんて恐ろしい生き物なんだろう。


 幼いネヴィに、既に死んでしまったネヴィに、他の人間がそんな事はないよと教える事などできるはずもない。現に今、ネヴィを捕えた人間の少女はネヴィを食べているのだから。


 恐ろしい。

 なんて恐ろしいのか。


 このままにしてはいけない。このままにしてはいられない。


 もう死んでしまった自分にできる事は少ないけれど。

 この恐ろしさを他の皆に伝えておかなければ、他に誰が被害に遭うかもわからない。


 どうか。

 どうかこの呪いを見た人はこの人間を倒すか、逃げるかしてほしい。

 被害に遭わないために。大切な誰かが食べられてしまわないように。

 そして、ごめんなさいお父さん。こんなお別れで。

 最後の力でこの人間に目印を。


 それが、マルテノーラにかけられた呪いであり、ネヴィの祈りであった。


 見える者からすれば、その想いがマルテノーラに纏わりついているのだ。

 聖女と持て囃すのは見えない人間たちだけ。


 人に紛れていた異種族たちは遠目でそれらを見て、決してマルテノーラに近づこうとはしなかった。

 もし自分たちの正体がバレたら、そう考えるだけでも恐ろしい。


 真っ向から勝負したならば自分たちが勝つだろうとは思うけれど、それでもどんな手段を持ちだすかわからない人間相手に真っ向勝負をしようなど思うはずもない。

 聖女として持て囃されている以上、害せば一方的にこちらが悪とされかねない。

 ならば、関わらぬが吉。


 こうして周囲の異種族にとってマルテノーラの存在は触れてはならぬ厄ネタ扱いだった。



 アマディヤーナが目覚めた時には、既に手遅れだった。

 巣にいない我が子。

 どこに遊びにいったのかと探し回るも見つかる気配がない。

 探し回って、範囲を広げて。


 麓の魔物たちは子竜ではないアマディヤーナが姿を見せると一斉に隠れ、息を潜めるばかりでネヴィという子竜を探しているとは思いもしていなかった。あの子竜が縄張りを制圧できなかったから今度は成体がやってきた。そう思ってすらいた。


 魔物の考えをアマディヤーナが理解する事はなかったし、ましてや魔物は力ある種族とはまた異なる存在である。意思の疎通はできなかった。


 アマディヤーナが捜索したのは、マルテノーラの暮らしていた町とは反対側、山の向こうの国の方。

 そちらの方が町や村が近くにあったのもあって、ネヴィが興味を惹かれてこっそり向かったのかもしれないと思ったのだ。

 実際そんな事はなく、ネヴィの姿は影も形も見つけられなかった。


 病のせいで長時間シェルヴァ山脈から離れられないため、こまめに戻り、休息し、そうして少し体調が良くなればまた探しに行く。


 それを何度も繰り返して。


 そうしてついに見つけた時には。


 ネヴィの存在は既に失われ、その呪いを受けた人間がいたのだ。


 愛する者の忘れ形見。

 守る事すらできず失った事実にアマディヤーナは慟哭した。

 その場ですぐにその人間を殺してやりたかった。

 何が竜の加護を授かった聖女か。

 ただの竜殺しではないか。


 しかし相手はきっと、殺した事すら気に留めてもいないのだろう。

 同じだけの絶望を与えてやりたかった。


 病の進行は進み、恐らく自分はそう長くない。

 最後に、あいつも道連れにしてやる……!


 そう思ったところに、久々にベアトリーセは戻ってきたのだ。

 他の竜に聞いた子育ての方法を引っ提げて。



 その知識が全部無駄になったと知った時、ベアトリーセだって心が痛んだ。

 友人が大切に育てていた子。

 ベアトリーセとの関わりはまだほとんどなかったけれど、それでも成長を楽しみにしていた。


 それが、よりにもよって人間に殺された。

 しかも食べるという方法で。


 ベアトリーセからしてみれば、正気の沙汰ではなかった。


 嘘でしょ……?

 人間ってそんな蛮族だったの……?


 過去に関わった人間もいたけれど、もし彼らにそんな残忍な本性があったのだとすれば、自分はもしかして命拾いしていたのかしら……?

