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第三話 初めての学園、初めての新生活

新しい一日が始まり、ローランの学園生活が幕を開ける――

日が昇って、新しい一日が始まる。

第六学生寮「ヒュペリオン」、鍛錬室。

「……」

鍛錬室にいるローランは、前に屈して、右手が腰についている刀の柄を握り、目を閉じている。

周りには、大量の人型の的。

(明鏡止水…心の眼で動きを捉える…)

次の瞬間、ローランはぱっと目が見開く。

「そこだ!はぁァァァァ――!」

大喝と同時に、ローランは刀を鞘から抜いて、勢いでそのまま一周回す。

「ふぅ…」

そして元の位置に戻し、刀を鞘に収めると、周りの的が全部真っ二つに切り裂かれた。

「ふぅ、こんなもんかな。まあまあな感じか。」

タオルで汗を拭くローラン。

パチパチ――

背後から拍手の声が伝わる。

「なかなかいい動きじゃないか、後輩くん。」

「あ、アストリア先輩、おはようございます。昨日はありがとうございました。」

ローランは向き直って、アストリアに一礼する。

「いいって、後輩が悩んでいるから助言をしたまでってことよ。ところでローランくん、さっきの剣技って、もしかしなくても、東方から伝わる剣術『北川流』か?」

「はい、先輩、よく知っていますね。祖父は昔から武芸を嗜んでいて、『北川流』の始祖様とも親交があって、だから頼んで武芸の指導をして貰って、そのまま弟子になったって訳です。」

「へぇーかの始祖様の直弟子か、それは大したものだな。せっかくだし、1回手合わせしてみたらどうだ?」

そう言って、アストリアは部屋の隅にあるレイピアを手に取る。

「手合わせ、ですか?」

「そう、手合わせ。『北川』の直弟子と刃を交えるチャンスなんて、そうそうないだから。」

「直弟子と言っても、まだまだ未熟ですがね…わかりました、そう言ってもらえたなら、謹んでお相手致します。」

「そう来なくちゃな。さあ、後輩くん、武器を構えろ!」

「はい!」

ローランは、再び腰を屈して、柄をしっかり握る。

「それじゃ…行くぜ!」

(はや――っ!)

たった一瞬の間、まるで最初からそこにいないように、アストリアの姿が消えた。

(精神集中…!そこか――っ!)

ローランは一歩左に退いて、アストリアの突きを躱す。

(もらった!)

そのまま刀を勢いよく抜き、アストリアのいる位置を斬る。

――のはずだった。

(――えっ!?)

斬った手応えはない。

「もらった!」

次の瞬間、アストリアは半周回って、ローランの背後に現れ、そのままレイピアを振り下ろす。

「くっ!」

ローランは慌てて身を翻し、かろうじてレイピアを受け止めて、そのまま一歩後にジャンプして、アストリアと距離を取る。

「へぇー今のを防げたなんて、さすが『北川』の使い手、というべきか。」

「はぁーはぁー先輩こそ、こんな速い剣技、ただものではないですね。」

「これでも長年修業した身だから、よ!」

アストリアは、さっきより速いスピードで、ローランに向かって突き進む。

(今度は下から、か!ならば――!)

さっき刃を交わった経験を活かし、今度ローランはなんとかアストリアの動きを掴んだ。

そしてローランも、アストリアに向かって突き進んだ。

(レイピアは長い、そして突きに長ける。でも、だからこそ、接近戦に持ち込めばこちらが有利になる!)

「これでも喰らえ!秘技・紫電!」

至近距離まで突き進んで、ローランは刀を抜き、渾身の技で斬りかかる。

(これで――え!?)

だが、空振りだった。

「悪くない技だが、詰みが甘いだよ!」

突然、背後から声がする。

(――!!いつの間に――!)

