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1章  北の地へ 2

「そういえば、何かご用ですか?」

 ネリーは、いつまでも立ち去らない家令に首を傾げる。

「その前に」

 彼はそう言って、無言で手を差し出した。

 何を意味しているのか分からない……振りをして、首を傾げてみるが、全てお見通しらしい彼は、眼光を鋭くする。

 騙されてはくれないらしい。

 ネリーは観念して、背後に隠そうとしていた箒を差し出した。それを受け取った家令は、満足そうに頷く。

「それで?」

 ネリーが話の続きを促すと、彼は予想外のことを言った。

「旦那様がネリー様をお呼びです」

「えっ、なら、早く行かなくちゃ……」

 行くのが遅れれば、何を言われるか分かったものではない。

「そうですよ。ここで、ルフュー家のお嬢様ともあろう御方が、庭掃除などしている場合ではないのです」

 うんうんと頷く家令のちくりとする言葉に、ネリーは肩を竦めた。

 だが、こんな風に言ってくれる人間は、この屋敷には殆どいない。

 ネリーは確かに、この家の長女として生を受けていた。

 だが殆どの人間は――、特に父はネリーをルフュー家の子とは認めず、結果として周囲から冷遇されている。主人が軽視する存在は、使用人からも軽視されるものだ。

 そもそもの理由は大したことではない。

 容貌が、父にも母にも似ていなかった。そんな程度のものだ。

 平凡な顔立ちに、どこにでも埋没しそうな茶色の髪と陰気な色をした紫の目、そのどれもが、親との、父との繋がりを示してくれなかった。

 それでも、「一人娘」の間は良かった。

 数年後、妹エリーゼの誕生を境に、状況は悪化する。

 彼女は、母に似た整った顔立ちと、父譲りの美しい金髪と青い目を持っていたからだ。

 扱いの差は顕著で、父はネリーを実子と思っておらず、母も彼女が生まれて以降は、ネリーをいないものとして扱った。

 他方、エリーゼはルフュー家の宝として、愛され、のびのびと育っていた。ネリーはそれを横から眺めながら、庭を掃除し、皿を洗い、洗濯をしていた。

 父は、ネリーを汚らわしいもののように見ていたが、政治的思惑は別にあったらしい。いずれは政略の駒とするべく、貴族令嬢として最低限の教養は身につけさせられたからだ。

 だが、それだけと言えば、それだけだった。

「……それでも、貴女はルフュー家の令嬢ですよ」

 家令として、表立っては主人に逆らうことなど出来なかっただろう。だが彼は、ネリーの境遇を憐れに思ってか、何かと気にかけてくれていた。

 ネリーの首元のリボンに手を伸ばした彼は、少し傾いていたそれを手早く結びなおす。

 彼の前では、この程度のことも自分ではさせてもらえない。ネリーのことをいつだって彼は「お嬢様」として扱うのだ。

「さあ、御父上の元へお急ぎを」

 とんと軽く背中を押される。ネリーは彼に頷き返すと、父の元へと急いだ。

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