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やり直す話  作者: 猫宮蒼
1/8

遅すぎた絶望



 神々を筆頭にこの世界には人知を超えた存在が多く在る。

 人々はそういった存在を恐れ敬い、そうやって生きてきた。


 時として力を借りて。


 時として立ち向かう。


 人間はちっぽけな存在だけれども。

 それでも、大いなる力を持った存在と時に友好的に、時に敵対しながらも困難を乗り越えてきた。



「あ……あぁ……」


 声がかすれる。


 空が赤い。

 それは決して日暮れが近いからではなく、燃えているからだ。


 城が。

 町が。


 立派だった建物は崩れ、逃げまどっていた人たちのほとんどはもう動かない。


 熱く、乾燥した空気が喉に張り付く。


「そんな……」


 目の前に光景に呆然として、その場に崩れ落ちそうになるけれどどうにか踏みとどまる。

 そこかしこで建物が燃え、人が燃えるいやなにおいがした。

 崩れた建物に押しつぶされて死んだ人の血のにおいよりも、圧倒的に燃えて死んだ人の方が多かった。


 中にはまだ生きている人もいるかもしれない。

 急げば、まだ助かる人がいるかもしれない。


 しかしマルテノーラは目の前の光景から視線を逸らせなかった。

 崩れた建物。落ちた瓦礫。

 それに押しつぶされてもうぴくりとも動かない、最愛の人。


 そして空を飛ぶ、漆黒の竜。


 この状況を作り出した存在は身震いするような咆哮を上げると、旋回し飛び去っていく。


 これ以上、あの竜が何かをしてくる事はない。

 気が変わって戻ってきたならばかろうじて生きている者たちの命も危ういが、戻ってこないのであればこれ以上の被害は出ない……はずだ。

 そうは言っても、既に出た被害が甚大すぎてこれ以上被害が出たとしてそんなもの、誤差と言ってもいい。


「エリ、アス……様」


 下半身は見えない。瓦礫に潰されているから。

 胸から上だけが見えている。

 伸ばされた腕の先には、剣が落ちていた。


 周囲には人の死体だけではなく、魔物の死体も転がっていた。


 きっと彼は、人々を助けるために戦って、そうして。


 そうして、落ちてきた瓦礫によって潰された。


 どうして建物が崩れたのかなんて、わかりきっている。

 あの竜が。

 あの竜がやったに違いないのだ。


 竜が魔物を率いてきた、とは考えにくい。


 魔物が襲ってきて、そしてそこに竜までもがやって来た。


 あの竜にとって、人も魔物も大差なかったのだろう。

 目ざわりだから、纏めて仕留めた。


 魔物は人間にとって脅威だ。


 それほど強くない魔物でも、あっという間に繁殖し数で攻めてくる。

 数の上では人が有利になったとしても、それでも犠牲が出ないわけではない。


 一歩がとても重く踏み出そうとするのが難しかった。


 マルテノーラはまるで老人のような覚束ない足取りでよろよろと前へ進む。


 一歩、二歩。

 進むにつれて、嫌でもしっかりと目に入るのはマルテノーラの最愛の人。

 かすかに開かれた目は虚ろで既に何も映してはいない。