 魔女であるベアトリーセだってそれくらい驚き恐怖したのだ。


 自らの終わりを悟りつつあったアマディヤーナはあの人間への復讐を願った。

 あの人間が暮らしている人間の国。それを滅ぼす事など死に瀕しているとはいえアマディヤーナにとって造作もない。


 けれども、それが本当に報いを受ける形になるのか、ベアトリーセはわからなかった。

 ただある日突然竜が襲ってきた。そういう風に思われただけでは、意味がない。

 平和に過ごしていたところに竜がやってきた。悪いのはあの竜だ。

 襲われる心当たりがなければそう思われて終わるだろう。


 アマディヤーナは子を殺されたのに。

 それすら知られる事なく。


 だからこそベアトリーセはアマディヤーナに待ったをかけた。

 これは賭けになるけれど。


 あの人間に一度時を遡らせて、その上で貴方を殺す選択をとったのならば。

 その時は、その時にこそ復讐を完遂しましょう。

 そう話を持ち掛けた。


 そのために準備をしたのだ。


 各種族の作った結界。念のため各種族に話をもちかけて、結界に細工をする許可を取った。

 そうして綻びを作って魔物をヤッケヴェル王国の町や村の近くにおびき寄せた。

 魔物は今まで結界のせいで近寄れなかった人里に獲物を狩るためやってきて、そうしてそれらの対処に人間たちも立ち向かった。


 けれど魔物の数が多く、人間たちは疲弊し多くが倒れていった。

 聖女はそれらを癒すために巡り、人々から感謝され、そうして王都へ戻り――


 そこでアマディヤーナは全てを壊したのだ。


 本来ならば聖女と呼ばれる娘を殺すつもりだったけれど、死なせてしまっては時を戻したところでベアトリーセと話をして事情を理解するまでに時間がかかる。

 だからこそ彼女をあえて生かしておいて、そうして王都を壊して近くの町や村も破壊しつくして。


 我が子を殺した人間が暮らす国の全てを、人間たち全てを殺す勢いで滅ぼした。


 アマディヤーナの胸はスカッとなんてしなかったけれど。

 どれだけ暴れてももうネヴィは帰ってこない。

 けれど、それでも一度もやり返さないという選択はなかった。


 一頻り暴れた後は巣へ戻る。

 そうして待っていれば、ベアトリーセが上手くあの娘に話を持ち掛けて時を戻したのだろう。


 気付けば、破壊しつくされたはずの王国は何もなかったかのように戻っていた。


 アマディヤーナがするべき事はほとんどない。

 ただ待つだけだ。


 計画はベアトリーセが立案した。

 結界に綻びを作り、修復させ力を集めさせる。

 それらを集めた力は、病で衰えた今のアマディヤーナを殺す事など造作もない。

 けれど。


 もし、あの娘が。

 復讐など何も生む事はないのだと。

 あの力を集めたとしても、それをひっそりと処分していれば。

 これ以上アマディヤーナが王国に手を出す事はしてはならない。そう、ベアトリーセと決めていた。


 けれども力を集めた石を持ち、シェルヴァ山脈の近くまで訪れた時は。

 そこで石を処分するつもりかどうかを見極めるべく、アマディヤーナは姿を現すつもりだった。

 別の場所で捨てられたなら、アマディヤーナは残る余生をひっそりと巣で迎えるつもりだった。

 けれど姿を見せたアマディヤーナに、マルテノーラは迷う事なく力を奮った。


 滅ぼされた王国。失った人々。

 それらは時を戻して無かった事になったのに、それでもあの娘は復讐のために力を使った。


 であれば。

 もう戻らない我が子のために改めてアマディヤーナがマルテノーラを呪うのは当然の事で。


 ネヴィは彼女に癒しの力としての呪いを与えた。

 そうする事で彼女はその力を使うだろうと信じて。

 ひっそりと暮らすより多くの人の前に出る事で、他の種族に彼女の恐ろしさを伝えるために。


 アマディヤーナは彼女に不死を与えた。

 肉体が滅びようとも魂だけになっても死者の国に行く事のないような呪いを。


 勿論マルテノーラの言い分もわからなくはないのだ。

 前回王国を滅ぼした竜が目の前にやって来たのであれば、まだ何もしていなくともこれからそうなるかもしれないのだから。

 しかし竜は人の形こそとっていなくとも、人の言葉を解する事はできる。

 前回滅ぼされた事が彼女の心に残っていても、それでも話し合う事ができたのであれば。


 そうすればアマディヤーナは我が子を殺した相手であっても話に応じたのに。

 アマディヤーナは竜の中では穏やかな気質の持ち主で、病によって残り僅かな命でしかなかったのだから、戦うつもりなんて本来どこにもなかったので。


 その命を早めに散らしたのはマルテノーラで。

 その結果アマディヤーナが残された力を振り絞って呪った。


 これで何もかも解決したと浮かれたマルテノーラが不注意で小さな怪我をしたのは別に仕組んだものではない。

 けれどもそうやって小さな怪我を繰り返していけば、呪いによって強制的に高められた治癒能力は常にマルテノーラの身体を巡り続けた。その結果、王子様を助けようと身を挺して、本来なら死んでもおかしくなかったはずだったのに一命をとりとめたのだ。


