第四話 町内散策
いろんなことがありつつも、ローランたちは平穏な学園生活を送っている。
3月27日、金曜日――
「ローランさん、セテスティア先生がお呼びです。」
外から帰ったクラスメイトがローランに声をかかる。
「はい、今行く。」
「どうしたのですか、ローランさん?いきなり先生に呼び出されて。」
後ろのメインフィナはそっとローランに耳打ちする。
「まあ…おそらく部活のことかな。メインフィナさんは、もう部活を決めましたか?」
「はい、私はチェス部です。」
「チェスですか。メインフィナさんは頭いいですから、適性が高いですね。」
「そういえばローランさんは、どの部活を入るのですか?」
「それは…実は、まだ提出してなくて…」
「あーだから先生に呼び出されるのですね。私、そろそろ部活に行きますね。」
「はい、いってらっしゃい。」
(さて、俺もそろそろいかないと…部活を決めなかった俺が悪いですし、こうなってしまうのも仕方ないか。)
メインフィナが教室を出る背中を見送って、ローランもカバンを持って教室を離れた。
職員室――
「失礼します。」
「ローランくんですね、いらっしゃい。」
担任のセレスティア・ランドラールは、職員室に入ったローランに軽く挨拶する。
(それにしても、先生といい、教官といい、学園長といい、この学園のみんな、偏差値が高いな…って、今はそんな場合じゃないか。)
「先生、俺を呼び出すと聞かれたのですが…」
「なぜ呼び出されたのかは、あなたも知っているのですね、ローランくん。」
「…はい。部活のことですね。」
「そう。今日まで参加したい部活を提出しなかった生徒は、生徒会に入って、その活動を手伝うことになるのも、知っているよね。」
「はい。」
「では、ここで最後に問おう。あなたは参加したい部活あるのか?それとも生徒会の手伝いをしたいのか?」
「…」
ここ数日、ローランもいくつかの部活を見学したが、結局のところ、どの部活に参加するかは。
「沈黙か。その沈黙は、『まだ決まっていない』と理解して構わないか?」
「…はい、その通りです。」
「では、あなたを生徒会に配属するのですが、異議はありますか?」
「いえ、ありません。」
(生徒会はどんな雰囲気なのかは、まだよくわからないが、エリセ先輩もいるし、たぶんなんとかなるかな。)
「よろしい。ではこれを受け取ってくれ。」
セレスティアは机の上に置いた腕章をローランに渡す。
「これは…?」
「生徒会役員の腕章だ。生徒会の仕事や手伝いをする時、必ずつけるように。」
「あ、はい。わかりました。」
ローランは慌てて腕章を受け取る。
「ではローランくん、まずは生徒会に行きなさい。この時間なら、エリセはまだいるはず。」
「はい、失礼しました。」
一礼して、ローランは職員室から出た。
「確か、こちら辺を曲がって、それから階段を登って…」
ローランは始業式の日の記憶を頼って、生徒会へ向かう。
「っと、ここだな。」
札には、「生徒会室」って名前を書いている。
コンコン――
「入ってください。」
中からエリセの声がする。
「失礼します。」
ローランはドアを開ける。
「あら、ローランくん、いらっしゃい。今日はどんなご用件…ああ、そうか、君は生徒会の新しい役員だったのね。」
「エリセ先輩は、もうご存知だったのですか。」
「いいえ、直接言われたわけではありません。実は、セレスティア先生は生徒会の顧問で、その腕章を与えられてここに来た時点で、新しい役員だったことはわかるの。」
「そういうことですか。セレスティア先生が生徒会の顧問…」
「ひとまず、ここで休むとしよう。ついでに生徒会の仕事についてを紹介する。」
「あ、はい。」
エリセの指示に従い、ローランはソファに座る。
「はい、紅茶です。」
「ありがとうございます。すぅ…この味、どこかで…あ、そうだ、保健室で飲んだのと同じだった。」
「保健室って、お姉さんのところですね。」
「はい。この前メインフィナさんを迎えるために行ったことがある。」