 苦痛に呻く間もなく死んだのだろう。何が起きたのかわかっていなかったのかもしれない。


 それは、良い事なのかマルテノーラにはわからなかった。


 生きていたのなら。

 治癒魔法が間に合ったかもしれない。

 でも、マルテノーラが駆けつけるまでの間苦しみ続ける事になっていたのなら。

 何が起きたかわからないまま、一瞬で事切れたのであれば。

 焼死した人たちよりは、きっとマシだったのかもしれない。


 近づいて、そこでマルテノーラは糸が切れたように座り込んだ。


「エリアスさま……」


 名を呼ぶ。最愛の人の名を。


 けれど彼は既に死んでいて、マルテノーラの呼び声に何の反応も示さない。


 もう、名を呼んだ時ににこやかにこちらを見てくれる事も、優しく声をかけてくれることもない。


 わかっている。

 わかっているのだけれど、それでもどうしても認めたくなかった。


 そっと触れて彼の瞳を閉じる。それだけで、先程よりは安らかに見えるのだからどうしようもない。



 ――ヤッケヴェル王国は平和な土地だった。

 魔物がいないわけではないが、魔物の住処に足を踏み入れたりしなければそう危険な事もない。

 しかし、最近になって縄張りを追い出されたのか魔物がよく町や村にやって来るようになってしまった。

 放置してもいい事は何もない。倒さなければ、人の住む近くで増えて、そうして襲ってくる可能性が高くなる。小さな村であっても滅ぼされればそこから更に他の町や村へ被害が広まりかねない。


 魔物と一言でいっても様々な種類が存在している。


 中には疫病を振りまくものもいるので、そんな魔物が多く発生すればあっという間に国が滅びる事にだってなりかねない。

 住処でおとなしくしている分には放置でいいが、人里にまでやってくるなら早急に倒さなければならないのだ。


 各町や村で対処できるのであればそれに越した事はないけれど、ここ最近各地で魔物の出没情報が増え、ヤッケヴェル王国は魔物退治に騎士団があちこち駆けずり回るような事態が増えつつあった。


 報告を受けてすぐさま対処するべく向かっても、その頃には思った以上に増えていた魔物に苦戦する隊もあったが、それでも大きな被害は出ていなかった。

 だが、それでも王都にまで魔物の侵入を許してしまった。

 どこかの町や村を切り捨てていれば、王都の守りももう少し固められたかもしれないが、そうしていたところであの竜が現れた時点でどのみち結末は変わらなかっただろう。


 エリアスはこの国の王子だった。

 各地で発生した魔物討伐の指揮をとろうとしていたが、それは各騎士隊長たちに任せる事となり彼は王都に待機するしかなかった。

 それでも王都に魔物がやってきたので、残されていた騎士たちと共に立ち向かったのだろう。


 マルテノーラはかつて、竜の加護を受けた事で魔力量が上昇し、いくつかの魔法を使えるようになった。

 竜の聖女――そう呼ばれるようになって、それからエリアスの婚約者となった。


 マルテノーラの家は貴族であったが没落し、本来ならばマルテノーラはエリアスと知り合う事もなければ婚約者になどなれるはずがなかったが、聖女として多くの人々を救うようになり、神殿に身を寄せた事で。

