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第一話

 十歳の冬、私は王都を覆い尽くした流行り病の高熱で生死をさまよった。


 朦朧としたなかで、不意に脳裏に不思議な光景が現れて、看病をしてくれていた私付きのベテラン侍女、サラに聞いてみる。

「ねえ……サラ……空を鳥のように飛ぶ鉄の車って……見たことある?」

「奥様〜!ピア様のご様子がおかしいです〜!お医者様を大至急お呼びください〜!」


 大人のサラが知らないのなら、やはりあの記憶はココではない。

 髪が肩にもつかない長さの見たことのない変な服装の彼女はピアではないけれど、間違いなく私で……彼女はピア以前の私だと結論づけた。いわゆる前世だ。


 まどろみのなか、じわじわと前世?の記憶が開封されていく。


 前世の私は鉄の車が地を走り空を飛び、宇宙と呼ばれる空の向こうまで人を乗せて飛んでいく、不思議な地球という世界の、勤勉だと言われる日本という国に籍を持つ、真面目を絵に描いたような学生……その世界の最高学府である大学院生だった。


 初めてできた彼氏に浮気され、挙句自分のほうが浮気相手だったと容姿から性格から散々罵られ、こっぴどく捨てられてボロボロになったところに、コンビニ強盗と運悪く遭遇し刺殺される……と、なかなかヘビーな内容が脳裏で淡々と映像化し、十歳の私には受け止めきれず、


「いやあああああ!」

「ぴ、ピアお嬢様!」


 再び意識を失った。


 ようやく頭の中の整理がつき、過去は過去だと割り切って起き上がれるようになると、国中の病も鎮静化しており、婚約者がお見舞いに来てくれた。


「ピア様、もう大丈夫ですか?」

「……詰んだ」


 同い年である婚約者のルーファス・スタン侯爵令息の、群青色の髪の毛と、まだあどけなさの残る、丸いグリーンの瞳を見た途端、再び前世の記憶がぶり返し、挨拶すらできず膝から崩れて失神した。


「ピア様⁉︎」

「お嬢様!」


 彼は前世、院生仲間に勧められて遊んだスマホのアプリゲーム『キャロラインと虹色の魔法菓子』の攻略対象ルーファスだ。無課金でエンドまで行けたからハマったんだよね……私は前世流行りのゲーム転生してしまったのだ……。


 ゲームの内容は、主人公キャロラインが自分しか作れない魔法を練りこんだ素朴なお菓子で国の将来の重要人物の疲れを癒し、メインルートでは王太子とひっついて王妃になりエンドだ。


 ルーファスルートの場合、宰相補佐としてデスクワークで疲れ果てた彼にお菓子を食べさせる。婚約者が『毒味もしていないものを!』と怒ってお菓子を捨てる。それを知ったルーファスが怒って婚約者を国外追放し、結婚。バリバリ働く夫に『おかえりなさい』と毎日手製のクッキーを口についっと入れて、元気モリモリエンディング……だった。


 私、黒いシルエットだけでイラストも名前も出てこなかったそのモブ婚約者だわ。


 お菓子捨てるのはお行儀悪いにしても、それだけで国外追放?一周回って笑える。


 ルーファスは宰相という重職を輩出する侯爵家の嫡男。宰相といえば前世で言う総理大臣。おまけにこの世界は前世よりももっと物騒だ。人の命が軽い。婚約者としてルールを無視して発生した危険を排除するのは当然だ。

 そもそも婚約者のいる男にちょっかい出す女なんてクズ!婚約者がいるのにほかの女と密会を重ね、その女を庇うとか男もドクズ!