 ベアトリーセは知っている。

 時を逆行してアマディヤーナの復讐のため、いくつかの仕掛けを施しはしたけれど、それ以外はずっと魔法でマルテノーラを見ていたのだから。

 もしアマディヤーナの呪いがなければ、あの時王子様を庇う事で彼女は死んでいたかもしれなかった。

 しかしアマディヤーナの呪いによって彼女は無事だった。

 結果として待っていたのが更なる地獄であるとも知らずに。


 友人の子と、友人。


 どちらも失う形となったベアトリーセだって思う事がないわけではない。


 全てを失ったと思っていたから正気ではなかったのかもしれない。とはいえ、どうして彼女は疑問に思わなかったのだろう。

 魔女が何の思い入れもない人間にタダで手を貸すなんて事、あるはずがないのに。


 彼女は何も疑わず、こちらの言い分全てを信じた。

 実に簡単だった。

 掌の上で転がす以前に勝手に転がってくれた。


 魔物が発生した原因を解決して、それがすんなりと上手くいったからというのもあったかもしれない。

 けれど、上手くいって当然なのだ。

 そうなるようにしたのはベアトリーセなのだから。


 普通の人間にはできない。異種族には事前に根回しをしておいた。

 だからこそ、あの結界に施した仕掛けはベアトリーセのやり方を教えてもらったマルテノーラにしか解決できない。

 彼女の力を使った石。あれがあったから派遣された騎士たちは祠の場所を把握できたけれど、そうでなければどんなに頑張ったところで目に見える事はない。


 それでも、あまりにもとんとん拍子だったとは思わなかったのだろうか。


 少しでも疑問に思って、あの石をひっそりどこかに捨てていれば。

 人が来ないような場所を指定したけれど、実際そこまでいくとなると相当な時間がかかるだろうことはわかっていた。

 だからそうなった場合はこっそりとベアトリーセが回収して、その上でそっと消滅させるつもりだったのだ。


 そうなれば、復讐は失敗したのだと諦めるつもりだった。


 アマディヤーナが死んで、彼の呪いが発動して。



 ベアトリーセはそれをただ見ているだけで良かったのだけれど。

 それでもどうしても、できなかった。


 彼は我が子の仇を討つため呪いをかけた。

 ベアトリーセが何もしなければ、マルテノーラの魔力はもう少しもっていた。

 王子と結婚して、幸せに暮らして、そうして途中で聖女としての力を失ったとしても。

 その頃には子も産まれていたかもしれないし、王妃としての立場があったかもしれない。


 ベアトリーセが何もしなければ、そのままそうやって過ごしていって、王子様が年をとって、子供たちが成長してその子たちが子を産んだとして、年老いて夫に先立たれてなお死ぬ様子のないマルテノーラがいずれ、自らの子や孫たちに疎まれ終わるはずだった。

 どこかに幽閉されて、死ぬまでずっと。

 そんな終わりであったなら、彼女の幸せは全部が全部幸せとは言い切れず、心残りな人生になっていたかもしれない。


 だが、ベアトリーセはその未来をマルテノーラに与えるつもりなどこれっぽっちもなかった。


 だから、こっそりと彼女の時を早めたのである。

 過去に戻るとなると相当な力を使うけれど、進めるのであればそこまで難しい話ではない。

 魔法でマルテノーラの様子を見ながら、少しずつ、少しずつ。

 爪や髪が伸びるのが早くなったのは、まさしくそれが原因である。

 決して全てがアマディヤーナの呪いによるものではない。


 王子様との結婚式前日、マルテノーラが眠りについたのを見計らって、一気に彼女の時を進めた。

 その前からじわじわと老化が始まりつつあった部分もあったけれど、その時点ではまだ気のせいで済む範疇だった。けれど一気に時を進めた事で、誰が見ても気のせいなどという言葉で誤魔化せないように、老婆になるまで時を進めたのだ。


 急激な成長、いや、老化に伴い寝ている間に彼女の中に残っていた魔力もどんどん減っていった。

 魔力もまた生命力の一つ。年を取るごとに減っていくもの。

 そうして眠っている間に、マルテノーラは老婆になってしまったのである。


 幸せな結婚などさせてやるものか。

 そう思ったベアトリーセの狙い通りに、彼女が明かした真実により、マルテノーラと王子様との結婚はできなかった。

 年老いた姿になったとしても、アマディヤーナの呪いは続く。

 自然治癒力が衰えて、これから先はちょっとした怪我も簡単に治らなくなって。

 肉体が崩壊したとしても、マルテノーラは死にはしない。

 魂だけが残される。

 魂を目視して関わる事ができる種族は限られているけれど、彼らは死者の魂にとんと無頓着なのをベアトリーセは知っている。なので余程運が良くなければ、その状態を救おうとするような相手と出会う事もないだろう。救うといったところで、精々が話し相手になってくれるかどうかだが。