 王家と神殿の仲を取り持つ役目を仰せつかったのである。


 たとえ没落しなかったとしても、マルテノーラが王子の嫁になれたかは難しい。

 だが、聖女として国内での知名度が高まった事で、多くの民から支持を得ていた。


 政略的な意味合いが強かったが、マルテノーラにとってそんな事はどうでもよかった。

 ずっと憧れていた王子が、自分を見てくれたから。

 二人はゆっくりと、穏やかに仲を深めていったのだ。


 本来ならばマルテノーラもエリアスと共に王都に待機するべきだったのかもしれない。

 しかし連日各地で発生する魔物との戦いに騎士たちも無事では済まず、怪我も疲労もこのまま放置し続けるわけにはいかなかったから。

 だからこそマルテノーラは各地に早馬で駆けつけて人々を癒し、すぐさま他の場所へと回っていたのだ。


 そうして王都へ戻ってみれば――竜が。


 麗しの王都はそんな面影も残さずあっという間に廃墟同然にされてしまっていて。


 最愛の人は既に物言わぬ骸に成り果てていたのである。


 マルテノーラが王都に残りエリアスと共にいたのであれば、もしかしたら彼を救えたのではないだろうか。

 そう考えても、その場合多くの犠牲者が出ただろう。

 マルテノーラが周囲の町や村を回って助けてきた人たち全てを見捨てた場合、王子を仮に救えたとしてその後の事を考えれば果たしてどれだけの死者が出た事か。


 竜の加護を受けた聖女。

 そう言われても、だからといって全ての竜が彼女の味方というわけではない。


 竜から力を授けられたといっても、万能でも全能でもないのだ。

 マルテノーラの力はほとんどが癒しの魔法であり、彼女一人だけでは魔物を倒す事も難しい。


 そして、癒しの魔法が使えても、死者を蘇らせる事はできない。



 遠くの空から低い、不気味な音が響く。

 ハッとしてそちらに視線を向けるも、何が見えるわけでもない――が。


 あちこちが燃えている王都の空は赤く染まっていたが、それでも遠くの空はそうではなかった。

 しかし今、空は――


「まさかあの竜……」


 王都から飛び去って、てっきり気が済んで巣に戻っていったものだと思っていたがそうではなかったというのか。


 不吉なくらいに遠くの空が赤く染まっていく。その方向は、少し前にマルテノーラが援護に向かった町がある方角で。

 考えすぎだ、とは到底思えなかった。


 急いで確認しにいこうにも、今からまた馬に乗って駆けたとして到底間に合うはずもない。


 救ったはずの命は、果たしてどれだけ散ってしまったのか。



 動かなければならないのに、それでも足はもう動いてくれなかった。

 まるで根が生えてしまったかのように、座り込んだまま動いてくれない。


 だって。


 だって、もう彼はここにいるけど、いなくて。


 彼がいない世界なんて、意味があるのかなんて思ってしまって。


 それに。


 彼がいなくたって何とかなる、と思ったとしてもあの竜を倒せるような人に心当たりなんてなかった。


 どうすればいいのか。

 考えなくてはならないはずだけれど、頭はちっとも働いてくれなかった。


 いくら人は力を合わせて困難に立ち向かっていくと言っても。

 あまりにも強大な力の前に人は無力だ。


 それでも、エリアスがいてくれたなら。


 マルテノーラの心はもう少し頑張ろうと思えたかもしれない。

 けれど、愛する人を失った今となっては、その頑張ろうという気持ちもすっかり小さくなってしまっていた。


 マルテノーラにはこの事態をどうすればいいのかわからない。

 けれど、国王陛下なら。

 もしかしたら何か、どうにかできる方法を知っているかもしれない。

 他の――強力な力を持つ存在に助けてもらう方法とか。


 そう考えて、マルテノーラはのろのろとどうにかして立ち上がる。


 正直もう動きたくない。このままエリアスの近くにいたい。

 でも、ずっと彼をこのままにしておくわけにもいかない。弔わなければ。


 そう思って立ち上がり、城がある方へと身体の向きを変えて――


「ぁ……」


 先程飛び去っていったはずの竜が凄まじい速度で戻ってくるのが見えた。

 そうしてその口から禍々しいまでに赤い炎が広がって――


 自分の叫び声が、まるで別の誰かからしたかのような錯覚。


 マルテノーラがいた場所から城まではそれなりに距離があったはずなのに、凄まじい衝撃がやってきてマルテノーラは吹っ飛ばされてしまっていた。

 ぶわっと身体が浮かんで何がなんだかわからないままに飛んで、地面に叩きつけられる。


 咄嗟に目を閉じてしまったが、聞こえてきた轟音は城が崩壊した音だろう。

 そんな風に考えて、マルテノーラの意識は沈んでいった。



 ――どれくらい意識を失っていたのかはわからない。


 外、それも地面に転がったまま眠っていたようなものだったけれど、寒くはなかった。

