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9.気持ちに向きあう人

「…よくわかったね私だって」


今の私はサングラスをかけて高いヒールサンダルを履いている。

傍から見れば私だとわかるほうがおかしいほど普段とかけ離れている格好をしているのによく気づいたものだ。いつも横を歩く人間をそんなによく見て生活しているのだろうか。


「いやまぁ、昨日の今日だしな。それに自分の好きなやつの洒落た格好見て気づかないほうがおかしいだろ。サングラスなんて持ってたんだとか、いろいろびっくりしてはいるけどさ」


片手でアイスクリームを食べながら淡々と話をしてくる。いつも思うけど、さらっと好きだと口に出して言えるその性格というかなんというか…尊敬すら覚えてしまう。


亮平がもし私以外の誰かを好きになっていたとしたら、もっと違う形の穏やかで報われた毎日を送れていたんじゃないか。

そんな考えが、ふと頭をよぎる。

見た目も格好悪くないし、自分の気持ちに素直で優しさもある。ほかの女子からも人気があって、よく『付き合ってないんですか』と聞かれていた時期もある。後輩が多かったような気もするけど。


「それより有紗…お前なんかあったの」


なんだかいつもより真剣な声色で私に問いかけてきた。

サングラスなんかしてるからだろうか。


「いやこれは、えと、今日は日差しが強いからかけてみようかなって。夏休みだし」


自分で言ってて理由がよくわからなくなってきてしまった。なんだ『夏休みだし』って。

夏休みだから背伸びしてみましたって自己申告しちゃったみたいで、じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。


俯きながらサングラスに触れていると、亮平がずかずかと距離を詰めてきた。

そのまま、私の手を持ち上げ顔を覗き込む。

男の人特有の骨ばった手の感覚、それに抵抗できそうにない力強さに少しびっくりして呆けてしまった。


「あの…え、ちょっと痛いんですけど」


離してくれないかと言えないくらいには、亮平が真剣な面持ちと空気を纏って顔をじっと見つめてきていた。


「有紗、誰かに殴られたのか?」


「え、」


「唇が赤く腫れてる。噛んだわけじゃなさそうだし、切ったのかぶつけたのかわからんけど、そんなとこけろを怪我するなんて何かあったのか」


唇……そう聞いてはっと気づいた。昨晩泣きながら嚙み締めていた跡のことを言っているんだ。

それでもそんなに目立った傷でもないはずなのに心配してくれていたのかと、亮平の強引さに少し不安になってしまった自分を恥じた。


「…いや棚のもの取ろうとしたときに落ちてきたのぶつけただけ……。」


私の言葉を聞いた瞬間に亮平から私の手が解放され、目の前でにかっと笑って見せた。


「んだよ、気をつけろよ綺麗な顔してるんだから」


「そんなことばっかり言ってるからチャラ男だって言われるんだぞ。亮平こそ気を付けるべきでしょ」


「ははっひでぇ」と笑いながら一段と柔らくなったアイスクリームをぱくぱくと食べ始めた。

恋愛対象として見ることはできないけれど、これだけ心配されたりするとやっぱりちょっと胸が苦しくなったりはする。


「亮平はさ。私以外に好きな人とかはいないわけ。」


甘えに似た感覚に後押しをされて、思わず聞いてしまった。

きょとんした表情をした後、アイスクリームのコーンの最後の一口を放り込んであっという間に飲み込んだ。


「今はいないかな。一回有紗に振られてはいるけど、まだ好きだしさ。だけどしつこく食い下がる気は無いから安心してくれ。好きな人に好かれないことより、嫌われるほうが嫌だし。何より親友としてこれからも仲良くしていきたいと思ってるんだからさ」


ぱっぱと両手のコーンの欠片を払い落しながら、沈黙を守る私を見て亮平は続けた。


「これから先の未来、どこかで多分有紗と同じかそれより好きな人がきっと現れるんだと思う。この気持ちだって将来ずっと同じだって保証もできねぇしよ。俺はもう伝えたいことを有紗に伝えた。有紗は俺に結果を示してくれた。だから俺の"好き"の気持ちを誰かに向けることになった時、その時になったら俺が今有紗に向けているほとんどがそいつに代わるって感じだろ。……そんなこと聞くなんて嫉妬してんのか?」


にやりと茶化すように視線をこちらに向けてきた。


「違うよ。嫉妬なんかじゃないけど、私以外を好きになってたらちゃんと結ばれて、幸せになれたんじゃないかなって思っただけ。贔屓目(ひいきめ)なしに亮平かっこいいからさ」


怪訝そうな顔つきでこちらをじっと見ている亮平の頭に、はてなのマークが浮かんで見える。

そんなに変なことを言っただろうか。


「有紗に好きな人ができて俺に遠慮してんのか、ほんとにただそう思ってんのか分かんねぇけどさ」


亮平が一つ、深く息を吸って静かに話し続ける。


「気持ちっていうのは理屈じゃねえんだよ。あんま語ると恥ずかしいけどさ。規則があるからじゃあ止めましょうとか、あいつだったらカップルになれそうとかそういう理由で好きって気持ちを作ったり捨てたりできるわけじゃないと思うんだよな。だから、気持ちっていう『選択できないこと』でもしもの話をするのは、たぶんナンセンスだ」


少しだけ上を見て話し続ける亮平は目に映るどんなものにも焦点を合わせていないようだった。

亮平なりに葛藤したり考えたりすることもあって、その答えを一生懸命に言葉にしようとしてくれているように見受けられた。


「俺が悩むのはさ、考えてどうにかなるものだけって決めてるんだ。気持ちってのはもう心の問題だから認めるしかない。でも、それをどうやって形にするのかとか、伝えるのか伝えないのかはちゃんと悩んでる。結局、伝えないことで後悔したくなくて、気持ちに素直になって言葉にしてるだけなんだよ。誰かを傷つけることも怖がらせることもあるかもしれないけど、一生一緒にいるのは自分自身だろ。なら、自分が一番納得できることを選ぶべきだと、俺は思うね。だから今、俺が有紗を好きな気持ちでいるうちは好きなままでいさせてくれよな」


後悔していないよ、と亮平なりの言葉で伝えてくれているのだと分かった。

真摯さも伝わってきて、いつもの軽率な感じが全く感じられなかった。

まぁ、根が真面目で優しい良い人っていうのはもともと知っていたことだけれども。


「いつもそうやってしっかり話してればチャラ男とか言われないのにね」


声を出して笑う亮平を見ながら、私は今この人からすごい大切なことを教えてもらったんじゃないかなと思った。


「ありがとうね。亮平」


「なんだよ改まって、どういたしまして!」


二人で和やかに笑い合い、1時間近く話をしていたことに気が付いた。


「私そろそろ買い物して帰らないと。親帰ってくる前にご飯作らなきゃいけないから」


「それはいいけど…サングラスは外さないの?」


「これは今ハマってるので外しません」


「夏休みだから?」


「そう、夏休みだから」


他愛のない問答をしながら、食材売り場へと足を運ぶ。それに亮平もついてきて、結局会計が終わるまで一緒に話をしながら歩いた。

エコバックに買ったものを詰め込み、「それじゃあね」と亮平に別れを告げると、持っていたエコバッグを奪い取られた。


「有紗の家まで運ぶよ暇だし、迷惑じゃなかったらだけど」


「それは…どうもご丁寧に」


亮平の用事は何だったのかなと思いながら、今は荷物持ちをやらせてあげることにした。


きっとこれが今の亮平がやりたいと思ってやっていることなんだろうなぁと、さっきの話を思い出しながら帰路ついたのは、気温と心が少し落ち着いた夕方だった。





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