[調]03/3X:亜九里(あくり)と安倉(あくら)
帰宅後の夜にあった事は、とても苦しくて悲しい事件だった。
『………クソが』
部屋の床には二つの肉体が転がっていた。その顔は安らかだった。
ユキトは机の引き出しにストックしてあるガムの中から、
飛び切りの眠気解消効果が得られる一品を乱暴に開け、
包み紙もビリビリに引き裂き中の板ガムを目茶目茶に放り込み
舌も噛みそうな勢いで咀嚼した。
『………うっ…』
強烈なペパーミントの香りと刺激なのか、はたまた彼の心中が
そうさせてしまったのかは定かではないが、ユキトの両目尻からは
一粒の雫が零れ、頬を伝っていく。
『……代償は…重いな…』
机の上に置かれていたティッシュを一枚とり、ユキトは涙を…
…拭わずに思い切り鼻をかんだ。
「にいさん………むにゃ…うるさぃ…」
背後にあると思われるゴミ箱の位置を予測し、ノールックで
丸めたティッシュをシュートするが、見事にゴミ箱の縁に
軽快にリバウンドして、
安らかな寝顔を浮かべる実弟の男子としては
少々というかかなり少女じみた顔の上…額に着地した。
「んぅ…駄目です…兄さん…一円たりとも…不許可…ぐぅ…」
寝言を言うハルトの横には手足を入れる隙間など
微塵も無い…というか寝袋にすっぽりと収まって
やはりハルト同様に(?)可愛らしい寝顔で安眠する
ユキトの従妹であるアケミが居た。
「ゆ、きくん…」
『………』
寝言を言い始めたアケミをユキトは鼻をかんで
赤くなった鼻っ柱を軽く指で撫でながら眺める。
『泊まるのは分かるんだよ。泊まるのは…』
自分の机に座り直したユキトは机の上に転がっている…
あの時に握り砕いてしまったドアノブの成れの果てを見つめた。
「お、かねは…だいじ、だょ…」
『………だったら助けてくれよ…親戚のよしみで…!』
破壊してしまったドアノブのお値段は途轍もないものだった。
それはまさに初めて某宇宙の帝王が明かした戦闘力を知り、
「勝てるわけが無いっ…!」と、本来は別時間軸での
嘗て無い強敵相手に完全にヘタレた某戦闘民族最後の王子の
気持ちが痛いほどによく分かるレベルのお値段だった。
『今月はどうしたものか…』
「いや、狩るなりカツアゲするなりして魔力をほんのたっぷり…
329ポイントほどチャージすりゃー良いダケじゃねーか?」
何時から出現していたのかと思うレベルでファズゥズが
ユキトの後ろに立って語りかけてきていた。
『その魔力1ポイントを得るための実際の労力が分からんのだが』
「あー…そればっかりは…時代も国も文化もアレだからなー…」
『何と使えない相棒だろうか…』
「あのなー我が主よ…? オレはあくまで戦い関係の相棒だぜ?」
『………ハァ…』
ユキトはスマホで学生でも出来る短期バイト斡旋サイトを
片っ端から検索するしかなかった。
>>>
それから数日…どうにか学生でもOKだという短期バイトにありつき、
破壊してしまったドアノブの弁償代わりに消え去った小遣いを
予想以上に補填できる給料日を無事に迎えたユキトは軽い足取りで
ついつい普段は通らないような…それこそ変わる前なら、
例え足取りが軽かろうとも絶対に近寄らないような…
近道とはいえ不良や不審者にヤの付く人達が目撃される
ある意味では戦闘などのイベントに事欠かない路地を進んでいた。
―ッだ! …ァ!?