「それでおんぶして寮に帰ってきたってわけですか。コホン、それじゃ、生徒会の仕事について簡単に話しましょう。学生手帳、持っているよね。」
「はい。これですか?」
ローランは服の中から、黒い革で装丁した学生手帳を取り出す。
「たぶん君も知っていたのですが、その学生手帳は、手帳であると同時に、この学園に覆われる魔導ネットワークを接続する端末でもあります。もし生徒会が受け取った要請や行う会議などがある場合、その端末から確認することができる。あと学生手帳の他、寮のリビングにある端末からも確認することができる。」
「そんなものまで…さすがに帝国随一の学校ですね。」
遠距離通信から更に発展した技術、ネットワーク通信。
広範囲のあらゆる端末を同じ回線に接続して、同時に通信とデータ交換をできる、最先端の試験型通信技術。
ローランも、話くらいは聞いたことあるが、実際に使うのを見たことがない。
(それでこの学園がこの試験型技術と導入するのか…むしろ学園自体がネットワーク通信技術の試験場だった方が正しいか。ともあれ、俺の予感が間違えなければ、これはきっと世界を変える技術になるに違いない。)
「それから、うちの生徒会には定期召集がないですので、生徒会からの呼びがないのなら、自由にしていいです。」
「そうなんですか。割りと自由な雰囲気ですね、生徒会って。」
「これも我が学園の方針の一つですから。それから、町中では君自身ではなく学園を代表するから、くれぐれも学園の名を傷つけないように。」
「肝に銘じます。」
「よろしい、私からの話は以上です。用がなければもう帰っていいです。」
「わかりました、先輩。それじゃ、俺はこれで。」
「ええ、帰り道に気をつけて。」
「先輩の方こそ、遅すぎないように気をつけてください。」
翌日――
「463、464…」
朝から、剣が空気を裂く声がトレーニングルームで響く。
「487、488…」
そこには、剣を手に取って、素振りをしているローランの姿があった。
「…499、500。ふぅ…ちょっとだけ、休憩を取るとしよう。ちゃんと水分を補充しないと。」
隅に置いたボトルを取るローラン。
「よう、後輩くん、朝から鍛錬か。感心するぜ。」
「あ、アストリア先輩、おはようございます。」
後ろの入り口から、アストリアの声がする。
「おはよう。先輩はいつからそこに…?」
「降りたら声が聞こえて、それで覗きに来ただけさ。ところで、さっきの素振りだが…」
「はい、どうしたのでしょうか?」
「さっき見た素振りは、勢いは良かったが、正直に言って、力が入りすぎて、動きが硬い。」
「…え?」
突然の発言に戸惑うローラン。
「さっきの動き、そしてその手に残った痕を見ればわかる。強くなりたい気持ちはわかるが、そんなに力を入りすぎたら、力の無駄も多いし、傷つきやすいから、結局本末転倒になるだろう。」
「それはわかりますが…」
「だから、力を入りすぎたぞ、ローランくん。俺が言いたいのは、たまには息抜きも必要ってことだ。せっかくの休日だし、ただ鍛錬で過ごすのはもったいない。ローランくんはまだクリスのことをよく知らないだろう、俺が案内してやろう。」
「…それなら、お言葉に甘えて。」
休日のクリスは、いつもより活気が溢れている。
学生のペアやグループが、街のあちこちで見える。
「賑やかですね。」
「そりゃ、学園を中心にして作られた町だから、若い者ばかりで、賑やかのも当然だ。」
「あ、アストリア先輩だ。おはようございます!」
「おはよう、今日も元気いっぱいですね。」
「おはようございます、アストリアさん。今日も新鮮の野菜とフルーツを仕入れましたよ。」
「おはようございます。今は後輩くんを案内しているので、後で寄りますね。」
歩くたびに、アストリアに挨拶する人の姿が見える。
「人気者ですね、先輩は。」
「まあ、学生ならみんな、町の人たちとは大体知り合ってるから。」
「先輩の場合は、ちょっと違う感じがしますが…」
アストリアに挨拶する人は、ほぼ女性だった。
「気のせいだ。よし、到着。まずはここだな。」
