7話 阿熊転生
俺は、異世界転送課がある通路にいた。
受付と書かれた窓口が一つあり、その通路には長椅子が置かれていた。
そこには、お嬢様ぽい高校生が座っていた。
俺は、取り敢えず受付に行く。
「誰かいないのか?」
「はいはーい。少々お待ちを・・・」
少し待つと美人のお姉さんが現れる。
「お待たせしました。」
「ここに行けって言われたんだが・・・」
「それでは、書類をお預かりします。」
俺は、同意書を美人のお姉さんに渡した。
「順番でお呼びしますので、呼ばれたら奥の部屋へ入って下さい。」
俺は長椅子に腰を下ろし横を見る。
高校生が眼を閉じて座っている。
「あんたも、タライ回しされた口か?」
高校生は何も答えない。
「シカトかよ。」
高校生と絡んでもしょうがない、俺も黙って呼ばれるのを待つ。
「白鳥さ~ん。奥の部屋にどうぞ。」
美人のお姉さんの声が通路に響く。
高校生は、スッと立ち、俺を一瞥すると奥の部屋へと入っていった。
「チッ!なんなんだあの女・・・」
気のせいか・・・睨んでなかったか?
睨まれる覚えはない。面識もないからな。
しかし、愛想のない女だな。
俺は名前を呼ばれるのを待った。
高校生が呼ばれてから、かれこれ30分くらいたっただろうか。
「阿熊さ~ん。奥の部屋にどうぞ。」
俺は、奥の部屋に向かった。
結局、高校生は部屋を出てくることはなかった。
ガキもババァも先に行ったはずだが・・・
異世界転生ってヤツがなされたってことなのか・・・
考えてもわからない。
俺は、勢いよく扉を開け部屋に入った。
オーホホホホ・・・と高笑いする恰幅の良いオヤジがそこにいた。
「なんだ、このデブは?」
そのデブの首だか顎だかわからない部分をペシペシと手ではたいた。
「オーホホホホ・・・噂通りヤンチャですね阿熊さん。」
「オヤジは、ここで何してんだ?」
「私はこう見えても、偉い人なんですよ。」
「それがどうした?」
「オーホホホホ、じゃあ、転生の話しをしましょうか。」
「おお、そうだった。」
デブのオヤジから、資料を渡された。
「なんだ、これは?」
「これから君が転生する先の人物の情報です。よ~~く、目を通しておいてくださいね。」
俺は、受け取った資料に軽く目を通した。
「見たぜ。」
「阿熊さん、しっかり目を通して下さい。あなたの生死にかかわるかも知れないのですから・・・」
デブのオヤジから妙な迫力を感じた。
「お、おう・・・」
俺は、言われるがまま目を通した。
ジータ=ジン=ジムリス、性別、男、享年15歳。
性格、優柔不断、ヘタレ。基本、人畜無害。
死因、学校の校庭にて焼死。(イジメが原因と思われる。)
父、ジーク=ジン=ジムリス。男爵。現在36歳。
母、クリスティ=ジムリス。現在34歳。
二男、ジート。現在12歳。
三男、ジース。現在10歳。
長女、キャスリン。現在7歳。
「おい・・・こんだけか?」
「はい。これだけです。」
俺は、デブのオヤジの首だか顎だかわからない部分をペシペシとはたく。
「これじゃ、なんも知らないのと変わらんだろ。」
「オーホホホホ、家族の名前だけでもわかるだけでも重要ですよ、阿熊さん。」
それのどこが重要なのかはわからんが・・・
「イジメが原因と思われるってなんだ?確定してるんじゃないんか!」
「それはですね、公式には事故死として処理されるので、そんな書き方になってしまっているのですよ。」
あのデブの迫力に押され、資料に目を通して損したわ。
「とっとと、異世界転生ってヤツをやってくれ。」
「オーホホホホ・・・そうしたいのは、山々なんですが・・・まだ少し早いのですよ。」
「ま~だ、待たせんのか!!」
「どうでしょう、阿熊さん。時間潰しに雑談でも・・・」
「雑談だぁ?」
暇だし、聞くだけ聞いてやるか・・・
「私はねぇ・・・人の世界のドラマやアニメが大好きなんですよ。」
「興味ねーな・・・」
「そー言わずに聞いて下さい・・・特にバディものが大好きなんです。」
「あ、そう。」
「うきょーさんとか、ゆーぎボーイとか、トラさんウサギさんとか・・・」
「何を言っているのか、さっぱり、わからんわ。」
そもそも、ばでぃってなんだ?
