表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第一話 春の出会い

春の季節、帝都近郊の町クリスに、一人の男の子がやってくる――

3月22日、メルフィーナ帝国、帝都メルフィン近郊の町、クリス。

自然が豊かんだこの地で、住人たちは穏やかに過ごしている。

まだ早朝ですが、酒場や雑貨屋など店で、もう人が集まっている。

そんな普通な朝に、一人の男の子が、この町に足を踏み入れる。


「ここがクリスか…本当に故郷と違う景色がしているな。」


少年は、スーツケースとパンフレットを持っていて、クリス駅から出ていく。

「故郷ではまだ雪解けが始まる頃だったのに、ここはもうこんなに花が咲いている。あれは桜ですか、故郷では見えないですね。」

駅前の広場の中心で、一本の大きな桜の木が立っていて、その下にいくつかの男女たちがベンチで座っている。

「あれはたぶんカップルかな。あと学園は…奥にいる一番大きい建物だな。」

オーシャンブルー色の瞳は、あたりを見回っている。

駅からまっすぐに道、その最奥で、大きな建物がある。

帝国随一の学校、メルフィーナ魔導学園、その主校舎。

少年は、今日からこの学園入学することになる。

「さて、町の探索はまたあとにして、今は学園に向かないと。」

真新しい制服に包まれる少年は、学園に向かって歩い出す。


「それにしても、本当にいい町だな。自然が豊かなのは伊達じゃない。」

学園への並木道で歩きながら、少年は周囲を見回る。

春のクリスは、あちこち花が咲いて、鳥やミツバチも空で舞っている。川は町の中で流れて、魚たちが川の中で泳ぎっている。

町の外の周りには、森が満ちていて、数本の鉄道線と道路が中を通り抜ける。

「故郷の景色もいいですが、ここも違う魅力が…あれ?」

少年は、ふと立ち止まる。

遠くない先に、一人の女の子が自動販売機の前でしゃがみこんでいる。

「自動販売機か。最近量産が始まったばかりと聞いていますが、もう実用化されていて、さすが帝都近郊だな。それにしても、あの女の子はなにしてるんだ?」

女の子のことが気になり、少年は近づく。

「うーん、あと少し、もう少し…ダメ、やはり取り出せない。」

女の子は手を自動販売機の下に伸ばし、必死で何かを探している。

スカートから、チラリとパンツが見える。

(白だね…って何見ているんだ俺は。)

女の子は、失くした物を必死に探して、後ろにいる少年のことも気づいていない。

「うぅ、もう少し…」

見ていられないか、少年はつい声をかける。

「あの…」

「きゃ――!」

悲鳴を上げて、女の子は飛び上がる。

「え?あなた、誰?」

長い金髪の女の子は、そのルビーみたいなひとみで背後にいる少年を見つめる。

(うわ、かわいい…ってそういう場合じゃないか。)

少年は軽く咳払いする。

「コホン…ただの通りすがりです。何か困っているように見えましたが、もしかして落し物ですか?」

「はい、そうですが…」

女の子の目から疑問の色が滲む。

「この自動販売機の下に落ちたのですか。どれどれ…」

そう言って、少年は地面に腹ばいして、自動販売機の下を覗く。

「うーん…確か何があるようだな。この位置なら、まだ手が届く距離かも。どれどれ…よし、拾った。」

標的の物を手に入れたか、少年は身を起こし、女の子に手を伸ばす。

「お探しているものは、もしかしてこれですか?」

手のひらには、青い蝶が飾っていた、一枚の髪飾り。

「ああ、これです!本当にありがとうございます!」

女の子は髪飾りを受け取って、前髪に飾る。青い蝶は、陽の光に照らされ、淡く青く光る。

「その髪飾り、すごく似合いますね。ところでその蝶、もしかしてモルフォですか?」

「似合いますか。えへへ、ありがとうございます。モルフォはですね、私の故郷でよく生息していて、その青い色はとっても気に入っています。そしてこの髪飾りは、私の入学を祝って、知り合いの職人さんに頼んで作りましたの。だから、とっても大事にしています。さっきここで鏡が見つけて、髪を整こうかなと思って取ったら、手が滑って自動販売機の下に落ちてしまって…」

「そんな出来事もありましたか。そういえば、さっき『入学』って言いましたけど、その制服とリボンの色、もしかしてお前もメルフィーナ魔導学園の新入生ですか?」

女の子は、少年と同じデザインの女子制服とミント色のリボンを着ている。

「はい、そうです。さっきは驚くてよく見えませんでしたけど、あなたも同じく新入生ですね。」

「はい。俺の名前はローラン。これからよろしくお願いします。」

「私はメインフィナ。よろしくお願いします。」

「メインフィナですか、いい名前ですね。それじゃ、早く行きましょう、始業式はもうすぐ始まるみたい。」

「あ、そうでした!」


学園へと続く並木道。

そこで、一人の少年と、一人の少女の、並んで走っている姿があった。




メルフィーナ魔導学園、始業式。

荷物を学園側に寮まで送りさせてもらった二人は今、大講堂で学園長の訓辞を聞いている。

「最後は、若いものたちに、私からの祝いを送ろう。」

講壇上にいる若い女性は、メルフィーナ魔導学園の学園長、ミリアム・レオンハルト。

聞いた話では、学園長も魔導学園の卒業生で、卒業したあと軍に入り、メルフィーナ国防軍が設立した以来の一番若い将官になって、でもある日いきなり退役を宣言し、母校に帰って学園長の座に就いた、という経歴らしい。

