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快決屋! 凪 #1

作者: アナベル・礼奈

 これは魔界の「怪決屋! 凪」という何でも屋の物語である。

 一、妙な女現る

「所長! いい加減に仕事選ぶのやめてくださいよ!! 収入が少ない上に、赤字が何か月続いてるかわかってますか!? しかもこれ!!」

 激怒する赤い髪の女狐。女狐と言うのは、人間の俗称じゃなくて、赤の長髪で長身の狐の妖怪。美形で、左の眼もとにほくろがあり服装はスーツで、狐の耳と尻尾をはやしている。仕事はしっかり、帳簿管理から契約締結もしてる優秀な社員。

「あぁ? 昨日飲み過ぎて頭がんがんで、その超音波やめてくれよ。」

 着崩した和装の男の妖怪で鬼。凪といい、角は虎柄のバンダナで隠して、太刀と銃を腰に挿している。凪は、すぐに煙草に火を点けた。

 赤髪の妖狐が腰に手を当てて、できるだけの肺活量で鼻から風を出した。

「えぇ!えぇ!!所長の悪行がおさまるならいくらでも超音波出しますよ!!これ!!」

赤髪の妖狐が机に複数の伝票を叩き付けた。

「おにゃんこ倶楽部! 娘々! 人魚姫! 全部キャバクラじゃないですか!! 全部で1万金!!しかも人魚姫は、カグヤさんが所長の友達だったから言いづらかったですけど、一晩で3千金も!!

 こんなの経費で落ちると思ってるんですかぁ!!?? 稼ぎも出さない所長のここ、ウジムシでも絶賛わいてますかぁ!?」

赤髪の妖狐が凪の頭を人差し指でぐりぐりさせながら、尻尾をいきり立たせて妖気を強めている。

 この世界で1金は人間世界の米国1$に値する。1万金なら、人間世界の日本の金銭感覚で、約100万円になる。

「杏奈。わりぃ。ツケにしてんだってぇ。」

「ツケだろうがなんだろうが!!領収書はちゃんとこっちに来るんですよ!?エンゲル係数って人間界の言葉知ってますかぁ!? 生命体としての倫理観を魔界の義務教育から勉強しなおしてください!!シャカリキ働け!くそ所長!!」

 杏奈が事務所の襖を勢い良くピシャ!!っと閉めて出て行った。

凪は叩きつけられた領収書を見て、ため息をついて煙草をふかした。

「カグヤちゃん。あれサービスじゃなかったのかよぉ。」


 ここは魔界で、妖怪が生きる世界。

その歓楽街の隅っこに居を構えているのが「快決屋! 凪」。

 凪という鬼の所長と杏南という赤い髪の妖狐が秘書兼副所長の2人。事業内容は、探偵でもボディ・セキュリティであり、ペットの散歩や子供をあやしたりもする、結局は何でも屋。依頼においては殺しもする。

 凪の酒癖、収入、だらしなさには、杏奈は辟易するばかり。凪と杏奈の喧嘩は日常茶飯事だ。

界隈の2人に対する人情と、杏奈の金策で継続はできてはいるが、界隈では「凪がいつ杏奈に殺されるか」という賭けもある程に有名な喧嘩だった。杏奈は快決屋の収入だけじゃ経営がままならないから、その美貌でキャバクラ「月詠み」で働いて生計を立てながら、自分以外の僅かな収入を入れている状況だった。


 翌日。

杏奈が仕事をしていると、昼過ぎに凪が事務所に来た。杏奈は殺気に充ちた目でガンつける。

「お・は・よ・う、ございます。凪所長?」

「お、おう・・・。ご苦労様だ

「所長? アナタみたいな地獄のクズにも値しない生命体にもご依頼がありました。

か・な・ら・ず!受けていただきたく存じます。」

凪の言葉を遮った杏奈が、ダンっと依頼書を机に置いて、PCに入力を続けている。

「お、おう。考える。」

「考える余地が所長に御座いましたでしょうか? 申し訳ございません。不本意な仕事の夜勤明けで疲れていまして。ASAPでクライアントの打ち合わせを入れました。18時から御来店との事です。」

「わ、わかった。その時間は

「御都合がよろしくありませんでしたでしょうか? 所長? また、アガリに結びつきのない赤字の御交友の深化でしょうか?」

 凪の言葉を遮った杏奈の言葉に、凪はため息をついた。

「わかった。なにがなんでも受けるよ。杏奈。」

杏奈が微笑んだ。凪は心を許した。その次の瞬間、後悔するとも知らずに。

「所長! 本当に、久しぶりに。頂いたお言葉です。褒めて差し上げますわ。」

杏奈が九尾の一部の妖狐として魔力を最大限発揮した。

「クライアントの依頼が成功条件のマストです。また気に入らないなんて、クソくだらない理由で断らないでくださいね? 私が穏便に済ませたい範疇ですので。」

「あ、あぁ。わかった。」

凪はおずおずと自分の部屋に入って、大きなため息をついてゆっくりと机に依頼書を置いた。

室内の冷蔵庫から「鬼殺し」という銘酒を取り出して、杯に注いだ。

 煙草に火を点けて、凪は目を通した。眉をひそめた。

「18歳のガキ?」

 内容は不可思議極まりない。

仕事は父親の捜索。前金は応相談。上限2万金。依頼人は亜種。つまり、突然変異やキメラとも呼ばれる合成魔獣の類だ。狼の耳に人間の顔。衣服で身体的特徴はわからないが、竜の尾があるらしい。

 名前はミカ。前金だけで2万金の大口だが、妖怪の18歳のガキに揃えられるわけがねぇ。

やばい案件か。しかし、杏奈もあれだけブチぎれてる経済状況。

 凪は煙草を消して依頼書を持って立ち上がり、部屋を出た。

 キッとにらむ杏奈。

「杏奈。このガキ、18時に来るとか上限2万金とか言ってるが、まじか?」

「はい。お疑いながらこの携帯で確認とっても。受けてもらえますか? また、会って気に入らなきゃ受けないとか?」

 杏奈が仕事用のガラケーを放り投げ、凪は受け取った。

「あぁ。話してみて見極める。それが俺の流儀だ。オメェにとってはクソ上司で、お前に水商売させてるのもかわいそうになってきたが、ツラ合わさねぇと分かんねぇ事があるもんだろ。」

杏奈は凪を睨んでいたが、少ししてため息をついた。

「へー。所長がそんな仏様のような心を1ppmでも持ってたなんて。忘れていました。

しかも、私の水商売がかわいそうに、「なってきた」だなんて、涙ちょちょびれてテイッシュが足りなそうですわぁ??」

 杏奈が怒ったままだが、少し顔を赤らめてPCに向かった。

「わ、わかったよ。悪かった。しっかい、合成獣のキメラ? んなもんの親父探しってのもわかったよ。ドンだけ父親も母親もいるかわかんねぇぞ? カグヤちゃんの情報網も使わせてもらうぜ。そのくらいはチャラにしてくれるさ。」

杏南はPCを操作しながら言った。

「所長。とにかく、一旦死んで、その脳みその再構築をお願いします。カグヤさんも、おにゃんこ倶楽部も、娘々も、厳然たる数字を提出されています。チャラにしてくれるなんて愚かな考えは捨てましょう。」

凪がため息をついた。

「あぁ。わかった。でも、本当に受けるかどうかは、俺に一任してくれ。この角にかけてよ。」

凪が虎柄のバンダナを取った。杏奈がツバを吐き捨てて、冷徹に微笑んだ。

「かしこまりました。所長。」

杏奈の微笑みに、凪はゾッとして自室に帰った。


 18時。

凪は鬼殺しを何杯も入れていた。自室のドアがノックされた。

「どうぞ。」

凪が格好を正して、客人を迎える。

 扉が開くと、杏奈と、ミカという少女がいた。

「所長。ミカさんです。」

ミカと言われた狼の耳に人間の顔。竜の尾の少女がいる。

「どうぞ。お掛けください。」

凪はミカをソファーに座らせて、杏奈に「お茶を」と言った。杏奈は黙って部屋を出た。

 ミカ。18なんてガキにも程がある。合成獣であるキメラ。掛け合わせの種族にも短命種はいるから何とも言えないが、魔界の生き物は、平均して200年以上生きるのが大体だ。18年なんて種族によっては、人間で言う赤ん坊に等しい。だが、幼児には見えない大人びた風貌だった。凪の視界に入ったミカの竜の尾に、ピンクのかわいいリボンがあった。