『………』
契約による特典で心技体にボーナス成長が付与された事により、
以前ならば聞こえないような遠くの音も拾えるようになったユキト。
なので聞こえた音が直進先であったため、一度歩を止めて耳を澄ませる。
「雑魚が…」
何か、それほど硬くは無い…そう、人を殴打したような音も聞こえる。
「…何が黒コミュのメンバーだァ…? テメェ俺らが無コミュだからって
チョーシくれてんなぁオイぃ?!」
「オゴァっ!?」
続くのは蹴飛ばす音だ。何か口から吐き出してしまった様な音も拾う。
『…黒コミュニティ…』
先日のテミス達とのやり取りを思い返すユキト。確か黒コミュニティは
白コミュニティとは基本敵対だが…無コミュニティとはそうでもない筈。
であれば「まぁ黒も形振り構わず…」との言にあったように、
聞こえる会話が聞いていたような黒コミュによる無コミュの勧誘とは
どう見ても、どう考えても程遠いものが聞き取れる。
「くそッ…俺に…もう少しだけ魔力がありゃあ…オマエラなんぞ…!」
「とっとと折れてチンケな魔力を出せや黒カスぅ…がッ!!」
「ゴホァ!?」
聞けば聞くほど傍目には不良同士のケンカであり、関わるだけ無駄…
と、思うのだが…現場の面子が双方とも契約者コミュニティであり…
上手くすれば漁夫の利…しかし間違えば双方との明確な敵対…
中々どうして…と悩まされる選択肢が脳裏に浮かぶ。
「あーあーそりゃー恐えー怖えーチビりそうだよ?
テメェの居る黒コミュ…"アクリの悪党会"はマジで怖えーぜ?
そこのコミュのリーダーの亜九里麻遊サマはヨォ?
あんなクソマブい(※凄く美人な)見た目しててよォ?
その頭の中身は何処かネジがブッ飛んでるわゲロクソに強えーわで、
契約してる魔神の輩とかいうアルティマイオンも
四方八方から攻めてみようがクソ汚い手を使おうが、
結局全部燃えカスにしちまうクッソやべーわってのはナァ?
実際俺らもヨォ? フルボッコされて元々の魔力をサァ?
全損ギリギリまで絞りつくされてっからナァ? 骨身に染みてヨォ?」
複数人数がズタ袋を代わる代わる蹴る音が聞こえ続ける。
「う…か…ァ…」
「そらぁオメェ…そんなヤベー女が率いる"アクリの悪党会"からぁ?
全損マジ殺しにされたくなきゃァ傘下に降れってヨォ?
テメーみてぇなクソ雑魚を伝えっパシリに寄越されたらなあ?」
それなりに重たいモノを持ち上げる音。
「色んなモンが煮えくり返ってしょーがねーわ、ナァ!?」
「ブベェッ!?」
殴打、骨の鳴る音、何かのカケラがチャラチャラと散らばる音。
「こいつ…まだ折れねえな…そういう意味じゃ悪党会の
メンバーってのはフカシじゃねえのか?」
「そーいやぁコイツ昔どっかで…………………あぁん?」
いきなり不良たちの大爆笑が聞こえたので、つい耳を塞ぐユキト。
「ウッソだろお前ぇwww?! こりゃ傑作だァwww!」
「まwさwかwのw悪辣ぅwww"悪辣の安倉達成"www!
ゲヒャヒャヒャヒャヒャwwwww!!!」
「……kそが…」
聞き耳を立て直したユキトも驚いた。ズタ袋はまさかの同校生…しかも
一学年上の不良タツナリ先輩である。学校では全く話を聞かなかったが…
よもや黒コミュに加わっているという可能性には考察が及ばなかった。
「アクラツタッセーwwwあーくらぁダッセーwwwww!!」
「ヒャハハハハハハハハハwwwwww!!」
何しろ彼は昨今の異界存在契約者関連の話が表面化する前…
つまり普通の人間の時代の頃は「触らぬ神に祟りなし」で、
マトモにケンカすればそれこそ「百戦百勝の無敵不沈艦」な
文言を欲しいままにする…何で逮捕されてないのかが謎なレベルで
悪運さえにも恵まれ…将来はそれこそ名のあるヤの付く人の許で
ヤバイが盛り沢山な裏社会で伝説になると一部で騒がれた人物なのだ。
『………伝説は…夢と見果てたり』
「…哀れだなー…」
またいつの間にか出現してユキトに相槌を打つファズゥズ。
「で、我が主。どうすんの?」
『いい加減家に帰って補完した資金の使い道を検討したいんだが…』
しかしこのままだと長くなりそうだし、かといって今更引き返して
回り道をするのは何だか損をした気分にさせられる。
「ブヒャハハハハハハ!!!」
「イヒャハハハハハハ!!!」
「ゲャハハハハハハハ!!!」
ユキトはアプリのSNSの履歴を見返した。
『…やるしかない…そうだな、平良…』