 炎があちこちを燃やしていたが、マルテノーラが眠っている間に彼女自身が燃えて死ぬような事にはならなかったらしい。

 とはいえ、意識を失う直前の光景と、今こうして起きてからみた景色は随分と酷い方へ変わってしまった。


 竜のブレスとその衝撃で壊れた建物の一部がそこかしこに飛んだからだろうか。

 エリアスがいた場所へ目を向ければ、エリアスの頭が潰れていた。

 首から上だけなら普通に眠っているだけにしか見えなかったのに、マルテノーラが意識を失っている間にエリアスは既に原形のほとんどを留めていなかったのである。


 せめて棺に入れてちゃんと弔おうと思っていたはずの最愛の彼は、短い時間の中でそれすら叶わなくなってしまっていた。


 周囲を見回すも、既に日が沈み赤く染まっていたはずの空はほとんどが暗くなっていた。

 ところどころでまだ燃えている場所があるからかそこまで暗く感じはしないが、それでも空を見上げれば赤よりも黒の方が多い。


 見回しても周囲に誰かがいるような気配はしないし、物音もほとんどしなかった。

 時折炎が爆ぜる音が聞こえてくるが、それだけだ。


 まるで世界に一人取り残されてしまったかのような錯覚に陥る。



「誰か、いないの……?」


 思わず声を出す。

 大声で叫びたい気持ちもあったけれど、こんな状況では人より魔物の方がやってきそうで大声は出せなかった。気絶したとはいえ眠っていたようなものなので魔力は多少回復したが、マルテノーラの魔法で魔物を退治できるようなものはほとんどない。精々注意を別に向けるくらいはできても、自分一人で魔物を倒すとなれば大変なのだ。弱い魔物であればいいが、もし強い魔物が出てきてしまえばマルテノーラだって死んでしまうかもしれない。


 竜が建物を壊し人々を殺していった時、マルテノーラはそこまで恐怖を抱いていなかった。

 現実味がなかったと言ってしまえばそれまでだ。まだ完全に現実を受け入れ切れていなかった。


 けれども少しばかりの肌寒さと、真っ暗な空や周囲の不気味なくらいの静けさが、マルテノーラをようやく現実に引き戻したのだ。


 どう見ても滅んだ国の中心にたった一人。

 他の町や村にはまだ生存者もいるはずだけれど、現時点ではマルテノーラたった一人だ。


「誰も……いないの……?」


 いない事はとっくにわかっていても、それでも口に出していた。


 魔物ではなく、誰か――自分以外の誰かにいてほしかった。


 ほんの少し前までは沢山の人で賑わっていたはずの王都は、今では死都だ。

 悪夢だとしか思えなかった。


 しかしこれは現実で。

 夢であるのなら、どれだけの悪夢であろうとも目が覚めて朝がくれば終わるけれど、夢ではないので明日が来ても何も変わらない。


「どうして……どうしてこんな事に……ッ」


 嘆いたところで何が変わるわけでもない。

 それでも、やりきれない思いを抱えてマルテノーラは泣きそうになるのを堪え、ぎゅっと拳を強く握った。


 王都でマルテノーラが過ごしていた神殿も、とっくに崩壊してとてもじゃないが夜を明かす事はできそうにない。

 それどころか、民家ですら形が残っているものはほとんどなかった。


 まずはこの夜をどうにか生き延びなければならない。

 魔物の中には朝よりも夜の方が活発なものもいる。

 竜があれだけ暴れまわった場所だから、もしかしたら恐れて近づいてこないかもしれないけれど、竜のおこぼれを狙ってやってこないとも限らなかった。

 気を失っている間マルテノーラが無事だったのは、運が良かったのだろう。


 朝を迎えて、それから……


「それから、どうすればいいっていうの……?」


 生き残ってしまった以上、自分で死を選ぶような勇気はない。

 エリアスはもういない。それはとても悲しい事だけど後を追って自ら命を絶つ事はできそうになかった。


 びゅう、と風が吹いてそれからふっと周囲が暗くなる。

 まだかすかに燃えていた炎が消えたのだ、と理解すると同時に思っていた以上に暗闇に包まれた事でマルテノーラは「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。


 竜の加護を得た、竜の聖女。

 そう呼ばれていても、マルテノーラ自身が竜のような強大な力を持っているわけではない。

 マルテノーラ自身はただの娘だ。

 普段は人に囲まれているが、今は正真正銘たった一人。

 聖女として王都以外の場所で人々を癒す事はあった。道中野宿をすることもあった。

 けれどもそういった時は護衛がいたからマルテノーラ一人ではなかった。


 御大層な肩書がついていても、マルテノーラ自身は癒しの力を使えるだけのただの娘でしかない。

 夜の闇の中、たった一人なんていう状況に置かれる事なんて今まで一度もなかった娘が、死体の転がる王都だった場所で、真っ暗闇の中で一人きりという事実をここで今更のように自覚したのだ。