 凪は会話の糸口を探していた。依頼書の内容を直接聞くのもいいが、凪にはその気が引けた。

センシティブな事をズバッといったら、聞ける事も聞けないで終わるだろう。言葉は選ぶべきだ。

「ミカさん。こちらの依頼書を拝読させていただきました。端的に伺わせていただきますが、親御さんを御探しというのは、難儀かと思います。キメラは複数の合成獣である以上、両親だけで成立しない事が多い。それがあり得るとしたら、御両親ともキメラでよろしいでしょうか?」

 ミカは頷いた。

「そうです。これは私の母の写真です。父はファルコン。私の前で死んだ母がそう言っていた。」


 二、ミカとの話

 凪の事務所。

鬼殺しを飲んだ。ミカに差し出されたペンダント。その中の女のキメラの写真。凪は頭を掻いた。

「やっぱり。母親がキメラじゃ、親父さんも? ファルコンつったっけ? どんなキメラですか?」

「あなたが知らないとは思えない。あなた、悪鬼羅刹の伝説の傭兵でしょ? この街で聞いた。

あなた同様、伝説の傭兵ファルコン。正体不明の謎のアサシン。だから知りたいの。彼は生きているの?」

 凪はため息をついて、また鬼殺しを飲んだ。

「凪さん? アタシもお酒もらっていい?」

凪はミカを見た。その瞳の真剣さに、大きなため息をついた。

「わかった。これでよければ好きに飲んでくれ。ファルコンに関しては、最後に戦った時は覚えている。今生きているかわからねぇけどさ。場所を変えようか。うちの裏ボスの許可を得てからさ。」

 ミカは静かな目で頷いた。凪が大徳利を渡して席を立つ。自室を出て、杏奈を見た。

 杏奈は親の敵でも見る様な殺気だった表情で凪を睨みつける。

「所長? 如何なさいました? お客様に失礼を?」

「ちげぇよ。ミカさんが知りたい情報。予測がつくんだよ。バミンダのところに相談に行っていいかな? 必要経費だよ。」

 凪の目は真剣そのものだった。杏奈はため息をついた。

「必要経費、でございますか? バミンダ様のところへ?」

杏奈がチラッと凪の背後のミカを見た。ミカは鬼殺しに口をつけている。

「あぁ。娘々のバミンダ。アサシン関係は詳しいし、ファルコンはアイツも知ってる。」

杏奈がミカを見てから、殺気を抑えて、席を立って口を開いた。

「わかりました。必要経費かどうか、私も調べについて行きます。」

杏奈の張り付いた笑顔に、3人が事務所を出て行く。杏奈はきっちり施錠した。

「ねぇ。探偵さん。あの人、あなたの奥さん?」

「だったらかわいいもんだけど、怖くて怖くて頭があがんねぇ裏ボスでございますよ。」

凪の言葉に、ミカは鬼殺しを飲みながら微笑んだ。

「仲良しなんだ。羨ましい。」

「とんでもないですよ。あの女が嫁だったら何回殺された事か。」


 娘々の店の前。

凪とミカがいる。ミカが鬼殺しを飲みきってふらついている。凪は「おいおい」と支える。

店に入ると「おかえりなさいませ~~♪ご主人さまぁ~♪」と、複数の女妖怪がメイド服で迎える。

「あらぁ~。凪のご主人様w またおかえりになられましたのぉ?」

メイド服で胸をほとんど見せてくるセクシー猫娘、ミレイが腰を振って凪に近づく。凪のほころびかけた表情が、背後の殺気で引き締まる。ミレイも怯えた。

「ミレイちゃん。今日は仕事なんだよ。こっち。俺のお客さんの。ミカさんだ。今日はバミンダちゃんに用があってさ」

ミレイは唇に人差し指を当てて猫耳をピクピクさせている。

「ふ~~ん。ママに会いに来たの? チャージ入るけど?」

凪が強まる殺気に背筋が凍り、大きいため息をついてから首を振って言った。

「仕方ねぇよ。杏奈には娘々から経費で落としてくれって言ってくれねぇか?」

「それはそれw これはこれだニャン?w」

凪は頭を掻いて、ミカと杏奈を連れて娘々に入店した。


 バミンダが出てくる。褐色の肌の黒犬妖怪。長髪でグラマラスな長身。メイド服がかわいらしいが、煙草を吸いながら妖艶な目で凪を見てくる。

「あら。この前来たばっかりなのに。お疲れだワン? 今日は幼女と部下を連れてのコース? 相変わらず性欲増し増しのハーレム願望が強いんだから。」

 凪は心の中で「余計な事を!!この悪の美犬め!!」と叫ぶ。凪は、背後の強まる殺気と妖力の中に声を聞いた。「今日は? ハーレム? どおりで・・・。所長?」

 凪が振り返り、杏奈に言い訳している姿を見て、ミカもバミンダも微笑んだ。

「ふふ。この夫婦漫才はいつ見ても飽きないわね。今日は無料でいいわよ。サービスじゃなくて仕事の話なんでしょ? あんたの目がそう言ってる。」

 バミンダの言葉に凪は安心して、3人はついて行った。カウンターのオープンキッチンで、マスターの赤鬼が凪に気付いた。

「よぉ!! 凪坊!」

「わっさん。いつもの。今日はボッタクリ黒犬の正当な無料だよ。」

凪がミカが持つ酒を指でさす。ミカが据わった目で大徳利を見せる。

赤鬼の倭漢がゲラゲラ嗤い、バミンダが新しく煙草に火を点けた。

「そうかそうか。店長命令ならしかたねぇな。テメェでボッタクルのがいいアガリなのによ。ハッハッハ!」

「わっさん。今日だけはマジでやめてくれ。今日が俺の命日になっちまう。」


 倭漢は、バミンダや凪と同じ元傭兵。凪の師匠にもあたる鬼の先輩で色々戦闘訓練をされた、凪も勝てない恐ろしい巨漢の赤鬼だ。その倭漢は気づいていた。ミカに残る、昔の宿敵の面影に。

 凪もバミンダも倭漢も、ファルコンという伝説の傭兵を知っている。

何しろ、倭漢と同等に渡り合った冷血な砂漠の黒鬼。記憶に残らないわけがない。


 バミンダが倭漢に出された魔界の強い酒を飲んで、ため息をついて、ミカを見てため息をついた。取り残されていた杏奈とミカ。凪が口を開いた。

「バミンダ。わっさん。俺の依頼人のミカさんだ。ファルコンの事を聞きてぇんだってよ。」

バミンダも和漢も目を瞑った。倭漢は店の酒を飲んだ。

「そうか。ミカさんか。」

「知ってるんですか?」

ミカがペンダントの中の写真を見せて、「母です!父はファルコンだって!」という。

 凪は酒を飲んで、2人を見ていた。

2人は酒を飲み、凪の言いたい事を理解した。杏奈もミカも返す言葉がなかった。

「そうか。ミカさん。あん時のファルコンとレイカの忘れ形見なんだな。」

倭漢の言葉に、ミカが椅子の上に立った。倭漢は黙っている。

「おじさん。母さんの事も父の事も?」

「あぁ。だが、知ってどうする? 何がしてぇ? レイカはもう。」

「そう! 私の前で死んだの!黒いデーモン!」

倭漢が酒を飲んでため息をつく。バミンダも凪も黙っていた。

「そうか。残念な事にな。殺されたのか。よりによってあのクソ野郎に。」

「知ってるんですか!? 私はソイツを絶対に殺したくて!」

「やめな。お嬢ちゃん。妖怪にはやっていい事も、イケネェ事も

「わっさん。そっからは俺の領域だ。譲っちゃくれねぇか?」

「なんで!」

 ミカの言葉に凪が鬼殺しを飲んだ。

バミンダは煙草を吸って凪を横目で見る。杏奈は出された酒を飲んで同じ様に見る。

「ミカさん。子供が親の仇を殺してぇなんて、簡単にいっちゃいけねぇよ。

 レイカさんは、俺は知らなかったが、ファルコンは知っている。アンタの母親の仇もさ。

 だが、俺は知りたかった。そこまでの覚悟があったにしろ、後味わりぃ事は連鎖する。それでもしてぇってんなら俺が代行する。この命に代えてもさ。アンタが持ちかけた依頼はそういう事だぜ。命を金でやりくりすんな。」

