5話―「呪っていた、悪魔だった、この体質」
「「「はああああああァァァァァァ???」」」
子供達全員が同時に絶望の叫喚を吐き捨てた。
「ちょっと、ちょっと待ってください! 司祭様! どういうことですか?」
「え、いや、魔力が0……とりあえず0」
期待が膨れていただけに流石の司祭様も表情があほになっている。
「いやっ、そんな、えぇ……」
俺は愕然とした。
この事実を受け入れなければいけない事に。
俺は、俺は、何の為にここまで努力してきたんだ――。
俺は生れた直後から微かに前世の記憶を取り戻していたが、赤ちゃんのスペックでは流石に全部思い出せずにいた。
時間が経つ度に思い出す自分の事、村式伊織がどんな人間でどんな人生を送ってきたのかをゆっくり流れる時間の中死ぬ気で噛みしめた――本当にクズみたいな人生だったと。
5歳になると、全てを思い出した。
生まれながらにして「超ショートスリーパー」という呪いを掛けられていて、人間が8時間から7時間の睡眠で満たされるところ、俺は1時間から2時間で満たされる。
人によっては聞こえが良いだろう。
しかし、同じ状態になってみれば分かる。
小さい頃から他の子供達と「一緒に生きている感覚」は無く、家族が寝る時間は無で包まれいつもただ一人目を開き孤独と葛藤する日々。
結局自分と子供達との間に共有社会を作れなかった。
その上、俺が高校生の頃に家庭内崩壊が始まり未成年の俺を守ってくれる者は誰一人いなくなった。
そんな育ち方をしてどん底の家庭になったらどう育つか想像は容易いだろう。
俺はパッタリ学校に行かなくなり、勉強も一切しなくなった。
一日の内22時間から23時間はネットサーフィンかゲーム。
たまに映画を見て感化されてやる気に満ち溢れるが3日は持たない――というか思うだけで何もしないことの方が多かった。
この時から既に、窓辺から見える登校途中の学生達が苦しいほど輝いて羨ましく見えていた。
学歴も努力した経験も無い。
18歳になった俺の人生は決まった。
(結局高校は卒業はできなかった)
最初は工場で共に働く皆さん優しくて、俺は良い会社で働けているなぁとか思っていた。
けど、それは只々俺が若かっただけだった。 人生経験が無かっただけの虚像。
俺が生まれながらショートスリーパー体質だと知ると社内の雰囲気が、人との関係性が変わった。
「あいつ、夜寝なくてもいいらしいよ」
「いいな~。 羨ましいなぁ~」
「もっと働けるなら働けよ」
「若いのに勿体ないよ。 もっと動かないと。 僕の仕事少しやりなよ」
億劫になって意見を言えない俺は直ぐに多数の意見に埋もれた。
結果、朝6時から帰宅は次の日の0時。
繁忙期は家に帰る事すら風呂に入る事すら許されなかった。
俺の人生は生れたときから何も変わらない――生きているのに死んでいるのと同じだよな。
あぁ、死のうかな。
帰宅の道、俺は心も身体も疲れ果てて何も考えられずふらふらした身体で歩いているといつの間にか家の近くの橋の手すりに手を掛けていた。
「うおぉッ」
そんな自分に驚いて尻もちを付いた。
(何やってんだ俺……今、何やろうとしたんだ、俺……)
夜の妙に気持ち良い風が俺の背中を押すようになびく。
でも、よくよく考えると俺が死んだ所で誰も困らない。
むしろ保険金が家に入って家族が喜ぶ姿が見えてくるな――ははは、死んじゃおう、かなぁ。
このときの俺は完全に全て壊れていた気がする。
全部が灰色で時に真っ黒に世界が見えていたから。
俺はもう一度手すりに手を掛けて身体を登らせた。
これで、やっと終われる。 やっと。
そのときだった。
橋の下から子猫の鳴き声が微かに聞こえた。
橋から辺りを見渡すと一匹の子猫が日の当たらない冷えた土の上に転がっている――親に捨てられたのか。
俺はぼぉ~として見ていたが、同じ境遇についつい共感して子猫の下に向かってしまう。
愚直に鳴く子猫、真っ先にお腹が減っているよりも愛を欲しがっていると思ってしまった。
(お前もか……)
俺は何も言わずに冷えた身体の子猫を抱き締めた――。
子猫を連れたままコンビニに入って350mlの牛乳を買った。
汚い子猫を見る店員の目は嫌悪感でいっぱいだった――まぁ、そのつもりは無いと思うけどお前らにはそう見えるよな。 幸せそうな人生でご立派だな。
俺はまた橋の下に戻ると一緒に乾杯した――これが不思議と心から温かく感じ、お金も名誉もカッコいい大人になることも、全て要らない。 一生このままで居たい。 そんなことを思った。
それからは朝会社に行く前に大量の牛乳と猫用の食事を買って子猫に届け、夜にまた寄って同じ様に届けた。
何度繰り返したか分からない――ただ、無性に餌付けって口実で会いたかった。
そして、あの日がやって来た。
突如「家」ごと囲った魔法陣が俺をこの世界に連れて来た。
子猫と離れるのは本当に寂しかったが、俺は人生をやり直すチャンスを貰えた。
このチャンスはあの子猫から貰ったお礼だと思い、絶対に無駄にしたくなかった。
そして、二度とあんな人生を送らない為に俺は死ぬ気でこの世界で超ショートスリーパーを逆手に利用した「超努力」を始めた――。
全てを思い出した5歳からずっと――途中、父母に恩返しをしたいという気持ちにも変わっていったが。
それでも根本的な想いは、悔しさは減らない。
朝から剣術の訓練、家族が寝静まってからは一人魔法に関する知識の蓄えは変わらずにやり続けた。
必死に、必死にッ、必死に! 俺は只々今やれる事だけを諦めずずっとやって来た。
しかし、魔力0という事実。
どう足掻いても解決できない真実。
俺はおもむろに教会から走り出し逃げた――。
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