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15.揺らがない理性の天秤

花火大会前日の夕方、私は悩んでいた。


母親の友達が着付け教室をやっているのだが今年は応募者が少ないらしく、お金はいらないので空いた時間で浴衣を着せてやるというのだ。


その話を聞いた両親が「高校生最後の花火大会だし浴衣着ていきなさいよ」とか「お父さん目に焼き付けたいよ…」と哀愁に満ちた声で言うものだから、親孝行のためにも着ていくべきなのか悩んでいる。


どうせ着たって莉子には見せることできないし、亮平には騒がれるだろうし。といった感じでモチベはそんなに高くなく、シャーペンで宿題を片付けながら考えていた。


「いやまぁ……うーん」


唸り声が止まらない部屋にノックの音が響き、母親が入ってきた。

「ごはんできたよ」と告げてくれた母親が、私の机の上にある一点を見つめていた。


「あんたこれ、すごい綺麗じゃない。宝石?オパールかしら」


「え、見ただけで分かんの?すごいね」


バレッタに顔を近づけて触らないように観察している母の姿に、人の、そして物への気遣いの深さが滲んでいた。

光と視線を受けて、オパールの表面が淡く色を変える。


「お母さんが若いころは宝石とかブランドとか、結構プレゼントとしてオーソドックスだったのよ。だからわかりやすい宝石なんかは見分けやすいの。懐かしいわねー!お父さんが昔くれたピアスもオパールで、『綺麗な君に少しは釣り合うだろうか』なんて言ってくれてたのよー」


頬に手を当てて当時の馴れ初めを話す姿に、今よりももっと年若い母親の想像が掻き立てられてしまう。

こっちが恥ずかしくなって口元がむずむずする。


「せっかくこんなに綺麗なバレッタがあるなら、これに合うように浴衣を着つけてもらえばいいじゃない。きっと映えるわよー!」


確かに、こんなに綺麗なものなんだから晴れ舞台があってもいい。

それに本人にまだ伝えては無いけれど、お揃いにしてあるのだ。このバレッタが持っている意味だって私にとっては特別なものでもある。


特別なものを特別な機会に使うというのはとても魅力的に思えた。


「わかった。浴衣着ていくことにする」


「ほんとに!?じゃあお友達に連絡しておくわね~!時間は10時からでいいかしら?」


体ごと跳ねて喜びを表現する母親が、電話を掛けながらリビングへ向かっていった。

軽快に足を運んでいく姿を見て、そんなに嬉しいものなのかなと和やかな気持ちにさせられる。


しばらく座っていた椅子から腰を上げて立ち上がり、母の用意してくれた夕食を食べにリビングへと向かうことにした。

食卓では父と母と私の3人揃って食事を摂り、仲睦まじく話をしている両親がいる。

私が浴衣を着ていく話を聞いた父は写真を必ず撮るのを忘れないようにしてくれと母に頼み込んでいた。


浴衣の話題でオパールに合うような浴衣にするのだと母が話した時、そのバレッタが莉子とお揃いである事実が胸を撫でた。


今、私がここにいるのはこの両親が愛を育んだ結果であり、それは男女のマジョリティな夫婦の形だからこそである。


私と莉子が人生を共にする関係になっても、子どもは生まれない。


だけど、莉子が石引君と、あるいは莉子が今後の人生で好きになる男性と人生を共に歩む関係になったのなら、そこには子どもという一つの幸せを授かる可能性がちゃんとある。

養子縁組とかいろんな制度があるのは知っているが、やはり血の繋がった愛情の結晶というものが持つ重みを理解してしまえば、なおのこと私は莉子と結ばれるべきではないのだろう。


親友として。

そして莉子を愛してしまった人間として。

莉子には、幸せに人生を全うして生きて欲しいと心から願っているからこそ、私の気持ちの天秤は揺らぐことなく、自分が身を引く方へ傾き続けているのだ。


食事を終えて自室に戻り、バレッタを汚れないよう包装紙に戻して机に置いたことを確認した後、早めに眠るべきかと考えながら、静かに夜を過ごした。




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