 凪の目は真剣そのもの。

ミカは視線を逸らせて、凪が差し出した鬼殺しを飲んだ。

 バミンダも杏奈もミカの様子を見ている。

「アタシの、覚悟?」

「そうだよ。それがあったら、俺は殺す。なければ断る。俺が依頼を受けるかどうかの流儀だ。」

 ミカは黙って目を泳がせている。

倭漢、バミンダ、杏奈が2人の様子を見ている。


 少しして、ミカはペンダントを握って涙を流した。

「はっきり言って、母さんを守らなかった父さんも、そのデーモンも許せない。殺して欲しい。

覚悟は、父さんにも、そのデーモンも死ぬところに立ち会いたい。そのデーモンに家族がいても。」


 凪が、ミカから鬼殺しを受け取って、鬼殺しを飲んだ。

席を立って口を拭った。

「わかった。受けよう。時間と場所、前金の2万金の準備だ。俺は準備に帰るぜ。」

ミカは凪の背中を見て手を出そうとした。

「やめときな!」

バミンダが声を上げて、ミカも杏奈も驚いた。

「アイツは、うけるっつったら何がなんでも受けんのさ。そういう漢さ。

アンタには、これから心と金の準備が要るだろう。アイツの心に触れちまったんだ。ケジメつけな。」

ミカはキョトンとしているが、倭漢は鼻で嗤って、杏奈は微笑んだ。

「店長。きれちまった酒がある。酒屋に電話してくるよ。なるはやでな。」

倭漢がカウンターを出て、バミンダが煙草を咥えながらカウンターに入る。

「バミンダさん。請求書の件は

「野暮言うんじゃないよ。あのバカのマジな目から請求したくないよ。でなきゃ、アタシが倭漢さんにブン殴られる。そんなの嫌よ。頭が吹き飛ぶもん。」


 三、凪の信義

 砂漠の満月を見ながら、黒い翼を拡げた細身の男が、スマホを置いて古城の尖塔に腰をかけて酒を飲んでいた。

「いつぐらいだ? あのキメラ犯して殺った時以来か。やっぱ気にいらねぇのか? ひひひ。」

細身の男が酒を飲みきって、レンガの壁に叩きつけて新しく封を開く。

「楽しみだぜ? ファルコン。18年も経って俺と決着つけようってか。ひひひ。」


 娘々からの帰り。

快決屋の事務所に杏奈とミカがついて、中に入り中から施錠した。

ミカは泥酔して、ソファに寝転がる。杏奈はため息をついた。

「ミカさん。眠る前にお風呂入りましょう? 所長は留守の様ですから。」

「すらないわよぉ!!もっと酒もってもーーい!!バミちゃんはぁ!?」

杏奈はため息をついて、目も据わって、悪い酔いして睨んでくるミカを見る。

「ですから。娘々はもうとっくに出て

「もっともってこーーいい!!お金はあんのよ!!」

その言葉を最後にミカはソファに倒れこんで気絶した。心配した杏奈が耳をミカの口にそばだてて、呼吸を確認した。安心して、引き出しから毛布を出してミカに掛ける。

「全く。まだ子供なのに飛ばしちゃって。寝顔だけはかわいいのね。」

杏奈が自分用の酒棚から好みの酒を取って、スーツのまま対面の席に座って、ラッパ飲みを始める。

「しかしまぁ、お金の出どころも、バミンダさんにガミガミ説教してたのも覚えてないのかしら。

子供って怖いわね。」


 娘々でミカが話した内容は、杏奈とバミンダしか知らなかった。

 まず、ミカの金の出所は、死んだはずのレイカの口座からだという。8年前に死んだ母の口座に注ぎ足されている金に疑問は感じていたミカ。

 ミカだって、魔界の怨念や愛情だけで口座に金が沸いてくるはずが無い事はわかっていたと言った。だからこそ、父親のファルコンが振り込んでいる事は予想していた。

じゃあ、なんでファルコンはそんな事をしたのか。そんな事をするくらいなら母親と自分を守りながら生きてくれればいい。何で自分達を捨てたんだ。

 バミンダから明かされた、レイカを殺したデーモンの「カラス」。ファルコンとは諍いが耐えない妖怪であり、傭兵としての力比べを続けていた。レイカはその犠牲になったんだろうとバミンダは言った。そこから、ミカの怒りに火がついた。

 尚更、なぜ自分達母娘を助けに来なかったのか。ミカがレイカの血を色濃く継いで、黒鬼の概観はほとんどなく、自分の竜の尾は突然変異、下手をすればレイカの親の隔世遺伝か、ファルコンが父親じゃないのか。

 憶測が憶測を呼び、杏奈もバミンダも手がつけられずに、ミカは酒が進むばかりだった。

やっとつぶれたミカを見て、バミンダが「帰んな。アンちゃん。」と言って、今に至る。

 それまでも、ミカが何度もいきなり覚醒して大変なものだったが。


 杏奈は、席を立ち、酒を飲みながら風呂場に行き、浴槽の自動給湯機のスイッチを入れた。

「ミカさんは危険だから淹れてあげられないけど。アタシは一っ風呂浴びたいわ。」

脱衣場で酒を飲む杏奈。チラチラとミカを見てため息をつく。

 まだ湯船に溜まらない頃だった。杏奈のガラケーに着信が来た。

杏奈はすぐに出て、「もしもし」と言って凪の部屋に入った。襖を開けて、月の夜空を見て酒を飲む。ため息をつく杏奈。

「おいおい。一杯やってたのか?」

「所長が、バミンダさんの所で、バカみたいに散在する理由がよーくわかりました。聞き上手で、所長の知己。そりゃ盛り上がって、ハーレムコースですか? だからって経費は落ちません。落としません。理解頂きたく存じます。」

「いてぇとこつくなぁ。あれはあれだって、ミレイちゃんが

「関係ありません。ただ、今回の件については、ミカはやはり、大金の出所とファルコンさんや、カラスも理解していました。私にとっても腹だたしい話でした。所長には当然の事かもしれませんが、確認の為、御拝聴いただけますか? ダブルチェックです。」

「あいよ。」

 杏奈は凪に、凪と倭漢が席を外した後の話をした。

凪は黙って理解しているようで、何かを飲んでいる喉の音を聞いて、杏奈も喉の音を鳴らして酒を飲んだ。ほとんどあてつけのつもりだった。

「成程な。わっさんが予想したとおりだ。それに、ファルコンはちゃんと生き残ってる。

その、レイカさんとミカさんを見捨てた理由もわかった。わっさんとファルコンの話でよ。」

杏奈は首を傾げた。

「所長何してたんですか? 倭漢さんと抜け出して何かやってたんだろうなとは思ってましたけど。お聞かせいただけますか? そうしたら、流石に、場を設けてくださった娘々さんに少なくとものお金はお支払いしたいと思います。」

 凪も杏奈も酒を飲んだ。

「んなクソくだらねぇ気回しはいらねぇよ。俺とあの女やわっさんの仲だ。金で買うなよ。」

 凪の喉が鳴る音を聞いて、杏奈は微笑んだ。

その後、凪が言った話には、杏奈は驚くばかりだった。ファルコンがレイカとミカを見捨てた様にみえた結果の理由。ファルコンが影ながらミカを金で支えていた理由。

 そして、ファルコンは、ミカの願いを自分でつけようとしていない。

「所長。何ですかそれ。それじゃあミカさんはあまりにも

「そうだよ。それを俺は請け負った。今回の依頼でな。2人にハッピーエンドを与えてやるのが俺の仕事じゃねぇ。お互いに乗り越えてもらわねぇとな。」

 杏奈は酒を飲んで、室内の鼾を聞いた。そして微笑んだ。

「わかりました。所長。」

「な、なんだよ。気持ちわりぃな。」

杏奈が微笑んで月を見上げた。

「いいんですよ。アタシがキャバで働いてムカついて、過重労働でも。今だけ、ホントに今だけですけど、許してあげます。所長に拾われた時の事、思い出しました。我ながら最悪です。

