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あき

作者: ひのもと

短編小説です。3日寝ずに書いたので読んでください。

「あき」



桜のような人になりたい。飽きられる前に去ってゆくような。


季節は春。小枝に刺さっていた手袋がいつの間にか風に飛ばされてつぼみが付き、自信に満ち溢れた桜が顔を出す。


期待していた。心をざわめかせるような新たな出会いを。

愛と恋は違う。愛はゆっくりと育てるものであり、恋は熱く焦がれて消えてしまうものだ。両者の違いを考えたとき、俺は後者を選びたい。


新入生歓迎会で、ある女の子と出会った。初めての新歓で緊張していたのかソワソワしているのを見かけて声をかけた。名前を楓というらしい。

最初こそあまり話してくれなかったがこちらから多めに話を振っていたらそのうち彼女の口数が俺を上回るようになっていた。

「友達にぃ、関西の大学行くんだったら大喜利ぐらいできなきゃハブられるんだよって言われて」

「そうやなぁ。やっぱ大喜利か爆笑一発ギャグとかがないとこっちではやっていかれへんと思うわ」

「ほんとだったんだ...」

冗談でいったつもりが、彼女は思ったより深刻な顔をした。

「いやないって。その友達は大嘘つきやから今後の関係見直しや」

「じゃあ春馬さん、一個いっときますかぁ?」

「うわ最悪」

「こんなクレヨンしんちゃんはいやだ。どんなの?」

まさか初対面の新入生に大喜利のお題を振られるとは思わなかった。ここは先輩の意地を見せなければならない。

「風間くんが7浪してる」

「ふふっ。ちょっとおもろいじゃん」

「危なぁ〜!軽率にお題振んのほんまこわいって。初対面の先輩スベらせようとする奴あんまおらんぞ」

「あ、あと。こっちであんま『じゃん!』とか言わんといてな。さぶいぼ立つから」

「えーだめなの?じゃあ、さぶいぼ立たせたいときは必要以上に言うようにしますね!」

「なんやその新手の嫌がらせ」



くだらない冗談を言い合っているうちに意気投合し、付き合うことになった。何度もデートを重ねる日々が続き、柔らかな日差しに照らされながら彼女と歩く以上の幸せはなかった。今が一番美しい時間なんだと実感すると同時に、少しの寂しさもあった。

「うーわ。めちゃくちゃかわいい人おるからナンパしようとしたら彼女やったわ。ラッキー」

「いいから!ほらいくよ!」

彼女は外に出て遊ぶのが好きらしい。テーマパークに行ったりショッピングをしたり瀟洒なカフェでのんびりしたり。正直俺の方はどこでもよく、ただ彼女と話せているだけでよかった。デートの帰りの電車で、二人にしか聞こえない声で、二人にしか分からないような世界観で話すのが好きだった。

「日常に潜むおもろいことってあるよな」

「たとえば?」

「ほら、赤ちゃんが泣き始めるまでのタイムラグあるやん?あれなんかおもろない?」

「わかるぅ。お、泣かずに耐えたか?って思った瞬間泣き始めるもん」

「そうそう。あと謎の緊張感あんねんなあの時間」

「あー。あと駅とかでめちゃ不規則な動きしてる子供、とか?」

「どんなやねん」

「えーいるって!まじで蝶のように舞ってるんだもん」

「『蜂のように刺す』まで入れずにその表現って使えるんやな」

「刺してるかもしんないよ?」

彼女が笑う姿はまるで花のようで、ふとしたときに見とれてしまう。そして、枯れる寂しさもそこにある。

「どしたの?」

「いや、別に」


最近、彼女と過ごす時間に小さな変化を感じた。これは一般的なカップルにはある「慣れ」といわれるものだろう。これは片方だけがそうなのではなく、両者ともそうなりつつある。普通であればこの傾向はさほど悪いことではなく、むしろ二人のより深い関係を構築するためのステップとなるものだ。

しかし、俺はここに悲しみをおぼえてしまう。彼女が悪いなんてことはなく、これはどんな相手であっても仕方のないことだ。

飽きられるのが怖い。振られるくらいならこちらから振りたい。就活で、悲惨な面接の後お祈りメールが届く前にこちらから先にお祈りメール(辞退すること)を送る人も一定数いるようだが、これに似ているのかもしれない。