 怯えるのも無理はなかった。



「あらぁ? もしかして生きてる人がいるのかしら?」


 その声は、この場の状況に似つかわしくないくらいのんびりとしていた。

 最初、あまりにも寂しくなったマルテノーラの幻聴かと思ったくらいで。


「え……?」


「あぁ、生きてるのね。驚いたわ」

「わ……!」


 周囲を見回していたマルテノーラの目の前に、すとんと落ちてくるように一人の女が現れた。


「だ、誰……っ!?」


 あまりにも近すぎた距離に思わず後退る。

 生きてはいる。

 けれどもマルテノーラの知らない人だ。警戒するのも当然と言えた。


 もしかしなくても金目の物を持ち去ろうと考えた火事場泥棒のような人かもしれないのだ。

 たとえ、そんな悪事をしそうになかったとしても。

 暗闇の中を女がたった一人、平然と行動しているという時点で只者ではないだろうから。


「やだ、怯えないでちょうだいな。別にとって食べたりしないわ。

 ただ、そうね……さっきまでドラゴンがあちこちで暴れまわっていたから何事かと思って様子を見に来たの」


 言いながら女はパチンと指を弾いた。

 そうすると周囲がかすかに明るくなって、もう一度指を弾けば彼女の手には箒が握られていた。


「私はベアトリーセ。こう見えても魔女なの」

 パチンとウインクをして、ベアトリーセは箒をふわりと浮かせた。


「魔女……」


 マルテノーラはふわふわと浮かんでいる箒を見て、ぽかんと口を開ける。


 人より強大な力を持つ存在は多くいる。


 魔物もそうだが、竜だってそう。

 そして、魔女もその中に含まれていた。

 神々には到底及ばないだろうけれど、それでも人からみれば充分に怖れ敬うべき存在である。


 マルテノーラは竜の加護を得た事で魔法が使えるようになった。

 けれども魔女にそんなものは必要としない。当たり前のように魔法を扱う事ができる。


「ねぇ、一体何があったのかしら? 貴方わかる?」


 竜が巣穴に戻っていったみたいだから様子を見にきたのだというベアトリーセに、マルテノーラはぽつぽつと言葉を紡いだ。

 彼女が信用できる魔女であるかはわからない。わからないが、一人で夜を過ごすよりはマシだと思ったのだ。

 それに、これから先どうすればいいか、もしかしたら彼女は道を示してくれるかもしれない。マルテノーラはそう考えて、ここ最近ヤッケヴェル王国各地で魔物が発生していた事も含めて語った。


 魔物が各地で発生した事とあの竜が暴れまわった事に繋がりがあるかはわからない。

 けれども偶然とも思えなかった。

 何か、原因があったのではないか……?


 そう考えながら、マルテノーラは先程意識を失ってそうして目覚めたのだと自分の事まで話して聞かせた。


「……ふぅん、成程ね……」

「あたし、これからどうすれば……」

「ま、途方に暮れるのも当然よね。ましてや、婚約者も亡くなったんでしょう?

 生きていたならいい事ある、なんて気休めにもならないわね。


 ……ねぇ。もしもだけど。

 もし、やり直せるって言ったら、どうする?」


「……え?

 どう、ってそんなの……」


「心当たりがないわけじゃないのよ、その魔物の発生とやらに」

「っ!? どういう事ですか!?」

「落ち着いて。

 あのドラゴンが暴れたのと魔物の発生に繋がりがあるかはわからないけど、釣られた可能性はあるのよね……


 それで、もし、時を巻き戻してやり直せるなら、貴方、どうする?

 ここが滅びると分かったうえで見捨てて逃げる?

 それとも、魔物の発生した原因をどうにかして滅びを回避する?」


「やり直せるならやり直したいに決まってるじゃないですか。

 だってそうしたら、そしたらエリアス様が死ななかったってことにもなるんでしょう……!?」

「うーん、未来は不確定だから何とも言えないけど。そこでその、エリアスさま? とやらが死ななかったとしても別の原因で死ぬかもしれないわけだし」

「それでも、ここが滅んだりしなければ、あの竜が襲ってこなければ、死ななかった!

