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第二話 ようこそ、「ヒュペリオン」寮へ

一日が終え、ローランたちは寮に帰路をつく。これから3年間過ごす学生寮で待っているのは――

昼、メルフィーナ魔導学園、食堂。

「お待たせ、メインフィナさん。隊列が混ざっているからちょっと時間がかかった。」

ローランは大きな碗を持って、メインフィナの真向かいの位置で座る。

碗の中で、熱いうどんが盛っている。

「いえ、大丈夫です。ローランさんはやはり男の子ですね、こんなにたくさん食べるなんて。そういえば、こんな季節なのにうどん、平気ですか?」

メインフィナの前は、ひと皿のステーキが置いている。

「確かにここは故郷に比べれば暖かいのですが、でも俺にとって、この季節にはやはりうどんがいいです。」

そう言って、ローランは一口啜る。

「うん、故郷のとは違いけど、なかなか悪くない味だな。」

「そうですね、さすが帝国随一の学園、料理の味も格別です。」

メインフィナはステーキを切って、口に運ぶ。

ローランはつい、ステーキを咀嚼する小さな口を見入る。

「もぐもぐ…どうしたのですか、ローランさん、私のことをじっと見て。もしかして、私の顔に何か付いていますか?」

「いえ、なんでもないです。」

恥ずかしすぎて、ローランは目をそらす。

「もぐもぐ…変なローランさんですね。」

「そ、そんなことはいいでしょう。それより、さっき教室でああ言ってしまったけど、大丈夫ですか?」


時間を少し前まで遡る――


メインフィナからのメッセージを受信し、教室に戻ったローランは、すぐにクラスメイトに囲まれたメインフィナを見つけた。

その囲みぶりは、ローランが教室から出たときとあまり変わってない。

帰ったローランを見つけたメインフィナは、視線だけで「助けて」のシグナルを送る。

ローランは軽く頭を掻いて、教室に踏み入れる。

「皆さんにはすまないが、メインフィナさんは、もうすでに先約があって、だからここで失礼いたします。」

そう言って、ローランはメインフィナに手を伸ばす。

「なんだよ!」「どういうことだ!」「お前ら、いったいどういう関係だ!?」

周りから抗議の声が上がったが、ローランはそれを無視し、メインフィナの手を掴んで教室から離れた。


「ああ、あれですか。ちょっと驚きましたけど、別には問題ないじゃないですか。」

「いや、そう言われても…」

さっきのことを思い出すと、どうしてもさっきまで繋いたメインフィナの手の感触が蘇る。

「あの時の言い方、まるで俺たち、つ、付き合っているじゃないですか。それに、今こうして一つのテーブルで昼ご飯食べているし。これはどう見ても疑われるのでしょう。」

「うーん…別に大丈夫かな。うわさは消え去るものですし。」

「そう言われても…もしこのことでフィオール家の家名に傷でもつけたら、俺ごとき伯爵家じゃ、一捻りで潰されるじゃないですか。」

「ローランさんは本当に大げさすぎ。」

「メインフィナさんこそ、もっと自覚を持つべきじゃないですか。例え貴族でなくても、男女だけでも誤解されやすいです。」

「ローランさんですから別に気にしていないですよ。」

「それってつまり、俺のこと男として見ていないってことですか。はぁ…」

前途多難を感じて、ローランは深くため息をする。


昼メシが終わって、二人が学園内を散策した。

この学園には、あらゆる施設が用意している。

主校舎は各クラスの教室のほか、1階には職員室と医務室、2階は音楽教室と美術教室、3階は料理教室と生徒会室がある。

主校舎の東側は部活棟。プールやジム、読書室、茶室などが備わっている。主校舎とは3階にいる回廊で繋がっている。

西側は多用途棟。食堂、図書室、購買部など学生たちがよく利用している施設がここで集まって、主校舎とは屋上が繋がっている。

中庭は主校舎、部活棟と多用途棟に包まれる形になる。大きい木が何本も生えて、学生にとってはいい憩いの場所。

中庭から北の方向は園芸部が管理している花畑と小さな池。春の花畑には、向日葵がいっぱい咲いている。

花畑の隣はグラウンド、体育や実戦の授業、陸上部やテニス部の部活はここで行うという。

学園一番西のところは始業式の時も使われた大講堂で、一番東の側は倉庫や格納庫、そしてそれらを整備するための工房が備わっている。

そして…


「あれ?ここはロックがかかっている。」