「これで、トドメだ――!」

ローランの背後にいたアストリアは、勢いよく肘を振り下ろす。

「ぐは――!」

背後が打たれたローランは、バランスを失い、そのまま床に倒れる。

(くぅ…早く立ち上がらないと…)

そう思って身を翻すローラン。

が、次の瞬間、アストリアはレイピアをローランの喉先まで突き出した。

「勝負あり、だな。」

「はぁ…参りました。さすがアストリア先輩、お強いですね。」

「なに、ただ実戦経験がお前よりちょっと多いから。ほら。」

ローランはアストリアの手を掴み、立ち上がる。

「先輩、もう一回、お手合せできませんか?」

「いいぜ、かわいい後輩くんの頼みだもの。どんとこい!」

こうして、ローランのメルフィーナ魔導学園での新生活は、爆ぜる剣火と共に幕を開けた。


そして、昼。


「それにしても、この学園の授業って、本当に侮れないですね。」

「ああ、そうだな…」

カレーを口に運ぶローランは、午前の授業を思い出す。

「まさか午前だけでも魔導工学、音楽、歴史、美術の授業とは。それにどれもかなりの難易度で…事前予習して本当によかった。」

「ですよねー先生に指名された時、本当にドキッとしましたね。」

「その割に、メインフィナさんはどの問題も正確に答えたじゃないですか。」

「まあ、これでもフィオール家の人間ですから。」

なんだか含みがあるようだが、ローランはそれ以上に追求はしなかった。

「そういえば、今朝は本当にすごかったのですねー」

突然、さっきと違う話を振るメインフィナ。

「今朝のって――ああ…恥ずかしいもの、お見せしましたね。」

カレーを口に運ぶローランは、今朝のことを思い出す。


結局、ローランはアストリアと何回も手合わせをしたが、一回も勝てなかった。

それに、いつの間にか、上の階段から下がったメインフィナやエリセなども鍛錬室に集まった。もちろん、ローランが何度も負けた姿も目に入った。


「ううん、そんな事ないですよ。お二人とも、本当にかっこよかったです。」

「そう、かな…俺はよくわからないが。」

「謙遜しなくていいですよ、ローランくんー兄さんの剣技をあそこまで凌げるのは、わずかしかいないですからねー」

食卓の隣から、ここ数日馴染んだ声がする。

「あ、シルフィ先輩、こんにちは。アストリア先輩もいるんだ。」

「こんにちはです、シルフィ先輩。」

ローランとメインフィナは皿を持つシルフィ(とその隣にいるアストリア)を挨拶する。

「よう、かわいい後輩さんたち。もしかして、お二人を邪魔したとか?」

「はぁ…またそんな事をからかうのですか、アストリア先輩。前も言ったが、俺とメインフィナは、先日知り合ったばかりですよ。」

「はは、悪い悪い、二人がいつも親しいからつい。隣、空いてるよな。」

「あ、はい。」

「それじゃ、邪魔するよ。」

アストリアとシルフィは、ローランとメインフィナの隣で腰を落とす。

「アストリア先輩はステーキですか。」

「男だもの、やはり肉を食べないとな。後輩くんも、ちゃんと肉を食べて、体を作るよな。武人の道を歩むなら、まずは体力が一番だぞ。」

「あはは…ご忠告、感謝いたします。シルフィ先輩は…定食セットですか。」

「ここの定食セット、いつも美味しいですよ~」

「そうですか、俺も機会があったら試してみようかな。」

またカレーを一口食べるローランは、つい視線をアストリアへ向かう。

(そういえば、今朝の手合わせ、先輩が使っている剣術…あれはメルフィーナ宮廷剣術をアレンジしたものだな。たしかにあれは、帝国の中でも貴族でなければ学べない剣術だったはずだが…いや、そんなことを詮索しても無粋か。)