 でも、所長は、そうじゃなきゃ。所長じゃないですもんね。」

杏奈は自分の声が震えている事に気づいた。

「おいおい。いってぇ。」

「なんか、思い出したら急に腹たちました。きりますね。

 ミカさんには、予定の日時も、場所も伝えます。せいぜい所長らしく、がんばってください。」

 杏奈が電話を切って、月を眺めて酒を飲んだ。

「はぁ! アタシもホンット馬鹿なんだから。」

杏奈が酒を飲んで、所長室から事務室に戻った。

酒をしまって、風呂場に向かう。溢れているお湯を止めて、全裸で風呂桶に入る。

 ミカがすりガラス越しにその姿を見て、毛布に包まった。


 四、カラスの来週






凪が戸を開けて見下ろすと、4人が驚いて階段を飛び降り、急いで大通りに向かう。凪は鼻で笑って屋根から階段から跳びまわって4人のチンピラ装束の男達に立った。大通りの前だ。

「やっぱな。ファルコンが手におえねぇなら、ご主人様の命令には、杏南と接触から、場所だけでも押さえておこうってか。鬼がいつでもべろべろで力だけなんて思ったら大間違いだぜ? テメェらは血や臓物が臭うし、俺も耳も悪かねぇんだぜ。」

 4人の妖怪が斬りかかって来た時、凪は一閃し、3人の首を落として後衛で逃げようとした妖怪の頭を撃った。全員から妖力を感じない。太刀の血を拭い、銃をしまおうとした時、凪は振り返った。鉄仮面の巨漢。ただ者じゃない。妖力を放出した凪。

「安心しろ。No.7 。いや、ミカを殺しに来たわけじゃない。むしろこの鬱陶しい4人を処分してくれて助かった。悪鬼羅刹の凪。」

「誰だテメェ。仲間やられて助かっただと? おめぇとこいつら同じ臭いがするぜ?」

鉄仮面が仮面を脱いで、凪は驚いた。カラスだ。背中の大剣。凄まじい妖力。会うのは何百年ぶりか。こいつをここで相手にするのは厄介だ。黒髪で短髪の巨漢。魔界の最下層から腕一本でのし上がってきた実力者。本気になったら厄介だ。

「心配するな。ミカを殺しに来たわけじゃない。お前の店に踏み込む気もない。」

「じゃあ何しに来た。」

「貴様の慧眼。悪鬼羅刹の心をミカは動かしたか。確かに任務はミカの奪取という名目だが、主はミカに実験体としての興味はない。それと、5大勢力の魔王の中で最弱魔王と言われてもな、主は知的好奇心と探求心が至上故。だが、部下に見限られ成果を奪われたというのは流石に不名誉。ミカを処分しろというより、ファルコンに罪を与えなければメンツが立たん。俺としては不本意だが、部下は部下。主の命は絶対だ。ファルコンに限れば見つけ出して連れてこい。場合によっては殺せと。遺伝子操作や合成魔獣に関しては天才中の天才で、魔王を名乗る力もあるからけじめはつけないとな。」

「お前もファルコンを探しているのか。妖気は感じないのか? お前同様ラングレンの片腕だったファルコンの妖気の性質くらいわかるし探索もできるだろう。」

カラスは黙り微笑んだ。

「いずれわかる。1万金払おう。この4つ。大通りに放り投げておいてくれないか?」

カラスが胸元から札束を投げ、凪は受け取った。確かにある。

「俺はここで死力を尽くす訳にも、こいつらを俺が殺したという訳にはいかん。どうしても殺し方には個人差が出る。ふふ。すまんな。釈迦に説法か。それに、悪鬼羅刹だの悪魔の中の悪魔と言われたお前は邪魔をせん限り、何もせんだろう。」

カラスがポケットから手を出して頭を掻いた時、紙袋が落ちた。凪は視線を動かさなかったが認識はしていた。カラスは微笑した。凪はしっかり見ていたんだ。

「さて、汚れをやってくれ1万金で十分だろう?」

「あぁ。杏南が喜ぶボーナスだ。」

カラスは微笑んで鉄仮面を被って大通りに出て行った。

 凪は3人の首を大通りに放り投げ、頭を撃ちぬいた男の死体も放り投げた。カラスの落とした紙袋を拾い、ポケットに入れた。カラスが逃したという事になる事はわかっているが、魔王相手でも「喧嘩売ればこうなるぞ」という示威行動だ。すぐに大騒ぎになって「警察! 警察!」という声を背に凪は事務所に戻った。

 事務所に戻り、施錠をし、ミカを閉じ込めた部屋の施錠を確認してノックしたら「聞こえるよ。大丈夫?」間違いないミカの声だ。カラスは手を抜けない手練れ。その間にミカを攫われたらと思ったが安心した。開錠して、ミカと事務所の部屋に2人でいた。

「杏南の方が防御に優れているのは言った通りだ。騒がしくなるだろうが、何があったかはそれまで待ってくれ。気にするな。俺とお前と杏南のチームで動く必要がある。」

「うん。・・・わかりました。さっきの妖気。カラスさんですよね? 私を殺しに?」

凪は気になった。カラスに「さん」をつけた。ラングレンの両腕だったファルコンを父親とまで言い、カラスにも敬意を払っているのか?

「あぁ。正直に話そう。カラスを含め5人。ラングレンの配下だろう。4人は雑魚で全員ぶっ殺したが、カラスは何もせず帰った。この金残してな。」

凪は胸元から1万金の札束をテーブルに置いて酒を飲んだ。ミカは困惑した顔だった。

「カラスさんが? こんなお金、どうして。」

「カラスが言うには、ラングレンはお前にもう興味はないらしい。しかし、5大勢力の端くれとして、片腕に裏切られただけじゃなく大好きな研究成果も奪われたんじゃ、メンツが立たない。要はお前の命じゃなくて、ファルコンの確保と示しをつける事が目的だ。」

「そんな・・・ファルコンをメンツなんかの為に。あの女に捕まったら何されるか。」

ミカが飲んだ。給湯機の音が鳴って、凪は酒を飲んで言った。

「今日は休め。明日か深夜には杏南も帰ってくる。その時に話そう。」

「でも。」

「今できる事はねぇ。それに夜襲はないとは思うが、表ももちろんかけたし、風呂場にも施錠魔術をかけとく。そして寝ろ。安心しろ。近くにいるが、ガキの裸のぞいたり襲わねぇよ。」

ミカは不安そうな顔で風呂場に向かい、凪は脱衣所の前で施錠魔術をして扉を背にして酒を飲んだ。酒が無くなったから取りに行って、戻る。スマホで仕事は受けた。とだけ送り、すぐにGoodのスタンプが送られてきた。

「ったく。しかし、ファルコンか。確か青髪の長髪で右頬に傷があったな。」


 四、ファルコンの捜索

 翌朝、ミカと凪、杏南が朝食を食べていた。杏南が太い客から貢がれた物で高級なミノタウロス肉のA5ランク。台所で気分よく料理をしている。何せ、凪が2万に+1万の金を取ってきたとは夢にも思わなかったからだ。やっと赤字から脱却できるしまともな生活もできそうだと機嫌がいい。


 昨晩深夜、ミカが寝た後、護衛を続けていた間、凪は帰ってきたべろべろに酔った杏南に話をした。「厄介ね。でも、今に始まった事じゃないですもんね。」「あぁ。ここら辺は連妖のしきりだ。ラングレンがそう簡単に出入りできるわけじゃねぇ。詳しい話はミカにも話さないとな。」


 朝食から肉。ミカのアレルギーに気を使って手の込んだ料理だ。

「こんな贅沢なの、ファルコンに逃がしてもらってから食べた事ない。」

「いいのいいの。所長のわがままで赤字経営だったところにお客様が来てくれるなんて。この程度のおもてなし当然ですわ。ちゃんと寝れました?」

「えぇ。久しぶりにゆっくり寝れました。そこそこの力はありますけどここは連妖の領地でしょう。あの女が手を出さなくても、異邦人が安心できるわけじゃありませんでしたから。」