「優秀な人材の集まりだが、くれぐれもこの学園の校訓を忘れないように。」

「『帝国人たるものは、文武両道に育つべし。』っという、先代陛下のお言葉を。」

その「先代陛下」とは、約500年前にメルフィーナ魔導学園を創立した、そしてメルフィーナ中興の祖とも言われる「アレクサンドルⅢ世」のこと。

そして、かの皇帝の理念通り、メルフィーナ魔導学園が培った学生たちは、魔導工学と機械工学のエリートだけでなく、軍界、芸術界、外交界、商界、色んな場面で活躍している。

「それでは、学生の皆さん、良い一年を過ごすように。あなたたちの成長を期待している。」

始業式は、その一言と共に幕を下ろした。


始業式が終わって、一年生たちが掲示板の前に集まっている。

そこには、新入生の班分け表を張っていた。

一足先に所属クラスを確認したローランは、今クラスの前に立っている。

表札には、「1-3C」が書いている。

(ここは、これから俺が3年間過ごすクラスか。)

感慨深そうに、ローランは一歩踏み出す。


自己紹介の時間。

「それでは、次、ローラン・ヴァレンシュタイン。上がってください。」

クラス担任のセレスティア・ランドラールは、「ローラン・ヴァレンシュタイン」という名前を黒板に書く。

呼ばれたローランは、一歩講壇にあがる。

「ローラン・ヴァレンシュタイン、北の辺境町『サナト』出身です。どうかよろしくお願いします。」

自己紹介が終わって、ローランは軽くお辞儀をする。

「ザワザワ――」

クラスの中が騒ぐ。

辺境町サナト。それは帝国の北の方にいる小さな町。

クリスよりもちょっと小さめですが、冬の景色と天然の温泉は、帝国内に知れ渡る。

そして、そのあたりを治める伯爵家、「ヴァレンシュタイン家」の本拠地でもある。

ローランは、その伯爵家の一人っ子という。

「ふぅ…」

講壇から降りて、ローランは自分の席に腰を落とす。

「まさかローランさんはサナトの伯爵家出身とはね。サナトは、以前家族旅行の時何度も行ったことがある。温泉に浸して、雪の景色に包まれて、本当にいい気持ちです。」

背後から、今朝知り合ったばかりの少女、メインフィナ・フィオールの声がする。

「俺も驚きましたよ。まさかメインフィナさんは、かの名門・フィオール家の出身だなんて。いや、話し方も改める方がいいでしょうか。」

フィオール家は、帝国歴史の中でも、数少ない由緒正しい名門の一つ。

その先祖は、かの大戦で「アカツキ」のリーダー、そしてメルフィーナ帝国初代皇帝「シャルルⅠ世」の側近であり、大戦の終結と戦後の復興にも力を尽くし、建国後も皇帝家を補佐して、帝国と魔導技術の発展に多く貢献した。

そして帝国の拡張と共に、フィオール家は帝都南の方の都市・クラツェリと、帝国最初の「公爵」の爵位が授けられる。

公爵が授けられた家族が増えた今でも、フィオール家は他の公爵家より地位が高い。

皇族の護衛も、必ずフィオール家から武芸が優れた人を選ぶ。そんな特別な家族。

「そんなにかしこまなくてもいいのに。だいたい、フィオール家って言っても、私は分家の出身ですし。それに、公爵家に生まれたことは、色々と生活が制限されたこともありますし。マナーとか、教養とか、社交とか、小さい頃から多くのものを学ばなきゃいけなくて、同年代の子たちと遊ぶ機会もない、本当にうっとうしいです。」

過去のことを思い出したのか、メインフィナは力なき机に伏せる。

「あはは…それは災難ですね。うちは伯爵家と言っても、父はほとんど放任主義で、よほどのことでもない限り何も言わない。」

「いいな、私もそんな家に生まれたかったな。」

「やめた方がいいと思いますよ。放任主義っていうのは、つまり家事全般も自分でやらなきゃいけないことだ。今思い返すと、あれも父による教育の一環かもしれないな。」

「うーん…確かに家事全般は面倒くさいですね。」

「それに、両親はメインフィナさんに厳しいですが、ちゃんと大事にしているじゃないですか。じゃなきゃ、わざわざ職人に頼って、こんな綺麗な髪飾りを作るわけもないですし。」