「おい主、それだとヨリコが死んだようにも聞こえるんだが?」
『それを言うなら聞き手の心情任せ………で、どうなんだ?』
「…連中の瘴気の濃さだけで見るなら…蹂躙で骨も残らんぜ」
『それは流石に抵抗がある……となればやはり相手の召喚次第…』
「呼ばれる前に不意打ちで狩ってしまえば良いのだろう…? なんてな」
おどけて見せるファズゥズを一瞥したユキトは…
百聞しても人の言葉とは思えない言語で何かを小さく呟く。
「御意…」
その呟きに返事をしたファズゥズは…サンドアートの演出のような
エフェクトを体から出したかと思えば…ザラザラ、ザワザワ…
ギチギチ…ギチギチ…音を立てながら…無数の軍隊バッタ…
いや、艦隊バッタと表現するにふさわしい巨大なバッタに変異していく…
>
ほぼ物言わぬズタ袋に成り果てたタツナリに満足したのか、
彼に何度も殴打を繰り返した不良たちはタバコなり
酒なりを各々取り出して溜飲を下げた余韻に浸る。
「はぁー…こんな感じであのアクリのメスガキをヤれたらなァ…?」
「タマらんねぇ? ってか?」
「………想像できねえからかネェ…全く笑えねぇや」
「…全くだ」
不良たちは何か嫌なことでも思い出したのか、全員がブルリと震える。
「あー…丁度ここに良い感じの便所があるからションベンでも引っ掛けて
今日のアガリでも稼ぎに行くかぁ?」
「いや、それはオメェ…余計に萎えるって…」
「ハッ…だよなぁ?」
不良たちは如何にか息はしているらしい倒れたタツナリに
次々とツバやタンを吐きかけていく。
「じゃーなぁタツナリくぅん? 野垂れ死ぬんじゃねえぞォ?」
「生きてたらまた遊んでやりましゅからねーwww」
「ゲャハハハハハww…は…? ……アァ?」
最後にタツナリを嗤った不良が何かに気づいて立ち止まる。
「どしたぁ?」
「まだダッセー君が何かフカシたかァ?」
「ち、違ぇ…オイ…オイ…?! 何か…オイ…?!」
「何かって何だァおい? ………いぃ…?」
不良たちの動きは迫りくる車に対して本来は避けれる筈なのに
生来の習性で車を前にして硬直してしまう野良猫のようだった。
「おい…濃くなってないか?」
「マジ、か…? いや、でもよ…ダッセーの野郎の瘴気は…!?」
「ち、ちちちちち違ぇ!? 何だこの濃さは…ォイ!?」
―ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!
不良たちが音に気づいたときにはもう遅い。既に路地の暗がりから
無数の巨大な軍隊バッタが彼らに襲い掛かってきたからだ。
「「「う”あぁぁっぁ゛ぁ゛ぁ゛あ”ッ!?」」」
巨大軍隊バッタは不良たちを覆い隠す勢いでへばり付き、
彼らの必死の抵抗などお構いなしに所構わず噛み付き始める。
「うがああああああああッ!?」
「呼べぇ!! 俺らのイヌッコロどもをォォオオ!?」
「痛い! 痛い痛い痛えええええええええッ!?」
不良たちはスマホから自分達が契約した異界存在を次々と召喚する。
現れたのは微妙に違えども共通してトラと変わらない大きさの
何の獣かは定かではない四足の猛獣らしい怪物だった。
「がああああああああああッ!?」
「ぎいいいいいいいいいいいああああああああああッ?!」
「何してんだよぉイヌッコロおおおおォオオオオ!?」
不良たちは泣こうが喚こうが、彼らの召喚した獣は…
何時まで経っても不良たちを助けない。助けられない。
「あ…あぁ…?」
幾分かは意識が戻ったらしいタツナリは、その理由を…
もしも不良たちが無事であったら聞きだせる理由を目撃している。
不良たちには今もなお軍隊…いや艦隊バッタが張り付き、不良たちが
死ぬか死なないかのレベルで色々と齧っている。
タツナリには一匹も…いや、彼の傍らに彼を監視するように、
且つ彼が万が一に何かをしても即座に如何にかできるように、
ギチギチギチ…! と不気味に口を動かし、警告音を鳴らしつつ…
彼を見つめている一際大きな個体が居たが…それ以外は全て不良たちに
間違っても死ぬことだけは無いレベルで張り付いて捕食行為を継続中だ。
「まじ…か…ょ…?」
意識が戻ったとはいえ、やはりまだ朦朧としているタツナリだったが、
死なない程度にバッタ共に肉を齧られ続けている不良たちを…
蔑みも哀れみも無い視線を向けていた。
「強ぇ…な…」
タツナリは見つける。バッタ共に喰い嬲られている不良たちの傍に、