ローランとメインフィナは、学園の一番深いところにある鉄の扉で立ち止まる。

扉は一見にして錆がついたが、ロックは新しいもので、今時一番頑丈なタイプ。どうやら厳重に施錠されたようだ。

扉の向こうに、一本の細い道があって、その先に古びた建物が見える。

「たぶん『立ち入り禁止』って意味じゃないでしょうか。ローランさん、学園も一周回ったし、そろそろ教室に帰りましょう。」

「ああ、そうだな…」

(でもなんだろう、この胸がざわめいた感じは…)

「うん?どうした、ローランさん?早く行きましょう。」

一足先に帰ろうとするメインフィナは、扉の前で立ち止まったままローランに呼びかける。

「ああ、いま行く。」

ローランは最後に古びた建物を一瞥して、メインフィナの後を追ってその場を離れた。


あれから更に時間が経って…


下校の時間。

ローランはカバンを持って、廊下で歩いている。メインフィナは、用事があって一足先に教室から去った。

その右手には、ついさっきセレスティア先生からもらった書類がある。

曰く、そこで参加したい部活を書いて、来週の金曜日まで提出せよ、と。

「部活、か。まだ何か特別やりたいことはないが…うん?」

ローランは部活申請表の下にある一行の文字に目を留まる。

「『刻限まで提出しなかった生徒は、自動的に生徒会の協力者リストに入る。』…って、なんだこれは、わけわからない。」

そんな時、廊下にいた掲示板が目に入る。

「あ、そういえば、まだ寮舎を確認しなかった。どれどれ…第六学生寮『ヒュペリオン』、場所はクリス駅の西側、か。それじゃ、ちょっと部活とやらを見にいたら、新しい家に帰るとするか。」

そう意を決まって、ローランは再び歩き出す。


校門から出る時、夕陽の光が並木の隙間から透けて、今朝通ったばかりの通学路を茜色に染める。

「これはまた、幻想的な光景だな。」

「そうでしょう。並木道から出たら夕焼けも見えて、この時間下校する学生にとっての一番の特権と言ってもいいです。」

背後から、今朝聞いたことある声が伝わる。

「あ、エリセ先輩、お疲れ様です。今から帰るのですか?」

ローランは向き直って、背後にいたエリセに挨拶する。

「そうよ。立ち止まってもなんですし、歩きながら話しましょう。」

「はい、喜んでお供いたします。」


駅前までの道、二人の足音以外は風に揺らがれる木の枝の音だけ。夕日に染まる二人のそば、長い影がついている。

「先輩、こんな時間で下校するのは、もしかして生徒会のお仕事ですか?」

「そうよ、昼前君が手伝ったおかげで、仕事が予定より早く終わったわ。」

「手伝うって、ただ書類の運びじゃないですか。」

「それでも助かったわ、礼を言う。」

「いえ、そんな大げさな。」

「ローランくんこそ、なぜこんな時間?」

「ああ、それは、先生から部活申請書を受け取ったから、部活について見学して、気づいたらこんな時間でした。」

「そう。」

エリセはこれ以上何も言わなかった。二人の間沈黙の空気が漂う。

(うぅ…なんか気まずい感じ。)

そう感じるうちに、二人は並木道を通り抜ける。

西の空が、夕焼けに赤く染まって、幻想的な雰囲気が生み出す。

(確か東方では、こういう時間を「逢魔時」って表す方があったな。まあ、こんな平和な町だ、妖怪や魔物なんて、あるわけないでしょう。)

少し経ってから、二人は駅前までたどり着く。

「それじゃ、私はこれで。ローランくん、また明日。」

そう言って、エリセは右にいる脇道へ行こうとする。

「あ、先輩、その方向なら俺の行き先と同じです。」

「そう。でもこの先、学生寮しかないよ。」

「学生寮って、もしかして第六学生寮『ヒュペリオン』のことですか?」

「そうですが、どうして新入生の…ああ、そういえば、ユーリシア先輩が今日は二人の新入生がうちの寮に引っ越すって話があったが、君がその新入生でしたね。」

「はい。改めまして、今日から第六学生寮に入るローラン・ヴァレンシュタインです。」

「挨拶は寮に帰ったからでいいです。ところで、聞いた話では二人ですが、もうひとりは…?」

「ローランさーん!」

反対する方向から、今日よく聞き慣れた声がする。

駅前の東側の道、一人の金髪の少女が手を振りながらこちらへ走ってくる。もう一つの手にはカバンと見慣れないバッグを持っている。たぶん東側にある店で買ったものでしょう。前髪についた蝶の髪飾りが、夕日に染まって一層綺麗に見える。

