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1章  北の地へ 6

 次第に雪深くなる山々を越え、ネリーはノールヴィリニアの領主邸に辿り着いた。

 遠くから見た際も、とても巨大に見えた、城と言って差し支えなさそうな屋敷は、近くから見るとより一層圧倒される。

 馬車が速度を緩めはじめると、ネリーは窓辺から顔を離し、背筋を伸ばして姿勢を正す。

 そうしている間にも速度は更に減少し、やがて静かに停まった。

 外から扉が開かれると、スッと手を差し出される。その手に、ネリーは戸惑いながら自身のそれを重ねた。

 御者の手でも、従者の手でもない。手の皮は厚かったが、家事仕事で荒れた手とはまた違う、力強い手だった。

 少し前までの、荒れた手のままだったならば、触れることも躊躇ったに違いない。

 一体、誰だろう。

 腕を視線で伝い、顔を上げる。

「……!」

 その先にいた男と目が合った。だが、思わずぱっと視線を逸らしてしまった。

 この方だわ――。

 手に、緊張で少し力がこもる。

 ネリーは馬車から足を踏み出し、もう一度、今度は目だけで男に視線を向けた。

 少し長めの黒い髪に、黒い瞳の美丈夫がそこにいる。周囲に立ち並ぶ人々の雰囲気も、ネリーの勘が正しかったことを告げていた。

 この方が、ノールヴィリニア公爵……。

 ネリーの夫君となる男だった。

 地面に降りると、そっと男の手を離す。一歩距離をとって背筋を伸ばし、スカートを摘まみ上げると深く腰を落とした。

 いくら「北の悪魔」と呼ばれる人物といえど、すぐには切り捨てられたりはしないだろう。それでも、不興は買わないに越したことはない。ネリーは精一杯、丁寧な振る舞いを心掛けた。

「お初お目にかかります、公爵様。ネリー・ルフューにございます」

 どうぞネリーとお呼びください、と言って、そのままの体勢で彼の返答をじっと待った。

「……顔を上げてくれ」

 少し困ったような声に、おそるおそる彼の言葉に従う。表情を見るに、怒ったわけではないようだった。

 彼は一瞬だけ微苦笑をして、ネリーが先ほど離した手をとる。それから、貴婦人にするように、彼はその指先に口付けた。

 思わぬ行動に、つい手を引っ込めそうになり、どうにか耐える。

「あ、あの……」

 貴族の令嬢としてまっとうに生きていたならば、この程度で慌てなかったのかもしれない。だが、ネリーは大混乱している内心を押し隠すことで、いっぱいいっぱいになっていた。顔も熱いような気がする。

 それに気付いているのかいないのか、彼は平然としたままだった。

「そんなに畏まる必要はない。何かの縁で共になるのだから」

 ネリーはぽかんと彼を見上げる。それに気付いた彼は、ふと微笑した。

「ようこそ、北の辺境へ。貴女を心から歓迎する。ネリー」

 先ほどの苦笑交じりの微笑みとは全く違う。

 美しい。そんな言葉が似合う微笑だった。

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