アストリアがローランを連れて行ったのは、西の路地裏にいる、大きな建物。
ドアと窓から、凄まじい熱気が溢れ出す。
「あっつ…先輩、ここは?」
「鍛冶屋だ。剣を嗜む者なら、ここを訪れるのが鉄則だろう。」
「それは確かに。そろそろプロの手入れも欲しいところですね。」
これまでローランは、刀の手入れをほぼ地元の鍛冶職人に頼っている。クリスに来たから、たまに自分で手入れをしたが、手入れ方がわからないせいで、いつも最低限のメンテに留まっている。
「だと思った。それに、武器のメンテだけじゃなく、金属製品の注文もできるぞ。まあ、職人はちょっとアレだが…」
「…?アレって?」
「まあ、見ればわかるさ。安心しろ、悪い意味じゃない。」
そう言って、アストリアはドアを開き、建物の中に入った。
「あつ――!それに、鉄の匂いがすごい…」
それはローランが足を踏み入れた、最初の感想。
「初めての人は、だいたいこんな感想だな。」
「ですが、先輩。人がいないようですが…」
カウンターや壁には、いろんな種類の武器と金属製品を並べているが、人の姿がない。
「あいつは…たぶん、奥の工房だな。」
アストリアは店の奥にいる扉へ近づく。
コンコン――
「おーい、セリカ、いるだぞ。」
『その声は――アストリアくん!はい、ただいま!』
奥から女の子の声がする。
(女の子か…女性が鍛冶職人だなんて、珍しいな。)
ローランの接したことある鍛冶職人は、ほぼ筋肉つきの男性だった。
「お待たせ、アストリアくん。ごめんね、注文したもの、完成まであと少しで――」
「え――」
工房から出た人の姿を見て、驚くローラン。
小柄なのにおっぱいが大きく、身長に似合わない大きなハンマーを握っている。でもそれよりは――
(ケモミミと尻尾…本物、だよな、あれは。)
真っ先にローランの目に入ったのは、オレンジ色の髪の上で生えて、ピクピクと動くネコのミミと、パタパタと動く尻尾のこと。
「ああ、いや、今日の用事はそのことじゃなくて、後輩くんを案内しに来ただけさ。」
「なるほど~それでこちらはその後輩くん…どうしたのですか、じっと見て。私の顔になにかついたのですか?」
「――はっ!い、いえ、ごめんなさい!」
セリカの一言で、我に返るローラン。
(いかない、初めての人をジロジロ見るのは、さすがに失礼だぞ。)
「ふーん…あ、なるほど。オーリック族、初めて見たのでしょう。」
オーリック族――
それは、帝国東の土地、「オーリックの谷」に生息している、ネコミミとネコの尻尾を特徴とする獣人族のこと。
歴史書の記載によると、統一戦争の時、オーリック族は初代皇帝メルフィーナと同盟関係を結び、帝国成立と大陸統一の大きな助力となった。その功績を引き換えに、オーリック族代々が棲む土地、「オーリックの谷」は、帝国の領地として安堵される。
現代も、「オーリックの谷」は皇帝直轄の領地でありながら、族長からの要請以外、帝国からは一切干渉をしない、事実上の独立状態を維持している。
そこで棲むオーリック族は、自給自足でありながら、独自の文化と技術を生み出し、特に冶金と鍛冶の技術が、大陸中でも有名で、作った武器やインゴットなどが最上級の品と評価されている。
だが、凄まじい鍛冶技術を持ちながら、オーリック族は外の世界との交流が少なくて、外の人が「オーリックの谷」に入ったことがほとんどなく、セリカのような「オーリックの谷」から出て、大陸中で店を開いたり、行商したりする人も少ない。
「オーリック族…ああ、話を聞いたことがある。確か、帝国東の領地で住む一族ですね。」
「オーリック族のことを知っているのですか。」
「まあ、本からの知識だけですが。」
「それでは、改めまして、鍛冶屋『イラシール工房』へようこそ。私は鍛冶職人で、店長のセリカ・イラシールです。よろしく。」
「あ、はい、お初に目にかかります。俺はローラン・ヴァレンシュタイン、今年から学園に入った一年生です。よろしくお願いします、イラシール店長。」
「そんなにかしこまらなくてもいいです。セリカでいい。」