やはりバッタ共に全く集られていない…男らしき人物を見つける。
『安倉センパイ…で、間違いないですよね?』
「あ…ぁァ…?」
その男……何時の間にかタツナリの傍に来ていた男は
顔を覗き込んだかと思えば、見事に名前を当ててきた。
とはいえ体も口もロクに動かないので、何とも返事に困っていた。
『………いや、人違いか』
わざとらしい感じの声音だが、まだボンヤリしているタツナリには
そのようには聞こえていない。ユキトは普通なら下手すればもう
死んでいるであろう参上の不良たちの様子を見に行く。
時々スマホの画面をチラチラと見ながら。
「たす………れ……s…て…」
「じ…t…ね…」
「マ…まぁ…」
『うん……現在魔力値717…バッキリ折れてガッツリ稼げたと…』
ユキトが呟き終えた頃には不良たちには艦隊バッタは影も形も無い。
「接収魔力は380…現在総量666超過…第一目標達成…
おめでとう、我が主。現ナマの完全複製が出せるぜ?」
『幾ら出せるんだ?』
「あーっとぉ…? ふむ。喜べ、我が主。さっきのバイト代は
余裕で超越しているぞ」
『………な、ん…だと…!?』
「論より証拠だ」
元の姿に戻ってユキトの傍に立っていたファズゥズは
徐にユキトが差し出した手の平に自らの手を翳し…
その手の平の上にファズゥズの手から現れた魔方陣を介し、
ずるずるずるりと出現した裸の万札の束が無造作にバサリ…
いや、モサァリ…! と置かれる。
『ふンもっふッ!?』
テレビなどならまだしも、まさかの量の裸の万札の束が
こうして自分の手の平の上に置かれるなんて経験は
やはり普通の学生な少年に万が一レベルか否かでしか
起こりえないコトなのは間違いないので、取り乱した
ユキトがその手から万札をブアサァ…! と落としてしまうのも
無理も無い話である。
「ところで我が主よ」
『今、このタイミングで何だよ!?』
ファズゥズへの反応も契約以前の雰囲気に戻っている感が否めない…
中々に必死で散らばった万札をかき集めているユキト。
「いや…そこの死に損ない共は…本当に刈り取らんのか?
主から見て下位で曲りなりとはいえ…こいつ等も契約者なんだが?」
『あぁ………いくら感情を改革されたとはいえ…元々の性根までは
著しく変えられるわけじゃないんだろう…?』
「まぁ…契約によって施工された感情改革の結果で
人格からして完全に変貌した場合…こちら側にも
相応のメリット、デメリットはあるんだがー…なぁ?」
何かを伝えたそうなのだが、ファズゥズは契約があるので
どうにかしてユキトに何かを察して欲しそうである。
ちなみにユキトは散らかしてしまった新設諭吉軍団を
キチンと再編成してオサイフ基地に無事帰投させたようだった。
『俺は一応…これでもまだ人間らしく有りたいと思ってるんでね…
それに、仮にこいつ等の保有魔力を全損させた所で
どういう恩恵があるんだ?』
「よくぞ聞いてくれた主! 実はだな…契約者となった者の
保有魔力を全損させ、存在そのものの息の根を止めると……!?」
最後に何か言いかけたかと思えば、突然あらぬ方を向き、
舌打ちをしつつ「已むを得まい!」と小さく零して
ファズゥズはユキトを思い切り、先の向いた方とは違う方向に
そこそこ(しかし普通ならば死ぬ)強さで突き飛ばした。
『がァッ!?』
突然のファズゥズの行動…それは主従関係で見れば
反逆行為で如何に悪魔と言えどそれはやってはならない
重大な契約違反行為なのだが…
自分の立っていた場所に青白い火柱が上がったのを見て、
それがファズゥズの咄嗟の機転であったと確認した。
「くぇ…」「…っ」「ぉ…ッ」
死に損なっていた不良たちが絞められた小動物か何かのような
か細い声を上げたので見てみれば…全員首の骨を…
踏み潰される形で圧し折られていた。
如何に契約によって各種能力が強化されているとはいえ…
生物としての人間の範疇を超越しているわけじゃないし、
彼らは艦隊バッタに変異したファズゥズに喰い嬲られている間、
ユキトには聞き取れなかったが確かに命乞いをしていたのだ。
つまり、トドメを刺されなければそのうちに契約者特典で
向上していた自然治癒力で日が変わらないうちには
立って動けるレベルには回復していた筈だったのだ。
「あー…あんま遅せえから変だにゃーって思って
ちょっと様子見に来たらあー? …タツナリセンパイ何寝てるんスかー?
