訪れた破滅
「――本当に、本当に大丈夫なのかマルテ」
「大丈夫です、エリアス様。だからそんなに心配しないで下さい」
「しかし……!」
苦悶に満ちた表情のエリアスを少しでも安心させたくて、マルテノーラは微笑んだ。
けれどそれは何の意味もなかったみたいで、エリアスの表情は更に沈んだものになる。
二人の結婚式まであとわずか。
その日が来るのをマルテノーラは毎日楽しみに待っていた。
大勢の人たちが、二人の結婚を心待ちにしていた。
けれど、全ての人が、というわけではなかった。
かつて王族の一人が臣籍降下した家。
王位継承権があるにはあるが、下から数えた方が早いくらいである。
そんな家の令息が、よりにもよって城内でエリアスに襲い掛かったのだ。
彼は文官として勤めていた。働きぶりは真面目で問題のない人物だった。
けれども彼は。
心の内では野心に満ちていて、エリアスよりも自分の方が優秀であると信じて疑っていなかった。
エリアスなどよりも自分が次の王になった方が余程国にとっても有益だと、そう思っていたのである。
エリアスさえいなければ、自分が次の王に……! などと思っていたところで、エリアスが死んだところで王位継承権の低い彼が王になれるはずはない。
同時に彼は、聖女マルテノーラを崇拝していた。
エリアスが死ねば、愛するマルテノーラと王位が手に入るのだという妄執に取り憑かれてしまっていた。
その結果、彼は城の中で凶行に及んだ。
計画的な犯行というよりは、エリアスとマルテノーラが二人仲睦まじく寄り添っているのを見ての突発的な犯行だった。
確かに二人が寄り添っていたのは事実だが、その時の二人は普通に仕事の話をしていた。決して見せつけるためにイチャイチャしていたわけではない。
だが、それでも男にとっては許しがたい事態だったらしく、護身用にと持っていたナイフで切りかかった。
あまりにも突然の事で、周囲は咄嗟に動けなかった。
このままではエリアスが刺される――そう考えたマルテノーラが咄嗟に庇うように立ち塞がった。
結果、ナイフはマルテノーラの腹部に突き刺さったのである。
聖女として崇拝し、一人の女性として愛している相手を傷つけてしまったという事実に呆然となった男はあっという間に取り押さえられた。
じわじわと服を赤く染めていく状況に、エリアスは危うく取り乱すところであったがそれでも努めて冷静に対処しようとして――
そこで、マルテノーラの傷がみるみる塞がっていくのを見た。
聖女の癒しの力である、と頭ではわかっていても、しかしあれは魔法であるが故に。
力を使う際、集中しなければならないのだと以前彼女から聞いていた。
集中しないと上手く発動できない事もあるのだと。
だからこそナイフが深々と突き刺さった状態で、上手く癒しの力など発動できないのではないかとエリアスは彼女を抱えてお抱えの医師の元へ駆け込むつもりであったのに。
その必要がなくなった事に関してはともかく、無茶な魔法の使い方をしたのではないかと心配で仕方なかった。
エリアスは魔法を使えない。
そもそも力ある種族と出会う機会がないため、そういった存在に認められ加護を与えられるという事がなかった。
エリアスに限った話ではなく、多くの人間がそうだ。
エリアスは王子で、そういう意味では他の人間と比べて選ばれた存在と言えなくもないけれど、しかし大いなる力の前では王子という肩書は何の意味もない。
マルテノーラのように強大な力を持つ存在から力を与えられたわけではないが、それでも理解している事はある。
与えられた力は有限で、なんでもできるわけではないという事を。
何もかも思いのままに力を行使できるわけではないという事を。
決して、全能でも万能でもないという事を、エリアスは知っているのだ。
怪我がマルテノーラではなく別の誰かが負ったものであったなら、マルテノーラはそれを綺麗に治してみせただろう。けれどもマルテノーラ本人が負った怪我を、こうもあっさり治せるとは思っていなかったのだ。
痛みに意識が邪魔されて、上手く治せないのではないかと思っていた。しかしマルテノーラはあっさりと治してみせた。
表向きそう見せているだけなのではないか……?
