12.乖離するほどに軋む音
テーブルに並んだ食事も空になり、最初は莉子のことと決めて話していた時間も次第にただの世間話に移り変わる。ただ楽しく三人で話してはたまに莉子の話題が差し込まれる。そんなことを繰り返しているうちに15時を迎えようとしている。
恵が左腕につけている皮紐の小さな腕時計を少し見つめ、カバンに手をかけた。
「そろそろお暇しようかな。お金置いていくね。今日は楽しく話ができてよかったよ。ありがとう」
「いいよお金出さなくて!俺の用事で来てもらってるし、何より楽しい時間をくれたのは弓削田さん達の方なんだから奢るよ」
「でも、」と財布を開こうとする恵に、手の平を向けて止めた。
「ここは男の顔を立ててさ、綺麗な女子二人にご飯を奢る名誉を俺にくれると嬉しいんだけど」
この誠実そうで顔がいいのにそんなことまで言ってのけるのかと、目を真ん丸にしてつい石引君の顔をまじまじと見つめてしまった。
「まぁ…そこまで言うならそうさせてもらおうかしら。ごちそうさまでした」
恵が石引君に笑顔で告げたことを合図に私もすかさずお礼を重ねた。
「あの、今日はご飯ごちそうさまでした。力になれたかちょっと不安だけど、莉子との花火大会楽しめること祈ってるね」
「俺の方こそ。二人がどれだけ若竹さんのことを大切に思っているのかよく知れたし、それ以上に大事にできるように頑張るよ。今日はありがとう」
三人でファミレスを退店し、別れを告げた。石引君だけ方向が真逆だったので、少しの間恵と二人で他愛ない話をして歩いていた。
莉子の話を敢えて避けた話題で話しているのは、神妙な空気にしたくないという恵なりの配慮からだろう。
雑誌の話、昨日のテレビの話、新しくできたカフェの話
そのいくつもの話題がどれも、もしも莉子とだったらこんな風に話していたのかなと想像してしまう。
屈託のない笑顔も共有する味も真剣に悩んで唸る声も、独り占めすることは許されない。
私と莉子は女同士で結ばれないから。
莉子は石引君のことが好きだから。
そして、石引君も……
まだ付き合い始めてもいないのに失うことばかりを考えてしまう。
恵との話題も移り変わり続け、笑顔でちゃんと話ができているのにジワリと目が熱くなる。
そして、溜まり続けた想いが一つ、また一つと大きな水滴となり、流線形を描いて頬を伝い落ちた。
「……有紗…?え、大丈夫?!」
ギョッとした顔ですぐさまハンカチを顔に当ててくれる。
自分でも涙を流していることに気付くのが遅れるほどに、自然と零れ落ちていた。
「あれ…なんで泣いてんだろ私…。ごめ、ごめんこんなつもりじゃ……っ」
一度泣いていると自覚してしまえば止めることは許されなかった。
涙とともに嗚咽が溢れ、親友の幸せを心から祝福できない不甲斐ないこの汚い心も、愛してはいけない人を愛してしまった苦しみも一緒に全部吐き出してしまいたかった。だけど、それは自分の我儘で誰も幸せになんてならなくて、不幸しか呼び込むことのできない呪いのようなものだと自覚しているから咽び泣くことでしか自分の気持ちを鎮めてやれないのだ。
そのことが理性とは違う部分で分かっているから、きっと滴となって零れ落ちたのだ。
静かに寄り添い涙を拭ってくれる恵の温かい優しさが、本当は蔑まれるべき私の涙をより冷たく感じさせる。
「そんなに莉子のことが大事大事なんだねぇ有紗ちゃん」
「…っ、からかわないでよ…」
路肩に座ってひとしきり涙を流し、落ち着いてきた頃。
空模様も少し曇り気味になってきていたおかげで、暑さも大分和らいでいた。
泣いてる理由をそれとなく「親友の莉子が取られること想像して寂しくなった」とでも思ってくれているのだろう。その方が私としては都合が良い。
「そのハンカチ洗って返すから貸して」
涙とその他の液体で濡らしてしまった恵のハンカチを持って帰ろうと引っ張ると抵抗された
「いーの。こんなに美人な人が友達のために流した涙なんて汚くないもんねー」
「涙以外も拭いてるでしょ!貸してよ洗うからっ」
「だーめー」
ほんの少しのくだらないやり取りではあったけれど、クスッと笑うことができたおかげでようやく深く息を吸うことができた。
「…恵、ありがとうね」
「どーいたしまして」
ぐずぐずの顔面と腫れた目を隠すように少し俯きながら、恵に手を引かれて歩き始めた。
どこまでも大人びて見える恵の柔らかい手のひらが、我儘だらけの私の心の幼さを優しく包み込んでくれていた。