「それじゃ、セリカ店長で。」
「よろしい。あなたとなら、良い商売ができそうな予感がしますね、ヴァレンシュタインく…うん?ヴァレンシュタイン?」
「どうしたのですか、セリカ店長?」
「ねぇ、ヴァレンシュタインくん。あなた、北の地方の出身ですか?」
突然、真剣な口調でローランに問うセリカ。
「え?そうですが、どうしてそれを――」
「あなた、武芸を嗜んでいるのですね。その刀、ちょっと見せてもいいですか?」
「これですか?はい、もちろん構いませんが…」
ローランは刀をセリカに渡す。
「うーん…うん、間違いない。」
刀を受け取って、何度も見たセリカは、確信を持ったようにうなずく。
「どうしたのですか、セリカ店長?」
「この刀、我が一族が作ったものです。」
「え?我が一族って、オーリック族、ですか?」
セリカの口から出したことに、驚くローラン。家伝の刀だが、ローランはその刀の由来については知らない。
「オーリック族よりも、正確には我が『イラシール家』が作ったものです。以前、鍛冶の技術を学んで、家の蔵書を調べた時、『帝国北の辺境伯ヴァレンシュタイン氏との技術交流があり』という話があって、イラシール家とヴァレンシュタイン家の技術を融合して鍛えた一対の刀があり、そのうち一本の図様は、この刀と同じです。さっきヴァレンシュタイン家の人間と自称し、本に載せた図と同じような刀を持っているから、もしかしたらと思って。」
「そんなことが…全然知らなかった。」
「それにしても、まさかこの目でこんなに古い刀を見ることができるなんて。お礼と言うのもなんですが、我が技術で強化するのはどうですか?」
「お、それは願ってもないことですね。ぜひお願いしたいです。」
「よし来た、腕が鳴るな。絶対に今より遥に鋭い刀になりますから、期待して―」
そう言いながら、セリカは刀を持って工房まで走った。
「俺のことを女たらしみたいに言ったが、お前もその素質があるじゃないか、後輩くん。」
さっきから黙ったアストリアは、ようやく口を開く。
「先輩と一緒にしないでください。ただ奇妙な縁ですから。」
「まあ、そういうことにしておくよ。」
「それにしても、店番がないのに、よく販売をできるのですね。」
「セリカの商売は、主に注文やオーダーを受けることだからな。店で商品を並んで売るのもあるが、まあ、そこは頼りになる相棒がいるから。」
「頼りになる相棒?でもここ、他に誰もいませんが――」
「お待たせ、ヴァレンシュタインくん!」
その時、汗だくで工房から出たセリカが二人の前までやってきた。
「はい、我が技術で改良した刀『桜花丸』です。試してみて。」
セリカから受け取った刀は、外見から見ては、前と大差がない。
(『桜花丸』か…そういえば、今までこの刀の名前すら知らなかったな、俺は。)
刀を抜き出すローラン。
(え――!この感じ――)
抜いた瞬間、ローランは今までとの感覚の違いがはっきりと感じる。
(なんだろう、これ――以前より、馴染んでいる感じかする。)
「ふん!はっ!」
刀を試しに振るう。
「…すごい、以前より馴染んでいる感じ。まるで、最初から自分のために作った刀みたい。何をしたのですか?」
「別に大したことじゃない。マナの伝導率が高い材料と我が家最新の鍛冶技術で作ったインゴットを使って、切れ味の鋭さを影響しなくて軽くなるように鍛えただけです。」
「これだけのことでこんなに違いが出るのですか…さすがにオーリック族の技術だ。今すぐでも実戦で試したい気分で――」
ビビビッ――
「うん?これは――」
突然鳴いたのは、ローランの学生手帳。
「後輩くん、お前、生徒会に入ったのか?」
「まあ、成り行きですが。どれどれ――『魔物討伐の要請』、ですか。場所は…『東クリス街道』。」
「お披露目が早々来たなぁ。で、後輩くん、どうする?」
「もちろん、やりましょう。生徒会員としての責務もありますし。」
「それなら、私も一緒に行きましょう。」
突然、セリカが声を上げる。
「セリカ店長!?でも、これは生徒会に対しての要請で――」