 凪は酒を飲んで肉を喰い、久々に居酒屋飯以外のうまいものでいい気分だ。杏南は料理も上手い。凪はいきなり思い出して、言った。

「俺な。実は何百年前か、ファルコンと戦った事がある。」

凪の言葉にミカも杏南も驚いた。

「傭兵時代な。杏南と会う前で、この領域にラングレンが進行してきた。実験材料の収集だったらしく、あいつらは基本的に不干渉なんだがラングレンは自分の探求心の為にカラスやファルコンなど精鋭を連れてきてな。俺は連妖に雇われた。」

凪が酒を飲んで肉を喰う。

「連妖は何でも自分でやっちまう性格だ。対してラングレンは頭が回る。カラスとファルコンを対象にした軍勢で他方向から攻勢を仕掛けてきた。無論本人もな。俺はファルコンが引き連れる合成魔獣や魔人を、三日三晩ぶっ殺し続けて、ラスボスのファルコンが出てきた。スカーフェイスに太刀の二刀流。槍みてぇな斧も持ってた。他の奴らなんかカスだと思うぐれぇ強かった。封印を解いて本気を出そうかとも思ったよ。本当にな。」

「ファルコンと戦ったって、もしかして、ファルコンの頬の傷は」

「あぁ。俺がつけた傷跡だ。俺と同じか下手したらそれ以上の剛力で魔術にも長けていた。俺だってダメージ受けたよ。」

凪は左腕をめくって腕を見せた。複数の傷の痕。ミカも杏南も手が止まった。凪は酒を飲む。

「で、どうなったんですか?」

「引き分けたよ。あいつは俺が三日三晩、寝ずに戦ってから、戦ったってのにまだ同等だった俺に敬意を評した。噂にたがわぬ悪鬼羅刹だってな。命令があったのか、ファルコンは合成魔獣も、生きてる奴は全員守りながら徐々に引いた。殿だ。傭兵隊は追撃したが俺は留まった。なぜ追わないんだって怒鳴り散らしてきた魔族を俺は切り殺した。周りはビビッて「少し疲れたから休ませろ。役立たずの傭兵ども」って言ってその場を引いた。その数十年後、別の依頼でカラスとも戦った。あいつら2人ともバカみたいにつえぇ。お前からファルコンの名を聞いて、昨日カラスにあったときは因縁を感じたよ。」

「所長。そんな事が。じゃあファルコンの妖気はわかるんですね?」

「あぁ。昨日のカラスみたいに妖気を押し込める封呪の防御さえしてなければな。」

凪が酒を飲み、汁を飲んだ。そしてポケットから小さな紙を出した。カラスが落とした紙袋だ。杏南が広げるとミカも食い気味に見た。ミカが驚いた。

「これ!ファルコンの!」

ミカの言葉に杏南は驚いた。凪は酒を飲む。昔の記憶だが、首を一閃しようとした時に見えたファルコンがつけていたペンダントとカラスの文字だった。

「あいつのつけてたペンダントの欠片だろ? それに、ガンダラ北地区。もしかしたらそこにいるのかもしれねぇな。ガンダラの北っつったらバルカンの縄張りに近いのが困ったもんだ。」

 バルカンとは5大勢力の魔王の1人で攻撃的で巨人族。荒くれ者が多い。

 ミカはぎゅっとペンダントを握りしめて言った。

「ファルコンの妖気。」ミカは涙を流し、杏南は明るい表情になって立ち上がった。

「よし! 所長! そのペンダントの欠片でファルコンの妖気がわかれば私の探索で居場所を特定できますよ! ガンダラの北って言ったら田舎で限られてますし!」

「あぁ。だが、罠かもしれねぇのも事実。カラスが金と情報を任務にかこつけて持ってきたなら」

「カラスさんはそんな人じゃありません!」

ミカの勢いに杏南は驚き、杏南は黙り、凪は酒を飲んだ。

「まぁな。そうかもしれねぇ。疑ってかかるのは戦士の常だからな。特に俺みたいにはぐれもんのの元傭兵じゃあな。だが、確認するのも必要な事。しっかり飯食って準備したら行ってみるか。」

「はい!」

ミカがとても嬉しそうに微笑んだ。会ってから一番かわいい、嬉しそうな笑顔だ。

「ミカさん。悪いけどそのペンダントの欠片、貸してもらえるかしら。私が妖力の波長を記憶して探索できるわ。」

「そうだな。この女狐にゃできるが、俺はんな繊細な事はできねぇ。護衛は任せろ。杏南。」

「話がうまくいきそうね。ミカさん。」


 食後、気合いを入れて準備するミカ。洗い物を済ませて、杏南も準備した。

凪の見たところ、この3人で最強は間違いなく自分、杏南は魔力が強いテクニシャンだがまだまだと思っていた。ミカはどんな特訓を続けてもまだ18。守るしかあるまい。陸路は危険だ。凪はスマホを取って銃弾と刀を見ながら電話した。

「あぁゴンザレスか。ひとッ飛びお願いしたくてな。」

「あぁ旦那。いいですぜ。どこまでで?」

ゴンザレスは龍族で速い、安全、でも高い。凪とは知己の中。内容を取り付けて、電話を切って杏南とミカに話しに行った。

「龍に乗る。高い所は大丈夫か?」

「は、はい。」ミカはきょとんとして杏南が「準備ができたら行きましょうね。」と言った。


 五、ガンダラ北区

 準備を整えた3人が快決屋を出て、杏南が施錠魔法をかけ、歓楽街を出て広場に出た。ゴンザレス待ちだ。そわそわしているミカ。酒を飲み、杏南は戦闘スタイルでばっちり決めていた。魔力増幅のタリスマンや装飾品をつけて待っている。杏南はミカを見て聞いた。

「どうしました? 緊張してるんですか?」

「え、えぇ。ちょっと。ファルコンに会えたら嬉しいけど。なんて言えばいいんだろうって。」

長身の杏南は微笑んで、少しだけかがんでミカに目線を合わせた。

「大丈夫ですよ。お父さんとかはいきなりかもしれませんけど、ファルコンさんだって。お互い会って顔を合わせれば。千の言葉よりも意味がありますよ。」

ミカはペンダントの欠片を見て、バッグにカラスの伝言と一緒にいれた。

「伏せろ。」凪が言った。 ミカは茫然としていたが杏南がミカの前、さらに前に凪が妖力を開放して立ちふさがった。凄まじい竜巻。ゴンザレスじゃない。異様な程の妖気の土を巻き上げる竜巻の先から1人の姿が見えた。凪は酒を飲んで舌打ちした。

「夜逃げナラぬ、昼間から堂々ト避難カ?」

 連妖。青い長髪で白と赤のチャイナドレスでスリットが腰まで入るセクシーな女。魔界の中でも特殊な地域で育ったせいか、半分はカタコトの共通語を使う。昨日のカラス達の襲撃が耳に入ってもおかしくないが、よりにもよってこの領地の長が来るとは。

「いいや。仕事だよ。わざわざあんたが出てくるほどの事じゃない。」

凪の言葉を連妖は鼻で笑った。片腕を上げると竜巻を上空に飛ばす。おそらくゴンザレスの接近を邪魔するつもりだったんだろう。風に特化した能力者、魔王ではない。ラングレンより強いのは確か。体術や青龍刀と魔術を自在にテクニカルに使いこなす。

「マネ。でも派手に暴れてクレたね。大通りにあのイカレポンチの部下4人放り投げて、鴉もいた聞いてル。イカレポンチの依頼か?」

「口がわりぃな。ちげぇよ。むしろその逆だ。」

連妖が人差し指を突き出して凪も杏南も警戒し防御したが流石は5大勢力の魔王の一角。指先から黒いものが伸びて、凪は太刀で弾いたが杏南の防御結界を貫いて蛇の様に曲がりながらミカの腕についた。「痛!」と言って杏南も魔力の剣で斬ろうとし、凪も二の太刀を振ったがあっという間に、長く伸ばした巻き尺を一気に巻き取る様に連妖の指に戻る。連妖はペロッと舐めて。少しして「ふーん」と言った。

凪もバンダナを取って角を出した。もしこの封印を解けば、爆発的な妖力を発動する。杏南も魔力を高めてミカを守る。

「成程ネ。あのイカレポンチもいろいろ考えるネ。いろんな味スル。」

「なんだ? うちの依頼人を試食でもしたのか?」

連妖は目をつむって黙って腕を組んだ。

「マ、そね。でも喰いたい思わなイ。成程。イカレポンチの側近が来たかラまたカ思った。でも、チガウね。理由わかった。」指を鳴らして連妖の作った竜巻は豪風になって失せた。

「戦いにきてナイ。色々納得いっタ。イカレポンチがまた来たら今度は殺ス」

そう言って連妖は振り返って去った。

「ど」

「動くな!」 凪がミカの言葉をさえぎった。凪も杏南も警戒を解いていないが改めて魔王の別格さを感じた。連妖はすっと消えて行って。気配を感じなくなって3人とも警戒を解いて、凪がバンダナを巻きながら杏南が「大丈夫ですか? お怪我は?」と心配してミカに毒でも入れられたのかと心配して、回復魔術をかける。

「いえ、チクッとしたくらいでそこまでの痛みはないです。」

凪はわかった。

連妖はミカの体のほんの一部か1ccにも満たない血でどんな合成魔人かを知りたがったんだ。凪が気になるのは「理由わかった」の意味だった。ラングレンの合成実験の意図を知ったのか。カラスが嘘をついていなければ、ミカにもう興味はないはず。では「理由」は何の理由だ?