そんな不安に駆られたのだ。
表面の怪我だけさらっと治して、その実内側の傷は完全に癒しきれてはいないのではないかと。
マルテノーラはエリアス様は心配性ね、なんて思いながらも、内心で少々困惑してはいた。
てっきり痛みで集中できず、傷を治すのに時間がかかるかと思っていたのに。
そもそも魔法を使う前に、勝手に治ってしまったのだ。
どういう事なんだろう……?
そう思っても、勝手に治りました、と言えば余計にエリアスにいらぬ心配をかけてしまいそうで。
もしかして、あの竜を倒した事で聖女としての力が増したのではないかしら……?
そんな風に考えたりもした。
人間が、力ある種族から加護を与えられる方法は一つではない。
加護を与えてもいいかと思わせれば加護を得られる。
ただ人間が与えてほしいと望んだからとて、簡単に与えられるものではないのだ。
知恵や己の持つ技術、力。
そういったものを見せて、力を与えるに値すると思わせるか、勝負をして勝つか。
武力でもっての勝負はそもそも魔法が使える相手に挑むとなると分が悪すぎる。
だからこそ大抵は、知恵比べのような事をするのだと言われている。
ドワーフのような職人でもある相手の加護を望む場合、自らもまた作品を持ち、それを見せるという方法もあるらしいが。その作品に何らかの光るものを見出されれば加護をもらえる可能性はある。
加護が欲しくて挑む、と宣言する場合もあるが、中にはそういう事もしないまま与えられる場合もある。
人に紛れた存在が、相手にそうと気取られぬまま加護を与える場合もあるのだ。
マルテノーラは前回王都を滅ぼした竜を、ベアトリーセの言う方法を用いたとはいえ仕留めたと言える。
それはつまり、試合に勝ったという風に見なされるのではないだろうか。
もしかしたらそのおかげで、聖女としての力が強まったのかもしれない。
そうはいっても、答えなどわかりようがないので想像でしかないけれど。
それでも、他に考えられそうな理由はそれしか思いつかなかった。
マルテノーラに与えられた加護は癒しの力。
生命に関するもの。
欠損を治したり死者を蘇らせる事こそできはしないが、それでも負った傷をすぐさま治せるというのは魔法もロクに使えない人間からすれば奇跡に等しい。
その力が強化されて、自分の怪我を勝手に治すようになっているのかもしれない。
そんな風に考える。
思えば、爪や髪が伸びるのが早いというのも、そのせいではないのかしら……?
伸びるのが早いのかもしれない、と思った頃はまだしも、最近では明らかにわかりやすいくらいに伸びるようになってきた。
寝て起きたら、短く整えておいた爪が十センチも伸びていたりするのだ。
髪だって、今までは気付いたら伸びているな……? という程度でしかなかったのに、寝て起きたら腰のあたりまで伸びていたりする。
おかげで最近は朝起きてすぐ、メイドたちに整えてもらう事になってしまって、朝食を食べる時間が遅くなりつつあった。
どうせ伸びるのだから、爪なんて適当に切ってしまえばいいと思ったけれど、そうやって雑な手入れをするといざという時に割れたり欠けたりして面倒な事になるかもしれないと言われ、髪に至っては放置し続けたら果たしてどこまで伸びるかわからないので、マルテノーラにとって中々に面倒な事になりつつある。
いくら治ったといっても、あれだけの傷だったのだから今日はゆっくりと休んでほしい。
そうエリアスに言われ、マルテノーラは別に全然元気なのだけれど……と納得いかないながらも言われるままに部屋へ戻ってきた。
結婚式を間近に控え、王妃として学ぶべき事もあるために城に部屋を用意してもらっている。
神殿に戻ってそちらで朝を迎えてとなると、最近は爪や髪が邪魔になるので城で暮らす事にしたのはちょうど良かったのかもしれない。
それ以前に、単純にエリアスと長くいられるから、という理由が大きかったのだが。
寝ている間に驚くくらい爪が伸びて、寝返りをうった拍子に折れたりしたらどうしよう、とか考えるくらいに最近は目に見えて伸びるのが早くなっているのだ。
一体どれくらいの速度で伸びているのか、暇になった今、じっと眺めていたら伸びる様子がわかるだろうか。
そんな風にも考える。
けれどもそうやってじっと自分の爪を見つめている時は、そこまで伸びているように思えないのだ。
ふと視線を外して、それから少しして思い出したかのように見ると明らかに伸びているのだけれど。
もし。
もしも。
あの竜を倒した事で、あれが竜と勝負をして勝ったという扱いになって竜の加護が与えられたというのなら。
そのせいでこうなってしまったというのなら。
「加護を弱める事ってできるのかしら……?」
流石にここまでぐんぐん伸びると色々と大変な事になってくる。
いや、それどころか。
自分もあの竜みたいな姿になっていくとか、ないわよね……?