「あれ、メインフィナさんじゃないですか。」

「どうした、知り合いですか?」

「知り合いっていうか、今朝知り合ったばかりのクラスメイトです。」

「その割には、すごく親しいように見えますが。」

「いや、親しいって言っても…」

こうして話している間、メインフィナは二人の前でたどり着いた。

「はぁ、はぁ…まさかこんなところでローランさんと会えるとは、本当に奇遇ですね。」

「お疲れ様です、メインフィナさん。お買い物ですか?」

「はい、いくつか足りないものがあると思い出したから、商店街に行って買いました。ところでローランさん、そちらの方は…?」

「自己紹介が遅くなりました。私はエリセ・ラクエール、メルフィーナ学園の二年生で、生徒会長を務めている。よろしく。」

「あ、はい。私はメインフィナ・フィオールと申します。よろしくお願いします、エリセ先輩。」

「そう、君は噂のフィオール家の息女ですね。」

これ以上関わっても意味ないように、エリセは歩き出す。

「あ、エリセ先輩。私の寮もその方向にいますので、一緒に行きましょう。」

「そう。つまり、君はもうひとりの新入生ってことですね。」

「もうひとりって…?」

「あそこにいるローランくんは、君と同じ第六学生寮の新たな住人ってこと。」

「え、そうですか!よかったですね、ローランさん。やはり、私とローランさんは縁が感じますね。」

「はぁ…本当に、良い縁というか、悪縁というか。ほら、行きましょう。荷物、俺が持つよ。」

「いいのですか?」

「今更何を言う、縁があるって言ったのはお前でしょう。ほら。」

そう言って、ローランはメインフィナが持っていた荷物を受け取る。

「えへへ、ありがとうございます、ローランさん。」

「はぁ…本当に、仲がいいですね、君たちは。まるで付き合っているとでも見えるように。」

二人のやり取りを見て、エリセは思わず大きくため息をする。

こうして、新入生の二人と先輩の一人が、茜色に染まる道で、寮舎への帰路をつく。


歩いてから数分、三人は大きな建物の前で立ち止まる。

「ここです、第六学生寮『ヒュペリオン』。それじゃ、上がりましょう。」

そう言って、エリセは扉を開く。

(ここはこれから俺が三年間過ごす学生寮か…ふぅ、ちょっと緊張するな。)

そう思いながら、ローランはエリセに追って第六学生寮に入る。


「ただいま――」

「お帰りなさい、エリセさん――あら、そちらのお二人は、もしかしてローランくんとメインフィナさんですか。いらっしゃいませ~」

三人を出迎えるのは、エプロンを着ている、赤い色でサイドテールを結んだ髪と、ラベンダー色のひとみの、長身の女性。

突然出迎えた女性に驚かされて、ローランとメインフィナは慌てて襟を正す。

「あ、は、はい。俺はローラン・ヴァレンシュタインと申し、今日からここに引っ越します。よろしくお願いします。」

「わ、私はメインフィナ・フィオールと申します。ローランさんと同じ、今日からここに住みます。どうぞよろしくお願いします。」

「ローランくんとメインフィナちゃんですね。今日から一緒に住む仲間ですから、そんなにかしこまなくてもいいですよ。私の名前はユーリシア・シェパード、寮母を兼任している三年生です。よろしくね。」

「「あ、はい、よろしくお願いします。」」

「ユーリちゃん、飯まだ~?それに、何が騒いているような~」

上の段階から、一人の眠そうな女性が降りる。

「~~~~~~~~!!」

顔が赤めて、ローランは慌てて目を逸らす。

降りた女性は、体をタオル一つだけで巻いているから。

「はぁ…先輩、下に降りるならちゃんと服を着てくださいって、あれだけ何度も言ったのに。」

まるでいつものことのように、エリセは付近で置いた女性用の服を取って、降りた痴女(?)先輩の背中を押したまま上に戻った。

「ユーリちゃん、助けて~」

最後は、先輩のそんな声が聞こえた気がした。

「「……」」

突然すぎる出来事で、ローランとメインフィナはぽかんとしていた。

「あ、あはは―悪いですね、お二人とも。シルフィちゃんはね、時々緩みすぎて周りが見えなくなるですね。でも普段はとっても頼れる人ですよ。まあ、それでも他人と比べれば少し穏やかな方ですがねー」