 だからこそ魂が擦り切れてボロボロになって、転生できない状態になって消滅するまでマルテノーラの生は続く。


 人間がそれを生だと思わなくとも、魔女にとっての生は肉体が死んでも魂が残っていれば生きているも同然なので。

 アマディヤーナたちドラゴンだって、つがいが死んでも生まれ変わってまた巡り合うのだ。肉体の崩壊は完全な死ではない。


 幼いネヴィは力を上手く使えなかった。呪いをかけた時点で魂もボロボロになっていたから生まれ変わる事もできないだろう。

 だからこそ、アマディヤーナは復讐することを選んだ。

 生まれ変わるのがわかっていたなら、精々軽い報復で済ませ、長い時を自らも転生し待ち続けただろう。



 アマディヤーナの巣を魔法で綺麗に整える。

「巻き戻す前の願いどおり、復讐はうまくいった。

 アマディヤーナ、貴方が望んだ結末になったのかはわからないけれど……」


 それでもきっと。


 もしマルテノーラがネヴィを捕まえても食べなければ。

 彼女が呪われさえしなければ。


 別の道があったのかもしれないけれど、しかし既に時を遡ってもそこをやり直せないのは変えられない事実で。


 アマディヤーナがネヴィの仇を討つべくマルテノーラから大切なものを奪うのであれば、マルテノーラもまた、きっと。ベアトリーセが手を差し伸べれば罠の可能性など考えもしないで同じ選択を繰り返す。

 何度やり直しても、きっとここに至るのだ。

 何度繰り返したところで幸せになれなくとも。

 きっと、ベアトリーセだって何度だって手を差し伸べる。


 アマディヤーナはネヴィをマルテノーラに奪われた。

 マルテノーラは王子様とその王子様の国を大切に思っていたから、アマディヤーナはそれを奪った。


 本来ならそこで終わっていたのだけれど。

 それでも、ちゃんとした復讐を遂げるべきだとベアトリーセは考えた。

 アマディヤーナがベアトリーセの復讐案にのらなければ。

 マルテノーラが時を遡る選択を選ばなければ。


 アマディヤーナは病によってそう遠くない未来に命を落としていたし、マルテノーラは一人孤独に生きていたかもしれない。


 どちらが良かったのかなんて、ベアトリーセにわかるはずもない。

 アマディヤーナは満足して逝った。

 マルテノーラはそうではなかった。


 もし違う未来を、時を戻らなければ、アマディヤーナは病によって命を落とす際未練が残ったかもしれないし、マルテノーラはしばらくは孤独であったとしても、もしかしたら別の幸せを見つけたかもしれない。

 どちらにしても、それはもしもの話でそうはならなかった。


「生まれ変わったとして、きっと今回の記憶なんて憶えていないのでしょうね。

 それでももし、また出会えたならば。

 また、友人になれるといいのだけど」


 すっと手を伸ばす。

 巣の中央にベアトリーセは魔法を使って花を降らせた。

 本来ならここで育つはずのない花。

 季節的にも、気温的にもシェルヴァ山脈の山頂で育つ事は難しいが、しかし魔法で成長を早め、花が咲いたところで時を止める。


 墓標にもならないだろうけれど。

 シオンの花を一頻り降らせて、ベアトリーセは箒に乗って飛び去った。


 ドラゴンの住処であったことと、魔女の力によるものか。誰もいなくなってもここに魔物がやってくる事はなかった。空を飛ぶことができる者だけがたまたま訪れる事もあったが、そこで暮らそうとする者はなく、誰かの魔法によって残されたシオンの花に興味を持った者たちがそこに更に力を注いでいった結果、時の止まったシオンの花から妖精が生まれた。


 生まれた妖精たちは思い思いに飛び回り、人前に姿を見せる事も度々あった。


 誰の前にでも現れるというわけではなく、妖精たちが姿を見せるのは仕事で恋人と離れる事になってしまった者や、大切な人が死んでしまった者たちが多かった。特に大切な人との別れに悲しむ者の前に現れて、そっと慰めて去っていくのである。



 かつて愛した女性と別れるしかなかったある国の王の元に。

 人前に出る事すらできなくなってしまった老婆の元に。

 友人を失って悲しむ魔女の元に。


 妖精たちは大切な人と別れた者たちの所へそっと寄り添うように現れるのであった。

 エピソードタイトルにもある通り、妖精たちは少なくともかつての王子や聖女、魔女の心の慰めにもなっていません。救われ、慰められているのは何も知らない人たちだけです。


 以上で、マルテノーラにとっては絶望を、ベアトリーセたちにとっての復讐を

 やり直す話

 これにて終了いたします。

 粗に関しては適当に脳内補完しといてください。

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