…なん、て、ねー☆? まぁバカな"あーし"でも分かるレベルで
まーやられかしてんだろーなーって…?」
改めて末期の声がした方を見ると…その死ぬ事は無かった不良達に
何の呵責も感じていないであろう言動からも分かるように、
何も確かめずに彼らの命を雑草を毟るような感覚で
ベキ、ゴリ、ゴキ…と圧し折って奪った、間延びしてて
どこかで聞いたことある声優みたいな感じの可愛い声音で喋る…
見た目はユキトの不足している知識ではギャル…? としか
形容することの出来ない見た目の…少女が立っていた。
彼女は踏み殺した不良達の遺体を一瞥したかと思えば、
彼女の声に反応して何とか立ち上がろうとモゾモゾ蠢いている
未だ倒れたままのタツナリの傍へとテクテク歩み寄っていた。
「ぅ…く…す、すまん…亜九里…また…ヘマを…」
「タ~ツナリセンパ~イ? 一応あーしは学校じゃ…
っつっても、まぁガッコ違うんスけどー? まぁホラ、2コ上の
センパイなわけなんでー? 一応はマユって呼んでもらえるとォ…?
何つーか…? 違和感無くなる? つーか?」
ユキトもファズゥズも彼女…タツナリの言葉や死ぬ前の不良達の
会話から察するに…この辺りの黒コミュでは大手である
"アクリの悪党会"のリーダー…亜九里麻遊…本人だと確認した。
「わーwもうセンパイひでーなーwぷぷ…ウケるwww」
「………」
「ちょwwwセンパーイwwwそこは何かブッチャケて下さいよーw?」
ケラケラケラケラ笑ってはいるが、その笑い声は乾いている。
可愛い機械人形の可愛いが機械音声な笑い声と同じ印象だった。
何の感情も籠もっていないのだ。
「アルティマイオーン…?」
「オ呼ビカ? マイますたー?」
マユの呼びかけに、ファズゥズよりも何も感じさせないまま
彼女の傍にアルティマイオンと呼ばれた異界存在が現出する。
見た目は「……フクロウ…?」と形容できるが…
単に知識不足でギャルとしか形容できなかった見た目は真面目に
ギャル系美少女なマユと違い「じゃあ他に例えたら何だ?」と
聞かれたならば…「フクロウに似た…何かヤバいモノ」と
恐怖か何かの負の感情でそう言わざるを得ないナニカな人型なのだ。
ユキトとファズゥズは足こそ動かさなかったが、
体そのものはそこから距離を置きたそうな動きをした。
「我が主よ…」
『ああ…俺は瘴気とかもまだまだイマイチで、勘も正直
唯の人間だった頃よりはマシって感じだけど…
あれ…いや、あの異界存在は…彼女もそうだが…
"今は絶対にケンカを売ってはいけない"相手だってのは…分かる…!』
「今は流石我が主と褒めざるを得ないな…!」
マユとアルティマイオン、ユキトとファズゥズの距離は…近い。
何しろ倒れているタツナリを境界線に例えるなら…
ちょっと飛び掛れば…殺られる…そんな近さなのだ。
「単純な戦闘力でも…ヤバイんだが…さっき見ただろう?
あの炎…我と彼奴…アルティマイオンの相性は…」
最悪。と目で訴えてくるファズゥズ。ユキトも静かに同意した。
「このズタぶくr…っといけねwww…タツナリセンパイをさ?
チャチャッっと治してあげちゃってー?」
「承ッタ。容易イ事ダ。三秒デ終ワル」
アルティマイオンの体が一瞬発光したら、
本当に三秒掛かったか否か、という速度でタツナリの怪我は完治した。
「………悪い」
「良^ー^っスよー別にー? ………………………………で?」
ユキトは小刻みに震える事こそ抑えられなかったが、
思わず彼女に先制攻撃を試みようと反応しかけ、思い止まれた。
「この人~……お宅、ナニモンっスかー?」
『………お、俺は…』
様々な言い訳というかそういったモノを考えては逡巡するユキト。
「あー…スジってので言えばあーしから先っスかね?