「シルフィ先輩、ですか。えっと、なかなかスゴい人ですね。」

(例えば胸とか…ってまた何を考えいるんだ俺。)

ローランはどうしても、さっきシルフィ先輩の姿を思い出す。特に、タオルで隠れしきれなかった胸のこと。

「どうしたんだ、さっきの騒ぎは。まさかシルフィがまた何かやらかした…うん?」

背後の玄関から、男性の声がする。

玄関から入った男性は、リビングにいるローランとメインフィナに近づく。灰色の短髪がちょっと乱れていて、血のように赤い目がローランとメインフィナをしっかり捉えている。イヤリングやネックレスがつけていて、私服も細いだが金属製のチェインが飾っている。どう見ても、学生よりも不良な感じがする。

「ふーん、お前らは噂の新入生ってわけか。なかなかいい顔してるじゃないか。」

「…あなたは誰ですか?」

メインフィナは怯えている。

「あはは、悪りぃ悪りぃ、別に何がしようとしたじゃなくてさ。俺はアストリア、この寮に住んでいる二年生だ。よろしくな、後輩くんたち。」

「あ、はい。俺はローランで、こちらはメインフィナ。今年入学した一年生です、よろしくお願いします、アストリア先輩。」

「礼儀正しいやつだな、悪くないと思うぜ。そうそう、ユーちゃん、頼まれたもの買ってきたぜ。」

「ユーちゃんはやめてくださいって、何度も言ったじゃないですか、アストリアさん。」

そう言いつつも、アストリアが渡したものを受け取るユーリシア。

「いいじゃん、かわいいし。」

「もう、いつもそうやってからかって。エリセちゃん、シルフィちゃん、晩ご飯できたよー」

「はーい、今行くー」

「こら先輩、まずは服を着替えてください!」

上の段階からエリセとシルフィの声が聞こえる。

「あはは…エリセ先輩も大変ですね。」ローランは思わず苦笑いを漏らす。

「まあ、でもおかけで助かったのも事実だぜ。」アストリアはまるで関係ないように。


そんなこんながあって、十数分後。

「それじゃ、ローランくんとメインフィナちゃんの引越しを祝いにー」


「「「「かんぱいー!」」」」


第六学生寮「ヒュペリオン」で、小さな歓迎会が開いた。

「もぐもぐ…んん!この料理、すっごく美味しいです!これ、全部ユーリシア先輩が作ったのですか?」

ローランは次々と料理を口に運ぶ。

「そうですよー今朝、エリセちゃんから『新しい住人たちがある』って連絡を受けたから、より一層、頑張ってみましたよー」

「普段も先輩が寮の料理を担当していますか。もぐもぐ。」

「そうよーアストリアちゃんは料理ができなくて、エリセちゃんはいつも色々忙しくて、シルフィちゃんはアレですから、だから自然と私が担当したのです。それに、こうして皆さんが美味しそうで料理を食べる姿を見ると、作る方も嬉しいです。」

「あはは、それはよくわかります。」

「ローランくんも料理を作れるのですか。」

「はい。実家にいる頃、父さんと母さんは伯爵としての業務で手が離れない時や、家に帰れない時がよくあったから、何かしてあげたくて料理長に頼まれた結果、料理の作り方が教えてもらいました。最初、作り上げた料理は調味料も火加減も間違っていてすごく不味いだったが、それでも父さんと母さんは息子が自分のために初めて作った料理と知って、嬉しそうで完食しました。両親の食べぶりを見て、心がすごく満たされた感じで、そしてもっと美味しい料理を食べさせたかった一心で、料理長に頼まれて料理の修行をしました。そして数ヶ月の修行で、ようやく料理長にも認められる料理を両親に食べさせることができた。それから、俺は時々料理長を手伝って料理を用意したが、両親はいつもどんな料理は俺が作った物かは的確に当たる。やはり料理長の腕より下手だったかと料理長に尋ねてきたら、『両親の息子に対しての愛っていうもの』って返され――あ、ごめんなさい、先輩。実家のことを話すとつい…」