そんな想像がよぎった。
竜の加護の力で、自分までもがあの竜に近づくのではないか。
馬鹿げた想像だと思いたいが、しかし人とは異なる力。それを与えられたのだ。
強まった力に引きずられるように身体もそちらに近づくのではないか……?
どうしよう、ある日起きたら身体に鱗ができていたら。
あるはずない、と思いたい。
けれどもわからないのだ。
有り得ない、なんてどうして言い切れるだろうか。
人知を超えた力というものが存在しているのだから、人間にとっては不可能だと思えるものであっても起こるのは何もおかしくはない。
不安はあるけれど、あまり悪い方に考えすぎるのもよろしくない。
まだ少し早いけれど、エリアスも休めと言ってくれたのだから今日はもう休んでしまおう。
不安はあるけれど、ぐっすり眠ればこの気持ちも少しは変わるかもしれない……
――窓から差し込む朝日に、あぁ朝が来たのかとマルテノーラはゆっくりと身を起こした。
神殿で生活していた時と変わらずマルテノーラの朝は早い。
城に移ってもそれは変わらなかった。
昨日の心配は無意味だったのだと言わんばかりに今日も爪と髪が伸びているけれど、それだけだった。
竜のような鱗が生えたりだとか、竜のような爪みたいに鋭くなったりもしていない。
牙やツノが生えたりするのではないか……なんて。
やっぱり考えすぎだったのだ。
一晩ぐっすり眠った事で、身体はとても軽かった。
ぐっと伸びをしてからベッドを降りる。
昨日、本当なら重傷を負っていた事なんてなかったかのように調子がいい。
爪や髪が伸びる事は相変わらずだったが、マルテノーラの日常はいつものように過ぎていったのである。
そうしてエリアスとの結婚式まで明日……つまりは前日である。
待ちに待った日。
それが明日、とうとうやってくるのだ。
この日のためにマルテノーラは全身を磨き上げられピカピカに整えられてきたけれど。
数日前から肌が乾燥したり、髪もどこかパサつきを感じていた。
マルテノーラにつけられた者たちが手を抜いたわけではない。むしろ彼女たちは己の持てる技術を駆使してマルテノーラをとびきり美しく飾り立てようとしてくれた。
今まであまりそういう事をやってこなかったから、やりすぎたせいで逆に……なんてなっちゃったのかしら……?
まぁこれくらいなら遠目で見る分には問題ないんじゃないかなぁ、なんてマルテノーラはそこまで問題だと思っていなかった。
ただ、手がかさつくのと同時にしわが増えたような気がしたのだけは困ったけれど。
しかし結婚式の時は、レース仕立ての手袋をつけるからこれもそこまで気にしないほうがいいのかも……
毎日忙しくて疲れが全部取れてなかったのかも。
そういう風にあまり難しく考えないようにして、明日に備えて今日は無理をしないようにしよう。
ここ何日かは少しだけ忙しかったのもあって、エリアスからも無理はしないでと言われていた。
あの日、エリアスを庇って怪我をした日から彼は随分と過保護になったようだ、とついくすりと笑みがこぼれた。
ほんの少し前の話だというのに、なんだかもう随分と昔の事のように感じられる。
思えば王都が滅んだあの日から、ここまで。
時を遡りあの絶望を越えて、なんだかとても長い日々だった気がする。
けれども国が滅びる原因はもういないのだ。
これ以上何を悩む必要があるだろうか。
明日、いよいよ自分は愛する人と結ばれるのだ。
余計な不安を抱いたままでいるのは、精神的にもよろしくない。
きっと、色々な事がありすぎて。
そして結婚という人生においての大きな出来事に、気疲れしてしまっているだけだ。
明日、結婚式が終わってしまえばこの不安も余計な気苦労だったと思うのだろう。
何も。
何も心配する事なんてない。
マルテノーラはそう思う事にして、夕食を済ませた後は明日に備えるべく早々にベッドに潜り込んだ。
そして、翌朝。
いつものように朝日と共に目が覚めて。
のそりと身を起こしたマルテノーラはもうすっかり慣れた様子で自分の爪を確認した。
今日は一体どれくらい伸びたのだろうか。
ところが爪はそこまで伸びていなかったけれど。
「……え?」
手が、しわしわになっていた。
「ど、ぅいう、こと……っ!?」
寝起きの声だから掠れているのだと思っていたが、今出した声は明らかにそうではないと嫌でも理解する。
まるで知らない人の声みたいに聞こえてしまった。
慌ててベッドから出てマルテノーラは鏡を確認しようとした。
急ぎたいのに思うように身体が動かない。
よたよたとした足取りに苛立ちを覚えながらも、それでも鏡の前までたどり着けば。
「ひっ……!?