「わからないなぁ、後輩くんは。生徒会に対する要請ではあるが、生徒会以外の人の助けを求めてはいけないという決まりはない。」
「そうそう。それに、鍛冶職人にとって、素材を採取するのも重要なことだし、魔物から素材を取れる機会、見逃すわけにはいかない。大丈夫、よく素材を採取する身ですから、自分を守るくらいはできる。」
そう言いながら、セリカは隣で置いている大きなハンマーを取る。
「そこまで言われたら…でも、店はどうする?」
「そこは頼りになる相棒がいますから。おーい、セシル――素材を採りに行くから、店のこと、頼んだぞ――」
「よし、話がまとまったな。じゃ、行こうぜ。」
「グォォォォォォ――」
町はずれの街道。
その真ん中には、一匹の狼型の魔物が道を塞っている。
「こいつら、付近で生息している魔物だな。普段は森の中で生きているが、たまにはこうして人を襲うこともある。こういう時は、ちゃんと排除しないと。」
武器を構えるアストリアは、ローランに状況を紹介する。
「なるほど、これも生徒会の責務の一つってわけですか。」
「学園都市だから、町のみんなに世話された分、これくらいはしないと。まあ、放っておけば自分で帰るし、ギルドに討伐を要請するのもいいが、学園として、これくらいの討伐もできなかったら、さすがに名折れだな。」
「そういうものですか。それじゃ、さっさと討伐しましょう。」
「その意気だ。前衛はお前とセリカが務め、俺は魔法と支援に回る。いいな。」
「うん、妥当な判断だと思う。さて、今回はどんな素材を採れるのかな――」
意気揚々とするセリカはハンマーを構える。
「ちょうどいい機会ですし、以前使いこなせなかった技も試してみましょう。」
「それじゃ、俺は魔法を詠うから、二人はタイミングを見計らって動くように――それ!」
話をしているうちに、アストリアはもう魔法を詠い終わった。激しい嵐が、魔物に襲いかかる。
「って、いきなり過ぎじゃないですか、先輩!――ああ、もう!」
アストリアの魔法に合わせ、ローランも魔物に向かって一直線に突き進む。
突進するローランを見つけ、魔物は爪を振り下ろそうとしている。
(まずはその爪を切らないと…)
「喰らえ!剣技・十文字斬り!」
ローランは腕の部分を斬りかかる。
「グオォォォォォォォォォ!!」
腕を斬られた魔物は悲鳴を上がって、一歩後退する。
(ダメージを与えたが、まだ戦力を失っていないか。ならここで――)
「炎に焼かれろ!奥義・烈剣斬!」
刀から放たれた炎は、風の助力を得て、一瞬にして魔物を包んだ。
「グアァァァァァァァァ――!」
炎に焼かれる魔物は、バランスを失って倒れる。
「そろそろ私の出番かな。どりゃ――!」
チャンスを捉えて、セリカは一躍し、その体格に釣り合わぬ巨大なハンマーを振り下ろす。
「グオォォォォ…」
頭に直撃を受けた魔物は、ついに倒れて動かなくなる。
「はぁ…はぁ…もう、大丈夫かな。」
アストリアは警戒しつつ魔物に近づく。
「もう息がない。あと生徒会長に報告するだけ。」
「ふぅ…やったか…」
緊張の糸が切れ、ローランは地面に膝をつける。
「初めての実戦で緊張したか。立てるか?」
アストリアはローランに手を伸ばす。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
アストリアの手を借り、ローランは立ち上がる。
「それにしても、剣を振るうこの感に…以前に比べて大きく違いますね。ちょっとした調整だけでも、こんなに違いが出るなんて。」
思わず手を見るローラン。
「それがセリカさんの腕だ。」
そして、当のセリカと言うと――
「この部分なら鍛冶に使えますね。血液もマナの伝導率を上がれるはず。目や牙も捨てがたい…うーん、いっそ全部持ち戻すか。いや、そんなのはさすがに無理か…悩むな…」
魔物の死体の前で、興奮している様子。
「…熱々ですね。」
「まあ、プロの職人ですから。」
その光景を見て、呆れるローランといつも通りのアストリアがいた。