少し悲しいけれど、一番美しいときだけを楽しみたいのはそんなにおかしなことだろうか。散り際の悲しみはその代償だ。

枯れないドライフラワーよりも、無常の心をもった花の方が美しい。

彼女からのLINEの通知を切って連絡を意図的に断つようにした。彼女とはもうだめなのだ。


週末、夏祭りがあるらしい。これで最後にしよう。自分の勝手な都合でダラダラと彼女を悲しませ続けるわけにはいかない。

いつもは彼女の行きたい場所に付いていっていたので、俺から彼女を誘うのは初めてかもしれない。

誘いの連絡をしようとLINEを開くと、数日置きに送られたメッセージと複数の「送信取り消し」には罪悪感を抱かざるを得なかった。






季節は夏。セミの鳴き声のシャワーで目が覚めた。返信が気になって心臓が嫌に高鳴っていたから眠りが浅い。

なんで返信してくんないんだろ。現代社会においてスマホを何日も手放すなんてことはないだろうし、意図的に無視されているのかそれとも他の好きな子ができたのかと考え出すと際限なくネガティブな考えが出てくる。彼、たまに何考えてるか分かんないときあるんだよなぁ。


どこかどんよりとした気持ちを抱えながらご飯を食べていると通知でスマホが光った。真っ先にLINEの差出人を確認する。彼からだ。

「ごめんいろいろあって連絡できんかった」

「日曜あいてる?夏祭りいこ」


「うんいく!」

ご飯を食べていたことも忘れて飛びつくように返信する。

もし犬みたいにしっぽがあったら、きっと嬉しくてたまらずしっぽをぶんぶんと振ってしまっていただろう。

今まで重くのしかかっていた気持ちもあっという間に霧散していった。

「浴衣きてくね!はるくんも着てきてもいいんだよ?」

まだ彼とやりとりしていたくて、終わらせたくなくて、すかさず追いLINEを送る。

返事はすぐに来た。LINEのデフォルトで付いているキャラクターのスタンプが親指を立てていた。

なんだよ。かわいくないやつめ。



「ごめんなぁ。浴衣着ようと思ってんけど実家にあるっぽくてさぁ」

「でもあれやな。浴衣 似合ってんな。」

こういうセリフめいた言葉がスラスラ出てくる彼にしては少し言葉に詰まっていた。

それでも少し嬉しくて、照れを隠すように返事する。

「マジ?あーし、久しぶりにオキニと遊べると思ってテンアゲおめかししちゃったもん」

「急なキャラ変狙ってる?ちょっと無理あるって」

この小気味よいやり取りも久しぶりだった。ぼんやりとした膜が破れていくような感覚がある。

「お腹すいてない?」

「んー別に。なんか買うの?」

「いや、ちょっと楓と行きたい場所あってさ」

彼が手を繋いできた。この人は自然とこういうことができる人だ。私が今もドキドキしながらも幸福感に包まれてることなんて知らずに、なんでもないようにふるまうのだ。

手を繋ぐだけでこんなになってる自分にも恥ずかしくなる。今どき中学生でもこうはならないんじゃないか。

私だけがドキドキしてるのも癪に障るので表情をひそめてうつむきながら付いていく。


祭りの喧騒から外れ、すこし曲がった階段を登った。背後から列車が通る音が聞こえた。辺りが少しずつ暗くなり、ぼんやりとした街灯に照らされる。


「着いた。ここ、楓と花火見れたらええなぁって思って」

「なかなかいいとこ隠しもってるじゃないですか」

また照れ隠しの返事をしてしまう。

「なんでちょっと怒ってんのよ」

いつものように冗談めいた声で彼が笑う。うっすら感じていた彼への違和感を忘れるくらいのいつもの声。

場所はどこだっていいんだって気づいた。なんでもないことを言い合ってただ彼の隣を歩ければそれでいい。これからもずっと。


しばらく何も話さず花火をみていた。

空に浮かぶ火が咲いては散り、また咲いて散った。

私たちを照らし、この世には私と彼と花火の三人しかいないかのような空間。

彼がどこか虚ろな顔をしていた。花火見るときって、人ってこんな悲しげな表情をするもんだっけ。

そう思った次の瞬間、優しくも力強い彼の手が私の後頭部を引き寄せ、彼の顔が近づいた。

一瞬、彼の心の中の恐ろしく冷たいものを感じた。

身体は温かさに包まれているのに心は冷たく、鋭く痛む。

夏の熱気を感じる。刻一刻と日は沈み夜の濃度が上がっていく。鼓動は鳴り止まない。心臓が溶けてしまいそうだった。

なにかは分からないけれど、きっと大切なものがあのとき壊れた。それは花火の散り際によく似ていた。


あれから数日が経った。夏もすっかりピークを終え、セミの死体が増えてきた頃。

相も変わらずこちらから送ったLINEの返信は無い。しかし痛みは無い。嬉しみも無ければ悲しみも無い。

しばらく溜まってしまっていた大学の勉強を一旦中断し、窓からみえる景色を眺めた。

ひらひらと葉っぱが落ちた。それは落葉するにはあまりにも輝きすぎている葉であり、なぜかその落ちていく葉から目を離すことができなかった。

葉が落ちるのを見果すと、スマホに通知が届いた。


夏が終わる。飽きがくる。


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