う、嘘、でしょう……!?」
寝ている間にまた伸びたであろう長い髪。それはいい。いつもの事だ。
しかしいつもと明確に違う事がある。
色が抜け落ちて、白髪になっているのだ。
それだけではない。
鏡に映ったマルテノーラは老婆だった。
皺が刻まれ、昨日までの自分とはまるで別人だとしか思えない。
よくよく見ればなんとなくマルテノーラの面影がないような気もしないでもないが、昨日までのマルテノーラと今日のマルテノーラが同一人物だと言われたとして、信じてくれる者が果たしてどれだけいるだろうか……?
目の前の光景が信じられなくて、マルテノーラは咄嗟に癒しの力を使おうと試みた。
しかし――
「え、なん、なんで……?」
力が、発動しなかった。
何をどうしたところで、うんともすんとも言わない。
まるで自分の中にあった魔力が綺麗さっぱりなくなってしまったかのように。
「どうして……?」
声はしわがれてしまっているが、それでもまだマルテノーラだと言われれば、そうかも……? と思われるだろうとなるけれど、しかしそれ以外でマルテノーラだと主張したところで、これでは誰からも信じてもらえないのではないか……?
聖女としての力が使えるのならまだ証明のしようがあった。
しかし今、何をどうしたところで力を使おうとしても、その力が根こそぎ消えてしまったかのように何の反応もしないのだ。
「失礼いたします聖女様、本日の――っ、きゃあっ!? 何者ですっ!?」
鏡の前で絶望していたマルテノーラを置き去りにして、朝の支度をするべくやってきたメイドがドアを開け、そうしてマルテノーラを見て悲鳴を上げた。
無理もない。
中にいるのがマルテノーラだと思っていたら、いたのは見知らぬ老婆なのだ。
他にいたメイドたちも咄嗟に不審者だと判断し、護衛を呼びに行く者、逃げられないよう部屋の出入り口に立ち塞がる者、いずれも速やかに行動した結果、マルテノーラは部屋に駆け込んできた騎士に捕らえられた。
自分はマルテノーラだと言うものの中々信用されなかったけれど、それでもここ最近の行動だとかを口にして、メイドたちとした会話の内容だとかを話す事でどうにかかろうじて信じてもらえはしたけれど。
「マルテ……?
一体、何が……」
報告を受けてやって来たエリアスも、流石に驚きを隠せなかった。
見知らぬ老婆、と言われればそう見えるけれど、マルテノーラだと思った上で見れば確かにそう見えない事もない。
彼女の未来の姿だ、と言われれば、という言葉がつくが。
最近、目尻に皺ができてきたな、とか、ちょっとした変化があったのはエリアスも把握していた。
けれども色々あって忙しかったし、そうでなくとも聖女として活動し、これから王妃となるのだ。結婚式を控えてもいたし、忙しいのは当然で、だからこそ気疲れしていてもおかしくはない。
結婚式が終わった後は少し状況も落ち着くだろうから……と思っていた。
エリアスも、本来ならば王妃になるには家柄的にも難しい相手を妻として迎えるために色々とやるべき事が増えたため、お互いに忙しかったから。
マルテノーラを支えつつも、自分も彼女に支えられるのだろう。
そう思って、今のうちにできる事は済ませてしまおうと、ここ数日は顔を合わせる時間も短かった。
今日の結婚式でとびきり美しく飾られた彼女の姿を思い描きながら、エリアスはエリアスなりに執務をこなし、予定を前倒しして片付けられるものは片付けていたのだが。
一気に何十年も年をとったかのような彼女の姿に、何事もなかったかのように平然とした態度はとれなかった。
今日、この後。
これから行われるのは、結婚式なのだ。
王子と聖女。国を挙げての。
国中のほとんどがそれを待ち望んでいる。
だがそこに、現れたのがエリアスと、この老婆であったなら……?
