第九話
私を国外追放できないから、ルーファス様をってこと?この無茶がいわゆるゲーム補正?
ルーファス様の腕の中から背伸びして王太子殿下を見ようとする。しかしすぐに腕の中に引き込まれる。
「こら、出てくるな!」
「だって、王太子殿下、ひょっとしてクッキーのせいで正常な判断が……」
「だとしても、覆水盆に返らずだ。王太子殿下、了解致しました。私と妻はただ今をもって臣下を離れ、国外に出ます!ピア、行くぞ」
ルーファス様がフワリと私を横抱きにし、私が慌ててルーファス様の首にしがみついたその時、
「待て!この愚か者めが!」
観音開きの扉を開けて、近衛兵を大勢引き連れて入ってきたのは……嘘でしょ?国中あちこちに肖像画が掲げられている……国王陛下だった!
「あの二人を捕らえよ!」
え、私たち、捕まるの?不敬罪?どうしよう!私たちが潔白を証明したアメリア様の代わりに断罪されるの?
ああ……
「ルーファス様、ゴメンなさい。幼い私が、あなたを巻き込んだばかりに!」
前途洋々たる、ルーファス様の未来を私が、閉ざした……。もはやハラハラと流れる涙はどうにもならず、ルーファス様の首元に顔を埋め、声を殺して泣く。
「……バカ、ピア、顔を上げて?」
そっと顔を上げ、ルーファス様と目を合わせると、私を安心させるように微笑んでいる。そっと周りに視線を送る。
そこには縄で後ろ手に縛られた王太子殿下とキャロラインがいた。
「このバカ者共め!ルーファスと、パルメザン博士のこれまでの功績を忘れたか!この二人が消えたら国の損失だがお前らがいなくとも痛くも痒くもない!何の罪もない臣下を権力を行使し追放するなど持ってのほか!王族だからこそ許されん!引っ立てろ!」
「で、ですが、キャロラインが!あの菓子を今日はまだ……」
「どうして⁉︎何故ここで王様出てくるの⁉︎きゃあ……」
二人は近衛兵に口を塞がれ、ズルズルと連れていかれた。
訳がわからず、とりあえずルーファス様に渡されたアンモナイトハンカチで涙を拭う。
「パルメザン博士……あの画期的な地図を発明した?」
「いや、地質学の観点から新しい炭鉱を発見した炭鉱博士だろ?」
「いや、あの地図を元にピンポイントでダムを作る場所をアドバイスした、治水博士……」
……なんか色々聞こえたけど……空耳……うん、空耳だわ。
王が早足で私たちのもとにいらした。
「ルーファス、ピア、くだらぬ騒動に巻き込んで申し訳なかった」
「全くです。早々に隔離して毒を抜くように上奏したはずです!」
「……王たるもの、どれだけ疑わしくとも、確たる証拠もなしには動くことなどできん。ようやく決定的なバカをしでかして、捕らえることができたが……既に十分に混乱を招いてしまったあと……ははは、手遅れだな……レック……」
無念そうに頭を振る陛下。
「表沙汰にせずとも、影を使い、拉致して病気療養にすればよかったのです。殿下のためにも!」
「……王妃がたかが火遊びごときで大袈裟だと、聞き入れなかった。私も……どこか半信半疑だったのだ。まさかあやつが……菓子ごときで……」
陛下が諦めきった悲しげな顔でルーファス様に答える。見ていて辛い。
でもルーファス様、陛下にそんな話し方でいいの……ってあら?
「陛下、って、え?ジョニー……おじ様?」
ジョニーおじさんには立派な顎ひげも口髭もなかったけれど……そっくりだ……姿も、『ピア?』と目尻を下げて優しく呼ぶ声も。
陛下が私に向き直る。
「そうだよ。かわいいピア。私はジョニーおじさんだ。ルーファスが隠して表に出さない天才とどうしても会いたくて、変装し子どもらのお茶会を覗きに行って……あれ以来、私はピアの大ファンなんだ。ピア、改めてこの国の発展に尽くしてくれてありがとう。そしてうちのバカ息子が申し訳なかった。この通りだ。どうかこの国にとどまってくれないだろうか?」
「陛下……私に隠れてコソコソと……」
ルーファス様の目が不気味に光った!