 凪が空を見ると黒龍が空高くを旋回している。ゴンザレスだ。凪が太刀をおさめ、杏南も警戒を解いた。連妖の妖気は感じなくなった。凪がスマホを取り出して「もう大丈夫だぞ」と連絡するとゴンザレスが降りてきた。地上に立った黒龍は体調8mはありそうな大きな龍だ。凪も大きい方だが全然大きい。ミカが怖がって杏南の後ろに退いた。「大丈夫ですよ。敵じゃありません。」と杏南が言って、凪が半笑いした。

「やっぱ警戒してたか。ゴンザレス。」

「旦那ぁ。来てみりゃ連妖はいるしとんでもねぇ雷雲で近づけやしなかったよ。こえぇも何も。その小さいのが?」

ゴンザレスが首を伸ばしてミカを見た。龍族の中でも様々いるが黒龍は気性が荒いのは有名。格というか戦闘能力はゴールドドラゴンの方が上だが、ただの龍ではない。ミカは少し引いた。

「珍しい亜種ですね。旦那。」

「あんまり首つっこまないで行こうぜ。」

ゴンザレスが伏せて、3人は背中に乗って、凪と杏南は慣れたもんだがミカは杏南にしがみついた。飛び立つゴンザレスに凪も杏南も慣れたものだったがミカは目を閉じて空までの風に驚いた。落ち着いて、緩やかな風で目を開けると、見た事のない魔界を見たミカは感動した。「高い所は大丈夫ですか?」杏南は魔術で作ったロープでミカの命綱をつないでいたから安心してミカは4違法発砲や地上を見て声を漏らした。

「魔界ってこんなにきれいだったんですね。」

凪がチラ見して、杏南は微笑んだ。

「そうですよ。禍々しい暗闇や安心できない場所ばっかりじゃないですよ。」

杏南の言葉にミカが言った。

「あっちの方は暗くて怖い感じですけど、あの山の先にはとてもきれいな湖や、もう少し先行けば海もありますよ。とてもきれいな海や森がありますよ。」

「なんだかわからないけど、わかるし、行った事ないのに懐かしい気がします。向こうの山の向こうも。なんか懐かしい感覚。」

凪もゴンザレスもミカをチラ見した。

「お嬢ちゃん。まるで知ってる様な言い方だな。あの山の向こうは俺の故郷だ。龍族の町や国がある。お嬢ちゃんのその尻尾からして赤龍っぽいけどもしかしたら血縁があるんかもな。」

 凪は思った。連妖がミカの血や肉を少しだけ喰った理由。何が混ざってるか。合成魔人も、生まれてからの経験だけの記憶じゃなくて、血や肉体に記憶が残ってるんだろう。合成された魔族の記憶。そして、第六感が働いた。

「お嬢ちゃん。色々訳ありみてぇだけど、今度雇ってくれりゃ魔界巡りの観光につれてくぜ。行ける所までだけどな。」

「はい! 是非!」


 しばらくして、凪が言った。

「ゴンザレス。ここまででいい。ケチってるわけじゃねぇ。こっからは連妖とバルカンの領地の境目だ。バルカンの奴らが警戒するかもしれねぇ。」

「あいよ。旦那。待ってた方がいいかい? 帰りは遠いぜ?」

「あぁ。大口の嬢ちゃんなんだ。そこのそろばん女狐が文句言うなら体も売らせるよ。」

「超ブラック会社。」


 3人がゴンザレスから降りて、ゴンザレスは龍の角と尾をはやした魔人の姿になった。杏南と同じくらいの身長。

「じゃ、旦那。釈迦に説法だけど、北区は連妖が支配しててもバルカンも少しはいるよ。」

ゴンザレスは近くの村に向かい離れ、凪が酒を飲んで、3人はガンダラ北区の街を見た。田舎とはいえいくつかある。

「大丈夫さ。多分だけどな。ミカ。わりぃけどペンダントの欠片、ファルコンの顔写ってたよな。俺の記憶の範囲だが。」酒を飲んで凪が手を出した。ミカは不承不承手渡した。ほぼ半分にかけたペンダント。開けるとファルコンは写っている写真の端にミカと同じ髪色がわずかに見えた。まさかミカではあるまいと思いながら凪はペンダントを返した。

「杏南。ファルコンの妖気は?」

「あの街です。今は感じません。禍々しい妖気ばかりです。ですが、残香を感じます。残念ながらあの紙袋の残気から記憶したカラスの妖気も。」

杏南が指さす方向の街に歩きながら凪は鼻で笑ってバンダナを取った。

「安心しろ。今日はあんときよりゃ万全だ。俺もいい具合にはいってるしな。」

 

 凪が街の入り口に入り、周りを睨むと、街は戦争直後の様な怪我だらけの魔獣や魔獣ばかりだ。凪も杏南も警戒した。杏南は結界を強め、ミカを守った。ミカ自身も普通の妖怪なんて相手にならない実力はあるのはわかるが、念には念を入れる杏南だ。

凪も杏南もちらちら傷口を見て思った。連妖や直属の部隊のらしい派手な戦闘の痕。打痕で首や腹が明後日の方を向いていたり、急所を的確に突いていたり、大刀で筋の様に斬った傷跡。連妖やその直属部隊の技はスマートなやり方を好む。

 ここで連妖とバルカンで一悶着あったのか? と凪は思った。だが暴虐武人でやりたい放題のバルカンの痕跡が見えない。だとすればあれだけの魔王だ。ミカの肉体のほんの一部と血で、ファルコンの居場所に辺りをつけてここに来た可能性もある。合成魔人で心当たりのある波長を感じたのなら、警戒するだろう。バルカンと近いとはいえ、不安は恐れず自分の目で確認するのが連妖のやり方だ。だから、独断先行も平気でする。

 それに、少し歩くと明らかに殺され方が違う死体も散見される。

「おい。カラスの気配は?」

「感じません。」「私もです。」

凪は銃だけ抜いて歩いた。あの後ここにきてひと暴れしたってのか? 殺し方は人それぞれと言っていた気にしていたカラスが? 魔界は確かに無法地帯。ラングレンは警察でもないし、死因から犯人を特定するとは思えない。

 とにかく、杏南の言う通り、禍々しい陽気とカラスの残気。ファルコンのものもあるという方向に行くと死体の形が違う。繊細さや技巧などない。大剣での惨殺に見える。こっから先はあの2人の殺戮か? だとすればと、凪は全力ではないが肉体強化をした。鬼にも色んな鬼がいるが悪鬼羅刹と呼ばれたきっかけはこの能力にもある。筋肉操作により力だけじゃなく妖力も爆発的上げて太刀に込めた妖力一刀と魔力を込めた魔弾銃。戦闘態勢だ。

「杏南。ミカ。俺から離れるな。」 2人は頷いた。一角の封を解いていないのに恐ろしい妖力。

凪は「うぅ。」と聞いて、けさ斬りにされた、声を震わせる虎の魔獣を見た。さすが鬼、とミカあ思う程、容赦ない勢いで胸元を掴んで凪は聞いた。

「おい。いつ襲われた。怪我の具合。今のさっきじゃねぇだろ。」

「ア、アンタ! 悪鬼羅刹の」

「俺の事はどうでもいい。誰がやった!?」

恐ろしい恐喝に虎の魔獣が言った。

「ラングレンのとこカラスだ。ファルコンはどこだって。俺は知らねぇと言って、放り投げられたけどその後、連妖様達が来た。助けかと思ったら奥に逃がして魔獣を殺しまくってた。」