「うん?どうしたの、後輩くん?もしかして、ステーキがほしいか?」

「い、いや、なんでもないです。」

ローランは誤魔化すようにカレーを口に運ぶ。

「あら、みんなここにいましたね。せっかくですし、私たちも同席してもらおう。」

「ローランくん、シルフィ、お邪魔するね。」

「あ、エリセ先輩にユーリシア先輩。こんにちは。」

「こんにちは、ユーリちゃん~奇遇ですね~」

「奇遇も何も、ここは食堂ですがね。」

「うーん…それもそうかな~」

「はぁ…先輩方たち、ここは一応学園内ですから、ちゃんと示しをつかないと。」

「律儀ですね、エリセちゃんは~さすがに生徒会長~」

「それは関係ないでしょう。コホン、とりあえず、ここで会うのもなにかの縁ですし、同席させてもらおうか。」

「あ、はい、もちろんいいです。」

ローランは席を譲る。

「そう。じゃ、少しお邪魔するね。」

エリセとユーリシアも、食卓に加わる。

「みんなまた揃ったのね~」

「ええ、新入生が来たから、初日で賑やかですね。」

そう言って、エリセは周囲を見渡す。食堂には、挨拶の声や、歓談の声が、あちこち聞こえる。

「そういえばローランくん、学園の初日はどうだった?」

ユーリシアが突然ローランに質問を投げる。

「うーん…そうですね。まだ初日ですから、正直に言って、まだまだわからないことが多いですが、とりあえず頑張りたいと思っています。」

「いい心構えですね。ところで、お二人とも、部活はもう決めたのかな?」

「部活ですか…正直、まだ考え中です。これから見学に行こうかと思っている。」

「私も、まずはいろんな部活を見て回ろうかなっと思って。」

「そうですか。金曜日までですが、まだ時間がありますから、ゆっくり考えて選んでください。」

「はい、先輩。心にして置きます。」

話が一時終わって、みんなが食事に没頭している。

「もぐもぐ…さすが帝国一流のシェフ、いつ食べても美味しいですね。」

ユーリシアは思わず感慨を漏らす。

「へぇーそうなんだ。一流のシェフなら、帝都の高級ホテルなどで勤めているかと思っていた。」

「これでも皇族ゆかりの学園だからな。すべてを最善に尽くさないと、皇族の面子が保たない。」

「アストリア先輩はやはり詳しいですね。」

「これでも年上だからな。ところでローランくん、メインフィナちゃんも、午後の実力テストの準備はできているか?」

「実力…テスト?」

聞いたことのない名に、困惑していたローラン。

「ああ、パンフレットには記されていないから、知らないですね。実力テストは、簡単に言えば新入生の身体能力、戦闘能力などを測定するためのテストです。これは成績などには影響がないから、安心していいです。」

エリセが補足する。

「なんだか、本格的っぽいですね。」

「ああ、さすがに皇族関係の学園だけであって、文武両道に育つのは、本当にそのままの意味なんだな。」

「お二人ともは知っていると思いますが、この学園の卒業生、軍に入った人が少なくないです。そのためにも、身体能力や戦闘スキルなどを、ちゃんと身につけないと。」

「でも、俺にはできるのかな…」

ローランは今朝自分の無様な姿を思い出す。

「なーに、お前は弱いわけじゃなく、ただ実戦経験が少ないからだ。今朝手合わせしてわかったことがある。お前は、剣技の方はちゃんと身につけている。だが、剣技を学んだが、実際に戦うのはせいぜい獣相手の程度で、人と、特に他の流派の武人と手合わせしたことがほとんどない。そうだろう。」

「…本当に、アストリア先輩には誤魔化せませんね。」

「これでも武を嗜んでいる方だから。だから、もっと自信を持って、胸を張っていいぞ。お前は、決して弱いなんかじゃない。もっと経験を積めば、きっと一流な剣士になるに違いない。」