「いいのですよ、ローランくんが両親に対しての愛がしっかりと伝わっているから。本当に、いい家庭ですね。」

「はい、自慢な両親ですから。」

「ローランくんも、両親思いのいい子ですね~」

「そ、そうでしょうか。あはは、なんだか、そう言われると照れますね。」

「照れてるローランくんもかわいいですねー」

「もう、先輩、そんなにからかわないでください。」

「そういえばメインフィナちゃんは、料理を作ったことありますか?」

ユーリシアはローランのそばにいるメインフィナに話をかける。

「はい、ユーリシア先輩。父親曰く、フィオール家の人間は、淑やかで家事万能であるべし、っと。だから、うちの料理長に何度も料理の腕を叩き込んだ。本当はもっと自由に生きて欲しいのに…はぁ…」

大きなため息をして、メインフィナは淡々と、でも上品な振る舞いで料理を食べる。

「ふふ、メインフィナちゃんも大変ですね。でもこうして見ていると、やはりお嬢様って感じがしますね。そうでしょう、ローランくん?」

「はい、俺もそう思っています。どうしてこんな名門出身のお嬢様が、俺みたいな辺境伯の息子と親しいなのかは、つくづく考えていますね。」

「あら、それは言っちゃいけないですよ、ローランくん。こういうのはね、家柄もなにも関係がなく、本人自身の気持ちですよ。」

「そ、そうですか。」

思わず横目で食事をとっているメインフィナ見るローラン。

(まさか、メインフィナさんは…いや、そんなはずがない。だいたい、俺とメインフィナさんは今朝初めて知り合ったばかりだし、例え以前サナトに来たことがあるとしても、もし会ったことあったら、こんなかわいい子のことを忘れるわけがないだろう。きっと、今朝大切な髪飾りを拾って、そして同級生でクラスメイトでもあって、同じく貴族ってこともあるから、俺のことに親近感を持っているだろう。)

頭からそんな考えを振り払うように、ローランはまた一口料理を食べる。


ローランにいる位置の向こう、アストリア、エリセとシルフィはなんかはしゃいている。

(さっきユーリシア先輩の言った話では、シルフィ先輩も三年生で、ユーリシア先輩のクラスメイト。それにしても、スカイブルー色の髪とオーシャンブルー色のひとみ、か、なんだか儚い感じがしますね。あとやはり色々スゴい…ってダメだダメだ、先輩にそんないやらしい目で見るなんて。)

「ぷはーやはり祝う時はこの一杯だな!最高だぜ!」

アストリアは、一気に杯の中にいる黄色の液体を飲み干す。

「ってこら先輩、寮は酒禁止って何度も言ったでしょうが。」

「そうよ兄さん、新入生もありますし、示しを見せないと。」

「いいじゃん別に、めでたい日だから。」

ぴたりと、ローランとメインフィナの手が止まる。

「あれ…今、なんだか聞き捨てならない単語を聞いた感じが…」

「先輩に、お兄…さん?」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ。俺とシルフィは、実の兄妹だよ。」

さらっとアストリアの口から出たのは、とんでもない事実だった。

「「――ええええええええ!?!?!?!?」」


「はぁ…結局、そんなことがありましたか。」

話を聞いて、ローランとメインフィナはようやく落ち着いた。

ユーリシアの話によると、アストリアはユーリシアよりも一年早く学園に入学したが、シルフィが入学したから、「妹の面倒を見る」(本人曰く)という名義で、二年も留年し続けた、ということらしい。

「でも、とってもいい話と思いますよ。妹のために留年するなんて、本当に妹思いの素敵兄さんですね。」

メインフィナは思わず感動した。

「いや、それは妹思いっていうか、ただのシスコンっていうか…どちらにせよ、だいたいそれだけのために、わざわざ留年を選ぶ人なんてないでしょう。本当に、この話を聞く度に、先輩に呆れますね。」