「報告書、確かに受け取った。お疲れ様、ローランくん。」
あれから、魔物討伐の報告を提出するため、ローランは生徒会室を訪れた。
生徒会長のエリセ・ラクエールは、バサバサと報告書を読んでいる。
「それにしても、まさかローランくんがこんなに早く要請をクリアしたとは。」
「まあ、ちょうど手が空いているのですし、助っ人もありますから。」
「助っ人ってのは、報告書に記されていたアストリア・ヴァグラム先輩と、民間人のセリカ・イラシールさんのことですか。」
「はい、そうですが…」
「そう緊張するのでない、一人の手じゃ負えない時は、助っ人を求めるのは当然のことです。報酬の方は、あとで学園側から与えますので。」
「はい、ありがとうございます。ところで先輩、休みの日にも、生徒会の仕事ですか?」
「これも生徒会長の務めですから。休日の方こそ、溜まった仕事をちゃんとこなして、学園と町の平和を守らないと。」
「さすがエリセ先輩です。ですが、せっかくの休日ですから、少しの気休めもいいじゃないですか。」
「あと少しで終わるから、ローランくんは気にせず、休日を楽しんでください」
「…それでは、先輩の言葉に甘えて、失礼します。」
(そうだ、セリカさんに感謝しないと。)
生徒会室から出たローランは、また「イラシール工房」に向かう。
「ごめんなさいーあれ、いないか。」
一足先に帰ったはずのセリカだが、姿を見えない。
「にゃー」
「うん?猫?」
店頭にて、純白の毛を生える猫一匹が座っている。
「セリカ店長のペットなのかな…ごめんなさい、ご主人さまはどこにいるかは、知りますか?」
(って、何やっているのだ、俺は。猫は人の言葉をわかるはずがないのに。)
ガタガタ――
猫は速いスピードで、店頭で置いている端末のキーボードを叩く。
そして、ディスプレイには、一行の文字が浮かぶ――
『セリカは鍛冶工房で籠もっている。注文があったら、この端末でしてくれ。』
(って、わかるかよ!?)
本当に、クリスに来たから驚くことばかり。
文字を叩き終わった白猫は、何事もないように毛を修繕する。
ディスプレイの画面が一転し、注文を受ける用のフォームが表示する。
(タイプや材料、飾りまで…色々カスタマイズできるようだな。)
「って、そうじゃなかった、セリカ店長に話があります。」
白猫はぱっと動きを止め、しばらくしたあと、渋々と端末の隣にいるベルを押す。
しばらくして――
「はーい、誰ですか――あら、ヴァレンシュタインくんじゃない。こんにちはーさっきぶりですね。」
汚れまみれのセリカは、慌てて奥の工房から出迎える。
「こんにちは、セリカ店長。ごめんなさい、忙しいってわかっているのに。」
「いいの、気にしないで。どうした、また剣のカスタマイズがしたいのですか?」
「いいえ、ただ感謝の気持ちを述べたいのです。さっきの戦いで感じたのですが、剣は以前より遥かに扱いやすくなった。これもセリカ店長のおかげです、だから、ありがとうございます。」
「職人として当然のことをしたまでですから、気にしなくていいです。もし珍しい素材を見つけたら、いつでもウチでカスタマイズしてもいいです。あ、ただ、次回からは有料ですからね。」
「はい、肝に銘じます。ところでセリカ店長、あそこにいた白猫のことですが…」
「うん?セシルはどうかしたのですか?」
(セシル…確か、魔物討伐に出る前に、セリカ店長が呼んだ『相棒』の名前、だったよな。)
「いえ、賢い猫だなって。人の言葉をわかるし、端末に通じて交流もできるなんて。」
「にゃうー」
セシルは不満そうに鳴る。
「まあ、セシルは猫じゃないですからね。」
「うにゃ!?」
ローランよりも先に、セシルの方が驚いて跳ね上がる。
「え、どういう意味ですか?猫じゃないって――」
「ローランくんとも奇妙な縁がありますし、これから数年間同じ町で過ごすことになり、大事なお客さんでもありますから、隠さなくてもいいでしょう、『セシル姉』。」
…
「はぁ…まったく、こうなってしまう予感があった。よっとー」
(って、猫が喋った!)