 凪は放り投げて、杏南にサインを出した。杏南はタリスマンなど妖力増幅器で魔力を高めて結界を強化した。この奥にカラスは確実にいると思っていい。ファルコンもいる可能性がある。同時に凪は考えたが、昨日の態度と何より切り口。何百年前か見たカラスの太刀筋とは違う。ファルコンもいておかしくない。凪は虎の魔獣を放り投げた。

「杏南。ファルコンの妖気は?」

「カラスと同時に強くなってきてます。」

ミカは惨状におびえ家の窓の隙間から見る妖怪も観ながら、胸に手を当てていた。落ち着こうとしたんだろう。

「この奥らしい。いくぞ。」


 六、ファルコンとミカの再会

 「ガンダラの北の街クルセス。田舎だ。」

双眼鏡を放り投げてラングレンの部下が頭を下げた。

「テレパスとメモリーを合成した魔獣できてみたが、ファルコンも賢いな。よりによって連妖とバルカンの目の届く所に逃げ込むとはな。私が簡単に手を出せない事を見込んでか。あの2人が協定を結ぶとは思えんが好戦的な単細胞なのは共通項だ。理解できなくもないか。」

黒髪でゴスロリの少女が冷静な目でクルセスの中を見た。自分で能力者から奪ったレンズの能力で双眼鏡を介し様子が見える数㎞離れた所から中の様子を上空から見ていた。

「それに、凪か。あの気まぐれな悪タレが妖狐と組んでいるとは知っていたが。まぁいい。それにしても。ファルコンもカラスも私の顔にこうも泥を塗ってくるとはな。あんな失敗作の為に。」

ラングレンは透明のステルス航空機の中に戻り、ある培養管のスイッチを押した。

「ここであいつら単細胞の曲芸師とバカ力相手にしたくない。いつだったかの痛手はごめんだ。」

 培養管から、培養液と共に人間に狼の耳と人魚の耳。ドラゴンの尾に膨れ上がった腕の女の合成魔獣が出てきた。ラングレンに跪き、裸のまま頭を下げた。

「服を着て降りろ。こいつが連れていく街に行って鬼を狩ってこい。」

「かしこまりました。ターゲットはその鬼のみですか?」

「余裕があれば他もいい。好きにしろ。」

合成魔獣の女は「は!」と言って、戦闘服の準備室に行った。同行した部下は思った。「鬼はアンタだよ。さすがマッドサイエンティストのネクロマンサー。」


 虎の魔獣が言った通り凪達3人はまっすぐ奥に向かった。

日本の江戸時代の長屋の様に連なる一本道で、3人の視界に入ったが、虎の魔獣から恫喝して得た情報は正しい様で、死体は少なくなっていった。

 丁度T字路に差し掛かった時、凪と杏南が警戒を強めた。鉄仮面の黒騎士。凪が遭遇した鉄仮面。カラスだろう。背中に大剣を背負って仁王立ちしていた。

「よく来たな。1万金が功を奏したか?」

凪は鼻で笑った。

「金にはいろんな後の言葉がつく。飛んでくだの回りもんだの色々とな。そんなもんにみられちゃ俺の腹の虫がおさまらねぇが。大事なののも事実だ。」

鉄仮面が「ふっ」と鼻で笑い仮面を外し、放り投げた。

「カラスさん!」

ミカが杏南の結界を振りほどいてでも出ようとしたが、杏南は結界を強くした。

「心配するな。お前ら程、特にここまで来る時に見た死体と半殺し、予測はついてただろう?」

「あぁ。テメェと戦った時の累々と横たわる豪傑の致命傷そっくりだった。敢えてかどうかは知らねぇが、太刀筋ってのは見れば見るほど誰が殺ったかわかる。それに、違う太刀筋もあったな。数匹しかいなかったけどよ。」

凪は太刀を抜かなかず銃も腰に挿した。妖力だけは変えなかったが。

「来い。ファルコンに会わせる。」

ミカの表情が明るくなった。でも凪と杏南は警戒を解かなかった。

「できすぎじゃねぇか? 入り口は多分、連妖の連中。後ろの奴は昨日より前の死体と敢えて急所を外した虎の魔獣。誘い込んでる先に待つのは見え透いている。順番はテメェがファルコンを匿ってここまで来て、ラングレンの追手が付いたその所分の後、ついさっき連妖かその直属部隊が来た。そんなところじゃねぇか?」

カラスが拍手した。

「流石は百戦錬磨の悪鬼羅刹。鋭い慧眼だ。その通りだよ。じゃあ」

「じゃあもクソもねぇ。ミカは父親っていうくらいファルコンを慕っている。いくらラングレンの片腕とはいえ、昨日も聞いた理由であってもテメェは主を本気で裏切るのか? 戻れねぇぞ。」

すぐにでも杏南の結界を壊して前のめりになっているミカを

杏南は止めていて、凪は冷静だった。カラスはその様子を見て目を閉じ数秒して大剣を放り投げた。

「貴様に言う事ではないが俺も馬鹿じゃない。予想が当たれば、主の下に帰る事はできる。だが、それをするには条件がある。」

「なんだよ。」

「ファルコンがミカを待っている。ミカの安全を知りたいんだ。」

ミカがぼろ泣きして「あわせてぇ!! カラスさん!!」と叫んだ。カラスは目をつむり、「ついてこい。」と言った。その時、大剣を地に刺して邪気結界を張った。杏南の結界よりも極めて攻撃的で守りよりも、触れてた者を契約した魔獣や魔人を介して守らせる高等魔術。

 3人はカラスについて行った。

長屋の奥の方だ。凪は聞いた。

「なんでそこまでする。戦友だからか?」

カラスは振り返らず言った。

「戦友は当然。ミカは主に好き放題されたが、ベースはファルコンなんだ。人間型の魔人としてのな。そこにごちゃごちゃに混ぜられ、主従に篤いアイツは平静を装っていたが、内心、主の行為を許せなかったと思う。俺は見てられなくなった。そしてミカの母親も消えた。実験体のNo.12として主にな。」

「ママが!? 病死って!」

ミカが大声を上げてカラスは振り返ったが、目を閉じて言った。

「お前の母はお前の実験結果から実験体No.12で主の所にいる。俺はもう正義感を失っていた。悪逆非道の生命実験の連続に耐え切れなくなった時、妖怪や魔族に分類される俺でも魂を売った。」

複雑な界隈を歩き4人が歩いている。ミカの興奮と質問を杏南はなるべく抑えた。

「聞かせろ。テメェが何で腐れ外道に魂を売った。おかしく感じるが?」

カラスが立ち止まりちらっと空を見て微笑んだ。

「俺の嫁も子供2人も主の実験材料にされたんだ。」

3人は絶句した。忠実な僕としてラングレンに心酔していたのかと思えば真逆だった。

「無法の魔界。力が全てだ。最弱魔王にすら敵わない俺は従った。どんな醜い魔物よりも醜い存在。だがファルコンは子には恵まれなかったが愛妻を実験体に奪われた。俺と同じ様に力に屈した。だが、ファルコンとアナをベースにしたお前を娘の様に思っていた。逃げる時に欠けたペンダント。写ってないがお前の母親のアナだ。」

ミカは膝をついて泣き崩れた。杏南は背中をさすってぎゅっと抱いた。凪は妖力を抑えた。カラスに戦闘の意思はないのがよくわかった。

「この依頼。受けて成功だな。別にラングレンにカチコミかけようなんて思わねぇ。お前を斬りたくねぇからな。」

「すまんな。つまらん不幸話を長々と。」


 カラスが特殊錠を解いて、地下へ通じる暗い道に誘った。

「無論。何もせん。足元には気をつけろ。」

杏南は泣いているミカを抱えてゆっくり下った。どんどんファルコンの妖気が強く感じる。この先にいる。ミカの背中をさすった。

「ミカちゃん。もうすぐお父さんに会えますよ。」

うんうんと泣きながらミカは歩く。

 その時、ミカ以外の3人は感じた。極めてミカに近い妖気。カラスが結界を作った辺りだ。

「それでか。成程。お優しいな。」

凪の言葉にカラスが微笑んだ。杏南は知られない様に結界を更に重ね強めた。

 