「うん、それもそうですね。」

メインフィナは身を起こし、軽く頷く。

「それでは、ホームルームはこれまで。今日は日曜日なので、後の時間は自由活動とする。寮分けも廊下の掲示板で貼っているので、自分で確認するように。」

セレスティア担任は、その一言と共に、教室から出て行った。


「さて、これからどうするか…」

ローランは、廊下でふらふらと歩く。

メインフィナは、ホームルームが終わった途端で、クラスのみんなに囲まれた。

その多くは、メインフィナに通じてフィオール家に関わりたいという。

「メインフィナさんも大変だな。やはり家格の違い、というべきか。ならば、学園内の施設も確認し…うん?」

ローランは、ふとあるものを見つけて、立ち止まる。

壁には、一枚の絵が飾っている。

その絵には、燃え盛る火、戦っている大勢の軍勢。

そして、一隻の純白の飛行船が描いている。

(なんだ、この妙な感じ…)

ローランは、その場で絵を見つめて、必死に何かを思い出そうとしている。


「そこの君。ちょっとどいてもらえませんか?」

突然かけられた声で、ローランは我を返す。

そばには、大きい書類の山を抱えている、片目隠れの銀髪の少女がいた。隠れていないエメラルド色の瞳は、書類の山の横からローランを見つめている。

「あ、ごめんなさい、廊下でぼんやりして。」

ローランは慌て道を譲る。

「…その絵、気になりますか?」

少女は書類を抱いたまま、ローランに問いかける。

「うーん、なんというか、ちょっと何かが引っかかるような…」

「この絵は、うちの卒業生が、かの大戦をテーマにして描いたもの。まだ正式なタイトルはありませんが、学生の中では、こう名付けている。『特異点シンギュラリティ』、っと。」

特異点シンギュラリティ…」

「そう。君はかの大戦についてどこまで知っているかはわからないが、この絵が描いた光景を境に、終わりが見えない戦争が、終結に向かって動き出し始めた。だから、特異点シンギュラリティ。」

「そうですか、色々教えていただき、ありがとうございます。あ、そういえば、自己紹介まだでしたね。俺は、ローラン・ヴァレンシュタインと申します。今年入学した一年生です。」

「そう、君はサナトを治める伯爵家の人間ですね。私はエリセ・ラクエール、君より一つ上で、生徒会長よ。それじゃ、お先に失礼します。」

書類を抱いたまま軽くお辞儀し、エリセはローランの側を横切る。

「あの、エリセ先輩!」

「まだ何がありますか?」

「先輩、その書類、重そうですよね。よろしければ、俺は運ぶのを手伝います。」

「別に気にしなくていいです、さっきも一人でここまで運びましたし。」

「いえ、そう言わずに。さっき色々教えていただいたお礼も兼ねてですし、それに、何より女の子を苦労しているのに見ぬふりをするなんて、俺には到底できません。」

「…君、本当にお節介な人ですね。分かりました、それでは、お言葉に甘えます。」

数秒考えて、エリセは軽く頷く。

「そこはせめて『お人好し』って言ってください、先輩。」

ローランは半分の書類を受け取って、エリセの後を追う。

(きっと気のせいですね。どこかであの絵を見たことある、ということだけでしょう。)


歩いてから数分、二人は生徒会室に着く。

「ありがとう、ここで置けば大丈夫ですよ。」

「もしかして先輩、これを全部一人でやるつもりですか?」

「そんなわけないでしょう、これから生徒会一同で処理しますから。」

エリセは、ちょっと呆れた目でローランを見る。

「そうでしたか。ごめんなさい、誰もいないですからつい…それでは、お先に失礼します。」

謝って、ローランは生徒会室から離れる。


「ふぅ…長く鍛錬しなかったせいか、ちょっと疲れたな。」

生徒会室外の廊下で、ローランは肩を揉みながら歩いている。

「それにしても、まだ半日なのに、なんか充実した感じがするな。」

廊下の窓から、中庭の景色が目に収める。はしゃいでいる学生たちの姿が、あちこち見える。

ちょっと遠いグラウンドで、部活している学生たちの姿もいた。

「本当に、この三年間は色々楽しめそうな予感がするな――おっと。」

その時、ローランの持っていた通信機が鳴る。

遠距離通信は、つい近年まで確立したばかり技術ですが、その便利性ゆえ、すでに帝国全土に広がって、諸外国も導入しつつある。

ローランが持っているのは、父が知り合いに頼んで手に入れた、最新鋭の機種。通信とメールだけでなく、画像の送信とビデオ通話もできる、最新鋭のタイプ。

「どれどれ…あはは、本当に災難でしたね。それじゃ、困っているお嬢様を迎えに行くか。」

通信機のディスプレイにて、たった一言が表している。

「助けて、囲まれて一歩も動けない。」

送信元は、今朝知り合った女の子、メインフィナのアドレス。

苦笑いを浮かべながら、ローランは自分の教室へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