エリセは呆れた目でアストリアを見る。

「別にいいじゃないか、兄として、妹の卒業を見届けたいのは当たり前だろう。」

「そんなの、別に留年しなくても叶えると思いますが…だいたい、一年の時、先輩の成績はトップクラスなのに、突然二年間も留年して、先生たちも驚きましたよ。」

「いや、単位の調整、やはり大変ってさ、あははー」

「はぁ…本当に、呆れた先輩ですね。」

「はいはい~話だけでもなんですし、歓迎会を再開しましょう。」

ユーリシアは手をたたいて、みんなに促す。


こうして、ちょっとしたエピソードもあって、ローランとメインフィナの歓迎会は無事に終わった。


「ふぅ…」

一息をついて、ローランは玄関から中庭に出る。右手には、荷物に詰まった、普段からよく飲んだ缶コーヒーを持っている。

「思えば、こうして一人で暮らすのは、これは初めてだったな。」

星空を見て、ローランは思わず呟く。

「父さんと母さん、今は同じ星空を見ているのかな…」

澄み渡った星空は、どこまでも続いて、まるでローランの思いを故郷に届けるように。

そう思い馳せて、ローランはポケットから小さな写真を取り出す。

写真には、数日前の、ローラン一家の姿が写っている。

ふと、出発する直前の、父の言葉が蘇る。

『いいか、ローラン。父さんの人生はまだ長いから、お前に伯爵を継ぐことは強要するつもりはない。だから、今回の進学を機に、自分は何をしたいか、どんな男になりたいか、よく考えて、よく悩んで、お前なりの人生の道を探せ。きっと、これもお前を成長する糧となろう。』

「何がしたい、どんな男になりたい、か…」

ローランは写真をポケットにしまって、コーヒーを一口啜る。

「今まで、考えたことなかったな、そんなことは。ただ、自分を磨きって、将来父さんから伯爵の位置を継ぐ、それだけ考えてきた。でも父さんは、俺に『自分なりの人生を探せ』って言ったな。もしこのまま何もできないまま帰ってしまったら、きっと父さんに申し訳ないだろうな。」

またコーヒーを一口。

「それにしても、俺はいったいどんな人になりたいのか…」

「どうした、後輩くん、そんなところでぼっとして。もしかして、悩み事?」

背後から声がする。

「あ、アストリア先輩、こんばんはです。」

「こんばんは、ローランくん。悩み事があったら、兄ちゃんに相談してもいいぜ、これでもお前より長く生きているから。」

そう言って、アストリアはローランのそばで壁に寄りかかる。

「そう、ですね。確かに一人で悩むよりも、誰かに相談した方が良さそうかもね。」

ローランは、さっき考えていた悩みをアストリアに打ち明ける。

……

「自分はどんな人になりたい、か。へぇー、これはまた、哲学的だな。」

「先輩、もしかしなくても、俺のこと馬鹿にしているじゃないですか。」

「いやー悪い悪い、そんなつもりはなくてさ。真剣に人生を考えるのは、素晴らしいことだと思うぜ。」

軽く咳払いして、アストリアは話を続く。

「そうだな…ローランくんは色々悩んでいるが、実は話をまとめれば、答えはすごく単純じゃない。ローランくんは、ローランくんのままでいいじゃない。」

「俺が、俺のまま…」

「そう、ローランくんのままでいい。自分の人生の道を探すなら、まずは自分自身であることが必要だろう。他の誰かを真似して、どんなに似てるとしても、それは決して『本物』ではない。もちろん、誰かを目標にするのはいいこと。でも、それは『あの人の真似』じゃなくて、あくまでも自分なりのあり方で、目標に近づく、ということ。」

「さっき自分が言ったくせに、先輩も案外、哲学的な考え方がしますね。」

「まあ、これでも一応年上だからな。なに、ローランくんはまだ一年生だから、考える時間はよくあるぜ。せいぜいいっぱい悩めよ、少年。これも、若い者の特権ってやつだからな。」

アストリアは軽くローランの背を叩いて、身を翻って、寮舎に戻った。


一人に残されたローランは、さっきアストリアが言った言葉を反芻する。

「ありのままの自分、か…」

ありのままの自分って、いったいなんだろう。

「やはりまだ分からない。でも…」

ローランは星空に手を伸ばす。

「きっとこれも課された課題の一つ。自分の手で、あるべき自分の姿と、自分の行く道を掴めって。そうだろう、父さん。」


明るい月が、大地をまっしろに照らす。

そこには、一人の悩んでいる、それでも意を決した少年の姿がいた。


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