この場にいる者たちのほとんどが困惑しているのだ。王子と並び現れるのが聖女だと信じている民たちが、今のマルテノーラを見ればどう思うかなんて考えるまでもない。
今ここにいる者たちと同じか、それ以上に困惑するだろう。
昨日までのマルテノーラならまだしも、今のマルテノーラはどこからどう見ても老婆で、背もやや丸く曲がってしまっている。
これでは、仕立てたウェディングドレスもマトモに着る事ができないのではないか。
「いや、それ以前に……マルテ、身体の調子は? 痛いところとか」
「エリアス様……はい、痛みなどはありません」
その言葉を聞いてエリアスは安堵する。
すっかり変わり果ててしまったとしか言えないが、それでもエリアスにとってマルテノーラは愛する人だ。
心配はする。
しかしだからといって今のマルテノーラを伴って結婚式を挙げるとなると、一体聖女様はどうなってしまわれたのか、と民とて混乱する。
ドレスを急遽今のマルテノーラが着られるように調整できたとして、ヴェールで顔を隠すにしたって。
いつまでも隠し通せるものではない。
それでなくともマルテノーラは聖女として各地を巡り多くの人々を癒してきた。
彼女の顔を知らない者より知っている者の方が多いため、代役を立ててその場を凌ぐ事も難しい。
仮にどうにか乗り切れたとしてもだ。
誰がどう見ても老婆である彼女と初夜を迎えるにしても……あまりにも無理がありすぎた。
儚げに見える、触れたら折れてしまいそうな華奢な娘とは別の意味で触るだけで折れそう。
いつ何の拍子でぽっくり逝かれるかわからないが、いつそうなってもおかしくなさそうなくらいの老婆。
愛する人ではあるけれど。
一緒に寄り添って共に年を重ねて自分もいつかはしわくちゃのおじいさんになるのだろうとエリアスだって頭ではわかっていても。
それは何十年も先の話であって今ではなかった。
彼女と結婚してもこの状態ではそもそも世継ぎを作るのだって無理なのではあるまいか。
愛する人ではあるけれど、明らかに年老いている彼女とそういう行為を行うのは、果たしてどうなんだろう……?
どう見たってもう出産できそうな年齢に見えない彼女とそんな行為に及んだとして、そこに意味はあるのだろうか……?
負担を強いるだけではないのだろうか。
それ以前に、自分がマトモにできるかもわからない。
そんな事を考えるも、そんな少し先の事よりもまずはこの後行われるはずの結婚式についてどうにかしなければならない。
聖女が倒れたために、急遽式は中止となった。
そう、告げるしかないのだろう。
彼女の姿が元に戻ればいいけれど、そうでなければそのまま世間的に儚くなられたという事にして、彼女にはひっそりと余生を過ごしてもらうしかない。いくらなんでも放り出すような真似をするつもりはないけれど、現状この状況を解決できそうな手段や方法が何も思いつかないのだ。
「失礼します殿下、陛下がお呼びです。聖女様も一緒にと」
「なんだと、今それどころでは」
「なんでも魔女と名乗る存在が訪れているようで。
名を確か……そう、ベアトリーセ」
部屋の外からそう声をかけてきたのは、宰相の補佐である男だった。
咄嗟にそれどころではないと返したエリアスに、しかし男はマイペースに言葉を続ける。
「ベアトリーセ!? エリアス様、行きましょう。彼女ならこの状況をなんとかしてくれるかも」
そしてその名を聞いて。
事態を把握しきれないながらも、マルテノーラには光明が見えていた。
時間を操る魔女。
彼女なら。
一晩で年老いてしまった自分のこの状況を戻せるのではないかと。
希望はまだあると、信じてしまった。