 ドアを開けた時、テーブルに座っているスカーフェイスの青髪の巨漢がいて、ミカを見た瞬間立ち上がった。

「ミカ!!」

「お父さん!!」

2人とも涙を流して抱擁した。杏南は涙を流してその光景を見ていた。

「ミカ、ミカ、ミカ!」

「お父さん! 会いたかった カラスさんから聞いた。あの女のせいけど、私、ファルコンの娘でいいのよね!?」

「当り前だ! あの女のせいで自然じゃなくても、俺はお前の父親だ! あそこから脱しても、死を賭しても守りたい父親のつもりだ! 決して離しはしない! こんなクズでも父親として認めてくれるか?」

ミカは大泣きしながら何度も頷いた。


 抱き合っている2人を見て杏南は涙を流した。合成魔人でも親子は親子。その絆に涙腺が止まらなかった。カラスも男泣きで瞼を拭った。凪はその様子を見て久々にやりがいのある仕事をしたと思って、スマホを取った。

「こんな時間に何? 開店前だしわっさんは

「いいから。この前預けた金。てぇだしてねぇだろうな。」

「信頼商売だからね1金もってかケースを保管してからひと指も触れてないよ。どしたの。」

「今日のみに行く。ちゃんと払うからよ。そん時に洗って流してくれ。」

バミンダは少しして「あいよ!」といって凪はスマホを切った。


凪はカラスに言った。

「あいつらにはわりぃがよ。」

「そうだな。決着つけなきゃなるまい。」

「杏南! 泣いてねえでここを鉄壁の城砦にしろ! わかったか!」

「あい! 所長!」

涙だらだらの杏南が、カラスと凪が出て行ったあと最高レベルの施錠魔法を何重にもした。


 道々、凪がボソッと聞いた。

「テメェあの2人よりひでぇ事されてなんであんな奴を主なんて?」

カラスは階段を登りながら言った。

「最初は殺すつもりだった。この階層の魔王とはいえ最弱なら。しかし、殺して妻や子供たちが甦るわけがない。魔界の生死は無法。霊界の裁判も天界の慈悲もない。己の無力に身を任せ、この様だ。無力だが、戦友の為に命を賭そうと。それだけの事だ。」

「成程な。納得いった。あんな程度の赤子同然じゃいつ殺されてもおかしくねぇのに杏南までたどり着いた。そう言う事か。」

カラスは「そうだな。情けない。」そう言って、2人は外に出た。

「カラス。一つだけ頼みがある。」

「なんだ?」

凪が太刀を抜いてカラスをけさ斬りにした。カラスは死を覚悟して抜こうとしたがあまりにも速いが軽い傷。急所も通ったあまりにも浅い刀傷。血は出ているが致命傷でも何でもない。

「お前は俺に殺されかけた。あの防御結界からの召喚獣なんていくら検死しても吹っ飛ばす程の技。いつ以来かなあれを使うのは。それがファルコンとミカの為だと思うぜ。」

カラスは納得した。

「何から何まですまんな。」

「看板が快決屋だし、杏南からも赤字で尻しかれてるよりゃましさ。」

カラスも同行して凪について行った。

 案の定、カラスが大剣で防御結界を張った所で、ファルコンの妻がミカと同じ様に改造された合成魔人が暴れている。カラスは剣を抜き、凪に向かって構えた。現れたラングレンの合成魔獣を統一し、「No.12の補佐に回れ!」と指示をして大剣を構えた。凪は太刀を抜き、銃も抜いた。ラングレンが見ているのは織り込み済みだ。

 「仕事でな。依頼人によく似てるがメスゴリラとこんな雑魚程度、拍子抜けだぜ。」

闇の魔力を竜巻状にして凪は構えた。これにはカラスさえ驚いた。

「伝説の悪鬼羅刹の凪。これほどとは。魔王を名乗ってもおかしくない力量。」

大斧と怪力で迫る女合成魔人。やはり。波長も顔だちもミカに似ている母親のNo.12か。凪は銃をしまって片手で大斧を掴んだ。驚いたのはその場の全員だけじゃない。ラングレンもだ。

「随分強化した魔力の斧と筋力のようだが、こんな魔鉄クズしらけるぜ。」

あっという間に握りつぶし、破片を相手に浴びせた。体中に出血をしたNo.12。さらに強い妖気で大斧を両手に作り、尾を魔界の炎でまとった。

「成程。ヴァージョンアップさせたつもりか。いいよ。こい。」 凪は太刀すら収め四肢を莫大な妖力で強化した。驚いて無言のラングレン。内心驚きつつ防御結界から呼び出した魔獣に指示を出すカラス。だが、内心「伝説なんて上塗りかと思ったがこいつは本物だ」と思った。

 大斧2つに炎の尾。3重攻撃に凪は瞬間移動ともいえる速さで後ろに回り、魔炎など意にもかいせず尾を根元から引き抜き、叫び声をあげるNo.12の両腕を手刀で斬った。斧が大きな音で落ち、足でしか立つ事ができない。No.12。

「貴様なんぞにこの技を使うのは犬に小判どころか千両だ。だが俺は面倒が嫌いでな。後ろの奴も小便ちびって逃げ出す実力の差を見せてやる!」

凪は封印を解いていない状態で使える魔界炎術の最高峰の1つ獄炎狼砲の為に魔力をためた。演技ではなく、カラスも心の底から怯え、大剣が振るえた。

「こ、これが、本当の悪鬼羅刹の凪」

「喰らえ! 獄炎炎狼砲!!」

凪の右手から魔界の黒炎。炎の中でも最高位の破壊力で魂すら焼き尽くす。霊界にも冥界にも。無論天界にもない至極の炎。No.12は立つのがやっとでそれを避ける事はできなかった。たとえ避けたとしても狼の性質を持つゆえに俊敏に追いかける。狙った獲物は逃さない。No.12はすべてをくらって跡形もなく蒸発した。精々残ったのは立っていた地面の黒焦げた穴だった。

「ひ!ひけぇ! 立て直す!」

カラスが言って全員恐怖と共に引き上げた。カラスは微笑み、凪は目をつむってポケットに手を突っ込んだ。

 ラングレンだけじゃない5大勢力全員が見ていた。

「6人目の勢力でも怖いわね」「あぁ。さすが伝説の鬼」


 七、エピローグ

 ミカとファルコンを逃がし屋に頼んで逃がした後、凪は相変わらず自堕落な生活をしていた。寝転がってTVを観て酒を飲んでいる。開錠の音が聞こえた時、凪はため息をついた。

「所長! この前の件! ミカさんに金は要らねぇとか言いながらあの飲み屋で使い放題らしいじゃないですか! バミンダさんに聞いたら洗って、半分はあの2人に渡したとか! 結局残りの1万じゃ私まだキャバクラ生活はないですか!!」

杏南が怒っている。酒を飲んで凪がつついた。「余裕が少しできたからワンランクアップ」 確かに前よりも上級の酒だ。

「はぁ!? やっと3万金はいったらで赤字どころか普通の御給金で、私の仕事のアシスタントもなんて夢見たのに! 1万で赤はなくなったにしろギリギリのかつかつじゃないですか!」

「赤字は慣れてんだろ。キャバで貢がせろよ。」

「キャバのお客で言ったら一番タチ悪いの所長みたいな客ですよ! アタシこれでも体売るなんて死んでもしませんから!」

「え? 処女なの?」

顔を真っ赤にして杏南が激怒した。

「絶対!絶対絶対絶対セクハラで訴えますからね! とにかく! あと5万金は今年度のノルマですよ! わかりましたか!」

「あいよ。あんな珍しい依頼はそうそう来ないがね」

「あぁ。もうアタシの一生、所長に出会ったことが最大の不幸だわ!」

「乗り気だったじゃないか。人情話は受ける様にするよ。」

「うるっせぇバーカ!」

ピシャンと襖を閉めて杏南が出て行った。

 凪は酒を飲んで、一服つけた。

「ミカとファルコン。うまくいってりゃいいがな。」


                                    #1おしまい

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