白猫はため息して、カウンターから下ろすと同時に、眩い光が放つ。
光が消えたあと、そこにはさっきの白猫がなくて、代わりに白いワンピースを着ている一人の少女がいた。
幼い姿に長い銀髪とルビー色の目、一見にしては普通の人と変わらないが、頭で生えて、ピクピクと動く猫耳と、尻で付いている尻尾は、普通の人ではないことを示している。
「セシル・イラシール、そこにいるバカの姉だ。」
「誰がバカだよ、誰が!」
「こんな些細なことで私のことを暴れるバカは、他に誰がいるのか?」
「別にいいでしょう、減るもんじゃないし。」
「まったく、私はただのんびりと猫の生活を過ごしたいが――コホン、失礼。お前はローラン・ヴァレンシュタインだな。」
「はい、そうですが…本当にセリカ店長の姉さんですか?」
ローランから見れば、むしろセリカの方がいろんな方面で姉らしい、特に体つきと人の対応、そしてしっかりの性格。
「ヴァレンシュタインくんはそう思うのは無理もないのですが、セシル姉は、正真正銘私の姉さんです。」
「何よ、無理もないって。仕方ないでしょう、私は鍛冶なんて、全然できないから。」
セリカは不満そうにつぶやく。
「鍛冶はできなくても、魔法の方は天才的でしょう。お姉さんはいつも採取や鍛冶に手伝っているから、ウチはこんなに大儲けになれる。」
「ふん、分かればいい。」
「へぇー魔法って、鍛冶にも使えるのですね。」
「素材の調合や精錬には、魔法が必要不可欠ですから。」
「なんだか錬金術みたい。」
「オーリック族の鍛冶技術は、元々錬金術から発展したものですから。そうだ、セシル、せっかくヴァレンシュタインくんがいますから、ちょっと鍛冶の手伝いをしないか?あとで好きなものを買いますから。」
「はぁ…しょうがないな。」
「それじゃ、ヴァレンシュタインくん、ちょっとだけ、店のことをお願いしてもいいでしょうか?客さんが来たら、そこの端末で対応していいです。」
「わかりました、俺でよろしければ。」
セリカとセシルが工房に入り、ローランが代わりに店頭で立つから数分――
「すみません、セリカ店長はいらっしゃ――おや、後輩くんじゃん。さっきぶり。」
「いらっしゃいませ。さっきぶりですね、アストリア先輩。」
「様になっているな、後輩くん。こういう手のバイト、したことあるか?」
「いえ、店頭で立つのは初めてです。」
「ふーん、じゃ素質あるってことだな。店長は?」
「セリカ店長なら、奥の工房にいるはずですが…」
「ふぅ…やっと終わった――あら、アストリアくんじゃない、いらっしゃいー」
ちょうどその時、セリカとセシルは工房から出てきた。
「やぁ、店長、さっきぶり。セシルちゃんも、久しぶり。今日は人の姿で過ごす気かな。」
「はぁ…どこかのバカのおかげだが。」
「だから、誰がバカだよ!」
「はは、やはり関係のいい姉妹だな。ところで、セリカ店長、注文したアクセサリーが完成したと伺いましたのですが…」
「ええ、さっき採取した素材のおかげで、ちょうど完成したところです。はい、これはアストリアさんのアクセサリーです。」
セリカは一枚のペンダントを差し出す。
「こうして見るだけでも、魔力の流れをはっきりと感じるな。さすがセリカ店長。報酬はあとで支払います。」
「毎度あり〜」
「それで、3人ども、晩ご飯にするのはどうだ?そろそろ時間だし、後輩くんの案内も兼ねて。」
さらに数分後、レストラン「ステラ」――
「いらっしゃいませ――あら、お兄さんにローランくん、それにセリカちゃんやセシルさんも。こんばんは〜」
「あれ、シルフィ先輩、どうしてここで?しかも、その姿――」
三人(と一匹)を出迎えるのは、ウェイトレス服を着ているシルフィ。
「ヴァレンシュタインくんは知らないけど、シルフィさんはここでバイトをしているのです。週末だけですが、かなりの人気者です。」
シルフィとアストリアの代わりに、セリカがローランの疑問を答える。
「そうなんですか。なんだか想像できなかった、シルフィ先輩がバイトをするって。」
「それはまたどうして?」
「まあ…あの、お嬢様っぽい雰囲気ですし、こういったバイトとは無縁かなって。」
「ふーん、後輩くんはシルフィのこと、そう思っているのか。まあ、それを置いといて、なにか食べないか?町唯一のレストランだが、味はかなり評価されているぞ。シルフィ、今日の日替わりを3つお願い。」
「はーい、少々お待ちしてください〜」
ローランたちが席に着いて数分後――