「あはは…ありがとうございます、先輩。」

「さて、後輩に助言もしたし、昼の時間も過ごしているから、俺はちょっと昼寝に行くぜ。」

最後の一口を食べ終わったアストリアは、皿を持って席を立つ。

「あ、お兄さん、私も一緒に~」

「シルフィ、午後は購買部の準備があるでしょう。ほら、行くわよ。」

ユーリシアは、アストリアの後を追おうとするシルフィの腕を掴む。

「えーそんなの、ユーリちゃん一人でいれば大丈夫なのにー」

「ワガママ言わないで。ほら、行くわよ。」

「ええええええええー」

「なんだか、ユーリシア先輩に弱いですね、シルフィ先輩は。」

ユーリシアに引っ張られるシルフィの後ろ姿を見て、ローランは思わずつぶやく。

「こう見ても、ユーリシア先輩とシルフィ先輩との付き合いが長いですから。それじゃ、私もそろそろ生徒会室に戻ります。午後の実力テスト、頑張ってください。」

「はい。いってらっしゃい、エリセ先輩。」


そして、午後、グラウンド――

一年生全員が、班ごとで集まっている。

「みんな集まったから、まずは自己紹介をしてもらおう。私はマーテル・シェフィールド、これから三年間、お前たちの戦術教官となる者だ。」

1-3C組全員の前に立つ若い女性が、こう自己紹介する。

ざわざわ――

(マーテル・シェフィールドって、もしかして――)

メインフィナは隣にいるローランに耳打ちする。

(さすがにメインフィナさんも知っているのですか。おそらく、想像した通りです。)

マーテル・シェフィールド――

メルフィーナ魔導学園の卒業生で、卒業後は国防軍に入り、軍事演習や武術大会などで敗北したことない、ついに最年少記録で大佐に昇進した、そんな伝説的な存在。

期待された有望株だが、国防軍司令部が准将昇進を検討しているところ、去年突然軍を辞め、メルフィーナ魔導学園に戻って戦術教官を就任した。そのことは国防軍内にて大騒ぎを起き、国防軍ゆかりの貴族たちの耳にも伝わった。

(まさかこの人が私たちの戦術教官なんて…ここ三年間は厳しそうかも。)

(まあ、互いに頑張ろう。)

「さて、挨拶も終わったから、そろそろ実力テストを始めよう。これより、チーム分けを発表します。」


そして――

「これも神のめぐり合わせ…いや、神の仕業と言った方が正しいか。」

発表したチーム分けの結果、ローランの対戦相手は、メインフィナだった。

「ローランさんが相手ですか…私、勝てるのかな。」

メインフィナはちょっと不安を感じる。

「メインフィナさんの入学試験、成績は1位だったから、そこは不安を感じる必要がない。何なら、手加減してもいいですよ。」

「いえ、手加減なしでお願いします。」

「負けず嫌いですね、メインフィナさんは。」

「それでは、テストを始めます。ローラン・ヴァレンシュタイン、メインフィナ・フィオール、前へ!」

「「はい!」」

呼ばれたローランとメインフィナは、一歩進んで隊列から出る、位置につける。

「入学成績によると、お前たちの実戦成績は一番トップの方。だから、ここはお前たちから始めよう。それでは、テストのルールを発表します――が、その前に、一つ言うことがある。たぶん知っている人もあると思うが、この学園は、特殊なフィールドに覆われていて、よほどのことではない限り、例え致命傷レベルの傷をつけられても、命の危険はないはずだ。だが、だからと言って、学園内での私闘は厳しく禁じられている。もし私闘が発見されたら、厳しく処分を下すことになる。くれぐれも、恥をかかるな。」

(致命傷レベルの傷を受けても命の危険がない…本当に、とんでもないものだな。そもそも、魔導工学だけで、本当にこんなレベルのものをできるのか。)

ローランは思案する。

「コホン。それでは、正式にルールを発表する。制限時間は10分、相手を追い詰めた方が勝ち。具体的な採点は、こちらが行う。尚、武器と戦術の使用は無制限、魔法の使用も許可する。」


魔法――

魔導工学の発展と同時に、大陸で伝われる、もう一つの技術。

その源は、古の時代まで遡れるが、今はまだ謎が多い。

解明した内容によると、この大陸全体、そして生きるすべての命は、量は個体によるが、全部「霊力マナ」がある。そのマナを利用して、各属性の力に変換するのが、「魔法」の基本。そして変換された属性の力は、術者によって、戦闘や生活、色んな使い方がある。

