7.世界の熱量の総数は決まっている
誰かがメッセージを送るたびにスマホの画面がふわっと光る。
暗くした部屋の中でその淡い光だけが呼吸をしているみたいに、まばらな間隔で瞬いていた。
「おめでとう」とか「おしゃれしていかないとね」とか、遠めでも少しばかり目に入るその通知達が、私の心を揺する。
最初こそグループチャットの通知音がポヨポヨとなっていたが、私がなんて返していいのかもわからない内に綴られていくみんなの賛辞を見ているうちに、マナーモードにして携帯をベッドに放り投げてしまった。
どれだけ盛り上がっているのかを知るには十分すぎるほどに明るくスマホが明滅し、その光は私から居場所を奪っていくように目を眩ませていた。
真っ暗な部屋のベッドで体育座りをし、返信の言葉を考えることも止めて、ただただ自分を納得させて慰めるために「これでいい」「莉子が幸せになれる喜ばしいことだ」と呪文のように反芻し続けていた。
携帯が光らなくなってきた頃、壁にかけた時計を見ると短針は23時を指していた。
少し落ち着いてきた自分を確かめるように、浅く息を吐き、マナーモードを解除してグループチャットを開いた。
画面に並ぶのはお祝いの言葉、冷やかすような冗談、恥ずかしいような様相。
いろんな形の心がたくさん込められていて、その場でみんなが実際に会っている感覚さえあるような熱量だった。
『ごめん寝落ちしてた。よかったね莉子!頑張って石引君と仲良くならなきゃね』
タプタプと文字は滑らかに入力できるのに、送信ボタンだけは嫌に重たい。
きっとみんな寝ている頃だろう。私も眠ってしまいたかったが、今眠ると良くない夢を見そうな感じがして、何か飲もうと二階の自室からリビングへ降りた。
まだ水滴の張り付いている水切り棚のコップを取り出し、冷蔵庫の中の水を出して氷と一緒に注ぐ。
カラコロと音が響き、一人だけだった夏の夜に少し居心地の良さを与えてくれた。静寂を際立たせるような氷の冷たさが唇に触れるのを感じながら、携帯で地元のホームページに掲載されている8月12日開催の花火大会のお知らせを開いた。
そこにはお笑い芸人が来るとか露店が出るとか、とにかく華やかな写真と明るい色のフォントたちがチラシを彩っていた。
コップの中で水と遊ぶ氷がカラリと音を鳴らし、喉を冷涼が通り過ぎていく度に思考が澄み渡る。
眠るための気分転換とは裏腹に、思考を鮮烈に際立たせてしまっていた。
莉子はこの花火大会で好きな人と笑い合って、美味しいものを食べて、綺麗な花火を見て……
「……っ………う…」
涙が視界を歪ませ、瞳から溢れては両手で拭い続けた。
唇を噛みしめたのは声を出さないように、それと痛みが私の厭わしい感情を戒め、感情を殺してくれればいいのにとの祈りを込めているからだ。
親友として莉子には幸せになってほしい気持ちと、想い人として誰にも渡したくはないという気持ち。
涼やかな夏の夜で、本心と理性に苛まれた瞳と唇だけが、熱を離さずにいた。
ポヨンとグループチャットの気の抜ける通知音が鳴り、
『ありがとう有紗!私の気持ちちゃんと伝えてくるからね!もしダメだったら慰めてよね!』
と元気のありふれた文面が表示された。
莉子の世界は今、恋の熱で高く、とても高くなっている。待ち遠しい花火大会、着ていく服、たくさんの楽しみにできることと、一抹の不安。こんな深夜にだって携帯を見ているほど、熱に浮かされているのだろう。
なのに、私は感情を殺すこと、自分の気持ちに嘘をつくこと、莉子とはまったく真逆で世界を冷え切らせているような感覚だ。
誰かが幸せになるとき、誰かが不幸になる。
誰かが嬉しい時、誰かはひどく辛い思いをしている。
誰かが優しいとき、誰かが優しくされている。
きっと誰もかれもが幸せにはなれない。
世界のそういった熱量は、もしかしたら総数が決まっているんじゃないかなと思わされるようだ。
コップの氷の角が溶け始めて丸くなり、水の嵩が少し増した頃、涙はもう止まっていた。
残りの水をぐっと全部飲み込んで、顔も洗わずにベッドへと身を沈めた。