「はーい、お待ちしておりました〜今日の日替わりの辛口カレーライスと煮干しです〜」
キッチンから、シルフィは注文した料理をみんなの前で置く。
「ありがとう、シルフィ。それじゃー」
「「「いただきますー」」」
「カレーか、懐かしいなーもぐもぐ。」
「へぇーカレーにも懐かしさを感じれるか、後輩くん。」
「剣術修業の時、師匠によく作ってもらったのですから。」
「なるほど、そりゃ懐かしさを感じるのも頷くな。」
「しかもこの味、以前師匠に作ってもらったのと結構近いですね。東方からのシェフですか?」
「聞いた話では、ここのシェフは共和国で研修したことがあるみたい。食材も、共和国から直接輸入したそうです。」
「詳しいですね、セリカさん。」
「これでも常連客ですから。私、工房で籠ることがほとんどですし、セシルはこの通りですから、自炊したことがほとんどなくて。ここ、宅配便サービスもあります。」
「へぇー、そうなんですか。機会があったら利用しようかな。」
こうして、話を咲きながら食事をするローラン一行だった。
小一時間後――
「ごめんね、みんな、待たせてしまって〜」
「いえ、大丈夫。みんなも揃ったし、それじゃ行こうか。」
バイト終わったシルフィと合流し、ローランたちは帰路に就く。
「すぴー」
「セシル、すっかりバレンシュタインくんに懐いたね。バレンシュタインくん、重くないのですか?」
セシルは、ローランの頭に乗って、気持ちよさそうに寝ている。
「いえ、これくらいは全然大丈夫です。」
「で、どうだ、後輩くん、今日は?」
「すごく有意義な一日でした。町のこともよく知ったし、セリカ店長たちも出会って、何より初めて実戦で勝ったから。」
「え!?バレンシュタインくん、実戦経験ないのですか?てっきり戦いに慣れたと思った。」
「まあ、お恥ずかしいですが、実はこの前の実技テストで、クラスメイトのメインフィナさんに負けたことがあります。」
「と言っても、あの場でトラップを仕掛けるのは、誰も予想出来ないものだから、あまり恥ずかしがることはないぞ、後輩くん。」
アストリアはポンポンとローランの肩を叩く。
「それを言うなら、セリカ店長の方もすごいじゃないですか。凄腕の鍛冶職人でありながらも、あんな重いハンマーを上手く振るえるなんて。あの一撃の威力だって、セリカ店長一人でも魔物を倒せるくらいじゃないかな。」
「鍛冶とは、そもそも力仕事ですから。それに、ハンマーは威力が大きい分、動きが鈍いですから、身を守るくらいならいいですが、戦闘には実は不向きなんです。それじゃ、私たちはこっちの道で帰るから。」
セリカは、セシルを起こさないように、自分の肩に乗せる。
「はい、セリカ店長。今日は本当にありがとうございました。」
「私もいい素材を採れましたから、お互い様です。それじゃ、私たちはこれで。」
「はい、お疲れ様でしたー」
その日の夜――
『――はい、それじゃ次は、観光スポットの情報です~今日のオススメは、帝国南の町、ハーメルです。小さな町ですが、ハーメルのハチミツは帝国全土の中でも一番の品質です。その原因はもちろん、多彩に咲くお花です~私もこの前ハーメルに行きましたが、まさに花の世界、本当に感動しました――』
「ふぅ…これでよし、と。」
ラジオを聞きながら書き終わったローランは、筆を置き一息つく。
机の上には、書いたばかりの、近況報告の手紙がある。
一息ついて、ローランはイスから立て、窓辺まで歩く。
もう夜深い時間で、町中の明かりはほとんど消され、代わりに町を照らすのは、一輪の月と満天の星。
「本当に、いい場所だな、ここは。」
ローランは思わず、今日の出来事を思い返す。
「それにしても驚いたな。名前しか聞いたことないオーリック族に会って、シルフィ先輩がウェイトレスをしていて、それに初めての魔物討伐…まだ学園に来たから一週間しかないのに。色々経験できて、本当に、この学園に来てよかったと思えるくらい。」
『――それじゃ、今日の放送はここまで。明日も、あなたの心の電波に繋がるように~』
「おっと、番組も終わったか。それにしても、よくこんな恥ずかしいセリフを言えるな、ココアさんは。さすが、プロの放送者と言うべきか。」
『ココア』は、ローランがよく聞いているラジオ番組『Waves』の放送者。
「ふあぁぁーそろそろ寝よう。」
こうして、ちょっとした突発イベントがあっても、ローランの学園生活での初めての休日も、無事に終わりを迎えた。