「ルーファス、お前はピアを隠しすぎだ!」
「あのおかしな女に狙われていたんですよ!当たり前でしょう!」
「それはそうだが……」
陛下が再び、深いため息をついた。
「陛下、私はつい先程ピアと結婚いたしました。どうぞ祝ってください。二カ月ほど、婚姻休暇をいただきますので。あとはよろしくお願いします」
「待て!二カ月は長すぎる!国が回らない!ピア!ピアがアカデミーからいなくなると私の癒しが!部屋を残しておくからたまに来てくれ!お、おいっ!」
ルーファス様は私を抱いたまま、ざわめく会場を無視してアカデミーから立ち去った。
◇◇◇
馬車の扉の前で、マイクが待っていた。
「ちゃんと婚姻届は受理された?」
「は!」
「ありがとう」
マイクが扉を開けてくれて、ルーファス様はそのまま乗り込んだ。
扉はすぐに閉められ、あっという間に走り出す。
侯爵家の馬車はとても広いのに、膝の上から下ろしてくれない。横抱きのまま。
「ピア、私はたぶらかされなかったぞ!私のこと、これで信じられた?」
晴れ晴れとした表情でおっしゃるルーファス様に……私は泣き笑いになった。
結局ルーファス様もその時が来たらあっさり私を捨ててキャロラインのもとに走ってしまう可能性もあると自分に言い聞かせてきた。その時壊れないで済むように、心をなるだけ晒さないようにしてきた。
それは、ルーファス様の想いを、決意を、疑っていることと同義。
「さすがです!ルーファス様……信じることができず本当に申し訳ありませんでした。言い訳になってしまいますが、予言はとっても強烈で……未来を早々に諦めた方が……楽だったのです」
……私は最後まで弱気で弱虫で卑怯だった。
ルーファス様が私の見慣れぬ結い髪を解き、さらりと黒髪を流す。
「いいよ、ピアに挑戦状を突きつけられて、俄然人生が面白くなった。あの日、気まぐれにピアに詰め寄らなければ、今ほどの力を手に入れられなかっただろうし、同じ結婚するにしろピアとこれほどまで深い絆で結ばれることはなかっただろう」
あっさりと許すルーファス様を、涙を拭いながら見つめる。
「ピアにとって、予言に怯える日々は辛かったと思うけれど、それだけではなかっただろう?」
ルーファス様と一緒に机に向かったり、スタン領で化石発掘に付き合わせたり、砂金を見つけた上流で金鉱を発見して二人で唖然としたり……共有するのは幸せな想い出ばかり。
でも、
「でも、ルーファス様にとって私は、プライドを傷つけたから、見返してやる対象ではなかったのですか?ムキになっただけでは?本当に結婚してしまってよかったのですか?」
せめて戦友のような想いはお持ちだと、思いたい……。
ルーファス様ははあ、とため息をつき、眉間を揉んだ。
「ピア……全く、何故結婚式もせずに私が慌ただしく籍を入れたと思っている?ピアが欲しくて、名実ともに私のものにしたくて、誰にも掻っ攫われないようにするためだ。あ、結婚式はするよ。花嫁姿のピアと神に誓いたいし、美しい君を見れば、父もきっと元気になる」
「……掻っ攫われ?まさか」
「ピアを欲しい男は山ほどいるよ。でも、私ほどピアを愛してる男はいない。この八年ずっとそばにいたんだ。世に天才と言われるピア、男装して犬と遊ぶピア、化石マニアで泥だらけなピア、伏せった父の看病を夜通しして、母をいたわってくれるピア、全て知るのは私だけだ」
「天才……なわけないです」
私はよその世界の知識を使っただけで……
「うん、ピアは天才なんかじゃない。ただの、私の膝の上で、懸命に私の字を真似るかわいいピアだ」
それは……確かに頑張った。少しでもルーファス様の字に近づきたくて。上手になったと褒めてほしくて。
ルーファス様があの頃を思い出すかのように私の手に手を添え持ち上げて、私の指先にキスをする。
「ピア……愛している。私の持てる力を全て使って、この世の誰よりも幸せにするよ」
「でも……でもやっぱり……ルーファス様ほどの方がどうして……」
ポロポロと涙が溢れる。
「ピアが……肩書きのない私そのものをいつも必要としてくれるのが心地いい。恋に落ちてからも日々じわじわとより愛は深まっていく。燃えるような恋じゃないからこそ、盲目でもないし消えることはない」
ルーファス様が私の頰を両手で挟む。親指で涙を拭う。
「今となってはどこもかしこも可愛い。誰にも見せたくない。私のものだ」
触れ合うだけのキスをする。
「キスで、恥ずかしがるところも、やがて蕩ける艶っぽい顔も私だけ知っていればいい。さあピアも、返事して?」
ルーファス様が顔をグッと、鼻が当たるほどに近く寄せ、優しく私の逃げ道を塞ぎ、思いを吐き出させる。
「い、いつも、ずっと、あり、ありがとう……本当にっ、面倒ばかりかけてごめん、なさい……でもルーファス様じゃなきゃ、私、もうダメなのっ……ルーファス様がキャロラインを好きになったら……死ぬとこだった……大好き……なの……」
エグエグと泣きながら、私の本当の想いをしどろもどろに伝えた。
「……熱烈だなあ」
ルーファス様は頰を赤らめたあと、目を閉じた。そしていつになく真剣な顔になり、
「ピア」
私の涙を全てキスでぬぐったあと、唇を重ねた。そして至近距離で目の奥を覗き込まれて、
「契約を履行するよ。私の奥さん」
◇◇◇
私は引き離せないほどに強く抱きしめられて、徐々に深くなるキスに翻弄されたままに、万全に準備されていた新居に連れて行かれた。そのまま本気で心も身体も全てを貪られ……私はルーファス・スタンの妻になった。
夫の腕のなかで目を覚ますと、私の左の薬指には小ぶりのダイヤを取り囲むように琥珀の花びらが五片あしらわれた指輪がはめられていた。
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残りエピローグといつもの男性視点の二話です。
是非明後日までお付き合いください。(*^▽^*)