 前世の実体験と、ゲームでのぞんざいなモブ扱いの私がグルグルと脳内ループして、凹む。

 私はまた、恋人(今世では婚約者)と思ってたのに、お前の勘違いだよ、バーカ!って捨てられるのか……きっとそうなんだ……勘弁して……


 ルーファス様は一年前に、親に決められた婚約者。月に一度ほどお茶をして、愛はなくともほんわかとした同士感、情は生まれていた。この年頃なりに彼を生涯支えていこうと決意するほどには。


 子どもだから、わんわん泣いた。

 先々傷ついて捨てられる運命が決まっているのなら、今、愛する前に捨てられたほうがマシだ。


 今世の父、パルメザン伯爵は目立つ功績もなく、トントンの領地運営で金回りも良くはないけれど、欲をかかず、普通に不器用に娘を愛してくれる。泣き続ける娘の背をさすり、母とともに怯える私を慰めてくれた。五歳上の兄も妹の婚姻を利用し出世を目論むような上昇志向など持っていない。

 家族には恵まれた。よかった。




 ◇◇◇




 数日後、改めてルーファス様がお見舞いに来た。私はベッドを出て、自分の部屋の小さな応接セットでもてなす。


「ピア様……先日は目の前で倒れられて驚いた。随分痩せたね……本当に調子はいいの?」

「……実は……あまり調子がよくありません。どうやら先の病ですっかり体も心も弱くなったようで……侯爵家を妻として取り仕切ることなどできそうもないのです」


 この気持ちは嘘ではない。まごうことなき本音だ。

 病気になる前はいいご縁だな〜とのほほんと考えていた。しかし20代だった大人の思考が混ざった今、私如きが宰相を務める侯爵家に嫁ぐなんてありえない!無理だと首を振る。完全に力不足だ。

 それに……私なんてこの非の打ち所がないルーファス様には相応しくない。何一つ取り柄などないもの……。

 前世の人格存在全否定を思い出した私は、すっかり弱気だ。気持ちを切り替えたくとも、傷が深過ぎどうにもできない。


「……そうなの?」

「はい。よろしければルーファス様から婚約を解消していただけないでしょうか……」

 格下の我が家からは言い出せない。


「へーえ……この婚約、家同士のみならず、王家も噛んだ、パワーバランスを考えて整えた縁組だとわかってる?」

 カップを片手にとても同い年と思えない切れ味バツグンの視線を流される。逃げ出してしまいたい!でもここが正念場だ。声を必死に絞り出す。


「は、はい。大変申し訳ございません」


 今日この話をすることは一応両親の了承済みだ。げっそり痩せ、フラフラと力なく歩く私を見て、これは確かに無理だと思ったようだ。解消するならば両家にとって早いほうがいい。

 パワーバランスと言っても、父が宰相閣下の派閥に入れば同様の効果が得られるだろう。


「私と婚約解消などしたら、君、一生貰い手ないかもよ」

「承知の上です。私に殿方をつなぎとめる魅力などありませんもの」

 重々思い知ってるよ。再びあの彼氏と、彼氏の本命の女と鉢合わせした修羅場を思い出し、苦しいのを我慢して私は無理矢理笑ってみせた。


「いや、そこまでは言ってないけれど……そうなると君、伯爵家でお荷物扱いされるのじゃないの?」


 確かに兄が結婚し家督をついだら、私の居場所はなくなるだろう。しかしそれは特別なことではない。


「その時は平民になり、つましく暮らします。あ、アカデミーだけは将来の箔が付きますので父に土下座して出してもらいます。目障りでしょうがどうかすれ違っても無視してくださいませ」


「ふーん。わかった」

「あ、ありがとうございます!」

 よかった。ルーファス様、思いのほか、話のわかる方でした!


「どういたしまして?君の並々ならぬ覚悟はよくわかったよ。ということで、本当の理由教えて?」

「は?」


「前回、私の顔を見た瞬間、ぶっ倒れたよね。あの瞬間何を悟ったのか、話してくれる?何を言っても不敬には問わないから安心して?」





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>>それを知ったルーファスが怒って婚約者を国外追放し、結婚。バリバリ働く夫に『おかえりなさい』と毎日手製のクッキーを口についっと入れて、元気モリモリエンディング……だった。 話のあらましを終わってから…
[気になる点] https://nihon-go.jp/post-894/ より 「つつましい」は、「慎ましい」と書き、遠慮深い、あるいは、しとやかで控えめであるさまを意味します。 「つましい」は…
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