だが、魔法を上手く使いこなすには、自分自身が備われるマナの量が多いか、マナとの共鳴能力が強いか、そのどちらかが必要。

よって、便利で強い力だが、使える人間が限られるため、不便ではあるがどんな人でも使いこなせる魔導工学の方が遥かに発展して、今や大陸全体には必要不可欠な技術になった。

一方、魔法は使える人間が限られるが、魔導工学の発展により衰退することがなく、今もそれについての研究を続いている。その成果の一つは、魔晶石の原石「クリスタル」を利用して、使用者と環境中のマナの共鳴を増幅させる「魔導具」であった。


(…まあ、ほとんどは本から得た知識なんだがな。)

思わず自分を突っ込むローラン。

(魔法は…俺も訓練されたことあるから、使えなくはないが…俺自身は霊力が少ないし、共鳴も低いから、使えると言ってもせいぜいファイアボールくらいのレベルか。まあ、俺には関係ないルールだな。)

「そういえば、今まで知らなかったな。メインフィナさんの得物は何だ?」

「私、ですか。これです。」

メインフィナは午後からずっと持っていたスーツケースを開く。中には、一本のアサルトライフルを仕込まれている。

「アサルトライフル、ですか。名門のお嬢様にしては物騒な得物ですね。」

「でも、剣よりは扱いやすいでしょう。」

「まあ、それも確かに。」

「それでは、双方、武器を構えろ――始め!」

マーテル教官の合図と同時に、ローランは刀を握りながら、メインフィナのいる方向へ飛び出す。

(アサルトライフルはレイピアと同じ、むしろそれ以上に長距離戦に有利。ならばこちらから近接戦闘に持ち込めば――)

そう思って、ローランはダッシュしながら刀を構える。

「受けてみよ!奥義・明鏡止水!」

そして勢いのまま刀を抜き、メインフィナを斬りかかる。

「チーン!」

今朝の手合わせと違って、確かに斬った手応えがあった。

「――!」

だが、その手応えは、いつもの感覚と違う。

(――しまった!)

その時、ローランは突然危険を感じ、慌てて一歩下がる。

次の瞬間、巨大な氷柱がさっきローランにいた場所に落ちた。

「い、今のって――」

「はい、氷属性の魔法・アイスショックです。」

メインフィナは答える。

「しかも最初から高レベルの魔法だなんて…俺とは関係ないルールだと思ったが、まさかメインフィナさんは魔法の使い手とはな。」

「驚いたか?」

「ええ、それはもう。でも、同じ手が二度と通じるとは思わないことね。」

ローランは再び身を構える。

(それにしても、さっきの手応えって――ああ、そういうことか。)

よく見れば、メインフィナの周囲には、陽の光の影響で薄いが、淡い光が見える。

(あれは、霊力マナによる霊的なバリアか。はは、本当に、つくづくとんでもないと思うな、メインフィナは。でも、だからと言って、ここで負けたら、師匠には申し訳ない…だな!)

と言っても、バリアを張りつつ高レベルの魔法を使える相手には、おそらく正攻法じゃ通じないだろう。

(だったら、まずはバリアを破壊するしかないか。)

「どうしたのですか、ローランさん?動かないなら、こちらから仕掛けますよ。」

メインフィナはアサルトライフルを構える。

(例えメインフィナさんは稀代な魔法使いとしても、バリアを張りつつ高レベルの魔法をあんなスピードで詠えるはずがない。だとしたら、きっとどこかが、バリアの制御装置があるはずだ。それさえ探し出せば――)

「ふん!」

ローランは刀を抜き、メインフィナが撃った弾を弾く。

「さすがにローランさん、まさか銃弾を弾けるなんて。」

「動きを捉えるのは、剣を学ぶ者の基礎ですから。」

「やはりローランさんはすごいですね。」

「それはどうも。」

「なら、これはどうですか?」

メインフィナは弾倉に一枚の弾を入れる。

「喰らいなさい!バレット・レイン!」

撃った弾丸は上空で爆発し、無数の光がローランに降り注ぐ。ローランは回避しながら、バリアの制御装置を探る。

(精神集中…師匠の教えを思い出せ。霊力の流れを感じて、捉えて…)

もしメインフィナを護るバリアは制御装置で維持されているのなら、制御装置は常にバリアに霊力を供給しなければいけない。そうなると、必ず霊力の流れが発生する。

(そして、師匠が教えた『心眼』を使えば、その流れを見出すことができるはず…!)

