ストーカー
真面目な顔をした森下の説明が始まる。
「最近、誰かに後を付けられているみたいなんだ」
「怖い話が出てきたな」
「怖いよー、澪ちゃんは登下校一緒なのに何も感じないらしいんだけどね」
「そうね…… 特に何も感じはしないかな。そもそもいつも視線は感じるし」
森下も上中も、他の友人達も華があるので注目を集めやすい人達であるのは間違いない。
男子だけではなく、女子からも人気のタイプなので、いつも誰かに見られているだろう。
「でもあの紙は、本物でしょ…… えっと、靴箱に紙が入ってたんだけどね。「後ろに気をつけたほうがいいですよ」って」
「怖」
後ろに気をつけろ、とはまるで反社の脅し文句(実際に聞いたことはないが)のようだ。
どれだけ怖い人に粘着されているのか。
「ん? でも靴箱に入ってたということは学校の人が入れたんだよな?」
「そう、多分そうなんだよね。断言はできないけど流石にちゃんと警備員いる中侵入はできないと思うから……」
ここは都内のそれなりにいい場所にあり、私立高校ということもあり、セキュリティにはしっかり力を入れている高校だ。気軽に不審者が侵入できる環境ではない。保護者ですら、きちんと身分が確認できないと入れさせてもらえないと聞いたことがある。
「そうだな。それでストーカーということか」
「ええ、そういうこと。みなみちゃんが最近見られている気がするという話も合わせて、ストーカーがいるんじゃないかという話になったの」
「で、野口くん写真部でしょ? こっそり私の後をついていざという時の現場を写真で抑えて欲しいの」
変な依頼だ。そもそも犯行を防ぐわけでもなく、その場を撮影する? 普通に考えるとボディーガードのほうがいいのでは?
「柔道部とかのやつに警備してもらったほうがいいんじゃないか?」
「男子と登下校はちょっと色々面倒だからね…… 後、合気道で自分の身は守れるから大丈夫なんだ。ただ、何かあった時の証拠が必要だなって」
「ほら、この子モテるから。毎日男子と一緒にいたら変な話題を振りまく事になって面倒なの。後は合気道力に期待ね」
なるほど、と頷く。森下はあまり特定の男子と仲良くしているイメージはないが、それは面倒なことが起きるからなんだろうな。主に恋愛面で。俺だって変に親しくされたら勘違いして告白することになる自信がある。そして合気道部に所属しているから武力はあるということか。わかったようなわからないような話は続く。
「なんか、野口くんっ、前話しているの聞いたんだけどポケットに入るような小さいカメラ持ってるんでしょ? それ持って後ろを見守って欲しいんだ」
ああ、小型カメラか。確かに教室でその話をしたことがある。ふとしたときに自然な写真を撮るためにお年玉で買った、胸ポケットにいれるようのカメラがある。それを買って友達に自慢したんだが、皆から盗撮犯扱いされた。それでヤバさに気づき部室に封印しているが…… 確かに隠し取りにはちょうどいいかもな。
しかしカメラを持って後ろを付け回すなんて俺が不審者扱いされかねない。
・提案
「とは言ってもなあ」
「私も一緒にいるから。それなら自然でしょ?」
「俺と一緒に森下を後ろからつけるということか?」
「そう。さすがに野口くん一人でずっと後ろからつけてもらうのも問題だし、他の子はみんな目立つから…… 私なら大丈夫だと思うの」
上中と二人で登下校か…… まあ確かに目立たないキャラではあるが。学校から駅まで15分、商店街を取っていくことになる。人通りはそれほど多くはないが、同じ高校の生徒には確実に目撃される。
「女の子と二人で帰るのもなあ。変な噂が出かねないしなあ」
「そんな注目されるとは思わないけど、私が写真部に体験入部しているってことにすればいいんじゃないかしら? で、色々教えてもらってると」
「野口くんには申し訳ないんだけどここ最近気味が悪くて…… 何も無ければないでいいんだけど助けて欲しい」
森下の目は真剣だ。まあ脅迫文まで出ているとなると本人の恐怖は相当なものだろう。女子であるということもあるだろうし、何か助けて上げたい気持ちはなくはない。役に立てるか自信はないが。
「わかった。協力するよ。週一回フラペチーノ一杯で手を打とう」
「ありがとう! それくらい全然大丈夫!じゃあ早速今日からお願いしてもいい?」
「スタバに二人で行くの?」
「いや、テイクアウトで問題ないが……」
上中は友達思いだな。森下と男子の個人的な絡みは気をつけたほうがいいということだろう。幸いなことに俺のタイプではないので今のところ問題はないが、距離感には気をつけよう。風の噂ではファンクラブもあるらしいからな。俺が後ろから刺されかねない。
しかしそこまで男性をブロックしていると、社会の荒波に耐えれるのか心配になるな。大学生になった途端すごいはっちゃけたりしないだろうか。変なところで心配になってきた。
「森下は彼氏はいないのか?」
「その質問はNGです」
……なぜか割って入る上中。芸能人のマネージャーか?
「もう、澪ちゃん辞めて。いないよー。よく大学生と付き合ってるとか言われるけど、全くそんな縁もないし」
「なるほどなるほど。とりあえず頑張って尾行するよ。尾行の仕方調べておかないと」
気分は探偵だ。まあ、さすがに、生徒同士のトラブル大事になる話ではないだろう。
いつか探偵をすることになったときに備えて練習だと思えば良い。
「じゃあとりあえず部活行ってくるね! 終わったら連絡する! じゃあ後で!」
そう言うと森下は去っていった。
「なんで彼氏の質問?」
「こういう時は彼氏の出番じゃないかと」
「逆に出にくくない?」
「まあそれもそうか」
冷静に考えると、彼氏に頼めることなら俺に話が来ることもないか。あまりにもセンスのない質問だったな。そのせいかこころなしか上中の目が冷たい気がする。とりあえずこの話は切り上げよう。
「さて、部室に行くかなあ。上中はどうする?」
「さっきも言ったけど写真部に体験入部ということで、お願いできるかしら?」
「ああ、わかった。ただ、俺は忙しいから適当に過ごしてくれよ?」
写真部は10人ほどの小さな部活で、掛け持ちしている生徒も多い。部室に言っても部長と何人かがのんびりしているだけのことが大半だ。友達を連れ込む部員も多いので適当に仮入部と言っておけば歓迎されるだろう。
「何で忙しいの?」
「今、写真集の構想を考えているんだ。」
「写真集なんて作ってるんだ。すごいね」
「まあ今どきの電子写真集だけどな。アマゾンでリリースするのが目標だよ。一人でも誰か見てくれる人がいるとモチベーションになる」
「人を撮るの? 風景とか?」
「人を撮るのはハードル高いし、基本風景とか物かな。インターネットに出ることを考えると周りのやつにはお願いしにくいからな」
SNSに自撮りをアップするのと何が違うんだと思わなくもないが、高いわくハードルが違うらしい。写真集に出るとなると気軽な気持ちではいられないと。まあそう言われるとそうなのかもしれない。