あーしはー…」
『…いや、大丈夫だ…知ってる…色々…そこの…』
兎に角自分から気を逸らして欲しい一心でユキトは本当に
物言わぬ死体と化した不良達を指差す。
「…はぁーん…?」
「マユ…そいつは…俺の記憶違いじゃ無けりゃ…ウチの学校のヤツだ。
…んでもって…俺の恩人…だな」
義理堅いのか、優しいのか、タツナリの本心は知る由も無いが
その一言に胸を撫で下ろしたいユキト。
「ほーん…?」「敵対ノ意思…簿弱…許容範囲内」「そうなの…?」
アルティマイオンの言葉にユキトは嫌な汗が止まらない。
もう少し語彙を増やして欲しいとも思ったが、無論口にはしない。
「…ツマンネ………んじゃーあーしは先戻るんで…
えーと…?」
『ユキト…だ』
「…そのユキトは…俺の…学年一コ下だ」
「そっスか…ほんじゃーユキトセンパイ? また?」
返事は手を軽く上げるだけにしたユキト。表情からは読み取れないが、
マユはそれっきりこちら側を一瞥さえすることなく…文字通り
飛んで何処か…"アクリの悪党会"の本拠地か住処の何処かに去った。
『「ふぅ……」』
瘴気などを含め、マユがもう居ない事を確認すると
示し合わせたわけじゃないのに同じタイミングで溜息が出てしまった。
『「…………」』
互いに何ともいえない顔で一瞥し、大体同じタイミングで
タツノリはタバコを、ユキトはガムをそれぞれポケットから出して
各々喫煙、ガム咀嚼を始める…。
「ふぅーッ…一応礼は言っとく…手間ァ掛けさせちまったな」
『いや…俺は別に…』
色々面倒も済んだし、そろそろ帰りたいユキトだったが…
何となく帰られない雰囲気を感じていたため、
中々動くに動けない。
「何だ…まだ、何か俺に用があんのか?」
『あぁ…いや………えっと…どうして安倉先輩は…』
目の前の紫煙ではなく、ユキトの言葉を遮るように
タツナリは顔の前で手を払いのけるよう振る。
「学年が一つ違うっつってもな…俺ァ早生まれだ…
だからお前とは年で言ったらタメなんだ…
センパイとか呼ぶんじゃねえ…それこそ…
マユが言ってたみてぇに違和感が沸く」
『そう…sか…じゃあ、聞きたいんだが…』
またも同じように手を振られて遮られる。
「一々聞かなくても分かンだろ……………俺ァ…弱ぇんだ。
あー…こっからぁ俺の独り言だ…聞き流すなり帰るなりしとけ」
この人はこの人でメンド臭いな…と思ったが、口には出さず
聞き流してみることにしたユキト。ふと脇を盗み見ると、
ファズゥズは意外と興味がありそうな感じだった…。
「とりあえず俺ァ…この辺じゃケンカに負けたこたぁ無かった…」
それで色々と調子に乗って、まぁ色々とハシャいだのだが、
不思議と警察に逮捕られる事は無かったタツナリ。
「んで…最近…って程でも無ぇが…」
この辺りでも「AR異界存在」アプリの出現と併せて
不意に遭遇することで上手いこと異界存在と契約して
唯の人間じゃ無くなった者達が徒党を組んでこの辺りを初め
各地で一旗上げようと動く連中が表面化してきた最近…
タツナリもその例に漏れず電話以外でロクに使ったことの無い
スマホからアプリが起動⇒異界存在と遭遇⇒契約…と
そこまでは良かったのだが…
「おら、挨拶しとけ…電魔…グレムリン」
「もっきゅ!」
タツナリがスマホからアプリを起動すると、そこから
ソフトボール大の…というかソフトボール型みたいな姿の
丸っこい謎存在…グレムリンが出現し、見た目通りの
正直タツナリには真面目に似合わない可愛い鳴き声で
ユキトに挨拶(?)をしてきた。ちなみに一体ではない。
最初の一匹を皮切りに「もっきゅ!」「もっきゅ!」「もっきゅう!」
とボコボコ現れて…おおよその目算で30匹ほどが
タツナリの周りをみょんみょんと跳ね回る。音はしないのだが、
見ているだけで何かうるさい。
「ふむ…またピーキーなヤツと契約したものだな」
『どういうことだ?』