ローランはメインフィナが撃った弾を躱しつつ、ある方向へ駆け出す。

そこには、一本の大きな木がある。

「そこだ!」

木の下まで駆けつけたローランは一点を定め、渾身の勢いで刀を抜く。刀身には、いつの間にか風が纏っている。

刀を抜く瞬間、風が剣気と化し、前方を斬り裂く。

そして、木の上にあった魔導具が剣気に打たれて落ちたと同時に、メインフィナを護るバリアも明らかに乱れていて、霧散した。

(おそらく、実力テストに備わって、予め仕掛けたものかな。)

「さすがローランさん、まさか仕掛けを見破るなんてね。」

「今朝の手合わせを見たメインフィナさんなら、こうなるのも予想済みだと思いますがね。」

「ええ、そうですね。」

次の瞬間、ローランが一歩下がるとほぼ同時に、大きな雷がローランの前に落ちた。

「ったく、またとんでもない魔法を…本当は俺を死なせる気じゃないのですか、メインフィナさん?」

「でも、ここなら、少し派手にしても、命の危険は別にないでしょう。」

「それとこれとは違うと思うがな…まったく、まるで人が変わったようだな、メインフィナさんは。」

ローランは改めて身を構える。

(でも、バリアが解除された今なら、勝機があるはず――!)

「まだ終わっていません!」

メインフィナは、次々と魔法を詠って、ローランを襲いかかる。

(いったいどれだけの霊力を備わっているのだ、メインフィナは…さすがにこのままじゃキリがないな。となると、次の一撃で決める方がいいか。)

ローランは刀を鞘に収め、メインフィナに向かって飛び進む。

「もらった!秘技・ファイアストーム!」

一瞬でメインフィナの後ろに突き進んだローランは、風と炎の纏った刀を抜き、メインフィナに斬りかかる。

――が、次の瞬間。

「な――!」

突然、電流が体内に巡り、ローランはバランスを失って倒れる。

(これは、麻痺式の魔導トラップ――!まさかこんなものまで用意したなんて――)

立て直そうとするローランだが、アサルトライフルの銃口はもう頭に向かっている。

「そこまで!勝者、メインフィナ・フィオール!」

側で見ているマーテル教官は、勝敗を宣言する。

「ははは…朝に続いて、また負けてしまったのか、俺は…」

「たぶんローランさんは、こういう戦い方に慣れてないだけだと思いますね。」

メインフィナはトラップを解除して、ローランに手を伸ばす。

「そうだったらいいのですが。トラップやバリア制御装置を用意するなんて、エグい戦い方ですね。」

「そこは『知恵を用いた戦い方』と言わせたいのですね。真正面から戦ったら、私はきっと勝ち目ないですし。」

「まあ、違いないか。」

ローランはメインフィナの手を掴んで、立ち上がる。

(柔らかいね…って、今はそういう場合じゃないか。)

