白虎の妻
戦に行くものを選ばなければならなかった。湖畔の集会場に成人した村人が全て集まり、順に籤を引いた。妻が引きぬいた紐の先は赤く染められていた。
翌日にはすぐ出発しなければならない。妻は三人の娘と息子たちに、それぞれ仕事を分け与え、力を合わせて暮らすようにと言った。戦に行く者に支給された金の粒を小さな袋に入れて、長女に渡した。
妻に同行して夫であるわたしも、戦に行く。
妻は病弱なわたしよりも上背があり、日々の畑仕事でがっちりとした体つきになっている。腰まで伸びた白銀の髪。
わたしたちの一族は生まれてから一度も髪を切らないのだ。
山のふもとに集められた。
明日は出撃という。朝日が昇るのが合図だ。何をすべきか兵士となる伴侶たちは知っている。
みな一様に暗い目をしてうつむく。
兵士に男女の区別はないのが、一族の習わしだ。
最後の一夜をどう過ごそうか。わたしたちはみながそうであるように、肌を重ね互いを慈しむ。命あるは、今宵限りなのだから。
まだ暗いうちに起きたわたしは、鎧を身に着ける。幕屋の外へ出る。どの幕屋の外にも、鎧姿の伴侶がいる。
銅鑼が鳴った。妻が幕屋から顔をあげて一歩前に進み出る。わたしは短剣の柄を掴む。
妻の銀の髪が風にそよいだ。
二度目の銅鑼が鳴る。伴侶たちは短剣で夫の、妻の髪を切り落とした。
妻は腰をかがめて、わたしが短剣を使いやすいようにしてくれた。それから、わたしをみつめて少しだけ笑った。
左手で掴んだ妻の髪に刃を入れた。半分、残りの半分。
髪の重さが腕にかかる。銀の束はふるえるわたしの手に握られている。妻は、がくんっと跪いた。頭を地面につけるようにして、低く唸り始めた。ぶるぶると体をふるわせて、妻は見る間に姿を変えた。
白く艶やかな毛皮に全身が包まれる。四つん這いの手足が太くたくましい四肢となる。
顔をあげた妻は、白虎になっていた。
生まれたときから妻は村の呪い師に予言されていたのだ。
伝説の白虎になるだろうと。
村人たちが仕組んだいかさまの籤。知っていた。決着のつかない戦に、「白虎」を投入し一気に終わらせたいと思っていることを。
そして妻も子供たちを守るために、あえて当たりくじをひいたということも。
白虎の赤い瞳が光った。わたしは妻に革の首輪を嵌めて背に乗る。
見下ろすがけ下の平原に、敵の陣営が展開する。
白虎の妻は、低く唸る。腹をすかせた野獣となった妻は、戦場で敵方を存分に屠るだろう。
獣に変われば、たった一日の命を燃やし尽くすだろう。
妻の命が終わるとき、わたしもまた生を終える。
首輪を掴み、白虎の腹を打つ。垂直の崖を駆け下り、妻は闘いに身を投じた。
下書きにずっとあったので。