14.チョコとオレンジ
「いつの間に買ったのよアイスなんて」
恵が腰に手を当てながら呆れたように、でもどこか微笑みの含まれた声色だった。
弟か息子か、そんな相手をしているような感じがするのは、余裕があって包容力もある恵だらかこそ
成せる業だろうか。
私なら少し冷たく伝わってしまいそうだなと恵に対して小さな羨望が芽生えた。
「いいだろう。さっきそこでアイス買おうって言ったら悠はいらないっていうからさ。3個入りの方が安いから一つ分けてやったんだぜ」
悠って石引君のことか。下の名前で呼ばれている機会をそんなに見たことなかったから一瞬誰のことなのだろうと思ってしまった。
「ごめんね曽野さん弓削田さん。俺たちだけ食べちゃってて」
申し訳なさそうな笑顔をこちらに向けて謝罪をしてくる石引君の姿に恵もちょっとバツが悪そうにしている。真摯な対応をされることに慣れていないのか少し視線を逸らしていた。
「いや…悪いのは亮平だし…まぁそれに別にそんな思ってもないというか…」
恵にしては珍しく歯切れが悪くて少し面白い。この人は恋人とかできたら押しに弱そうで、なんでも許しちゃったりしそうだな…と変な想像と不安を掻き立てられた。
「なぁ有紗、アイス一口食べるか?」
亮平が無遠慮にアイスが2つ入ったカップをこちらに近づけてきた。
中にはクッキークリームとオレンジが入っているのが見えるが、この組み合わせは果たして美味しいと思ってるのか…?
「どうゆう組み合わせなのよこれ…オレンジ酸っぱく感じるんじゃない?」
「甘いもの食べたら酸味ほしくなるだろ?だからアクセントのオレンジ!」
無邪気で明るい笑顔をこちらに向けてくる亮平の顔は、本当に美味しいと思って食べている子どものような顔をしていた。屈託も打算もなく人と実直に関われる亮平の魅力が、変な組み合わせのアイスクリームによって全開に引き出されていた。
「じゃあ…せっかくだしもらおうかな。オレンジの方」
カップの中に入っているスプーンに手を伸ばした時、慌てた様子で石引君が立ち上がった。
「曽野さん。よかったら今新しいスプーンもらってくるよ」
伸ばした手が一瞬止まったが、私と亮平はもうそんなことを気にするような間柄でもなく、飲み物とかでも普通に飲みまわしてたりするので気にも留めていなかった。
中学生の頃は少し気にしてやめてほしいとも伝えてはいたが、まるでそんな過去ございませんでしたと言わんばかりに、何度も亮平の"分け与えたい精神"を向けられてるうちに、まぁいいかと気にしなくなった。
亮平も下心なく、私や他の友達に分けてあげたいという純粋な気持ちでいることをよく知っているからでもある。
「いいよ石引君。ありがとね」
ひょいっと一口で3分の1くらいを口に放り込んだ。下に乗った酸味のある冷たさが、じわりと熱のこもっていた体内から心地よく広がっていく。
「おいしー。ありがとね亮平」
「おまっ、一口でそんなに食べんなよ!大事にちまちま食べてたのにさー!カロリー結構あるんだぞ!」
「女子にカロリーとか言うな!それにアイスクリームのカロリーはこの暑さのせいでゼロでーす」
きっと今日が終わったら、軽快にみんなで笑い合いながらふざけたように過ごした時間を思い返して嬉しくなるんだろうな、なんてさわやかになった口内の幸せな感覚とともに噛み締めていた。
石引君はキョトンとした顔で私たちのやり取りを見つめている。
「曽野さんと亮平は恋人同士なの?」
恵がお腹を抑えながら大声であっはっはと笑っている。
端から見れば勘違いする人もいなくはないと思うんだけど、私たちの関係は確かに歪でもある。
亮平なんて私のことまだ好きだって言っときながら、私と友達でいる時間を全力で楽しませてくれている。目には見えないけれどそこには亮平の心労とかもしかしたらあるのかもしれないなと考えないこともない。
「いや、俺は有紗のこと好きだけどフラれてんだ。だからただの友達だぞ」
「え!…それはごめん、失礼なことを聞いちゃったね」
「気にすんなって、俺も他のやつも、誰も気にしてないからさ」
亮平のこういうハッキリとした考え方も言い方も、男らしくてかっこいいなと思う。なんで私を好きになってしまったのかと毎回疑問にさえ感じるけど、好きという気持ちは理屈じゃないから仕方ないのだ。
恵が全員莉子へのプレゼントを買い終えたことを確認し、フードコートで食事をすることを提案した時間は既に13時を超えていた。
手頃なテーブルを抑え、それぞれ好きなものを買って食事を済ませ帰路についたのが15時頃。
買い物を目的としていたのに、過ぎる時間の速さが、みんなとの時間の方も充分に楽しんだことの証左となっていた。
今日はいつものグループに石引君が加わった一日で、それが少し珍しくて、でも新鮮な一日だった。
アクセント、という言葉が自然と浮かぶ。
アイスを食べていた亮平が『アクセントのオレンジ!』と言っていたけれど、それは今日の私たちの関係にも通ずるものがあるんじゃないだろうか。
チョコとオレンジ。
いつもの友達と石引君。
私は合わない部分もあるんじゃないかなと思っていたけれど、混ぜて食べるのではなくて、順番に食べるとか工夫の仕方で強調しあう。確かにこれは新しい風が吹き抜けたような清涼感のある素敵な一日だったと思う。
自宅へと到着して自室に入り、買ったものを忘れないようにとカバンから取り出した。
壁掛けに掛けたカバンは少し斜めに揺れていたが、目もくれずに私は自分用のバレッタを電灯にかざす。
遊色効果で儚く煌めくオパールが、今日の思い出と未来の笑顔に、綺麗に彩りを与えてくれているようだった。この宝石を目にするたびに私は楽しい思い出と好きな人の喜ぶ顔と、そして手に入ることがない心に思いを馳せることになるのかもしれない。
だからこそ、痛みすら懐かしく感じる日がどうか来ますようにと願いを込めずにはいられなかった。