「それでは、次の対戦チーム、前へ!」

マーテル教官の号令と共に、ローランとメインフィナは隊列に戻る。


下校時間――

色々あった初日だったが、今も下校の時が迎える。

「最後に一つ、今週末まで、部活動の申請を職員室に提出すること、忘れないように。それでは、ホームルームはこれまで。」

セレスティア担任の一言と同時に、教室内の雰囲気は下校モードに切り替える。

「それじゃ、また明日。」「今夜は一緒に食べに行きましょう。」「これからは買い物にしようか。」

教室内のあちこち、挨拶の声と放課後の約束の声が響く。

「メインフィナさん、俺たちも――あ、そうか、メインフィナさんは教室にいないだな。」

ローランが振り向くと、後ろは空席だった。

たぶん霊力を使いすぎたか、テストが終わったら、メインフィナは調子が悪いようで、保健室で休んでもらった。

「あそこまで霊力を使わせたのは、俺の責任でもあるな。仕方ない、迎えに行くか。」


そして、保健室――

「失礼します。」

ローランはドアをノックする。

「いらっしゃい。どこが怪我したのですか?」

学園の保健医パトリシア・ラクエールが出迎える。

「いえ、ラクエール先生、怪我はしていないです。俺は、メインフィナさんの様子を見に来ましただけです。」

「メインフィナさんの様子、ですか。となれば、君はエリセが言った、新入生のローラン・ヴァレンシュタインですね。」

「はい、ローラン・ヴァレンシュタインです。エリセ先輩に、いつも世話になっています。」

「いつもと言っても、ローランくんはまだ入学したばかりなのにね。では、改めて自己紹介してもらいますね。私はパトリシア・ラクエール、メルフィーナ魔導学園の卒業生で、保健医を務めて、そしてエリセの姉でもあります。よろしくお願いします、ローランくん。」

「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします、ラクエール先生。」

「そんなにかしこまらなくていいですよ。名前を呼んでいいです。」

「え?あ、はい。それでは…パトリシア先生、っていいのですか?」

「うん、それでいいです。せっかく来たし、お茶をお菓子はいかがですか?」

パトリシアはカップを取って、紅茶を注ぐ。

「あ、ありがとうございます。」

ローランはカップを受け取って、一口啜る。

「うーん、染み渡るのですね、本当に美味しいです。ところでですが、この紅茶には、なにか他のものも入ったのでしょうか?」

「どうやらローランくんもよく紅茶を飲んでいるのですね。この紅茶には、疲れを取ると精力をつける効果があるハーブを入っているの。激しい運動をした男の子に効果的で、かなり評価されているのですよ。」

「精力をつけるって…」

「あら、ナニを想像しているのですか、ローランくん?」

「い、いえ、何でもないです。」

ローランは誤魔化すように紅茶を一口飲む。

(それにしても、パトリシア先生もなかなかいい体つきですね。医者服と白衣もなかなか大胆だし、タイツに包まれる太ももも…って、俺は何を考えている。きっと紅茶のせいだ。)

「コホン…そういえば先生、メインフィナさんの体調は…」

「ああ、メインフィナちゃんね。ただ霊力の消耗が激しくて、疲れているから。今は処置を終わって、あそこで休ませているの。」

ローランはパトリシアの視線を追う。保健室の隅、メインフィナはベッドの上で小さく寝息を立てる。

「そうですか。無事で本当に良かったです。」

「ローランくんは本当にメインフィナちゃんを大事にしているのね。さて、先生はこれから用事があるから、ここは任せたわよ。」

そう言って、パトリシアは身を起こし、ドアに向かう。

「え、先生?」

「あ、そうそう。もし何をしようとしたら、ちゃんと扉を閉じるようにね。それじゃ。」

「って、しませんってば!まったく、からかい好きな先生だな。」

去ったパトリシアを見て、思わずツッコむローラン。

「さて…」

一息ついたローランは、メインフィナが寝るベッドの側で歩く。

「すぅ…すぅ…」

「本当に、いい寝付きですね。」

ローランはメインフィナの顔に手を伸ばそうが、やめた。

(いや、ここで手を出すのはやはり間違っているでしょう。)