 エリアス様はお強い方だもの、こんな事さえ起きなければそう簡単に死んだりするような人じゃなかった……!!」


 そうだ。

 もしあの竜が来なければ。


 そしたら国が滅ぶ事もなかっただろうし、そうなれば。


 マルテノーラとエリアスの結婚が控えていたのだ。

 ただ、魔物が発生し始めて、そんな状況で結婚式を挙げるよりは先にそちらを解決させてからの方がいいだろうとなっていた。

 ある程度魔物が退治されて国内が落ち着けば。

 そうでなければもう少し早く二人は結婚していたのに。


 人々が心配だったのもあるけれど、この件が落ち着けばようやく愛するエリアスと結ばれるのだと思っていたからこそ、マルテノーラも張り切って各地を巡って聖女として働いたのに。


 なのに王都へ戻れば国が滅亡する事になるだなんて、一体誰が思うだろうか。


「一応、私時を操る魔法が使えるの。

 とはいっても、限界はあるんだけどね。

 時を戻せると言ってもそうね……精々三か月が限界」

「三か月……」


 それはとても凄い事ではあるが、たった三か月であの竜をどうにかできるような方法があるだろうか。

 マルテノーラの表情が不安に彩られる。


「魔物が発生した原因に心当たりがあるってさっき言ったでしょ?

 それをどうにかすれば、もしかしたらどうにかなるかもしれないの。

 ただ、そうね……時を戻す魔法を使うと私、当分は動けなくなるから。

 時が戻った時点で、私の意識は過去の自分の意識と一緒になるから事情の把握はできるけど、私が事態の解決に動く事はできなくなるの。

 魔力が回復するまでにそこそこかかっちゃうだろうから、貴方、やりなおすつもりがあるなら私のかわりに動いてくれる?」


「そうしたら、もしかしたら国が滅ばない……?」

「その可能性はあるわね。

 それにさっきのドラゴンも……」

「あの竜も、どうにかできる方法が?」

「わからない。けれど、もしかしたら」


 ベアトリーセは言葉を濁す。

 確証がないの、と前置いて魔物の発生が頻繁に起きた原因かもしれない事についてと、ドラゴンについてもマルテノーラに話していく。


 それを聞いて、マルテノーラはしっかりとその知識を頭に刻み込んだ。時が戻ってもこれをすぽんと忘れてしまえば悲劇が再び起きてしまう。そうさせないために、真剣にベアトリーセの話に耳を傾けた。


「ここまで聞いてやっぱりやりません、って感じではないみたいね。

 それじゃあ早速戻しましょう。

 巻き戻った時点で私はすぐ動けないから助けになれないけど、上手くいく事を願っているわ。

 もし失敗してまた時を戻すにしても、その時に力が回復してなければ次は三か月も巻き戻せないかもしれないもの」


 内心で、もし失敗してもまた時を戻してもらえばいいとほんのり思っていたマルテノーラはそれを聞いて気を引き締め直した。

 もし失敗して、次に二か月しか戻せないだとか、もっと短い期間までしか戻せなかった場合、竜が王都を滅ぼすまでのタイムリミットが近いわけで。


「それから、時を戻すといってもどちらかといえば精神を過去に飛ばすって感じだから、今の貴方が過去にいって、過去の貴方と遭遇するなんて事にはならないわ。

 でも、下手に未来の事を口にして頭がおかしいと思われたりだとか、未来を軽率に変える事であのドラゴンが予定より早く王都を襲いにやってくる、なんてこともあるかもしれない。

 よく考えて行動してね」

「はい! あたし、やり遂げてみせます!」

「うん、いい返事。

 それじゃあ、始めるわ。

 意識を集中して、目を閉じて、ゆっくりと息をして――」


 ベアトリーセの言葉に従うように目を閉じて、深呼吸をしていくうちにマルテノーラの意識は深く、深く沈みこんでいく。


「……どうか、上手くいきますように」


 意識が沈む寸前で聞こえたベアトリーセの囁くような声は、まるで祈るようだった。

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