「我が主よ…このグレムリンは…対飛行特化特攻の異形だ」
『空を飛ぶ存在に専門的に強いのか』
「うむ…何かしらの理由で飛行中の存在に限り…
召喚した瞬間からその飛行する存在を…確実に麻痺系状態異常にさせ、
我の知る限りは確実に撃墜させて殺す能力を持っている」
『ということは…』
「ああ、我の先の変異などウッカリやろうものなら…
当分再起不能にさせられてしまうだろう」
『確実というのが見た目を大いに裏切る能力だな』
「だがな…」
「コイツの能力は飛行してねえヤツにはクソの役にも立たねえ」
もっきゅもっきゅ擦り寄ってくるグレムリンに
タバコの煙を吹きかけるタツナリ。流石にこれで何か悪くなる事は無い。
「……盾にっつうのも…結局無駄だったな。
お前が来るまでにボコられ続ける羽目に合うのに
5分も保てなかったぜ…」
『成る程…』
そうなれば…残るは契約者本人の戦闘能力だが…
契約者同士では基本的に能力が強化されて年齢や性別、体格などで
大いに出てくる基本的な戦力差が無いに等しくなるので…
盾にもならないグレムリン+タツナリ対獣型異形+不良×3では
どう贔屓目に見ても数の暴力で押し切られてしまうというわけだ。
『そこへ行くと…何で彼女がアンタを自分のコミュに
わざわざ引き入れたのかが謎だな』
「ッハ…! 今から笑っとけよ…? "面白いからっス"だとよ!?」
火の点いたままのタバコを素手で握り潰したかと思えば、
多分全力で地面をブン殴り始めたタツナリ。
何と声を掛ければ良いものか、真面目に困ったユキト。
ファズゥズも腕を組んで何か考えているのか何も言わない。
「弱ぇってのはよ! 弱ぇってのはよ! 弱ぇってのはよ!?
こんなにクソッタレでゲロみてえに惨めなんだなァオイ!?」
地面を殴り続けながら地面に吠え立てるタツナリ。
グレムリン達が果てしなく不安そうな(?)感じで
彼の周りに集まって静止している。
「…………ッハ! ちっとスッとしたぜ…やっぱクソな時は
何かをブン殴って罵ったりすンのが一番いいわ…」
『………』
ユキトが無言を貫いていると、タツナリはまた一服点ける。
「…あぁ…そうだ…まぁー…さっきのマユとのやり取りで
大体どんなモンか分かってんだが…お前…悪党会に
興味は…………ねーわな?」
沈黙で肯定するユキト。
「俺も正直…あの女に拾われた義理が無きゃ、どんなに
ガワが良かろうと…1000%お断りさ…」
『同意して良いのか、それ?』
そこは何も返さないタツナリ。今度はユキトがガムを噛む。
「じゃあな…もう二度と会うこともねーだろうが」
『どうだろうな…俺は…俺達は"見なし無コミュ"らしいんでね』
「あぁ…そうかよ…道理であの女は………ッハ!」
そのままマユが飛んで消えた方向へ歩き去っていくタツナリ。
『………よく分からん部分とか…メンド臭そうな所とか…
アンタ…マユと結構似たり寄ったりだぜ?』
聞こえてなきゃ良いなー…と思い「じゃあ何故口に出した」と…
少し自問自答してしまったユキト。
「ユキト…」
『ぬぉ…!? 不意に何時もの調子に戻るなよ』
「あのタツナリとか言う男…中々に危ういぜ」
『知ってた』
「あー…悪いな、オレも口が足りないもんでね…」
『それも知ってた』
こんな感じで一日が終わろうとしていたので、帰路の間…
どうにも落ち着かない…と思えば…そういえばオサイフ基地に
大量に帰投させた諭吉軍団の事を思い出し…嘗て無い大金を
普通に持ち歩いているという、もう二度とないかもしれない感覚に
益々落ち着かない+ちょっと間違えたらその折角の大金を
全損するリスクがそこかしこであった事に行き着き…
妙に嫌な予感がしてきたので、帰りの途中でコンビニATMに
伍人隊分だけ財布に残し、残りの諭吉軍団を全員収容したユキトだった。
[調]03/3X:亜九里と安倉<END>
案の定スイッチが切れますた