「うぅ…うーん…」

寝ていたメインフィナは、薄々と目を開く。

「あ、起きたのですか、メインフィナさん。」

「うぅ…ローランさん?いつの間に…?」

「ついさっきですよ。よく休みましたか?」

「うん、おかげさまで。でも、やはり少し力が入らなくて…」

「大丈夫ですか、疲れているのなら、もうちょっと寝てもいいですよ。」

「うーん…でも、もう下校時間ですね。」

メインフィナの視線は壁にいる時計に向かう。

「それでも、無理だけはしないでくれ。」

「ううん、無理はしていないのですよ。ただ、まだ少し目眩がするだけです。」

メインフィナは頑張って身を起こす。

「だからそれは無理をしているって…はぁ、お前がこうなってしまったのは、俺の責任でもありますからな。仕方ないか。」


帰り道――

「悪いですよ、ローランさん。ここまでしなくていいですのに。私一人では歩けるから。」

寮への帰り道。

ローランは、メインフィナをおんぶして歩いている。

「何が『一人で歩ける』のですか。さっき主校舎から出た時、危うく躓くところだったのに。」

「あ、あれはたまたまですよ、たまたま。」

「はぁ…主校舎にいる時も、俺が手を離すと、倒れそうだったのに。安心しろ、ちゃんと寮まで送るから。」

「でもこれ、さすがに恥ずかしいですし…」

「一人の女の子を背負うのは、俺にも経験ないですし、俺だって恥ずかしいでしょう。でも、メインフィナさんをこうさせたのは、他でもない俺なんだから、ちゃんと責任を取らないと。」

「なんだか、いやらしい言い方ですね。」

「気のせいです。」

「それに、私が霊力を使い過ぎたのも、ローランさんのせいなんかじゃないです。ただ私が、全力で戦っただけですから。それとも、ローランさんは私をこれほどまでに霊力を使わせた、そういう自分の強さを自慢したいのですか?」

「いえ、俺はそういうつもりじゃ…ごめんなさい、やはり失言しましたね。」

「ふふ、冗談ですよ。私に恥をかかせたことの仕返しです。」

「はぁ…お前って人は。」

ため息をするローラン。

「ふふ。だからね、ローランさんはそんなに気を負う必要がないですよ。そろそろ下ろしてもいいじゃないですか。」

「ダメです。例え俺が気を負う必要がないだとしても、まともにたっていられない女の子を歩くのを見て、放っておくわけにはいかないでしょう。」

「優しいですね、ローランさんは。」

「辺境伯でも、一応俺は貴族出身ですから、これくらいの礼儀は教えられた。」

「ううん、おそらくは、貴族かどうかは関係なく、ローランさんだからこそ、人に優しく接するのじゃないかな」

「まるで、俺のことを知っているような言い方だな。」

「だって、始業式の日、困っている私を助けたじゃないですか。」

「誰だって、困っている女の子を見たら放っておけないのさ。当然のことをしたまでです。」

「それに、あの時も、ローランさんがいた…か、ら…」

「…?メインフィナさん?」

「すぅ…すぅ…」

背後から、小さな寝息が立てる。

「まったく、だからちゃんと休んだから帰ろうって言ったのに。」

ローランは思わず苦笑いする。

(本当に、かわいい寝顔だね。思わず頬をツンツンしたくなる…って、また何を考えているのか、俺は。)

ローランはメインフィナを背負い直して、再び歩き出す。

(それにしても、先日まで初対面だったはずなのに、何故か懐かれてる気がする。クラスメイトで、同じ寮で住む仲間だったとしても、男の前でこんな無防備な姿を見せるものかな。本当に、メインフィナさんの目の中で、俺のことどう映っているのかな。)

もちろん、寝ているメインフィナは、ローランの悩みを答えるはずがない。

(そもそも、俺はメインフィナのこと、どう思っているのか…そりゃかわいいし、性格もいいし、それになんだか信頼されてるし…いや、信頼されているからこそ、その信頼を裏切るような真似はできないだな。ちゃんと、守って抜かないと…って、なぜ俺はこう思うのか。まあいいや。)

ローランはちらっとメインフィナの寝顔を覗く。

(それにしても、初対面だったはずなのに、何故か懐かしい感じが…いや、それこそがどうでもいいことか。)


あれから、ローランがメインフィナを背負って寮に帰ったことが、みんなにからかわれたが、それはまた別の話だった。

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