「阿熊さん・・・知らないんですか?」
「知らんわ!」
「うきょーさん、だったら、初代。ゆーぎボーイなら天馬戦が好きなんだよね。トラさんウサギさんは、2期を待ってます。」
「だから、知らんと言っている!!」
「最近の若い子は、テレビを見ないのかねぇ・・・悲しい・・・」
落ち込むデブを見て、仕方なく、デブが乗って来そうな話題を考えた。
「バイクやヤンキー漫画なら少しはわかる。」
「あ~~そー言う系は、NGなんで。」
「あんだと!デブ!人が折角、話しを振ってやったのに!」
「今やヤンキー漫画なんて絶滅危惧種ですよ。」
俺はまた、デブのオヤジの首だか顎だかわからない部分をペシペシとはたいた。
「はあ・・・もう、早く異世界転生させろデブ!」
「阿熊さん、まだ、早いですよ。」
「いいから、早くやれって!」
「仕方ないですね・・・どうなっても、知りませんよ。」
「構わん!」
「最期にもう一度確認します。この同意書、ちゃんと目を通しましたか?質問はありませんか?」
デブのオヤジは、再び妙な迫力で阿熊に問う。
「ない!!」
「オーホホホホ・・・同意とみてよろしいですね。では・・・」
デブのオヤジは何等かのスイッチを押すと、床下から奇妙な装置がせり上がってくる。
装置には、NO.4と書かれている。
「阿熊さん。ゲートインして下さい。」
「よくわからんが、こいつの中に入ればいいんだな。」
俺は、促されるまま、装置の中に入った。
装置の中は、ひんやりして気持ちいい。そして、静かだ。
「出ろ~~~。」と誰かの声がすると、バシュンと音がした。
その瞬間、俺はもの凄い勢いで飛び出す感覚に襲われた。
訳がわからないまま、世界を俯瞰していた。
グルグルと世界を回り続けると、急に失速し、ある建物に突っ込んで行く。
ぶつかるのかと思ったが、壁をすり抜け、そこで寝ていた少年の中へと俺は入った。
それと同時にファンファーレの様な音楽が流れていた・・・
俺は異世界転生を果たしたのか・・・
だが、何かがおかしい・・・
身体を動かせない・・・
そして、気づく。
この少年、ジータ=ジン=ジムリスが生きていることに・・・
少年は寝ていた。死んではいない。夢を見ているようだ。
少年の夢が俺の脳内に再生される。
「カトリーヌさんだぁ?」
金髪の少女とデートをしているようだ。
俺は考えた。
そもそも、ここは学校ではなさそう。この少年は学校で死ぬはずだ。
恐らく、ここは、少年の家。
嫌な予感がよぎる。
危機管理課なるところで聞かされたことを・・・
ごく稀にある、転生先の人間が死んでおらず、二つの魂が一つの身体に宿ってしまった状態。
正にそれだと俺は思った。
急かしたのが、いけなかったのだろうか・・・
否、何かの手違いだと思うことにした。
「うん。そうしよう。」
俺は、転生に成功したが、失敗した。
もう、なに言ってんだかわかんねぇな・・・
◇◇◇
閻魔区役所では、恰幅のいいオヤジとデタラメに胸のでかい女が話しをしていた。
「区長。本当に大丈夫なんですか?あんなハンデを背負わせて。」
「オホホホホ・・・仕方がないね。それが上からの指示ですから。」
「そうですか・・・可哀そう、阿熊くん・・・最初の脱落者だ。」
「オーホホホホ・・・そうとは限りませんよ。彼、存在自体が特殊ですから・・・」
ブウゥゥゥとブザーが鳴り、アナウンスが流れる。
「本日の営業時間は終了しました。ご利用ありがとうございました。」
役所は静まり返った・・・と思ったら、
簡素な建物が反転し煌びやかな装飾に飾られた建物へと変わった。
「ヒヤッハー!暇を持て余した上々のお遊びの時間だぜ!」
仰々しいアナウンスが会場に響くのだった。