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3.好きな人の好きな人

暑さも際立って、制汗剤の香りが教室に充満する季節。

窓は開け放たれているのに、風はほとんど入ってこない。陽射しに温められた空気だけが、ゆっくりと滞留していた。


下敷きを扇ぐぽよぽよという間抜けな音。誰も示し合わせていないのに「あちぃ」という言葉が沈黙を作らない夏の昼下がり。私たちはもうじき訪れる夏休みの話をしていた。


「有紗は予定もう決まってるの?」


いつの間にか私の机に溶けていた莉子が片目だけを開けて、気怠そうに私に問いかけてくる。

体の半分をこちらに預けるその距離が、今も自然でいられることに少しだけ安堵する。


「今年も花火大会行くんだったら俺らのこと誘うの忘れないでくれよな。」


急に会話に割って入ったこの男は「床島 亮平(とこしま りょうへい)

快活で笑顔の絶えない奴だから軽薄な印象を持たれがちだが、人への気遣いが上手すぎて男女ともに友人が多い。コミュニケーション能力が高すぎて嫉妬してしまう。


その隣では「弓削田(ゆげた) (めぐみ)」が下敷きで私たち3人に平等に風を送っている。恵は莉子とは正反対と言ってもいいようなしっかり者で、人のために頑張りすぎちゃうところがある。必ず右の髪を三つ編みで結んでいて、朝の身支度を丁寧に済ませてきたことが伝わってくる。


「そうだよ有紗。人誘って遊んだりって話になると莉子を通さないとほかの人に伝わらないんだから。そんなドライなところも素敵だけどねクールビューティーさん」


「その呼び方やめてよ……」


亮平と恵と莉子、そして私は小学生からの仲良しで、いつも一緒に遊んでいた。

男女の性差。それは小さな頃ほど気にならないものだが、中学生にもなると周囲の仲良かった男女たちはそれぞれ自分のジェンダーに沿ったグループと趣味や会話をするようになり、見えない境界線のようなものが静かに引かれているようだった。


そんななかでも私たち4人は絶え間なく関わり合ってきたように思う。いつも必ず一緒というわけではないけれど、夏休みも冬休みも何かと予定を立てては行動を共にしている。


どうでもいいような眠れない夜に「寝れん」と一言だけメッセージが飛んでくるくらいには、気さくな間柄だ。

その短い文字の裏に、相手の気配を感じ取れる距離でもある。


「まぁ今年も相変わらずの4人で行くことになるでしょ花火大会」


「今年こそは有紗の浴衣姿見れるんだと思うと待ち遠しいな」


亮平が軽率に要求してくる。

軽口のようで、本気とも冗談ともつかないその調子が、亮平らしさを感じる。

一度も着たことないのに。


「あんたまたそうやって……一回振られてるのに、よく本人に言えるわよね」


恵が呆れたように口にする。亮平は私に一度告白して振られているのだ。

あの時はもう4人揃って遊ぶようなこともなくなっちゃうのかなとも思って、亮平に謝った。「友達辞めることになっちゃってごめん」って。


それでも亮平は「恋人になれないからって友達をやめなきゃいけないことはないだろ」と簡単に言ってのけて、呆然としたまま聞いた中学2年の頃の記憶。


男という性別がそうさせるのか、こいつが少し変なのかは分からないが、あの時以降、話をする機会が逆に増えたように思う。


「一回も着たことないし面倒だから着ないよ」


「ええーーー!最後の夏なのに!」


あんまり大きい声で言うなよ、と心の中で呟きながら、少しの照れ臭さを隠すように横髪を頬に当ててみた。触れた髪は汗で少しだけ湿ってしまいそうで、すぐに手を離した。


そんなに素直に「好き」を伝えられることが少し羨ましくもある。

莉子の方へ視線を向けると、珍しく口数が少ないことに気づいた。


「莉子?体調悪いの?」


「いや、そういうわけじゃないんだごめん!」


一握の違和感を残しはしたが、夏の暑さもあって疲れているのかなと思う。


「有紗……」


小さな、線の細い声が鼓膜を優しく揺らした


「り……莉子?どうしたの?」


普段とは違う覇気の弱い声色に一瞬傾倒しかけ、動揺が声の震えとなって表れてしまった。


「今日の帰り。寄り道したいからご飯食べよ一緒に」


「ん。じゃあファミレスでも行こうか」


親に夕飯のことを連絡する。

わざわざ話をするために、こうしてファミレスで一緒に過ごそうということになるのは珍しくなかった。今回もなんとなくの予想はついている。


最近、一緒に下校しているとバスケ部の「石引(いしびき) (ゆう)」という男子の名前が話に登場することがあった。

好きな人の気持ちというのは自分に向けられていないものほど敏感にわかるものだ。

きっと…莉子の想い人なんだろう。


分かってはいても胸は締め付けられる。

応援すると心に決めていながら、感情までは騙せない。

人間という生き物は厄介だ。

手に入らないと頭で分かっていながら、求める気持ちを手放すことを心が許してくれないのだ。



一日の終わり、いつもより少し重たい鞄を肩にかけ、いつもより歩幅の狭い莉子と並んで、ファミレスに向かって歩いた。





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